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問おう! 貴方ならこの状況、歓喜しますか? 絶望しますか?  作者: Teko
5章 王都ハーメルト 〜暴かれる正体と幻想祭に踊る道化〜
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45 葛藤

 

 ――展望広場ではカルディナとテテュラの激戦が繰り広げられている。


 周りの状況から強敵と判断したカルディナの攻撃に加減がない。しかも、下手な騎士よりも腕が立つのか、簡単にはやられない。


「フ……授業中のアレは演技でしたのね。こうして刃を交えられるとは!」


「伊達にワヤリー家の娘ではないと言ったところかしら!」


 キャットファイトと呼ぶには(いささ)か過激に過ぎる戦闘風景。緊迫した状況であるためか、元々綺麗系の顔立ちの彼女達の形相は怖い。


 カルディナはで楽しげに、テテュラの睨む形相はまるで威嚇(いかく)する獣のような感じだ。


 そんな二人の間にオリヴァーンが割って入る。


「失礼っ! 君に何かあられてはアライスに顔向けできないのでな」


「マジックポーションは頂きましたの?」


「ああ。彼女達からもらったよ」


 そこでは魔力消耗の激しいハイドラスや魔力不足に陥っている騎士達にもナタルとリュッカがマジックポーションを配布している。


「とはいえ、長期戦は不利。一気にいくぞ! アライスの娘!」


「ええ! 参ります!」


 カルディナとオリヴァーンは連携攻撃を開始。


 素早く動き回り、翻弄しつつ細やかな攻めでプレッシャーを与えていくカルディナと、豪快かつ繊細な勇ましい槍捌きのオリヴァーン。


 隊長達の間で顔馴染みということもあって、カルディナにもアライスと重なるものがあるのだろう、見事な連携を取られる攻撃にテテュラも押され気味になるも、


「――っ!」


「ちっ」


 テテュラの持つ獲物はフェルサやユーキルの状態を見る限り、速攻性の毒系が塗られていると考えるのが自然だ。


 当たれば一瞬で身動きが取れなくなると判断した方がいい。


 何せ、ある程度の毒に耐性のある丈夫な獣人(フェルサ)ですらあの様だ。


 そんな厄介な武器を複数マジックボックスに持っているのに加え、


「消えた!?」


 オリヴァーンは部下もやられた要因となったステルスを目の当たりにする。


 (せめ)ぎ合いの最中、一瞬、味方の影になっていた死角から消え失せたのだ。


 目の前で消えたところを見たカルディナはすぐに斬り裂くが、(くう)のみを斬った。


「どこに……?」


「落ち着きなさいな、オリヴァーン殿」


 すると、カルディナは素早く辺りを見渡すと、


「そこっ!!」


 キィンと鋼がぶつかり合う音が響き、受けられた。


「……よく見破ったわね」


「あら、単純なことだそうですよ」


「?」


 まるで誰かから助言があったような口ぶりのカルディナに疑問を抱くが、次の攻撃でそれが理解できる。


「――シャドー・ストーカー!!」


「!」


 詠唱を終えた俺の魔法がテテュラを襲う。


 その無数の影すら冷ややかに回避するテテュラに、驚愕しながらも何とか捕らえられないかと影を操る。


「大人しく捕まってよ!」


「なるほど、影ね」


「その通りですわ。ステルスの闇魔法は確かに厄介なものですわ。何せ姿のみならず、音、気配すら遮断する。それだけ聞けば強力に聞こえますが、そこにいるのなら必ず残るものがあります」


「それが影というわけか」


「ええ。まったく、先入観というのは恐ろしいですわね」


 口で簡単に言うが、テテュラほど素早く動く影を追うのは至難の技。


 俺のような影を得意とする魔術師や手練れた戦士でなければ、対抗することは難しいだろう。リュッカやソフィスに同じことをやれと言われたら難しいだろう。


 まあ俺も影の気配を追えているだけで、この魔法を唱えていなければ、簡単にやられているだろう。


 つくづく魔法使いというのは無防備だと知る。


 そんな戦いを心配そうに見守るアイシアの表情はとても辛そうだ。


「見ているのが辛いなら、ポチと一緒に殿下達を連れて避難なさい」


「シア、気持ちはわかるけど、わかってついてきたんでしょ?」


「う、うん……」


 ここに来る前に俺はテテュラが十中八九、この事件に関わっているのではないかと説明している。


 証拠はなかったが、根拠はあることを説明した。


 考えれば不審な点はいくつか浮かぶが、決定的だったのはやはり初対面の時の出来事とその場所。


 たまたまとはいえ、テテュラと初対面した時の路地裏に来たことで見えてしまった。


 おそらくではあるが、あの路地裏でしていたことは魔法陣の設置。テテュラの運用するステルス魔法で建国祭まで忍ばせていたという感じだろうか。


 そして、こうして対峙することで合点がいってしまう。あの時の動きは今のテテュラの戦い方の動きと類似している。


 だが、それを聞かされたアイシアは信じられないと口論にもなった。


 信じられないのは俺自身もそうなのだが……。


 そんな攻防もひと段落つき、互いに距離を取ると、ウィルクが悲痛な叫びで訴える。


「もう見ちゃいられないよ。頼む、もうそんな悲しい戦いはやめよう」


「貴方、まだそんな……」


「いくらでも言いますよ! 彼女は優しく、時には厳しく、友人達と接してきた。そんな優しい彼女がこんなことをするとは思えない!」


「わ、私もです!」


「シア……」


 ウィルクは同じ学科からそう語るのだろうが、女の子贔屓(びいき)な部分が目立つのは日頃の行いから。


 だがアイシアは寮での生活でも一緒にいる機会もあり、積極的に会話していたこともあって、信じがたいという心境だろう。


「テテュラちゃんはそりゃ怖い時もあるけど、勉強とか見てくれるし、一緒に出掛けたり、お話したり……私の友達だもん! リュッカだってそうでしょ?」


「私も信じてあげたいけど……」


 ルームメイトだった影響もあってか、どちらかと言えばリリアの言い分の方が信じられるし、この光景と敵意を剥き出しにする彼女を見れば、一目瞭然だ。


 だが動機の方で何かしてあげられることはないかと、考えたりする。


「私はどうしてテテュラちゃんがこんなことをするのか知りたい」


「……そうですわね」


「そんなの決まってる! あのクルシアってガキのせいだ!」


 その名前に聞き覚えがある俺を含めた一同は、一斉にウィルクの方に視線を向けた。


「クルシアって、水色の髪の?」


「ああ。前にオルヴェール達が話してくれた男だ。今はあの崩れた所の下でアルビオと交戦している」


「ええっ!? な、何で? クルシアさん、あんなに良い人だったのに……」


「アイシアちゃん達とどう接してたか知らないが、その時のクルシアは猫をかぶってたんだよ。だってあのガキが魔人事件の黒幕なんだから」


 それを聞いたナタルの表情が豹変する。


「なら、あの時……かけてくれた言葉はなんだったの? あの男は私を慰めながら笑っていたとでも!?」


 絶望した表情から、姿なき男に対する怒りが表を上げた。


 ナタルはメトリーが亡くなった時に、花になぞらえて慰められた。


 本心から嬉しかったし、メトリーの分まで幸せに生きよう――この気高く咲く花のようにと。


「委員長……」


「そ、それ、本当に……」


「ええ。本人がそう言ったのだから間違いありませんわ」


 ショックを受けるアイシアに、さらりと冷静にファミアは言い放った。


「本当に……何が起こってるの?」


 こんなに取り乱すアイシアは初めて見た。


 テテュラの敵意にクルシアが黒幕という情報。情報量とその内容があまりにも衝撃的で、整理がついていかないようだ。


「シア、落ち着いて」


「う、うん……」


 アイシアもナタルも尋常ではない精神的ダメージを負ってしまう。


 リュッカは二人がこれだけ取り乱していることと、ユーキルとフェルサの治療に一生懸命なせいか、冷静でいられるようだ。


「リリアちゃん、シアとナタルさんはポチと一緒にこの場を離れてもらおう。殿下達を連れて」


「わかった。サポートは――」


「ぐっ……!」


「むうっ!?」


 少し目を離した隙に、前衛を担っていた二人にナイフが刺さっていた。


「あっ! ごめ――」


「邪魔よ!」


 謝ろうとした時、目の前に俺を跳ね除けようとしているテテュラがいた。


 翔歩で近付いたのか、防ぐ手立てがないとせめてもの抵抗に腕で防ごうとする。


「――さ、せないからぁっ!!」


「――なっ!?」


 応急処置を施されたフェルサが守ってくれた。


「フェルサ!」


「リリア、影魔法で距離を……」


「オッケー」


 まだ手の傷口が痛むのか、痛みを我慢しながら指示を送る。


 影の魔法でテテュラを捕まえようと攻めるが、ひらりひらりと回避されたが、距離をとることには成功。


 するとのそっと、黒フードの男ユーキルも前衛に戻る。


「姫、失態の挽回を……」


「いいわ。存分に――」


「もうやめてっ!!」


 その悲痛な叫びが幽幻の夜景にこだまする。


 その叫びをあげるアイシアの顔はぐしゃぐしゃだ。涙は止まらず、苦しそうな表情からも何が語りたいのか伝わってくるよう。


 リュッカの時とは違い、悲しみに暮れる大粒の涙を流す。


「こんなのおかしいよ。クルシアさんが魔人事件の犯人だとか、テテュラちゃんが……こんな……」


 騎士の亡骸を見て、さらに表情が歪む。


 本当はもうわかっているのだろう。これをしたのはテテュラだと。


 でも、信じたくない自分も心の中にいて、どう整理をつければいいのか、何を信じればいいのか、わからないのだ。


 優しくも厳しいテテュラ。物事に詳しく、頼りになるテテュラ。悟ったように暖かく見守ってくれるテテュラ。


 友達として接してきた時間は嘘ではなかったのだと、思い出の中にちゃんと息づいている。


 今のテテュラと重ならない人物像に困惑する。


「ねぇ、お願い……もうやめよう」


「シア……」


「テテュラ、これだけ思ってくれる友人を貴女は裏切ると言った。こんな優しい彼女を裏切ってまで叶えたい望みなの? 殿下の首は……」


 フェルサは自分以上に痛みに苦しむアイシアのために、テテュラに真意を問う。


 するとテテュラは、少し目を(つむ)ったかと思うと、すぐに返答した。


「ええ、そうよ」


 その返答にはショックだったが、冷めた言い方ではなかった。


 どこかに躊躇(ためら)いがあるような声に聞こえた。


「ねぇ、テテュラ。そろそろ本当の目的を話そう。正直、捕まえてから聞き出そうと思ったけど、どうもそうはいかないほど強いみたいだしね」


「……」


「言いたくないのはわかるよ。殿下の首を狙うほどだ、よっぽど暗い影のある理由だと思う。だけど、話してみたら、解決できるかもしれない。そうじゃなくても気は楽になるかもしれない」


 刑事モノみたいに上手く説得できる自信はないが、それでもテテュラは友達だ。


 それに裏切ると言ったってことは、友達と思ってくれてるってことだ。説得はできるはず。


「そうだよ。お願い……」


 するとテテュラは観念したのか、本当の目的を話してくれた。


 だが、それはあまりにも突拍子もないことだった。


「……勇者になることよ」


「は?」


「私は勇者になるために、ハーメルトの王族の首が必要なのよ」


 一同は何を言っているのか、まったく理解できなかったが、それはテテュラもわかっているようで、仕方なさそうに笑った。


「いきなりこんなこと言われてもまあ、そんな顔になるわよね」


「まあ、そうですわね……」


 あの冷静なファミアですら動揺を隠しきれていない。


 だが、これから話す話を聞くうちに、その意味がわかってくる。


「私が闇属性だということは理解できてるわよね? そして私がどこから来たのかも……」


「……! 西!?」


 西大陸は闇殺しとまで呼ばれているところだ。そこから考えれば、答えは難しいものではないと気付く。


「で、でもこちらへ移住できてるではないですか? この国では属性の差別などありません」


「ええ、そうね」


「だったら何故?」


「だからよ」


「え?」


「確かにこの国は勇者の影響もあってか、差別問題はほとんどないわ。東大陸の一部の国は受け入れてる事実があるのもわかってる」


「だったら――」


「でも、良しとしないのもいるのは事実でしょ?」


 ハイドラスは、ぎくりと軽く動揺する。


「この東大陸でさえ、闇属性持ちに対する偏見はあるわ。多少は仕方ないにせよ、行き過ぎた行為があるのも事実だわ。そうよね?」


「あ、ああ。残念なことだが……」


 俺達が知らないところで、この東大陸でも差別による非情行為は行われているようだ。


「貴方達の活動も私は知っている。実を結ぶまでは随分とかかりそうだけど。王妃様もご苦労されているようで……」


 外交を行なっている王妃を労うも、その発言から監視されているのではないかと悟ったハイドラスは物々しく尋ねる。


「母上にまで手を出していないだろうな」


「それは安心して。外交をしているだけに厳重じゃない。クルシアやバザガジールでも送り込まない限りは大丈夫よ」


 するとファミアは何かを悟ったのか、テテュラの心のうちを話す。


「つまりアレね。貴女、ハイド達が行なっていることの遅さに痺れを切らしたってところかしら? だとしたら随分と忍耐のないことで。歴史から作られた認識というのは、そう剥がれるものではないのよ」


 ハーメルトは勇者の心情を受け継ぎ、誰も差別のない平和な世界作りを掲げていた。


 非常に困難な道のりだからこそ、忍耐と積み重ねが必要な事業と言えるだろう。


 この世界では属性による差別というのは、どうしても発生する。


 関係性、環境、将来、この世界の人生において左右するもの。それを変えようというのだ、一朝一夕で変えられるものではない。


 ましてや悪行を働いた闇属性持ちは、人々の畏怖を買っている。そこの常識を(くつがえ)すこともまた難しい。


 だがそのファミアの一言に、テテュラの表情が変わる。


「忍耐……ですって?」


「テ、テテュラ――」


「ふざけたことをぬかすなぁっ!!」


 これだけの怒りの感情を吐き出すテテュラは初めて見た。


 身震いするほどに恐ろしく、思わず黙り込み、膠着(こうちゃく)してしまう。


「そんなこと、貴様に言われなくてもわかっているわ! そんな簡単に変えられるものならやっているわよ! でもあの勇者ですら、変えられなかった世界がある!」


「それが……西」


「そうよ。あの勇者でさえ、人形使い(ドール・マスター)の遺恨を消すことはできなかった。……あなた達からすれば笑い話もいいところよね? 死んで尚、あの人形使い(ドール・マスター)は私達、西大陸の人間を操り続けている。滑稽(こっけい)にしか映らないでしょうね!」


「そんなことは……」


「同情なんてするなっ! 余計、惨めになる!」


 堪らず爆発した感情は誘爆するように、テテュラの堪忍袋をさらに破裂させる。


「その操り糸に絡まっているのは、私達、闇属性持ちだけではない! それを殺す側の五星教もそう! いつまでも闇属性という恐怖心に駆られ、殺せば解決するという異常殺人者達を誰が許せる! ファミアっ!!」


 呼び捨てで怒鳴って呼ばれたファミアは、ビクンと反応した。


「貴女、さっき忍耐はないのかと聞いたわね? ……言えるの? ギロチンに首を押し込まれた人達に、今は助けてあげられない、未来の人達のために我慢して死んでくれと、貴女は言えるの!?」


「……言えるわけないわ」


 先程の発言は軽率だったと、反省混じりの小さな声で返答するも、テテュラの怒りに油を注ぐだけのものとなる。


「何故!? 貴女言ったじゃない! 忍耐が足りないと! 死ねと!!」


「……」


 酷く発言に後悔するファミアの表情は、苦悶に歪んでいる。


 だが、誰も彼女を守ることはできなかった。


「そんな未来があっていいわけがない。罪もない人を殺して称えられる世界なんて……あっていいわけがない!」


 俺達にはその身を裂くような彼女の痛みを正しく理解することは難しいだろう。


 だが、


「でもそれで殿下の首を狙うのはおかしくない? むしろ殿下はいい方向へと導こうとしているわけだし……」


「そ、そうだよ。リリアちゃんの言う通りだよ。テテュラちゃんが殿下のお命を狙う理由とは矛盾してるんじゃない?」


 ここまでのテテュラの話を聞いていると、西大陸の環境を変えようというのが真の目的。


「……言ったでしょ? 私は勇者になるんだと」


 テテュラが言うその意味は、まだはっきりと浮かび上がってこないが、ここでハイドラスが閃いた。


「まさか……私達の命を戦争の火種にするつもりか!?」


「どういうことです、殿下!」


「おそらくだが、差別の問題を訴えかける我が国の王族が、その差別問題に取り上げられている者の手に堕ちたと知れば、周りのほとんどはその者に対し、犯罪者予備軍のような扱いを取るだろう」


「そうか! 助長させることが目的」


「そうだ。そうなればきっと遠くない未来に、理不尽な魔女狩りが行われるだろう。そこを……勇者の如く現れ、我らを悪として裁くというわけか」


「なるほど。この建国祭は他国の人間も大勢来られるし、この事件の首謀者がわかることも時間の問題」


「そうよ」


 それを聞かされた俺達は、テテュラらしくないめちゃくちゃな考えだと感じた。


 すると、これは口を出してもいいとファミアが呆れたように首を横に振りながら語る。


「わかってる? それはただの独裁よ。ハイド達が目指しているものとはかけ離れたものだわ」


「わかっているわよ。でも、あなた達はわかっていないのね」


「なに?」


「独裁を許しているあなた達が指摘することではないわ」


 西大陸に存在する五星教のことを言っているようだ。


「他国だからと胡座(あぐら)をかいていたご先祖がいるあなた達の言えることではないわ。良しとしないと口だけで言っているのは、何もしていないのと一緒よ。それに五星教を作り上げたあの国も、大きくなり過ぎた五星教に何も出来ず、独裁に目をつぶっているのよ!」


 完全に独立した組織となっているのだと語る。


人形使い(ドール・マスター)の問題を独裁という形で解決して放置したあなた達の言えたことではないわ。……独裁を独裁を持って応えたのはあなた達なのだから!!」


「でもそんなの悲し過ぎるよ。結局、悲しむ人しか作れない」


「貴女には覚えはないの? 闇属性持ちとして生まれたことに対して……」


 転移者である俺にはない。運がいいことに恵まれた環境で生活させてもらっているからか、そんな悩みを持つことはなかった。


 だが、本人(リリア)自身にはあった。


 遺書にも書かれていたが、闇属性持ちは恐怖の存在なのだと被害妄想していたのを思い出す。


「ないことはないけど……闇属性持ちだから、ちょっと怖いなっ的な?」


 リリアの遺書の内容を濁したように答えると、テテュラはこじつけるように語る。


「その怖いも周りの人間の偏見、差別が生んだものでしょ? それを全て無くすことは無理だろうけど、行き過ぎた世界があるのも事実なのよ。それを変えるためには大きな火種が必要だわ」


「だから殿下の首……」


 ビッとナイフでハイドラスを指すテテュラの意図が理解できた。


 目的は闇属性持ちを救うための戦争の火種。動機はその独裁と世界での解決の遅さ。


 正直、同情する部分はある。


 理不尽に殺される未来は、どんな世界であってもあっていいことではない。


 それを今まで黙って聞いていたフェルサが尋ねる。


「……お前こそわかってるのか? お前の協力者、クルシアはこの国に魔人を解き放ち、沢山の人を苦しめ、あの男は笑っていた。テテュラこそ、矛盾してるってわかってる?」


「そ、そうなの……?」


 こくりと静かに頷くと、テテュラの方へと向き直し、尋ねたことへの返答を求める。


「わかっているわ。あの男がいかに最悪か。クルシアの組織の人間がどれだけの非道の集まりなのかも……それでも変えられる未来があるなら変えるわ。そもそもクルシアの組織、道化の王冠(クラウン・クラウン)は私のような人間や貴方達によって迫害された者、理解されない者達の集まりであり――」


 道化の王冠(クラウン・クラウン)はテテュラの言っていることから、活動範囲が世界中なのだと理解できる。


「――無念を叶える場所。望んだ世界を見せる場所なのよ。とはいえ、組織の他の者達はあくまで手伝うことしかしないわ。叶えるのは自分自身の行動で示し、叶えるもの。私の場合は結局、頼る部分が大きいけどね。叶える規模が規模だから……」


「まさか、あのクルシアやバザガジールを……!」


「そうよ。彼らは都合が良いことに闇属性。しかも、協力的よ。そりゃそうよね……世界を敵に回すのだもの」


 ハイドラスとファミアは苦虫を噛み潰したように、歯を食いしばる。


 クルシアはあの歪んだ性格上、面白いという理由だけで、バザガジールは強者を求める異常殺人者。世界中を敵に回せば、嫌でも強敵に遭遇する機会が巡るだろう。


 あんなのが世界で暴れられれば、ひとたまりもない。魔人以上の脅威となる。


「でも貴女の言うこともわかっているわ。()()()()()以上の報いを受ける時が来るでしょう。でも、それだけの覚悟を……全てを敵に回し、異常者と呼ばれようとも、変える覚悟が私にはある! 貴女の言う、友情を裏切ってもね!」


「ごめんね……」


 ポツリと呟かれたその一言に、思わず沈黙が支配する。


「私、テテュラちゃんのこと、わかってた気がしてただけなんだね。本当にごめんなさい」


「アイシア、それは違うよ。テテュラが言わなかったことにもあるよ」


「それは違うよ、リリィ。話してもらえなかったんだよ。私達は……友達、じゃなかったんだよぉ……」


 そう言うとアイシアは泣き崩れた。


 いつも元気で明るく、人懐っこくて、太陽みたいに照らしてくれたアイシア。


 テテュラともそういう接し方を心がけて、寄り添うことが心を開くきっかけになるのだと信じていたのだろう。


 リュッカの時もナタルの時も……俺だってそうだ。


 彼女がいてくれたからこそ、変われたことはいくつもあったし、楽しく過ごせて来た。


 何気ない日常に笑顔が大切なのだと、一緒にいることが大切なのだと、抱きしめて教えてくれたのはアイシアだった。


 だが、それが届かなかったのだと、わかってあげられなかったのだと泣きながら嘆く姿は、あまりにも残酷ではないかと考えた。


「テテュラ……」


 これを見て、何か思うことはないのかと睨むと、後悔しているようで、暗い表情をしていた。


「……勘違いしないで頂戴。貴女達との時間はとても楽しかったわ。そのことに偽りはない」


 信じる信じないは自由だと補足をつけて、俺達との関係を語る。


「正直、最初こそ戸惑ったわ。今まで、友達らしい人は誰一人いなかったから……。でも、側にいるうちに自分ですらこんなに笑うようになったことに驚いているの」


 今までの激昂が嘘であるかのような穏やかな物言い。


 本心からそう想っていたのが伝わってくるかのように、こそばゆさもある。


「私を変えてくれたのは貴女よ、アイシア。それも間違いではないわ」


「だったら……」


「でもね、それに甘んじることはもう許されないの。沢山の悲劇を私は見た。アレを知っていて、穏やかな生活ができると思う? あの痛みを私自身も知っている。無理なのよ、もう……」


 すると穏やかに、でもどこか残念そうに微笑む。


「クルシアではなく、貴女達と逢っていたら……私の人生も違っていたでしょうね」


「今からだって遅くない!」


「――貴女も! 貴女だってあるんじゃないの?」


 頑なに自分の意見を否定する同属性の俺に、同情を求めるように尋ねられるが、


「確かに不安に思うこともあるし、この先もないとは言い切れない。だけど、もし道を踏み外しそうになった時は……」


 俺はグイッとリュッカを引っ張り、(うずくま)っているアイシアを起こし、肩を組む。


「きっと助けてくれるって信じてる。私もテテュラみたいに弱いけど、一人じゃないって知ってるから……」


 テテュラが俺を殺さなかったのは同属性だから。


 きっと自分と同じ境遇にあったのではないかという同情。


 だが、俺はそのテテュラの想いには応えられない。人を苦しめた先に、求める答えなんてあるわけがない。


「リリアちゃん……」


「リリィ……ぐすっ。――リリィ!!」


「ぎゃあっ!?」

「きゃああっ!?」


 俺とリュッカはアイシアに押され倒れ込み、リュッカが下敷きになる。


「リリィ、私もだよ! 信じてるからぁ!!」


「わ、わかった。わかったから、親友潰してるから……」


「あっ、ああっ!? ごめんリュッカ!!」


「だ、大丈夫だよ……」


 そんな賑やかな俺達を見て、どこか羨ましそうに呟く。


「本当に……もっと早く出逢えていたら……」


「だから、遅くないって……」


「そうだよ! テテュラちゃん!」


 自分とは違うのだと否定するように、ゆっくりと首を横に振る。


「その言葉は嬉しいし、貴女の言う通り、私は弱いわ。だけどね、私にだって覚悟はあるし、意地もある! 今更止めるつもりはない!」


「この……分からず屋っ!!」


「これだけ話してもまだわからないなら、見せてあげるわ。私の覚悟を!!」


 すると抑えていた力を解放するように、その場で唸り始める。


 辺りの魔力がテテュラに集まるような、騒つく感覚がした。


 すると、


「――ああっ! あぁああっ!!」


 ゴキバキッと生々しく何が生え出たような音がテテュラの方から聞こえた。


 その音に間違いなどなく、テテュラの背中から悪魔の羽のようなものが、バッと生えていた。


「テ、テテュラちゃん……?」


「ううぅ……あぁああっ!!」


 今度は頭から、これまた悪魔の(つの)が生え出た。


 そして瞳の色も滲みながら変わっていく。その瞳は血に染まっていくように赤黒くなっていく。


「テテュラ、お前は一体……」


 羽や(つの)、瞳の色以外に身体の変化はないが、背中から羽が出たせいか、少し服を着崩れする。


 その乳房の辺りに石が埋まっているのが確認できた。


「これが……私の覚悟よ!」

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