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問おう! 貴方ならこの状況、歓喜しますか? 絶望しますか?  作者: Teko
5章 王都ハーメルト 〜暴かれる正体と幻想祭に踊る道化〜
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48 代償

 

「いやぁ〜、それにしても勇者の末裔ってのも大したことないね。そこそこ楽しかったけど、まあ……こんなもんか」


 ニコニコと笑いながら、そう話すこの男に憎たらしさを感じる。


 ハイドラスが言っていた話では、あの魔人事件の黒幕。しかもウィルクのあの言い方から、テテュラを(そそのか)した可能性も危惧される。


 さらにはこれだけやられているアルビオ達を前に、笑顔でいられるクルシアに(いきどお)りを感じる。


 俺は倒れているシドニエから視線をクルシアに向けながら、ゆっくりと立ち上がる。


「ねえ、色々聞きたいことがあるんだけど……いいかな?」


「そんな怖い顔しなくても話すよ。これのことだろ?」


 スッと魔人の魔石を見せると、俺達はそれとハイドラス達の反応などを照合し、色々と察した。


「それはあの変異種のゴブリンに奪われた魔石……」


「その辺は、リピートアフターミイしたくないので、殿下達にでも聞いて〜」


「――ふざけないで下さいなっ!!」


 ナタルの激昂の叫び。


 当然である。あの魔人マンドラゴラのせいで妹を奪われたのだ。そんな軽い口調で、二度話したくないと言われれば逆鱗(げきりん)にも触れるというもの。


「貴方のせいで……メトリーは……」


 怒りと悲しみと悔しさが混じった表情で、憎悪に満ちた瞳で睨みつけるが、そんな彼女のは肩をポンと叩いたハイドラスは、冷静に詳しく事を聞き出す。


「貴様はどこまで知っていたのだ?」


「何を?」


「子供達の被害についてだ。貴様はあの魔人を観察していたとも言ったな。それを踏まえれば、子供達が攫われたことや場所、全てわかっていたのではないか?」


 そう指摘する意見は当たりだったのだろうか、不敵な笑みを浮かべ、楽しそうな声のトーンで語る。


「そうだよ。ぜーんぶ知ってた」


「!!」


「どこに何人、どの場所で、どんなことを、どんな状況だったのか……ぜーんぶ知ってたよ。だってそうでしょ? あの魔人を観察するにあたって、奴が起こした行動は把握してるに決まってるよ」


「……では貴方はメトリーが死んでいた状況も、生き埋めになってしまった子達も、姫殿下が苦しまれていた状況も、全部見て、知っていたと!?」


 なんとか怒りを抑えながら尋ねる質問に、クルシアは神経を逆撫でするように、軽々しく返答する。


「うん、知ってたよ。だから助けたんだよ。姫殿下」


 メルティアナはそのクルシアの真意を覗き見たかのように驚愕する。


 あれだけの危機的な状況をただ眺めていただけで、万が一、あの魔人が指示したマンイーターに喰われていても見ているだけだと考えると、ゾッとしない。


「……クルシア、お前、想像以上にクズ野郎だな」


「リリアちゃん、男言葉になってるし、怖いぞ」


「貴方という人はぁ!! ――ウィンド・カッターっ!!」


 ナタルの怒りのボルテージがメーターを突き破ったかのよう。激怒した表情で無詠唱の一撃を放つが、パァンと簡単に弾かれる。


「血の気が多いなぁ。ボクちゃんみたいなか弱い男の子は睨まれただけで死んじゃいそ〜」


「――ならさっさと死になさいっ!!!!」


 もう怒りで我を忘れているナタルをボロボロのフェルサやカルディナが必死に押さえ込み、(なだ)める。


「離しなさい!! あの男だけは……」


「気持ちはわかりますが、今は抑えなさい」


「そうだよ。アイツはあのテテュラの上司みたいな奴。()るのは情報を聞き出した後」


 中々物騒なことを口にするフェルサだが、今回に限っては激しく同意する。


「クルシア、今回の作戦もお前が?」


「テテュラちゃんの件? そうだよ。と言ってもこの計画を立てただけで、他はなーんにも。(むし)ろ、ボクは止めたよ」


「そんなデタラメ信じられるか!」


「ええええ〜っ!! 信じてよ! ね! テテュラ。ボク、止めるよう言ったよね?」


 先程の態度から一転、こびるようにテテュラに同意を求めると、この空気感の中では答えづらいようだが、こくりと無言で頷いた。


「ほーら、ね?」


「それは本当か?」


「ええ。クルシアは確かに、止めるかと言ったわ。だから、貴方達を傷つけたのも、この国に甚大な被害をもたらしたのも、私の責任よ」


 テテュラは、クルシアはもしかしたらこうなることをわかっていたのではないかと考える。


 クルシアは自分を救ってくれたことから、過去を知っている。


 自分がどれだけ苦しく、辛い思いをしてきたのか。その孤独の中を満たすものを求めていたことも、全て見通していたのではないかと。


「ほらほら、ね?」


「だが、これを計画した時点で貴様の罪は重い。ましてや魔人の件に関しては――」


「魔人のせいでしょ?」


「貴様はガキかっ!? どう考えても貴様のせいだ!!」


 人をおちょくりながら、適当に責任逃れをしようとするクルシアに、怒るどころか呆れてくる。


 だがこれだけの発案力がある人間を放置するわけにもいかない。


「とにかく、貴様は連行する。こうして姿を見せたんだ、大人しくついて来るだろうな?」


「あっ、だったらパーティーで用意されてた豪華の料理とか食べたいなぁ。あ、あと――」


「罪人として連行するのだ! 何を馬鹿なことを言っている!!」


 本来、光属性のハイドラスは魔力を極限まで吸われ、限界だろうに、まったく反省意識のないクルシアに全力でツッコむが、


「ええ〜っ!! ならいーかない」


 嫌そうに断った。


「貴様……」


「殿下、お体に触りますから抑えて……」


「なら腕尽くでっと言いたいところだが、アルビオがやめとけって言ってるしな」


「……おう、やめとけ。それにコイツに戦闘意志はない」


 クルシアの挑発的な態度に殺気立つ一同に、待ったをかけるフィンも悔しそうだ。


「そうだよ。ボクはあくまで勇者君と戦ってたのは、足止めってだけ。下手に干渉し過ぎると、バザガジールに怒られそうだし……」


「その人の名前も出てくるのですね」


「まあ。ボクの親友だからね」


 すると、テテュラはのそっと顔を上げてクルシアに許しを乞う。


「クルシア、世話になっておいて悪いけど……抜けるわ。私は罪を償い、新しい人生を歩む」


 俺達からすればめちゃくちゃな悪人に見えるが、テテュラからすれば恩人なのだろう。


 感謝の念がこもったような、申し訳ないといった言葉。


 すると意外にもスッと微笑むと、テテュラの元へ(おもむ)き、優しく頭を撫で始めた。


「別にいいさ。ボクの組織の活動理由は知ってるだろ? ボクは君が決めた道を見たいだけなんだ、そこを気にする必要なんてない」


「クルシア……本当にいいの?」


「なになに? ボクがさ、よくも裏切ってくれたな。ぶっ殺してやるぅ……なんて三流悪党みたいなことをするとでも? ボクは君が知っている通り、極悪人のクズ野郎さ。それでいて善人なのさ。人間なんだもん、偽善者くらいがお似合いだろ?」


「……そうね。貴方のしてきたことの全てを知っているわけではないけど、貴方が善人でないことは知ってるわ」


「あれれ? ボク、善人でもあるって言ったよね?」


「善人は助けた人間をストーキングして、人生観察なんてしません」


「あらら」


 クルシアに対して親しげに話すテテュラを見て、本当に感謝をしていたのだと気付く。


 テテュラは俺達と先に出会っていたらと言っていたが、こんな出会いがあったからこそ、解決出来たのかもしれない。


 認めたくはないが、この男の行動にテテュラが救われた事実もあるようで、割って入ることはできなかった。


「さて、でも抜けるんだったら、それは返してもらおう」


「え?」


 一瞬だった。クルシアの右手には、血に汚れた魔石があった。


 テテュラの胸にあった魔石を引きちぎったのだ。


「――ああああっ!? ああつぅっ!?」


「――テテュラちゃん!?」


「貴様……!」


「あー……ストップ、ストップ。大丈夫だよ。これを抜いたくらいじゃ死なないよ」


「だからって、お前――」


 文句を言おうとした俺をスッと手を出して止めるよう促す。


「……大丈夫よ、リリア。この人を責めないで……」


「テテュラ……」


「貴女達にとって……この男が許せない人間であることも……見逃せない人間だとも……わかってる。だけど……今だけでいい、見逃してあげてほしい」


 痛みに苦しみながらもクルシアを気遣う。


 ウィルクが駆け寄り、治癒魔法をかける中、クルシアに対し、恨みしか持たないナタルは容赦なく文句を言う。


「貴女にとって、どれだけの人か知らないですけど、この人はこの国中の人間が苦しんでいたのを喜んでいたのよ! 貴女、どんな人間を庇っているのか、本当に理解してますの!」


「ナタル」


「わかっているわ。おかしいのもわかっている。それでも……なのよ」


「テテュラ……」


 俺達には到底理解できない想いなのだろうか。傷つきながらも切なげに話すテテュラには今、この場を黙らせる説得力のようなものがあった。


 だが、そんな想いを知ってか知らずか、クルシアは軽い口調で、


「心配しないで、テテュラちゃん。そもそもボクが捕まるなんてあり得ないから。それに――」


 人の想いまでをおもちゃにするかのような言い方に、さすがに我慢の限界がきた。


 テテュラには申し訳ないと思いながら、杖を手にしようとした時――背筋が騒ついた。


「お礼なんて要らないよ。ボクの可愛い道化ちゃん♩」


「――っ!?」


 テテュラの身体が大きく振動する。


 脈を打つように、ドクンっドクンっと身体が動いている。


 テテュラはそのまま前のめりになり、息苦しそうに呼吸する。


「か……はあっ!? ぐぅ……」


「テテュラちゃん? ――テテュラちゃん!?」


「しっかりするんだ! テテュラちゃん!!」


 横にいたアイシアとウィルクが強く呼びかけるも、荒く、苦しそうに息を続けるだけだった。


 そんな様子をこの男は、満足げな笑みをしたかと思うと、


「――あっははははははっ!! 最高だよ、テテュラちゃん。君の人生録は本当にいい!」


「クルシアあぁーーっ!!」


「貴様ぁっ!! テテュラに何をした!?」


 俺とハイドラスが声を荒げて聞くと、わざとらしくお得意の責任転嫁から始める。


「なーんにも。これを引き抜いただけだって。仕方ないでしょ? これ回収しなくちゃ、ドクター機嫌悪くなるんだもん」


「――ふざけるのも大概になさい!」


 カルディナも激昂し、突きでの突進攻撃を行うも、ひらっと回避されてしまう。


「くっ……」


「まあまあ話を聞きなよ。テテュラちゃんがどうしてこうなったか、知ってからさ」


「だろうな。説明しろ!」


「リリアちゃんって時々、女子力なくなるよね? 怖いよ」


「煩い! そんなことよりさっさと説明しろ!」


 (なだ)めるように、どうどうという仕草を取り、説明を始める。


「わかった、わかりました。テテュラちゃんが苦しんでいる原因はこれさ」


 テテュラから抜き取った魔石を見せるが、こちらとしても十中八九はそうでないかと考えている。


 その抜き取った拍子に魔術的な何かを仕込んだでもない限りは、それ以外の理由は見当がつかない。


「これはどういう物かって言うと……」


「魔物化出来るって話だろ? それはテテュラから聞いた」


「あそ。ならその辺もう少し詳しく説明するとね、この魔石はいわば第二の心臓なんだよ」


「なに?」


「ほら、魔物はこの世界において調律師みたいな立場にある。わかるよね?」


 魔力の循環のことを言っているのだろう。俺達は常識の範疇(はんちゅう)であると、無言でクルシアに視線を合わせると、続きを語る。


「半魔物化、それは人間の細胞と魔物の細胞の共存がなった結果なんだよ。それでこれは魔物サイドを維持するためのものさ」


 と言いながら、テテュラの魔石を見せびらかす。


「だったら、それを抜き取ったことで魔物の細胞は消えて、人間に戻るための身体の変化に苦しんでいると?」


 リュッカが希望を持った意見を言ったが、クルシアはそれを否定する。


「そんな都合が良いわけないって。変質した細胞が元に戻る手段はないよ。そうでしょ? 白い壁に黒のペンキを塗りたくったらさ、元の白さに戻すのに色々するでしょ?」


 言わんとしていることは理解できる。


 ペンキを綺麗に落とすにも、特別な材料や技術が必要なように、変質した細胞を元に戻すなんて、もはや神の身技だ。


 それを説明されると、そこから連想される恐ろしい答えにファミアが辿り着く。


「なるほど。つまり、人間のものが魔物のものに勝てるということは考えにくいことから、彼女は本当に魔物化するってことかしら?」


「!? そ、そんな……」


 ウィルクに懸命に治療されるテテュラを絶望した表情で見ていることしかできないアイシア。


「クルシア……貴様という――」


「早まらないの、殿下。それは半分しか正解していない」


「半分だと……?」


 半分でも正解していることも悪いが、これ以上に何かあるのかと疑問に思っていると、


「――ごぼぉっ!? ごはっ! けはっ!?」


 テテュラは口から黒いヘドロのような、ドロっとした異臭を放つ物体を吐き出した。


「テテュラちゃん!! テテュラちゃん!!」


 それを見たアイシアは泣きながら、呼びかけ続け、ウィルクは懸命に治療を続けながらも、これに対して何ら対応できない自分に歯痒さを覚える。


「さっさと答えろっ!!」


「いやいや、よく考えれば答えなんてすぐさ。リュッカちゃん」


「な、なんです?」


「魔物に詳しいよね? 魔物が生きる上で絶対に必要な物は何?」


 クルシアは奪い取った魔石を放りながら尋ねた。


「それは魔石です。あれは魔物にとっての心臓ですから」


「はい、正解」


 パンパンパンと渇いた拍手を送るのみで、それ以上をわざと話さない。


 俺達に答えを見つけさせるように。


「クルシア、さっさと……答え……」


 俺はクルシアの手に持つ魔石に唐突に目がいった。


「――!?」


「どうした? オルヴェール。何かわかったのか」


 俺はその恐ろしい事実に言葉を失う。


 そんなことがあり得るのか、そんなことがあっていいのかと。


 だが、そんなショックを受けている間に、刻々とテテュラの状態が悪くなるだけだと、深刻そうに思い立った(おぞま)しい答えを口にする。


「テテュラは……魔石化するってことじゃない?」


「「「「「!?」」」」」


 その答えにクルシアは大きく口元を緩ます。


「魔物の細胞……つまりは魔物の部分の維持には魔石が必須。だけど今のテテュラには人間の心臓しかない。それだけでは魔物の細胞の制御が出来ず、乗っ取られる」


「待て。そうとなると自然消滅……死ぬのではないのか」


「それも一瞬浮かんだけど、コイツのことだ、簡単な殺し方をするわけがない」


 さっき無闇に殺すのは三流のやり方と言っていたクルシアの性格を(かんが)みれば、ただ死ぬことはないと考えた。


「人間にだって魔力が通っていないわけじゃない。そもそも魔物が作られる原因は負の感情……つまり人間だ」


 その説明を聞いていくうちに、一同の緊張感も高まって、みんな息を呑み、聞き入る。


「魔物の細胞からすれば、最高の住処だ。人間の心を栄養分とし、身体は魔力の通りのいい魔石に変えてしまえばいい。……つまり、魔物として生きるために、魔物の細胞は本能的にテテュラの身体を魔石化するってことだなっ!!」


「ピンポン! ピンポン! ピンポーン!! 大・正・解〜!!」


「「「!!」」」


 テテュラを含め、側にいた二人も驚愕する。


「クルシア……そんな……」


「ちゃんと注意は聞いてたでしょ? テテュラちゃん。ドクターからデメリットもあるって」


「聞いてはいたけど……そんな……」


 青白くなっていくテテュラを見てはおれず、


「ならさっさとその魔石を渡せっ!!」


「別にいいけど、もう無理だよ。兆候が出てるし、そもそもドクターじゃないと難しいしね。これを開発したのドクターだし」


 さらりと無理だと否定する。


 吐き出ているアレが兆候なのだろう。そのヘドロは何やらうぞうぞと動いているようにも見える。


「こんなの酷いよっ!! クルシアさん、優しい人だって思ってたのに……」


「ごめんよ、シアちゃん。でも見た目やちょっと優しくしたくらいで信用しちゃダメだぞ」


 それはまるでナタルにも言っているかのような皮肉に聞こえる。


「グルシアっ!! わたじは……こんなことを望んでは……いない」


 テテュラは口から黒いヘドロを吐き出しつつ、これが望んだ結末でも、未来でもないと叫ぶ。


 テテュラが本当に望んでいたことは、ただただ平凡な幸せだったことにさっき気付いた。


 一緒にいてくれる家族、笑い合ってくれる友達、苦楽を共にしてくれる仲間。


 そんなかけがえのない存在が一人でもいい……欲しかっただけなんだと。


「わかってるよ、テテュラちゃん。君が欲しかったものは、誰かに愛して欲しかったんでしょ? 誰かに一緒にいて欲しかっただけなんだよね?」


「クルシア……」


「大丈夫だよ。君の望みはこの作戦を決行した時点でなってる。これだけの騒動が各国の人間がいるところで起きたんだ……情報収集が相当下手でない限りは知ることになる。そうなれば『西』の連中も黙っちゃいない」


「そうでしょうね。五星教も動くかしら」


「当たり前だよ。黒炎の魔術師すら抹殺対象に入れてる連中らだよ? どこまで動くか未知数なあたり、不気味だよねぇ」


 クルシアはそれコミで、この作戦をテテュラに提示したんだ。成功しても失敗しても闇属性に対する不信感は増すことは必然だったんだ。


「だからさ、テテュラちゃんの英雄劇もシナリオ通りに進むってわけ。まあ、その英雄になる予定のテテュラちゃんが魔石になるじゃあ、お話にならないけどね」


「その言い草だと、テテュラの意思を継ごうとは……」


「ははっ! ないない。そんなつまんないこと。だって、その気になればボク、世界征服なんて簡単だよ」


「随分と頭の飛んだ発言だ」


 俺はこの話自体は説得力があると考える。


 道化の王冠(クラウン・クラウン)はクルシアとバザガジールがいるだけでもヤバイことはテテュラが証明している。


 何せ、計画したのはクルシアとはいえ、これだけの事件をテテュラ一人でこなしている。


 それを育成したのが、クルシアとバザガジールと言っていた以上、テテュラを超えてくるのは必至。


 バザガジールは噂にもなるほどの最強最悪の殺人鬼。クルシアは俺達でも苦戦したテテュラから、弱っていたとはいえ、誰にも気取られることもなく、魔石を引き抜いた。


 しかも、クルシアも半魔物化できることを考えれば、それ以上の実力。魔術師団、アルビオ、精霊、成長したシドニエやミルア、ユニファーニを相手にして、傷一つどころか服に汚れ一つない。


 フィンの言う通り、化物と呼ばれるのも納得できる。


「クルシア……貴方……」


「誤解しないでほしいんだけど、テテュラちゃんがいるなら協力するよ。それがボクらのルールだろ?」


「……!!」


 俺達は道化の王冠(クラウン・クラウン)での取り決めは詳しくは知らないが、あくまで発案者ありきなんだということだけは会話の中から読み取れた。


「それにもう一つの君が見失っていた望みも叶ってるよ。ずっと側にいたいんでしょ? 大丈夫っ!! 心配ないさ。ずっと忘れないよ、彼女達なら……」


「わ、忘れない……」


「そう、忘れないよ。ずっと残り続けるよ……心の中(トラウマ)にね!」


「な……!!」


 あまりのことに言葉を失ったテテュラの瞳に、もう希望の光はなかった。


「テテュラちゃん、君の望んだ景色を見ようと思うなら、君は自分自身であの運命に立ち向かうべきだったんだよ。もしくはか弱いお姫様でいるべきだったか、はたまた彼女達のような友人に歩み寄る努力をするべきだったか……何にしても取るべき手を間違えたね」


「お前がその選択しか与えなかったんじゃないのか?」


「そんなことないよ」


「……」


 この屁理屈屋のことだ、口八丁手八丁で丸め込んだものだと考える。


「わ、私ばはあっ!?」


「テテュラちゃん……」


「くそっ! どうすればいい……」


 テテュラの様子をすぐ側で見ている二人は、どうすることもできない無力さに打ちひしがれる。


 治療に関しても魔石が入っていた部分の傷口は塞いでいない。


 クルシアの言うことが本当なら、あの魔石をここに入れて、少しでも元に戻る可能性を持ちたいからだ。


 だがそのクルシアは勇者展望広場で、唯一崩れていないモニュメントの上に跳び、腰掛けている。


「テテュラちゃん、君は本当に素晴らしい道化だったよ。あの悲劇からのヒューマンヒストリーは中々見応えがあった。そして、その集大成……終幕(フィナーレ)がこれさ」


 口からだけでなく、鼻や耳からも黒いヘドロのようなものが出てくる。


「――あつっ!?」


「大丈夫か、アイシア――っ!?」


 テテュラから吐き出る液体に触れた時、反射的に離れた。その液体はアイシア達の肌を一瞬溶かした。どうやら有害な液体のようだ。


 溶解液に近い類のものだろうか。


 そろそろ頃合いだろうと、クルシアは楽しそうにお礼を告げる。


「最終的には魔物にまでなってくれるんだもん。でも心配しないで、例え君がここで死んでも、殺されても彼女達は忘れないよ」


「クルシア……」


 懇願するような小さく嘆く呼びかけ。


 だが、その思いも声も届くわけがなく、


「――さあ! 最後まで踊り狂ってね? 道化(テテュラ)ちゃん?」


「クルシアぁ……がぼぉ! ごほぉおっ!?」


 届いて欲しいと叫ぼうとした言葉も、黒い液体によって(さえぎ)られてしまった。


 テテュラは身体中が何か敷き詰められたように、重く感じている。先程より明らかに吐き出る液体の影響なのだろうとふと浮かんだ。


「テテュラちゃん!? テテュラちゃん!? お願い! 元に戻してっ!!」


 テテュラが心配だからか、強くしがみつくようにテテュラを抱きしめ、何とかするよう尋ねるが、


「いや、だから無理だって……」


 やはりさらりと断られた。


 刻々とテテュラの周りが黒い液体で満たされていく。


「彼女から離れろっ! もう何が起こるかわからん! とりあえず距離を取れ!」


 そうハイドラスの指示が飛ぶと、残っていた騎士は勿論、俺達もやむなく距離を取るが、アイシアは一向に避難する気配がない。


「何やってるの、アイシア! テテュラのことが心配なのはわかるよ。でも、何が起こるかわからないんだ、早く!」


 どんな魔物になるのか、それともそれを超越した存在か、いずれにしても人が魔石になるという話自体、何が起きるのな不明である。


 一刻も早く、テテュラから離れるよう促すが、アイシアは聞こうとしない。


「いやぁっ!! テテュラちゃんと約束したから! 一緒にいるって!」


「……おぼぉ……」


 テテュラはこんな風になってしまった自分をこんなに案じてくれることに、有り難さや申し訳なさが募る。


「――ウィルクっ!! その馬鹿を引っ張って連れてこい!!」


 もう時間がないとハイドラスは急かす。


 それもそうだ。テテュラから吐き出る液体は徐々にテテュラ達を囲もうとしている。


「頼む、アイシアちゃん。君の気持ちもわかる。あのクソ野郎にやられたテテュラちゃんのことを思えば……。だが、ここで君まで被害に遭えば、それこそテテュラちゃんが悲しむぞ」


 もう喋ることもできないテテュラを代弁するかのように説得するも、


「やあっ!! 絶対、絶対一人になんてしない!!」


「――アイシアちゃん!!」


 もうテコでも動かないとガッシリとテテュラを抱きしめる。


 俺達みんなでアイシアに呼びかけるも、一向に聞こうとしない。


「くそ、分からず屋と天然頑固って奴は……」


 迫り来る終焉の時。テテュラは身体から無限に出てくる液体を吐き出しながら、自分の無力さ、愚かさ、弱さを呪う。


 あれだけの力を持ってしても、本当に望むものを見失い、自分よりも圧倒的に弱いはずのアイシアがもっとも強いものを持っていることに気付く。


 人を思いやり、寄り添い、信じることは簡単なことではない。特に自分はあの地獄を味わったが故、もっとも困難なこと。


 だが、彼女ならこんな私を受け入れ、変えてくれる。


 いや……、


(――変えてくれた!)


 テテュラは左手にナイフを手早く持つと、アイシアの右手の甲を刺した。


「――あああっ!? ああ……」


 加減もできなかったのか、思わず貫いてしまう。


 その痛みで反射的にテテュラを離したアイシアは、ウィルクに寄り掛かった。


「テテュラちゃん……」


「……びっべ(いって)……」


 ウィルクはテテュラの覚悟を受け止め、アイシアを抱き抱え、その場を離れる。


 走ってもいないのに景色が進む違和感に、痛みから目を覚ましたアイシアは、周りを見渡す。


 そして、


「テテュラちゃん……?」


 そこには優しく微笑むテテュラの姿があった。


(良かった……ありがとう……)


「は、離して……離してっ!!」


「ごめん、アイシアちゃん。でも、これが彼女の意思だ」


 右手に刺さったままのナイフを見た。その痛々しい光景よりも、そこからくる痛みよりも、そうさせることしかできなかった、何もできなかった自分に腹ただしさと切なさがアイシアを襲う。


「――テテュラちゃぁぁん!!!!」


 その叫び声が届いたか否か、テテュラはその黒い液体に飲み込まれた。


 テテュラを包むほどの球体のまま、脈を打つ物体を前に、俺達は構えるほかなかった。


「テテュラちゃん……テテュラちゃん!!」


 ウィルクの治癒魔法で右手の治療を行いながらも、悔しさに泣いて、名を叫ぶ。


 すると、黒い球体はもぞもぞと動き始めると、ボコッと歯茎(はぐき)まで剥き出しの口だけが無数に湧き出てくる。


「アハ!」

「ヒヒヒ!」

「アハァ! アハハ!」


 ボコボコと気味が悪いほど出てくるその口は「アハアハ」笑いながら出てきたかと思うと、


「死ねシヌ死ねシネシネしね……」

「アアッ!? クルシイクルシイクルシイ……」

「憎い憎い憎い憎んでニクニクニクイィーッヒヒ……」

「殺すコロシテコロサレルコロ殺して……」


 その無数の口は怨嗟を叫び狂い始めた。


 そのあまりにも酷い光景に、俺達は絶望したように落胆する。


「テテュラ……ちゃん」

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