42 幽幻の城下町
「やっぱりこのゴースト、増えてるね」
走りゆく道中を横切るトーチゴーストは数を増すばかり。町を照らす灯りはこの幽幻としたトーチゴースト。
その世界観はさながらハロウィン。灯りは消えて、建物の中からは蝋燭の火が灯り、不気味に漂う半透明な幽体が町を飾り立てる。
このお化け達が町に悪戯をして回り、灯りを消しては嘲るように演出されているようだ。
現代の若者達であれば、映え〜とか言ってフォトスポットにでもするくらいの本格的な雰囲気。
俺も例え魔物でも、無害であると言われているし、これが安全上の演出なら、楽しんでいたかもしれないほどの賑やかな光景。
「リ、リリアさん。道、わかってます?」
「見えるでしょ? 多分あっち……あっ!」
上を見上げて確認しながら走ってみていた勇者展望広場がゴースト達によって丁度視界を妨げる。
「方向はあってるんだろうけど……」
「当てずっぽうで行くのはマズイですよ。やっとでさえハーメルトは広いのに、このゴースト達のせいで視界が安定しません」
この召喚テロをした奴は賢い。
これだけ居れば視界を奪い、錯覚から身動きも取りづらくなる。
さらにはゴースト系の魔物故に、倒しても霧散するだけで証拠は残りづらく、トーチゴーストは雑魚。大量に量産も容易。
しかもこれは子供達を中心に町中の人が困惑するはずだ。騎士や魔術師団は対応に追われ、原因の究明は遅れていくだろう。
実際、迷子になりかけているのだ、理解に苦しむことは残念ながらない。
そんな迷子の俺達の上空を何かが通ったようで、一瞬だが暗くなった。
「何だ? 今の……」
遠巻きに見た後ろ姿に見覚えがあったというか、あんな巨体の後ろ姿を忘れるわけもない。
「あれ……ポチ。ポチだ!」
飛んでいった方向は学園区。そこからどこへ飛んでいったのか、選択肢はほぼ一つしかない。
「ねえ、シド。学園区にまでは行ける?」
「は、はい。大丈夫だと思うけど……」
そう話すシドニエからは、何やら疲労感が感じられる。
「ごめん、疲れた?」
「ああ、いえ! 大丈夫です。ただ、変に気怠いというか……す、すみません! 鍛え方が悪かったんです! きっと!」
それは多分、勘違いだと確信を持って言えることだ。
リリアは精神型で体力もそこそこ程度。多いのは魔力くらいだ。同じ精神型とはいえ、シドニエは鍛錬を怠ってはいないはず。
何かあると思い、何か干渉されていないか、先ずは感知魔法を使うと、
「魔力が吸われてる……?」
「へ?」
ごっそりとではないが、確かに魔力が少しずつどこかへ消えていくのが視認できた。
魔力が減る理由としては魔法を使うことが前提にある。
魔力を込めた歩行法でも起用しない限りは、走って減るものではない。
魔力が減る理由を模索すると、目の前をゴーストが通過した。
「あっ!!」
「ど、どうかしました?」
「いや、このテロリスト……随分な真似してくれるなぁって思っただけ。走るよ、シド! 手遅れになる前に!」
「ええっ!? 手遅れってどういう、意味ですかぁ!?」
俺は学園区まで歩いて通うシドニエを先導させながら、その理由について推測でいいならと補足をつけて語る。
「今、周りの人達の魔力も見てるけど、微量だけど吸われてる」
「そ、そうなんですか? 見てみま――」
「ダメ! 魔力を下手に消費しない!」
「は、はい……」
「このゴーストは闇属性ってことから、私に通じない理由にも説明がつく」
「同属性には通じない……」
「おそらく。それでこのゴーストは増え続けてる。そこから連想される答えは、このまま放置しておくとハーメルト全体が魔力の枯渇に陥る。そうなれば国の崩壊すら見えてくる」
「ええっ!!? 大事じゃないですか!?」
「しかも偵察の召喚魔も出せないようにしたとなれば、信憑性も増すでしょ?」
「た、確かに……」
ここまでの話を聞いたシドニエは、ふと疑問に思った。
「あれ? でもマルキスさんはあのドラゴンに乗ってましたよね?」
「ああ、ポチにも見せてやるんだって言ってたし、このテロが起きる前から召喚してたんだと思うよ」
そのパートナーの鏡的な試みを尊敬しようと思う。
見習いたいところだが俺の召喚魔は生憎、愛想の欠片も感じない悪魔故に出しっぱなしは、恐怖の洗礼を周りに与えるだけなのでどうしようもない。
すると、勇者校の門が見えてきた。
外には心配そうに周りを見渡す生徒や先生の姿があった。
「おっ! リリアちゃ〜ん!」
そう大手を振り、飛び跳ねて呼ぶのはユーカ。
思春期真っ只中の少年も連れているので、跳ねるのはやめて頂きたい。
「え? リリィ? リリィーっ!!」
こちらもぴょんぴょんと飛び跳ねて応じた。
アイシアとユーカの立派な果実が並んで揺れる光景をこっそりと眼福と思ったのは内緒だ。
「お二人ともおやめなさい! 嬉しいのはわかりますが……」
ナタルは赤面しながら二人の胸のあたりをちらりと視感をやると、アイシアは不思議そうにするが、ユーカはニマニマと笑う。
「あれあれ〜。何ですかぁ? 言いたいことがあるなら聞きますよぉ〜」
「はしたない!! それだけですわ!!」
「ま、まあまあ……」
話が進まないと、ナタルを宥めると、本題に入る。
「リリアちゃん、実は――」
リュッカは自分達のところで起きたことと、アルビオから得た情報、アルビオ達がハイドラスの救出に向かったことを知った。
「――アルビオの闇精霊が言うんだったら、確定だね。ルイスの状態にも説明がつく」
「うん。それでこれからどうしようかって話になって……」
アルビオとフェルサが向かってのなら、大丈夫だと思う。
俺達の戦力の中ではトップクラスの二人だ。それに向こうには何も無防備なハイドラスが一人だけでいるわけではない。
ハーディスやウィルクは勿論、警護上、騎士達も多数いるはずだ。
例えテロリスト側が用意周到であっても難攻不落のはずだ。
それを踏まえると――、
「やっぱり、こいつらかな?」
「ですわよね……」
俺達は辺りを悠々と泳ぐように彷徨うゴーストに目をやる。
これは明らかな陽動作戦。
この作戦を霧散させることが、事件解決に大きく貢献できるはずだ。
騎士達やギルドがどれだけ状況の把握をしているかわからないが、これだけの数だ。闇精霊のような調べ方ができないと考えると、情報アドバンテージは俺達にある。
「召喚陣を破壊しにいこう。それで少しは魔力吸収も抑えられるはず。数は?」
「ごめんなさい、聞いていなかったわ。でもこれだけの数です、相当の魔法陣が用意されていると考えた方が良さそうですわね」
「でも、移動手段はシアのポチがいれば解決も難しくないよね?」
「任せてよ!」
むっふーっとドヤ顔のアイシア。やる気に満ち満ちていて頼もしい限りだ。心なしかポチもドヤっているように見える。
「あ、あのっ!!」
先程から話の輪に入りづらそうにしていたシドニエは、大きく声を上げた。
「ごめん、なに?」
「ぼ、僕にもできることは……」
リリアにカッコつけた手前、何もしないでは話にならない。
「お気持ちは有り難いですが、貴方は――」
「協力してくれるって言ってくれた手前悪いんだけど、シドは自分のことを心配した方がいい。ご家族とかミルアやユニファーニは?」
「!」
名前をあげた二人は、アイシアに誘われていたが家族と見ると言って断られている。
そう告げると少し青ざめたが、落ち込んではいけないと目つきをすぐに変えた。
「……わ、わかりました。僕はそちらを見てきます」
「ポチで近くまで送るよ。状況が悪いようなら手伝うよ」
そんな風に話を続けていると、
「それは聞き捨てなりません!!」
ドンっとテルサが踏ん反りと仁王立ちして物申す。
その小さな背中の後ろにはユーカが、ごめんね〜と頬をかいている。
「この寮生は寮長である、私が守ります! 勝手な行動は許しません!」
どうやらユーカはチクったらしい。
普段は見た目や性格も子供っぽい彼女だが、生徒に危険なことをさせるわけにはいかないと、大人な発言。
以前も似たような会話をした覚えがある。
「テルサちゃん、でもこうしている間にも沢山の人が苦しんでいるはずなんです」
「わかっていますが、王宮の皆様やギルドの方々が動いていることでしょう。我々の出る幕はありません」
「ルイスさんを見たでしょ? 情報を知る我々が動いた方が早いのですよ」
ルイスを引き合いに出され、動揺するも意見は曲げない。
「貴女方のような素人が動いては早期解決にも繋がりません。魔人事件の時は上手くいきましたが、今度は――」
「魔人事件……あの時、もう少し早く気付けていれば……」
ナタルの心の傷にスイッチを入れてしまったようだ。
ずんと沈んだトーンで落ち込む。
「もっと早く行動できていれば、あんなことには……」
「あわわわわっ!! ご、ごめんなさい。悪気があって言ったわけじゃないんですよ。ただただ皆さんが心配なだけで……」
ナタルには申し訳ないが、平静を崩したテルサに畳み掛けるならここだ。
「わ、わかったよ、テルサちゃん。だけど、シドは連れて行かせて欲しい」
「な、何故ですか!? 彼もここにいた方が……」
「家族がどうなってるのかわからないと不安でしょ? 大丈夫。ポチから飛んで確認したら、一緒に避難してくるから……ね?」
すると、うーん唸り出して考え始めた。
考えさせればこっちのもの。こっちも妥協の材料を見せびらかせば応じてくれる。
「すぐ確認して戻ってくるから」
「危険なことや余計なことはしません」
「大丈夫です! パパっと召喚陣を――むぐぅっ!?」
「何でもないです」
話に合わせられないなら黙っていよう、アイシア。
「わかりました。すぐに戻ってくることが条件ですよ。いいですね?」
「はい! ありがとうございます!」
円満に話がまとまったと思ったら、ユーカがチョイチョイと指でテルサをつつくが、
「ユーカ先輩〜?」
満面の笑みとその笑顔とは合わない圧のある物言いをかけると、黙ってくれた。
「よし、じゃあすぐ出発だ」
「あ、待って……」
そう言うとアイシアは、寮へと駆け出した――。
「パパ、ママ」
「アイシア! 友達の避難は済んだのか?」
「パパ達と一緒にいた子達はね。……ねえパパ、ママ。あのね……」
するとアイシア父はギュッとハグをすると、察したのか優しい表情で、
「行ってこい」
と一言だけ告げると、背中を押した。
さらにデュノンも恥ずかしそうに近付いてきた。
「姉さんのポチが役に立つ時でしょ? 頑張って。弟達は任せてよ」
改めてお兄ちゃんとして、下の二人を守ると姉に誓った。
するとアイシアは、ギュッとデュノンを抱きしめると、普段なら恥ずかしがって抵抗するデュノンも受け入れるように抱き返した。
「うん! 行ってきます!」
パタパタとさっきより元気な様子で戻ってきたアイシアに一言。
「頑張ろ」
「うん!!」
俺達はポチに乗り込む。目的地は居住区。ここから見ても結構な数のトーチゴーストがいる。
「お気をつけて〜!!」
なんだかんだとテルサは大手を振って見送ってくれたので、手を振り返す。
「マーディ先生より説得できたね」
「……言いつけますわよ」
「勘弁」
俺達は居住区へと飛び立った――。
数分もしないうちに到着するその真下にはやはり大量のトーチゴースト。
そこには騎士達が慌てふためきながら、避難誘導を行なっていた。
すると、ヒュンと魔術師団だろうか近付いてきた。
「貴女達、何をして……黒炎の魔術師!?」
「ど、どうも」
王宮に仕える魔術師団にはちょっと言われたくなかった。
俺だとわかると、あまり心配されない様子で話が進む。
「有り難いけど、さすがに協力させてあげられないわ」
「あの、彼のご家族の方は?」
シドニエはぺこりと頭を下げると、名前を名乗った。
その魔術師団の一人が残り、避難リストだろうか、懐から取り出して確認すると、
「名前、ありましたよ。既に避難所への確認が取れています」
「よ、良かったぁ〜」
「あのミルアとユニファーニって子や――」
学校で知り合った友人の名前も尋ねると、避難所や家での避難をしていると確認が取れ、とりあえずの不安は拭いされた。
「シドニエ君だったっけ? ご家族の方と合流しますか?」
「ああ、えっと……」
「安心させてあげなさいな。きっと心配しておられますよ」
こちらに視線を泳がせたシドニエに対し、ナタルが言い放つ。何というか重みが違う。
アイシアのように姿を確認しているわけではない。姿を見せて安心させてあげることも必要だと諭すような言い方。
シドニエはどこか寂しげな彼女の想いを汲んだのか、こくりと頷いた。
「リリアさん、ごめんなさい。協力するって言ったのに……」
「ううん。お父さんとお母さんにちゃんと顔、見せてきなよ。あとは任せて」
「は、はい!」
深くお辞儀をすると、魔術師の箒に跨がる。
「貴女達もすぐに避難するのよ」
そう言うと、シドニエを連れて去っていった。
「さて、じゃあ魔法陣の破壊といきますか。でも、みんなは魔力が吸われてるし、大丈――」
ビシッと三人してマジックポーションを見せられた。
「とりあえずはこれで凌ぎます」
「うん! それにポチと私がいないと難しいでしょ?」
「魔人事件の時に懲りてるの。手遅れになる前に、何とかしよう!」
魔人事件では救えなかった命が確かにあった。その後悔が今、俺達を突き動かす。
これだけの規模のものだ、最悪を考えて起こすべきは、やはり行動あるのみ。
「よし! だったらゴーストの多い場所に行くのが、常套手段だよね?」
「ええ! アイシアさん、ポチさん」
「うん、ポチ!」
「ガアアッ!!」
ヒュンと近場のゴーストが多い上空に来た。
「魔力を吸収となると、魔法陣は自動で召喚を行なっているってことになるよね?」
「ええ、おそらくは無人かと……」
だったらと俺は杖を地面に向けると、
「――フレア!!」
ボォンと辺りのゴーストを蹴散らすが、そこには何も見当たらない。
ここは商業区の入り組んだところ。ポチを着地させるわけにもいかず、低空飛行させ、俺達はとりあえず屋根の上に降りた。
「アイシアー、とりあえずそこで待っててー」
「わかったぁー。気をつけてねぇー」
そう言うとアイシアは高度をとった。
アイシアの騎乗スキルの高さに改めて驚愕しつつも、俺達は地面へと降りた。
「この辺りに何かあるはずですが……きゃあっ!?」
キョロキョロと見渡すも薄暗い路地裏というだけで、特に変わったことはないかと思っていると、ふわっとひとりでにトーチゴーストが出現した。
「や、やっぱりこの辺りにあるんだよ」
「し、失礼」
ナタルは急な出現に俺に飛びついてきたのだ。俺もびっくりした。
ナタルに。
「ねえ、リリアちゃん。闇属性の魔法なら、多分、隠蔽魔法を使うよね?」
「なるほど、ステルスか。わかった、調べてみる」
俺はいつもより感知魔法の精度を上げて確認をする。
すると、地面の一箇所に違和感を感じた。
「そこっ! 何か怪しい」
俺はビッと杖で指すと、リュッカが剣で指した床を傷つける。
すると、紫色の魔法陣が姿を見せた。複雑な文字が並んでおり、魔力の吸収と召喚を合わせたと考えると、自然と答えへと終着できる。
「これね。調べてみるわ」
「破壊しないの?」
「下手に壊して、罠だったり魔力暴走が起きたらどうするの?」
「す、すみません……」
まったくと説教を垂れた後にナタルは、術式を展開し、解析に入った。
正直、俺なら何も考えずに壊していたところを考えると、一緒に来てくれて良かったと思う。
頼りになる友人ばかりに任せられないと、犯人の手掛かりか何かないか軽く見渡すと、ふと頭に記憶が落とし込まれる。
「でも、こんな路地裏に隠されるようにあったら、見つかるものも見つからないよね?」
「そうね。おそらくポチさんが飛んでいることから、近くに騎士やギルドの方とも会うはず。説明しませんと……」
「……テテュラ」
「そう言えば、テテュラちゃんを見かけてません。今日も確か――」
「違うっ!!」
声を荒らげる俺に二人は驚く。
「ど、どうしたの?」
ただ事ではないと尋ねてくるが、俺は考えを整理している。
この路地裏には来た覚えがあった。
まだ女の子慣れ出来ず、下着専門店に連れ込まれそうになったところを脱兎した時だ。
俺はそこで、地面に手を当てて何かをしているテテュラを目撃している。
その後、テテュラは冷徹な形相で襲い掛かって来そうになったのを思い出した。
「は、はは。まさか……」
テテュラは怪しいところは正直あった。
たまに姿を消すし、一緒にお風呂は入らないし、剣術だってどこか違和感のある感じだった。
だけど、それは感情表現が難しいクールなテテュラの性格が問題視しているものと思っていたが、
「いや、そんなことは……」
信じたくない。
リュッカのことに自責の念を湧いたテテュラが、たまに場を変えようと、ちょっかいを出す可愛らしい一面も持つテテュラが、こんなことをするわけがない。
「どうしましたの!? リリアさん!」
「いや、なんでもないよ」
「なんでもなくないよ! リリアちゃん、私達にも教えて。何かわかったんでしょ?」
俺は心配してくれる二人を利用しようと考えた。安心感が欲しいと思ってしまった。
このもしかしたらで、傷つけるかもしれないのにと思いながら。
「じ、実は……」
話そうとした時、ヒュゴォォーっと嵐でも吹き荒れたかのような轟音が響いた。
すると、この轟音にかき消されないように、かなり大きな声でアイシアが上空から呼びかける。
「みんなあぁーーっ!! なんだかあっちの様子が変だよぉーーっ!!」
俺達はアイシアの指差す方向に目をやると、雲まで届く竜巻が出現していた。
するとリュッカは両手で口を押さえて、震えた声で話す。
「あそこって確か……展望広場だよね?」
「「!!」」
あの竜巻は勢いを殺すことなく、巻き起こり続けているところを見ると、術なのだろう。
俺はリュッカの手をグッと握り締めると、グイッと引っ張って、再び屋根へと登る。
「行こう! 答えはあそこにある!」
俺達はポチへと乗ると、竜巻まで近付きにいく。
事件の全てを知ることができるあの場所へ。




