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問おう! 貴方ならこの状況、歓喜しますか? 絶望しますか?  作者: Teko
5章 王都ハーメルト 〜暴かれる正体と幻想祭に踊る道化〜
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43 裏切られた正体

 

「クルシア……様?」


 解毒を終えてぐったりと寝ているメルティアナが、特徴的な容姿と声に反応した。


 明るく陽気なトーンで話す水色の髪の少年。


 ハイドラスも魔人事件の際に、救出してくれたという少年の話を子供達から聞いていた。


 マンドラゴラの恐怖心を消すように、下手くそな歌を歌いながらハーメルトへと帰る道中を守ってくれたそうだ。


 聞いていた通りの印象だが、どうして気配もなくここにいるのか、疑問を抱いた。


 だが、


「貴方がクルシアか?」


「はいはーい! そうでーす! 殿下殿」


「魔人事件の際は我が妹を助けてくれたそうだな。感謝する」


「気にしなくていーよ。お礼なんて要らないし」


 クルシアはやはり印象通りの子供みたいな性格。


 素早く手を上げ、元気いっぱいブンブン振り回したり、身体をゆらゆりと揺らして落ち着きがなかったり、いちいち動作が子供臭い。


 わざとやっているようにも見えた。


「それで、貴方はどうしてここに? 見てわかる通りここは危険なのだが……」


「その辺は大丈夫だよ。そこの姫殿下様を助けたのわかってお礼、言ったんでしょ?」


 その通りなのだが、不信感を拭う答えは聞けていない。


 すると、この男をすっかり信用しているメルティアナが、か細い声で話す。


「クルシア様、差し出がましいようですが、お願いが……あります。どうか助けて下さい」


「助けるぅ?」


「はい」


 むくっとゆっくりと身体を上げながら、切実に助けを求める。


「そこにおられる方がお兄様のお命を奪おうとしているです。……頼りないわたくしのせいで、もう少しで取り返しのつかないことになりかけました」


 自分の不甲斐なさを強く噛み締めるように語る。


 周りの臣下やハイドラスはそんなことはないと、優しい表情を向けるが、彼女には慰めにもならない。


「ですが! 恥を重ねてでもお兄様を守りたい。貴方様の強さは知っています。どうか……助けてくれませんか?」


 祈るようにクルシアへと懇願した。


 その願いにクルシアは残酷な一言から話し始める。


「ねえ? どうしよっか、テテュラちゃん? 裏切った方がいい?」


「「「「「!!」」」」」


 ハイドラスサイドの人間の目付きが一気に変わった。


 テテュラは呆れたようにため息を吐くと、クルシアの性格の悪さを指摘する。


「……貴方、わざとでしょ? 何で出てきたのよ。黙って見てるだけって言ってたじゃない」


 顔見知りと言った喋り方に、さすがにメルティアナも驚愕を隠しきれないよう。


 だが信じられないとも表情が語る。


「あー、ごめんね姫殿下。ボク――」


 勇者の銅像から飛び降りると、あの高さから落ちたとは思えないほどの、スタッとした軽い着地音を鳴らすと、


「コッチ側なんだよねぇ〜」


 テテュラの隣に降り立ち、ニコォ〜っと笑って見せた。


「いや、でも裏切ってみるのも面白いかな? どう思う?」


「やめて」


 ハイドラス側からすれば、新たな敵の登場。


 しかも彼に対して聞いた話は、何も子供達やメルティアナの話だけではない。


 リリア達から無詠唱で上級魔法を使えるという、この世界では中々チートな能力持ち。


 非常に悪い展開だとハイドラスは苦悶の表情を浮かべていると、それを察したファミアは自分のできることをする。


「貴方は何の為に出てきたのかしら?」


 少しでも情報を聞き出し、そこから分析を行うこと。


 正直今の質問はわかりきっている質問だが、答えやすい質問を重ねていくことで、口を緩める作戦だ。


「いやね、勇者君が出てきたでしょ? 正直、厳しいかな〜と思って出てきたの」


「つまりは助けに来たと?」


「まね」


 つまりこの女の力量はアルビオを除いた、オリヴァーン、ユーキル、フェルサを相手取っても引けを取らないと分析した。


「舐められたものね」


「ふふ、そりゃね。テテュラちゃんは強いよ〜」


 ぼそっと呟いた一言を拾ったクルシアは実に楽しげだ。


 癪に触ると、表情も少し険しくなる。


 するとクルシアは懐から魔石を取り出すと、ボールのようにポーンポーンと軽く投げて遊び始める。


「実際はさ、彼の操る精霊さんに問題があるわけ。正直、精霊が使えなきゃ、勇者君なんて相手にもならないよ。例え、全属性を――」


「待て」


 その手遊びしている物に見覚えのあるハイドラスは、険しいトーンへと変わる。


「何々、どーしたのぉ?」


 それに対して茶化して回すような小馬鹿にする言い方で聞き返すクルシアに、腹わたが煮えくり返りそうになる。


 テテュラは事情を理解しているようで、これまた呆れたため息を漏らす。


「その手に持っているものは何だっ!!」


「ん? これ? ああ、珍しい物だもんね、これぇ」


 あの事件を知り、実物を見ていたハーディス達もハイドラスの怒りの理由がわかった。


「じゃじゃーんっ!! 何と魔人の魔石なんだよねぇ。珍しいでしょぉ? いやぁ、入手するのには苦労して――」


「そんなことはわかっている!! 何故それが貴様の手の上にあるのかと聞いているっ!!」


 ハイドラスの怒号に対しても特に怯むことはなく、むしろ挑発するように、にんまりと微笑む。


「あーれー? これに見覚えがぁ?」


「ああ。それは殺人鬼が回収していった物と記憶している」


「……バザガジールの言っていた『彼』って……」


 アルビオはバザガジールが自分の身の上話をしていた時に、ちょくちょく口にしていた『彼』という言葉が浮かんだ。


 その『彼』はバザガジール曰く、魔人を解き放ったと聞いている。


「アルビオ、確かあの殺人鬼はその『彼』という奴が魔人マンドラゴラを解き放ったと言っていたな」


「は、はい。まさか……」


 目の前にいるその少年は、その『彼』であると手中にある魔石が物語る。


 するとクルシアは手を胸に添えて丁寧にお辞儀をする。


「どうも、魔人事件の真の黒幕、クルシアちゃんです♩」


 愉快そうなトーンの口ぶりで話すこの男に、怒りの沸点が超えるが、あのわざとらしい人の心を逆撫でするような態度や物言いから、ここで激昂すると思う壺だと感情をなんとか抑え込む。


 だが、メルティアナは別の感情を抑えられない。


「そ、そんな……何で、何でなんです!?」


 ショックを隠しきれず、苦しそうに尋ねるが、クルシアの返答はその彼女の心境などお構いなし。


「ん? 魔人を解き放った話? それとも君を助けた話?」


「両方です!」


「うーん、理由はどっちも一緒だよ。――面白そうだからさ」


「え?」


「いやぁ、あの魔人ね。あの婆ちゃんから奪ったんだけどね……」


 さらにあの魔人に関して関連のありそうな人物がチラリと顔を覗かせるが、この後話されるこの男の正体に、気にかからなくなる。


「これが中々面白くてね! いっぱい(なぶ)ってやったらさ、人間みたいに命乞いなんか始めてさ。他にも――」


 この後、魔人に拷問じみたことしたとつらつらと話すが、それはまるで新しい玩具でも与えられた無邪気な子供みたいな発言。


 その表情から罪の意識や人を傷つけることに、この男は狂った感情しか持ち得ないのだと、背筋の悪寒と同時にドロっとしたものが流れてくる感覚があった。


「――でね、ドクターからさ……そんなサンドバッグにするつもりなら、殺して魔石を寄越せっていうんだよ! 酷くない?」


「……クルシア、そんなこと誰も気にしてないから」


「え? そうなの?」


 テテュラの言う通り。脅威をもたらす魔人の生死に関して、ペットのような感覚で話されてもしっくりこないし、そもそもそこは興味もない。


「まあとにかくさ、魔人を放ったのは、魔人の最後の思い出作り……みたいな? そんな感じ? 姫殿下を助けたのは気まぐれだよ。その方がほら、面白い展開になったでしょ?」


 テテュラが黙って見ているのではと尋ねていたことを考えると、あの緊迫した光景を覗き見ていたことになる。


 ハイドラス達が苦しむ姿を面白いの一言で表すこの奇人に、(いきどお)りしか感じない。


 まるであの時、メルティアナを救っていなければ、こんな展開にはならなかったろうと語っている。


「そ、そんな……」


「ふざけないで下さい。あの魔人事件でどれだけの方が悲しい思いをしたか、わかってるんですか!?」


 似たような言葉をバザガジールにもかけた。


 あの男は蝿虫(はえむし)と吐き捨て、そのような脆弱な存在は興味がないと返答していた。


 クルシアも魔人に対する拷問や人を酷く(あざけ)る性格から、まともな返答は返ってこないだろう。


 でも、聞かずにはいられなかった。


「ええ〜〜っ!! ダメなの? 魔人さんを故郷に帰すのはそんなに悪いことぉ?」


「当たり前です! 少し常識を考えればわかることでしょ?」


 その言葉に対し、クルシアはわざとらしく首を傾げた。


「常識〜? どんな常識〜?」


「魔物は危険な存在なんだ。討伐ならまだしも元の場所に帰すだなんて――」


「危険? じゃあ何で使役してるの?」


「!」


「じゃあ何で食してるの? 危険な存在なら虐殺するのが当然って横暴じゃない? 殺人鬼も殺すの? すぐに? ねぇ?」


 そんな当たり前の常識関連に屁理屈を並べるクルシアに、ファミアが応対する。


「臨機応変という言葉はご存知かしら? 必要ならば利用する、危険ならば相応の処理を行う……当然でしょう。それに魔人は我々の生活圏を(おび)やかす存在。わざと解き放つことは人々の生活の侵害をしているということになります。それは断じて許されず、悪なのです」


「へ〜、まあそうだけどさ。魔人にも意志があるわけだし、人としての姿と理性もある。実際、ボクが虐めたらさ、泣いて懇願してたし、怖がってもいたよ。あれは人間さ」


「では何ですか? 貴方は魔人にも人権があり、この大陸に住まわすことが幸せに繋がると言いたいのですか?」


「そうそう」


 もはや当て付けであると怒鳴りたいが、この調子だとまた屁理屈をこかれることは目に見えていると、湧き立つ衝動を抑えていると、


「話がだいぶ逸れてるわよ。それとファミア姫殿下、この人に何を言っても無駄よ。貴女が怒るのを楽しみたいがために、こう言ってるだけだから」


「あ、バレた。たっはぁ〜」


 テテュラが無駄話だと吐き捨てると、クルシアはその意見を(あざけ)て肯定する。


「じゃあ話を戻すけど、ファミア姫殿下に言ったのは当て付けで、本当の理由は魔人を放り込んだらどうなのかな〜っていう素朴な疑問からだよ」


「その疑問のためだけに、貴様は我が国の民を陥れようとしたのか!?」


「とんでもない! ボクは信じてたよ、この国の人達ならこの困難も乗り越えられるって!」


「どの口が言いますかっ!!」


「この口」


 明らかに魔人を解き放つ理由に悪意しか感じないのに、そんなセリフは虚言にしか聞こえなかった。


 本当にむかつくほど、人の神経を逆撫でするクルシアは、実に楽しそうであるが、その横にいるテテュラも苛立っている。


「お喋りしてる時間もないんだけど……」


「え? 大丈夫大丈夫! ボクとテテュラちゃんが居れば、殿下と陛下の首なんてすぐに取れちゃうよ」


「――! 陛下だと!?」


「そりゃそうでしょ? テテュラちゃんの目的のためには――」


「クルシアっ!!」


「はーい」


 お喋りなクルシアを怒鳴りつけて黙らせるテテュラの怒りの理由はわかる。


 彼女のこの作戦はあくまで暗殺。この明らかな陽動作戦も基本、殿下を逃がさないためのもの。極力手早く済ませたい。


「悪いけど、貴方の協力は必要ない。これは私が成し得ること」


「頭堅いんだから〜。まあ確かに、君が成すことに意味があるのはわかるよ。けどさ、この四人、下手したらそこにいる人達総出でかかってきたら? 何もできないで後悔したこと……繰り返すつもり?」


 テテュラには自分の力の無さ、勇気、行動力、知識、何もない中で酷く後悔したことを鮮明に覚えている。


 ただあの薄暗い牢獄の中で繋がれていただけの無力な自分。


 変わらない景色の中で、後悔に溺れ、死を望んだあの無駄な日々を。


 だが今は違う。


 クルシアのおかげで、自分にも変えられる力があるのだと確信がある。


 その芽を自分のプライドと意地で潰すわけにはいかない。


「……どう協力してくれるつもり?」


 クルシアをリーダーとする自分が属している組織方針を理解しての質問に、クルシアは嬉しそうに笑う。


「君の実力を考慮して、あの勇者君の相手だけ受け持とうかな? どう?」


「それだけなら構わないわ。あとはどうとでもなる」


 その会話はこちらにも聞こえてきた。


 アルビオとオリヴァーンは警戒する中、フェルサとユーキルは不機嫌そうだ。


 フェルサに関しては、まるで野生の狼の如く、怒りに任せた唸り声をあげる。


「随分、こちらを舐めてかかってるのですね」


 その意見に噛み付いたのはファミア。


 自分の部下をコケにされるのは、主としてのプライドが許さない。


「そりゃ舐めてかかるよ。うちの()が誰に鍛えられてると思ってるのさ」


「……まさか、バザガジール!? でも彼は……」


「ボクのお願いなら聞いてくれるからね。君だって聞いたろ? ボクと彼は大親友! 仲良しなんだから〜、ね?」


「そうね。でも、つまみ食いしたら殺すって言われてなかった?」


「大丈夫だよ。殺さなきゃってだけなんだ。味見くらいなら……ね?」


 クルシアとバザガジール、最悪の親友関係に危機感しか募らない。


 最強の殺人鬼と悪辣な非常識人、混ぜてはいけないゲキブツが既に出来上がっている。


 類は友を呼ぶとはいうが、呼んで欲しくなかった関係だと酷く後悔の念に晒される。


「まあテテュラちゃんが君らに負けることはないって、ボクとバザガジールが保証するよ」


「貴様も……?」


「そうだぴょん」


 パチンと大きく指を鳴らすと、展望広場を隠すように竜巻が発生する。


 その光景を一瞬で作り上げたクルシアの認識が、ガラリと変わった。


「馬鹿な……無詠唱で呪文も発さずにこれほどの魔法を……」


「そんなに驚かないでよ〜、騎士団長殿。肩書きが泣いてるぞ」


 するとフィンが、バザガジールの時と同様に警告する。


「おい、てめぇら。あのガキ……あの狐目と同じくらいやべぇぞ」


「何だと……」


「いやぁ〜ん! 精霊ちゃんから褒められちゃった!」


 クルシアは隙だらけの発言や行動を取るが、こんな魔法を簡単に使う人間の警戒心が解かれるものではなかった。


「なるほど、いっそのことってわけ?」


「そ、どうせ気付かれるなら盛大にいきましょう! というわけで、勇者君の相手はボクだぞ!」


「くっ……えっ……?」


 アルビオは素早く剣を構えると、もうそこには姿がなかった。


 すると、肩をトントンと軽く叩かれ、振り向くとそこには嬉しそうな笑顔を向けるクルシアの姿があった。


「「「「「!!!!」」」」」


 敵陣真っ只中に降り立つクルシアの気配に誰一人気付くことはなかった。


 フェルサ、ユーキル、オリヴァーンが気付き、行動する頃にはもう遅く――、


「はぁい!! 下へ参りまーすっ!!」


 クルシアはアルビオの胸ぐらを掴み、そのまま地面へと叩きつけた。


 ドゴォンと破壊音が響き、展望広場の一部を破壊、下へと無理やり向かった。


「――殿下ぁ!!」

「――姫!」


 オリヴァーン達は自分達の主人を抱き抱え、崩れなかった足場へと着地する。


「ご無事ですか、殿下」


「大丈夫だが、私のことよりアルビオは!?」


 崩れた崖下を覗き込むが、砂煙でよく見えない。


「くそっ!」


 だが、フィンが悔しそうに向かう辺りは無事なのだと理解した。


 すると、クルシアが空中浮遊して現れ、


「じゃ、テテュラちゃん。あとは頑張ってね。ボクは彼を味見しながら待ってるからさ」


「ええ、足止めよろしく」


 テテュラは再び無数のナイフを手に持ち、クルシアは崖下へと消えていった。


「テテュラ……」


「殿下、改めて……貴方の首、貰い受ける!」


 フッと姿を消すが、ガィンと鋼が擦れる音が響く。


 ハイドラスへと向かって跳んだはずのテテュラを横殴りにユーキルが阻止する。


「ユーキルっ! その女を止めなさい!」


「は!」


 そのまま剣撃戦が繰り広げられるとそこに、


「テテュラっ!!」


 フェルサも参戦。


 初めて共に戦っているとは思えないコンビネーションを見せるフェルサとユーキル。


 互いの攻撃を妨げず、的確に攻撃を打ち込み続ける。


 フェルサもユーキルも実戦経験は豊富。しかもフェルサは獣人故、風読みもできるため、これほどの動きを可能としている。


 だが、そんな戦いを見ても緊張感が拭えないのは、


「あれが本来の彼女の実力か……」


 その二人の猛攻を涼やかな表情で身軽に(かわ)しきる。


 その軽やかな動きはまさに型にはまらないアサシンの動きそのものに加え、完全に見切られている。


 そして、テテュラも反撃に切りつける。


 チッとユーキルの頬をかすめた。すると、


「――!? ぐふっ!?」


 その一瞬の止まった動きを逃すことなく、邪魔だと蹴り飛ばす。


 ユーキルが受け身なく転がっていくなか、フェルサは怯むことなく猛攻を続ける。


「貴女の攻撃は見切っているわ。邪魔よ」


「うるさい!! やらせるもんかぁ!!」


 互いに翔歩を使った動きの猛攻が続くが、完全にフェルサの方が不利。


 フェルサは先程飛ばされたユーキルの不調に覚えがある。


 アサシンタイプの人間は毒を扱うことが多い。おそらくは速攻性の麻痺毒を切りつけられたのだろうと推測。


 肉弾戦で戦う自分からすれば、かすり傷一つで身動きが取れなくなるのは、非常にまずい。


 だからといって後手に回ればその隙をかい潜り、攻め手を許してしまうことになる。


 だが、


「――くうぅっ!!」


 フェルサの頬を掠めたが、気に止めることなく殴りかかる。


 するとテテュラはそれを読み切り、殴りかかってきた右拳を引っ張り、バランスを崩したところを回転しながら地面へと叩きつけると、


「貴女はもう黙ってなさい!」


「――があぁっ!!」


 その右手に容赦なく麻痺毒を塗りつけてあるナイフを突き刺した。


 フェルサは獣人。かすり傷程度の麻痺毒では動きを止めるには不十分なので、ナイフの痛みと麻痺毒で完全に動きを封殺した。


 その二人がやられ、窮地に追い込まれるハイドラス。


「はは……まったく、すっかり騙されたよ。どうにか見逃してくれるということはないかな?」


「ないわ。申し訳ないけど……」


 周りにはゴーストはいなくなったが、暴風が荒れ狂う。


 とてもじゃないが逃げることなどできるわけがない。


「殿下、お下がりを……」


「僕達がお相手しますよ! テテュラさん」


 オリヴァーンとハーディスが立ち塞がるが、ウィルクに動きがない。


「ウィルク! 何をしているのです! 先程、叱咤した勢いはどこへ消えたのです!」


「いや、よく考えてみろよ……テテュラちゃんはきっとあのガキに騙されたんだ」


「まだそんなことを――」


「あのガキの性悪なところを見たでしょ!? きっと言いくるめられてこんなことをしているに違いないんですよ!」


「……」


 その発言を不快に思ったのはファミアだけではなく、テテュラも表情を(にご)す。


「そうだろ、テテュラちゃん。アイツとどんな経緯があって知り合ったか知らないけど、良くない連中らだってわかるだろ?」


「貴方ね、わかってて一緒にいるから敵だとわからないの?」


「ファミア姫。どうか、もう少しだけチャンスを……」


 そんなやり取りを見ていられないとテテュラは行動を移す。


「――!」


 ヒュンとナイフを投げつけられた。咄嗟(とっさ)にオリヴァーンが槍で防いだが、確実にハイドラスへと向けられたものだった。


「茶番は済んだ? 私もさっさと次に行きたいから、済ませたいのだけど?」


「私の後は父上か……」


「ええ。そろそろトーチゴーストの仕掛けにも気付くはず。今尚、消耗している貴方達を相手なら陛下の首を貰うのも苦じゃないわ」


「!」


 色んな情報が入り過ぎていたせいか、見落としていたことに気付いた。


 今こうしている間にも魔力は吸収されている。


 長引けば不利になるのはテテュラだけではない、こちらも長引けば長引くほど、抵抗出来なくなる。


 光属性であるハイドラスはかなり消耗している。立ち上がることは難しい。


 テテュラの作戦は陽動で先ず自分の首を手に入れ、その後、魔力吸収で消耗した護衛を置き去りに、陛下の首を取ることが目的と知る。


「くそっ……せめてマジックポーションがあれば……」


 魔力の回復さえできればと呟きながら、無駄とはわかりつつ、立ち上がろうと力むも上手く力が入らない。


「貴方達も今の状況で私に勝てる?」


 立ち塞がるオリヴァーン達に問う。


 二人とも消費されてしまっている挙句、この状況下でも普段と変わらない動きが出来るはずの二人を封殺した光景は、正に絶望的だが、


「何を仰いますか。ここで汚名返上できないでは、殿下に顔向けできません!」


「ここで殿下をお守りできないで、何が騎士団長だ。あまり舐めるな、小娘!」


 ハーディスは先程の体たらくを棚に上げ、オリヴァーンはいつもの温厚さを消し去るほどの覚悟を示す。


 ならばとテテュラは戦闘態勢を整える。


「なら、せめて悔いのないようにしなさい!」


 両者がぶつかろうとした時――、


「――なっ!?」


 クルシアが作ったはずの嵐の結界が一瞬にして散ったのだ。


(そんな。クルシアがやられるはずは……)


 瞬時にそう浮かんだが、答えは上空にあった。


 そこには赤いドラゴンの姿があった。そのドラゴンには見覚えがある。


 アイシアの召喚魔の赤龍(レッド・ドラゴン)ポチ。


「くっ、そういえば一緒に観るって言ってたかしら。まったく……ついてないわね」


 ポチは着地できるところへ降り立つと、スタリと数名の女子が飛び降りる。


「ありがとう、ポチ」


「ずっと飛んでましたもの。本当にありがとうございます」


 ポチの労働を労うと、勇者展望広場の有り様を目撃する。


 そこには展望広場の一部崩壊。勇者像のモニュメントも倒れており、騎士の死体も転がっている。


 さらには、


「――フェルサちゃん!?」


 そこには、力なく倒れるユーキルと右手をナイフで貫かれ、倒れているフェルサの姿があった。


「貴女ほどの方がこんな風になるとは……」


「な、なんで……女狐がここに……?」


「あら? そんな悪態がつけるなら大丈夫ですわね。あとは――」


 俺達はテテュラに視線を向ける。


「任せて下さいな」


「リュッカ。応急手当ては任せられる?」


「う、うん。任せて……」


 リュッカはテテュラを気にしながら返答し、ユーキルとフェルサの応急処置に入る。


 そしてテテュラは、いつもとは違う冷たい表情で質問する。


「どうやって結界を解いたの?」


「簡単ですわ。風魔法を使い、逆流させて相殺したまでのこと」


 そう答えたナタルは、かなり消耗している様子を見せる。


 テテュラはそれを見て、なるほど納得した。


「だから貴女もいるのね」


「まあ、そういうことよ。まさかわたくしも風の魔力の代用に使われるとは思いませんで……」


 あの嵐の結界は想像以上のものだった。とてもじゃないが、魔力吸収により消耗したナタルだけでは相殺はできなかった。


 そこで風属性持ちを集め、魔術師団も協力の元、ようやく相殺できたのだ。


 だが、ここに駆け付けられるのはドラゴンに乗っていた俺達だけで、魔術師団は浮遊するほどの魔力も残されておらず、緩やかに転落していった。


「大丈夫だよね?」


「あの方々とて伊達に魔術師団などと呼ばれていません。無事なのは確定でしょう。さらには応援をも呼んでくることでしょう」


 父も騎士団のカルディナは、そんなやわではないと明言。


「貴女はポチの側にでもいなさいな」


「そういうわけにもいきませんわ。彼女の真意を聞くまでは……」


 いつもと格好の違うテテュラを見て、そう語った。


 俺達も知りたい。何故こうなってしまったのか。

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