40 鐘の音から始まる謀略
「準備は万全か?」
「問題ありませんが、今年も皆さんの思い出に残るものになるでしょうか」
そう不安がるヴァートだが、ハイドラスはそんな心配など微塵もしていない。
「お前の腕が確かなのは私がよく知っている。伊達に隊長ではないだろ?」
「ううっ……隊長なんて、僕には……」
就任してからも変わらずそんなことを言うヴァートに、アルビオやシドニエを見習ってほしいと過ってしまう。
「五年前は向こうからでしたが、今年はこちらで観られるとは……」
「五年前は、まだ十だぞ? 警備は万全とはいえ、狙われんわけでもないだろ?」
この勇者展望広場とは違い、どうしてもお城からではここのように全方位から眺められるわけではない。
ここにはこのハーメルトの名物と言ってもいい景色を、堪能したいという王族の客人が集っている。
この勇者展望広場は周りに遮るものなどあるはずもなく、警護上、本来であれば要人をこんな無防備なところに招待することは問題であろうが、やはり客人受けがいいため、万全の警備の元に行われる。
「ファミア姫殿下も楽しみにしておられるようで……」
「それはまあ、ハイドとそのような矜持に付き合えるとなればまあ……」
「昨日から思っていたが、何かマズイ物でも食べたか? 妙に素直ではないか」
飴と鞭の両刀は相変わらずだが、どちらかといえは言えば圧倒的に鞭の方が多い印象を持っていた。
だが、ハイドラスとファミアが会うのは数年ぶり。
建国祭からはほとんど一緒だったが、妙にデレる要素が見当ると調子が狂う。
だがそんな様子を隠すように、ハイドラスの想像通りの性格を出す。
「あら、そんなことないわよ。失礼ね」
するとウィルクがまるで見透かしたようにニヤニヤしながら耳打ち。
「ファミア姫殿下だって、お寂し――」
「ユーキル、あの歯の浮いた男を突き落としてしまいなさい」
「は!」
「いやっ! は! じゃないですって! 死んじゃいますから!」
いらないことを口にするなと消しかけ、側近同士もちゃもちゃするなか、コホンと咳き込むと自分から自白する。
「まあ、わたくしも反省はしているの。だいぶ警戒されているようだから……」
「心当たりは多いだろ?」
「まあ。ですが、貴方も忙しさにかまけて会いにこないのも悪いですわ。いくら親同士が決めたとはいえ、伴侶となるのです。お分かりでしょう?」
「ああ、すまない。だが、君だって――」
「それでも時間は作るものです」
ツンと冷たく吐き捨てるように言うが、彼女の言い分は尤もである。
いくら国がらみの結婚とはいえ、人生における重大な関係性だ。
関係を良好にする時間は必要だっただろう。
「は、はい……」
その偏見を持ってしまったことに反省し、しょぼくれて返事をすると、ハーディスがため息混じりに、
「ですから言っていたではないですか。将来のためにも必要なことだと」
「ああ、反省してるよ」
側近にも説教された。
「ですからファミア姫殿下が帰られるまでは、極力、今までの時間を取り戻すよう、お過ごし下さい」
余計なお世話かも知れませんがと一言添えて助言をすると、ファミアは軽く微笑む。
「貴方には勿体ないくらいの側近ですわね。あちらとは大違い」
自分で消しかけておいて、ウィルクのことを鼻にかける。
そのユーキルも中々容赦なく、ぐぐぐと本当に突き落とす勢い。
「まだじゃれているのか?」
「いや、姫殿下! 止めて! 本当に落とされる!」
それを見たファミアはパンパンと手を叩き、止める。
「はいはい、ユーキルそこまでよ」
「は」
ファミアがそう命じると、あっさりと手を引いた。
「お前の側近はあれでいて問題だな」
ハイドラスから見た彼は感情が希薄に思えるが、ファミアに対しての絶対的な服従をしているようにも見える。
境遇を理解しているが故、わからないではないが、
「まあ、闇属性持ちですもの。性格に多少の歪みくらいはありますわ。ユーキルの場合は、過去の方が関係してますが……」
彼女の国では、闇属性持ちを受け入れてはいるが、問題も少なくない。
西ほどではないが、やはり人形使いの話は世界中に語り継がれるもの。
ユーキルのように理不尽な報復を受けるのは、西だけではない。
ハーメルトがいかに理解を訴えても、中々深まらないのが現状。
だからこのように建国祭などで集まるこの機会に、人種差別や属性による差別などをなくなるよう促したりもしてはいるが、実は中々結ばない。
差別で戦争をしている西や南があるというのに、中々悲しい現状である。
「少しでも良くなるといいですわね」
そんな哀愁を持った表情でユーキルを見ながら話すファミアに、キリッとした覚悟を秘めた瞳で、
「良くするさ。人権、幸せは等しく与えられるべき事だ」
ハイドラスは物怖じすることなく、ハッキリと言葉にした。
「課題や諸々の問題もあるでしょうが、手伝いますわよ、未来の旦那様?」
「……頼もしい限りだ」
茨の道を進もうとするハイドラスを支えることは非常に困難だが、あの瞳に宿っている意志は本物であると、本能で理解出来た。
(だから悪戯もしたいというわけですが……)
ファミアは、クスリと不敵な笑みを浮かべると、背筋に悪寒が走ったハイドラス。
「やはり勘違いだった……」
「?」
「お前は平常運転だよ」
「わかって頂けたようで何より」
失礼しますと一人の騎士が声をかけると、ハイドラスはスッと手を出して応答。
「時間のようだ。行ってくる」
「ええ。建国祭の締めです。しっかりおやりなさい」
用意された小さな壇上に登り、一礼。
「お集まりの皆様、此度の建国祭は如何だっただろうか。例年にも劣らぬ内容だったと私は自負している。そして――」
バッと展望から覗く城下町の景色に注目がいくよう、手で示す。
「――建国祭最後の催しであるイルミネーション……楽しみにされていた方も多いようで感謝しております」
これだけの客人が来たことからそう述べると、自分もこちらから観るのが初めてであることから、ちょっとした思い出話を語る。
そして――、
「――少々尺を使いましたが、いよいよ点灯だ」
するとリンゴーンと町中に響く鐘の音が鳴る。
「では! 点灯っ!!」
ヴァート達、地の魔術師集団が魔法陣を展開。
すると紫色の光の粒子が舞う。
会場の客人達は、おおっと感動前のざわつきを見せる中、内容を知るはずのハイドラス達は予想外の展開に驚く。
するとハイドラスがこそっとヴァートに近付き、耳打ちする。
「おい、予定と違うぞ。どうなってる」
「あれ? お、おかしいですね。魔力はちゃんと――!?」
すると、ヴァートは異変に気付く。
「殿下、大変です! 魔石の魔力が枯渇しました!」
「何!?」
魔石を操るはずの地の魔術師達が異変を感じ取り、困惑した表情へと変わっていく。
すると、その異変にすぐに気付いたのか、ファミアが状況の説明を求める。
「どうなさいました?」
「そ、それが――!」
説明しようとした時、さらに異変は続く。
会場はこれは演出なのかと騒つく方を見ると、大量の色んな大きさのトーチゴーストが、町の至る所から湧き出てくる。
「な、なんだ……あれは!?」
「……その反応を見るに、あれは貴方がたの演出ではないのね」
「当たり前だ! 魔物を使った演出など、どんな危険を伴うかわかったもんじゃない!」
予定としては、これとは違う演出で町は飾られ、その景色を眺めてもらいながら、ハイドラスがその演出の説明や想いなどを語らうものだった。
しかし、こんな幻妖的な演出を試みるつもりなど毛頭なかった。
ましてや魔物を使うなど言語道断。
「オリヴァーン!」
「は!」
「お前達は客人を皆、王城へと避難させよ! 父上もこの異変に気付いて行動しているはずだ。ヴァート! お前はこの異変の調査を早急に! 護衛に騎士を一個小隊連れていけ!」
「は!」
「は、はい!? 畏まりました!」
ヴァートはパタパタと自分の部隊へと向かったが、オリヴァーンはその場で跪く。
「殿下も避難なさいますよう……」
「私はもう少しここで状況を判断する」
「しかし……」
「ここにいる要人に何かしらがあれば、それこそ問題だ。私のことが心配なら早々に行動しろ。……なに、大丈夫だ。何の為の護衛、側近だ」
ウィルクとハーディスがお任せをとばかりに、オリヴァーンに一礼。
「わかりました。どうかお気をつけて……」
「お前もな。頼むぞ」
「は!」
オリヴァーンは早急に騎士達へ指示を送ると、ここに赴いた客人を連れて避難を始めた。
「さて、この状況……どう考えても狙ったものだな」
「はい、恐らくは……」
建国祭の日時やイベント内容などは、ほとんど誰でもわかるようになっていたため、これほどの大規模作戦も結構出来ることは可能であろう。
しかし、だからこそ入念な入国検査や警備態勢を敷いていたわけだが、
「粋なことしてくれますね。イルミネーションのイベントに見せかける作戦とはね」
「まったくだ。お陰で客人達に危機感があまりない。トーチゴーストというのも後押ししてな」
「ですが、この素早い判断はさすがね。わたくしの旦那になる方ですから、当然ですが……」
聞き馴染みのあるツンとした声に驚いて振り向くと、ファミアとユーキルの姿があった。
「ファミア! お前、オリヴァーンの指示の元、避難させたはずだが……」
「お断りしましたわ」
「あのな……」
「わたくしは貴方の伴侶となる者。側に居てはいけないかしら?」
ファミアが頑固な性格なのも、押しが強い性格なのも理解している。
ここで何を言おうと引かないだろう。
呆れたため息を吐き捨てると、
「わかった、好きにしろ。だが、側を離れるなよ」
「あら? カッコイイことも言えるのね」
「お前なぁ……」
そんな皮肉を交えられたおかげか、張り詰めていた空気が少し緩んだように思える。
先程よりさらに冷静な判断ができそうだと、ファミアにも意見を求める。
「お前はどう見る?」
「結論を先に言うと狙いは貴方よ、ハイド」
「「!?」」
「……やはりか」
「どういうことです? ここに来られた方々が狙われたという可能性もあるのでは?」
ハーディスはあらゆる可能性があったのではと、結論をさらりと出したファミアと、予想していて留まったハイドラスに物申す。
「よく考えてご覧なさい。予定はある程度、ほとんどの者が把握している状況、ハイドがここに出席することは知っているはず……それでいて町を覆うあのゴーストですが……」
呆れたように説明をしながら、今尚増え続けているゴーストを指差す。
「この展望広場までは浮遊してこない……何故か? 簡単ですわ、ここを孤立させるためです」
「それによく見てみろ。王城の方を……」
ハーディス達は視線を送ると、王城付近にはあまりゴーストがいなかった。
「父上が狙いなら、向こうの方が多いはずだ。それにここに来る客人は警備上、公表していない。とすれば……」
「殿下が狙われている!?」
「ええ。しかもこれだけの召喚魔法を起用している以上、かなり規模の大きな組織が動いてるわね。おかげでわたくしの召喚魔も出せませんわ」
「だろうな」
トーチゴーストが湧き出ているということは、連続して召喚が行われていることになる。
召喚は体内の魔力を差し出してされるものだが、召喚の際に、空間の干渉が行われているため、あまりにも召喚が行われようとすると、召喚拒否されるのだ。
「ではあのトーチゴーストは、連携を取った召喚士が行なって、こちらの召喚を阻害されている」
「ええ。トーチゴーストは矮小な魔物。ですが、質よりも量がこんなにもものを言うとは思いませんでしたが……」
魔力のほとんど必要ない魔物を使った素晴らしい陽動作戦だと感心した口ぶりで話すファミア。
「でしたら、殿下をすぐにでも避難を! これだけのことをまったく気付かれずに行う者達です、早急な避難を……」
「だからここにいるのだ」
「え?」
「ハーディス、少し頭を冷やしなさいな」
いつもの冷静さがないと言うと、反省するように俯くが、気が気ではない。
「あれだけのトーチゴーストです……視界は希薄になり、死角が生まれます。この町の中を行く方が危険です」
「なるほど、だから殿下がここに残ったわけですね。一緒に避難すれば他にも被害が出ますもんね」
「まああくまで前提の話だから、客人達には危ない目に合わせている……申し訳ない」
するとユーキルが何かに気付いた。
「姫、恐らくは闇属性持ちの仕業かと……」
「ほう、根拠は?」
「ご自分の魔力を確認なされて下されば……」
「?」
不思議に思いながらも、魔力感知をする。
すると、
「――!? ハイド! 貴方の魔力の減りがおかしいわ!」
「なに?」
自分の魔力もそうだが、ユーキル以外の魔力の減りを確認した。
その中でもハイドの魔力の減り方が他と比べると多いことに気付く。
するとハイドラスは、その場でふらついた。
「殿下!?」
「はは……これはマズイな」
意識したせいか、ごっそりと奪われていることに身体がよろめく。
するとファミアは再びトーチゴーストを見ると、歯軋りを立てて、悔しがるような視線を送る。
その視線はまた何かに気付いたようで、
「そういうことか……!」
「何かに気付かれたようで。さすがは殿下の妃となられるお方ですね」
「「「「「!!」」」」」
この中の誰でもない声に、全員がその方向を見る。
するとそこには全身、黒と紫をベースにした、まるでアサシンのような肌の露出の多い服装のテテュラの姿と、
「――メルティ!?」
「お、お兄様……」
その彼女に人質を取られたメルティアナの姿があった。
「テ、テテュラか? どういうつもりだ」
「見てわからないかしら?」
メルティアナの首元にナイフを突きつける。
「メルティ!!」
「テテュラちゃん! 止めるんだ、こんなこと」
彼女を知らないファミアは問う。
「彼女は?」
「殿下と我々が通う学校のクラスメートです」
「なるほど……もう少し同じ学び舎で学ぶ者を調べるべきでしたわね」
「ええ、深く反省致します」
「馬鹿言ってんじゃねぇ! テテュラちゃんがこんなことするなんて、あるわけねぇだろ!?」
「貴方ねぇ」
何の根拠もなく、テテュラを悪者呼ばわりする、特にハーディスを否定する。
「テ、テテュラちゃん? こんなことをするのには何かわけがあるんだろ? 俺達で解決できることなら、相談に乗るからさ……」
「ウィルク、お前は少し黙っていろ」
女の子の味方をしたいウィルクでは、テテュラの本心を聞けないと突っぱねると、ハイドラスが交渉する。
「テテュラ、これはお前がしたことか?」
「ええ、そうよ。全て、私一人でやったわ」
「馬鹿なことを言わないで欲しいわね。これほどの大規模な召喚作戦を貴女一人で? 寝言は寝て仰いなさい。仲間はどこ?」
テテュラは無言で首を振り否定すると、ファミアが気付いたことに言及する。
「貴女なら私が一人でやったことを理解されたのかと思ったのですが……」
「……! 本当に一人で……?」
今度は確信を持った口ぶりで問いかける。
「ええ、そう言ってるわ」
「馬鹿な……そんな、ことが……ぐっ!?」
「殿下!?」
そう否定するハイドラスの息は先程より早い。魔力の減り方に関係しているものかと思うと、首謀者であるであろうテテュラに問う。
「お前、何をした?」
「召喚陣を発動し続けているだけです。自動でね」
「自動だと!? 確かに込めた魔力の残量によっては……!?」
否定しようとした途中でハイドラスも気付いた。あの弱小なトーチゴーストが恐ろしい作戦の要であったことに。
「そうか、この国中の人間の魔力を使っているな」
「ええ、その通り。もっと正確に言えば、生き物を問わずよ」
「なるほどな……」
これでヴァートが言った、魔石の魔力の枯渇にも説明がつく。
「つまりは貴女は、この町中に召喚陣を設置。その魔法陣の供物として、この区域の魔力を搾り取り、反撃を困難なものに仕立て上げるってところ。トーチゴーストを選んだ理由は、微量な魔力でも召喚可能ということと死角を作るため……それだけではないわね。逃げ道も塞ぐためかしら?」
「逃げ道を塞ぐってどういうことですか?」
「勇者展望広場の下を見ました? もうゴーストでいっぱいですわよ」
「……なるほど、着地地点の錯覚か」
「ええ。本来であれば高さがあるとはいえ、飛び降りてでも避難は可能でしょう」
肉体型であろうと精神型であろうと、肉体強化や魔法を用いれば脱出は容易い。
「しかし、その着地地点をトーチゴーストで塞がれては、いくら透けて地面に降りたてるとはいえ、バランスを崩し、動けなくなります」
「今、俺達があの階段を使えないと判断するようにな」
「ええ。そんな死角だらけの場所や状態になるわけにはいきません。……まったく、厄介な作戦を立てたものですわ」
人間の心理と視覚を利用した緻密な作戦だったと驚きを語る中、ハーディスは疑問を投げかける。
「しかし、それほどの魔法陣を我々や騎士団、魔術師団が気付かなかったのはおかしいです!」
それだけの効能のある魔法陣となれば、気付かれずに配置することは難しいし、一人でやったというのなら、維持も難しいというが、それに関してはユーキルが何か言いたいようだ。
「それは簡単だ。……コイツは俺と同じ、闇属性だ」
「「「!?」」」
「それが答えになるだろう」
ユーキルはマントを翻し、腰に挿した獲物を構えるも、テテュラは人質であるメルティの首元にナイフを突きつけ、無言で圧力をかける。
「貴方がた、彼女が闇属性持ちだと知らなかったの?」
「あ、ああ。話でも調査でも地属性と聞いていたからな」
入念な調査の元、出た結果だったが故に、信用していたらこのザマだと後悔する。
「闇属性なら納得ね。貴女、ステルス能力特化型ね」
闇属性は多彩だが、やはり才能に特化することは良くある話。
リリアが影魔法を得意とするように、闇属性は何かしらに特化するパターンが多い。
テテュラの場合は、暗殺向きのステルス能力に特化しているものだった。
「その証拠に貴女のみならず、人質にされている彼女の気配まで気付かなかった。そうでしょう?」
そう問われると、称賛に値すると言わんばかりに鼻を軽く鳴らし、肯定する。
「ええ、そうよ。殿下の魔力が吸われるのが多いのも、その影響」
「なるほど……合点がいったわ。まったく……」
ユーキルが魔力吸収に気付いたのは、同じ闇属性で吸われていないから。
光属性であるハイドラスは、対となる闇属性の影響は大きく受ける。しかも無抵抗に魔力だけ吸われるのだ、回避しようもない。
だが、ここで疑問が生じる。
「貴女、ここまで気付かれずにいられるなら、何故素直にハイドの首を落とさないの? 逃げ道を塞ぎ、閉じ込め、彼女を人質にとっている時点で狙いは彼よね?」
中々物騒な質問を投げかけるファミアに、魔力と同時に生気まで吸われた気分になる。
だが、その通りだとも思うわけだが、その問いにテテュラは、メルティアナに再びナイフを突きつけると、説明は必要ないと答えた。
「さて、そろそろ殿下の首を要求してもいいかしら?」
「まあ、そうだろうな……」
「テテュラさん! 今からでも遅くありません! そんなことは――」
そんな説得を試みようとするハーディス達の意見を無視し、本気なのだと突きつける。
「私の要求は貴方の首よ、殿下。それと彼女を交換。ついでにこの小瓶も渡すわ」
テテュラはナイフを持った右手をメルティアナの首を絞めるようにし、左手で液体の入った透明な小瓶を見せる。
「なんだ、その小瓶は……?」
「すぐにわかるわ。殿下の首を切り落とす以外の行動を起こせば、すぐにでもこのか弱いお姫様の首が胴を離れると思ってね」
「卑劣な……」
苛立ちを見せる形相で睨むファミアを見たユーキルは、先走り行動しようとするが、
「――待ちなさい! ユーキル!」
ビタっと動きを止める。
「懸命な判断です」
今のユーキルを止めていなければ、本当にメルティアナの首が飛んでいたと悪寒が走った。
その本気の具合をテテュラを知る三人も、この空気から痛感した。
「時間は五分もあれば事足りるでしょう?」
「ま、待て! 考える時間を……」
テテュラとしては時間を稼がれるのは避けたいところ。
メルティアナの首筋を軽く切りつける。
「――メルティ!! おい! 人質なのだろう!?」
「ええ。そうだけど、それだけじゃないの」
「なに?」
すると、メルティアナの様子が変わっていく。
「かはっ……こひ、は……はぁあ……」
テテュラの腕の中で過呼吸でも起こしたように、苦しみ始めたのだ。
「メルティ!?」
「姫殿下!? テテュラさん、貴女……」
「毒を盛ったわ。彼女の身体からすればもって五分程度。その間に答えを決めて」
「なっ!? お前の狙いは私だろ!?」
「正確にはそれも違うわ。この国の王族の首なら誰でもいいの。貴方の首が欲しいのは、彼女よりは影響力があるでしょ? ってだけ」
目的のものは既に手中にあると明言。
だが、公務を行なっていたハイドラスの方が、ハーメルトでも他の国でも影響がある故、そっちの方がいいとも明言した。
「つまり、彼女の首でもいいと?」
「ええ」
「何故だ!? 何故、こんなことを……」
「そんなことを話す時間……ある?」
テテュラは人質にとったままのメルティアナを差し出す。
その彼女の表情はどんどん悪くなる一方。
それを突きつけられ、焦燥感に駆られながらも黙り込んでしまう。
「……」
皆がメルティアナの苦しむ表情を見ながらも、この状況の打破を考える。
その中で割と冷静なのは、やはりファミア。
だが彼女は考えれば考えるほど、作戦に穴がないのが手に取るようにわかるようで、まるで掴まされているような感覚に、苛立ちも見せる。
トーチゴーストを使った召喚作戦もそうだが、この駆け引きも上手い。
魔力を吸われ、体力、精神力ともに削がれているハイドラスに、トドメの妹が死へと歩いていく様は、正に判断力を鈍らせるには十分な効力を発揮する。
挙句、人質と言っても殺していいと前提を打たれれば、何をするかわからないと言っているようなもので、こちらの動きを阻害するにも一役買っている。
どちらでもいいという言葉が、こんなに残酷に聞こえるとは思わなかった。
しかも一縷の隙もない風貌として、熟練されたアサシンのような格好、冷たい瞳、突きつけられるナイフに周到な作戦運びもまた、動けば最悪の結末を迎えると訴えかけてくる。
さらに言えば、そんな考えを巡らせる中で説得を続けるウィルクにも一切動じていない様子から、本気であることも捉えられる。
彼女を仕留めるだけであれば、ユーキルを動かせばいいが、メルティアナも助けるとなると、非常に困難となる。
ファミアからすれば、メルティアナは可愛い妹だ。無事救い出したいが、
「ひゅはぁー……ひゅ、ひゅ……」
呼吸の仕方までおかしくなってきたメルティアナを見せられ続け、冷静であるファミアも焦らずにはいられない。
(どうすればいいの。どうすれば……)
皆が同じことを考えていると、メルティアナが口からよだれを垂らしながらパクパクと口を開けて、何か喋ろうとしている。
「おにぃひゃま……ど、どう――」
「メルティっ!! 私が何とか助けてやる。だから……」
「わたひを……捨て置いて……くだひゃい」
メルティアナのその言葉に、絶望を目に宿した。
「な、何を言い出す、メルティ! 不安なのはわかる。だが、自暴自棄になるな! メルティ!」
何とか皆が助かる手段をと考えるハイドラスだが、メルティの言葉で考えが変わることになる。
「おにぃさまは……はぁ、この国に……必要な、人……だから、おにぃさまは……逃げて……必ずこの……はあっ!? はぁあ……」
「メルティっ!!!!」
毒が回りが早くなったのか、力なくテテュラに身を任せるように、だらんともたれかかる。
「毅然とされた姫様ね。でもごめんなさい、交渉までは苦しんでてもらうけど、どちらに転んでも楽にはなるわ」
「――テテュラ!!」
「貴方の答え次第よ。苦しめたくないなら、決断は急ぐべきよ。もうもたないわ」
それは誰の目からでもわかる様子だった。
虚な瞳で小さくか弱い呼吸を繰り返す彼女の限界は近い。
その様子をもう見てはいられないハイドラスは、決断を下す。
「……ハーディス」
「何です、殿下! 何か妙案でも……」
この危機的状況でも殿下ならと期待に膨らんだ声で問いかけるが、返ってきた返答は、
「私の首を落とせ」
最悪の答えとなって返ってきた。




