39 鈍足の一歩
――寮の入り口でテルサが脚立に乗って身体をピーンと伸ばし、魔石のカンテラに手を伸ばしている。
「おはよう、テルサちゃん。何してるの?」
「おはようございます、リリアさん。今夜のための魔石の交換です。……というかちゃん付けはやめて下さい」
何でも王宮から支給された魔石に取り替えて欲しいとのこと。
一部の施設には既に最終日のイルミネーション用の魔石は飾られてはいたが、居住区では生活に支障が出ないようにするために、最終日にのみ付けてくれとされているらしい。
「特殊な魔石なんですね」
「皆さんは初めてでしたね。そうなんですよ。王宮魔術師さんが、毎回新作の魔石を用意するそうで、魔力量や輝き方とか普通の魔石とは違う仕様なんです」
だから、この最終日の朝に設置するのだと、取り付けながら説明してくれた。
「へえ〜、凄そうだね」
花火師が毎年、精魂込めて作る花火みたいなものだ。
建国祭は五年に一度だから、気合の入り方もまた違うのだろうが、目を細めてよく見ても、見た目だけでは中々わかりづらい。
「五年前も綺麗でしたよ〜。ただ……」
「ただ?」
「今年も隣に素敵な方はいませんが……」
るる〜っと涙を流し、今年も涙で枕を濡らす予定ならあるらしい。
その幼児体型には同情を禁じ得ない。
俺も身長が小さく、彼女を作る自信もなかったため、低身長という見た目からくる気持ちはわかる。
ただリリアとなった俺からすれば、同情はできない。
リリアは女性的凹凸がちゃんとしているため、嫌味にしかならない。
「えっと……寮長さん、頑張って」
「大丈夫だよ! テルサちゃんはお掃除、料理、洗濯、家事なら何でも出来るし、きっと大丈夫だよ」
「……そう信じてずっとここにいますが、何も……」
最終日の朝だというのに、いきなり沈んだ気持ちになってしまった。
アイシアのフォローも無駄打ちとなった。
「それで? 皆さんはどちらへ?」
「ちょっと散歩がてら、アイシア達が夜景を観るところの下見です」
集まって一緒に行くとはいえ、場所の把握はしたいとリュッカに提案された。
後、なんでもポチにも見せるらしく、大丈夫なのかという確認込みで。
「あれ? リリアさんもですか?」
「私はついてくだけですよ。シドニエと観るところはアイシア達と違いますからご安心を……」
デートと称されているのに、結局友達とってどんなチキン野郎な話だろうか。
そんな馬鹿な話はない。
「いいですね。私も学生の頃、もっと積極的に行動出来てたら――」
「さあ! 行こうか二人とも!」
「う、うん! そ、そうだね」
テルサがいじけモードに入ったので、これ以上、空気を悪くしないようにそそくさとその場を立ち去った――。
「結局、アルビオも一緒なの?」
「うん! みんな一緒! ママ達も後で合流するって」
どうやらアルビオはヘタレたらしい。
リュッカに対して好意があるのだろうに、中々ラブコメないらしい。
人のことを言えた義理ではないが。
「結構な大所帯になるんだね」
「そうだね。昨日来てた人のほとんどかな?」
「そのうち初めてなのは……」
「私達と弟達くらいだって」
王都や付近を活動拠点にしている者は勿論、アイシアの両親は見に来たことがあるらしい。
「そっか。ナルシアちゃん達は喜びそうだよね」
「うん。すっごく楽しみにしてたよ」
「リリアちゃんはシドニエさんと楽しんできてね」
「それなんだけど……実際どうなのかなって……」
「どおって?」
「いや、デートなんて初めてだからさ。どうすればいいのかなって」
自慢じゃないが、世界に生を与えられてから異性とのデートなど未経験である。
ましてや性別を変えられているため、よりややこしいことになっている手前、どうすれば良いやら。
「景色観るだけなんでしょ? 別にいいんじゃない?」
「まあ、そうだけど……」
「シアの言う通りだよ。自然体のリリアちゃんでいいと思うよ」
「……そっか。気負い過ぎか」
二人も未経験であろうが、いつも通りの方が向こうも緊張せずに済むか。
「でも、あんなリリィも珍しかったけどね」
「なっ!? アイシア!」
「私服漁ってさ、どうしようって考えてる――」
「それ以上、喋るなぁっ!!」
俺が必死でアイシアを止めに入るのを、リュッカは思わず呆然。
「いや、あのね……下手な服着ていくわけにもいかないってだけだから! リュッカ?」
「あ、ああ、うん。それにしても変わったよね」
「ど、どの辺が?」
「男の子なんて意識したことなかったのに……」
「いや! アレはそんなんじゃないからっ!!」
ある程度は意識してましたよ。リリアの外見上、やらしい視線もあったわけだから。
本当に男子の視線って分かりやすいほど、局部に向かうんだと実感してるんだよ。
「そういう意味じゃないから!!」
「うん。わかったよ」
「そっかぁ……リリィに恋人かぁ」
「――ここにわかってない奴がいたよ!」
そんな会話でじゃれつきながら、賑わい始める建国祭の朝を散歩した。
***
「……」
学園の門前でソワソワと落ち着きのない様子の男子が一人。
「ほ、本当に一緒に観られるなんて……」
幼かった彼から観ても、目を奪われるほどの景色だったことを覚えている。
幼い頃の思い出なんて、曖昧に覚えているものがほとんどだろうが、あの景色だけは忘れられるはずもない。
国中が華やかな色で飾られ、別の世界にでもいるかのような幻想的な風景には感動を覚えた。
そして、そんな心奪われる景色を女の子と二人っきりという事態、シドニエからすればチャンス以外の何物でもない。
シドニエはポケットから小さな小箱を手に取り、ため息を吐いた。
実は、この夜までに色々と一悶着あったシドニエ。
当然と言えば当然。
あれだけの観衆の中、リリアとのデートが確定。しかも最終日の夜のイルミネーションデートとなると、男子からの嫉妬を買うのは必然。
嫌がらせの数々もあったのだが、ユニファーニやミルア、しかもハイドラスまでもが守り、アドバイスまでくれた。
ミルア以外の彼ら曰く、面白いからという個人的な理由なのが、ちょっと思うところがあったぐらいで、感謝している。
この小箱の中身はいわばプレゼント。
このプレゼントの提案はハイドラス。彼曰く――、
「アイツはプレゼントになびくような性格はしてないだろうからこそ! ……の不意打ちというわけだ」
「もとい、思い出のデートになるのですからプレゼントを渡して形にすると良いでしょう。彼女だって女の子です。きっと喜びますよ」
ハイドラスの戦略を解釈するハーディスの横で、身柄を押さえられながら、暴れる側近ウィルクの姿があった。
ウィルクも反対派だったようで、冷静に考えるとやっぱダメだと暴れ出すなか、怯えながらペコペコとハイドラス達にお礼を言った。
「急を要しましたが、良い物が用意出来て良かったです」
「は、はい。舞い上がってたんですかね、思い付きもしませんでした」
「女性はプレゼントに弱いのは常識だろ?」
「そう思われるのでしたら、ファミア姫殿下のプレゼントにも、もう少しやる気を見せるべきでは?」
「それはそれだ……」
顔をやや引きつりながら浮かなく喋る背景には、幼少の頃に杖を渡したことがあってひどく後悔したのが記憶に残っている。
覚えたての魔法の的になったのが、いい思い出である。
それ以来、害が出ない物をプレゼントしたのだが、それはそれで嫌味が吐き出てくる彼女。
最初のうちは照れ隠しからとも思ったが、どんどんエスカレートしていくので、本気なのだと理解。
劇やパラディオン・デュオでの発言を聞く限りでは、今回は機嫌が良い方らしいくらいには理解できるが、忙しさからか、難攻不落な彼女の趣味や好みなどわかるはずもなく、現在に至るのが現状。
「い、色々あるんですね」
するとウィルクはハーディスを退け、シドニエの胸ぐらを掴んだ。
「ひっ……」
「今日はお前の頑張りの……だああああっ!! やっぱり嫌だああっ!! あのリリアちゃんとコイツが並んで歩くなんてぇ〜っ!!」
なんとか自制しようとしたようだが、やはり無理だったと大声で嘆く。
「パラディオン・デュオの時はそんなこと言わなかったじゃないですか」
「バッカ! それは学校行事で女子と組むのは必須なんだからぁ? 仕方ないと妥協も出来るしぃ?」
なんだか語尾が気になるが、ウィルクが嫉妬に狂っているのは理解出来た。
「でもこれはデェーートだろうが! バカか? バカなのか? この人面キノコ」
明らかな悪意のある悪口に、犬猿の仲であるハーディスの堪忍袋もブチ切れた。
「誰が人面キノコだぁ!!!!」
側近同士の喧嘩が始まるなか、ハイドラスは相変わらず微笑ましい光景だと眺めている。
「あの……止めなくても?」
「いつものことだ。喧嘩するほど仲がいいというだろ?」
「仲がいい……」
本気の取っ組み合いを見つめながらも、ハイドラスの意見を否定するのもと考えた結果、
「ですね」
肯定することにした。
「それよりもアルビオみたいにヘタレるなよ」
「どういうことでしょう?」
「あいつ、マルキスに誘われたのを了承したそうだ」
「はあ……」
話が通じていないと理解したハイドラスは閃く。
「ああ、お前はアルビオがナチュタルに好意を持っているのは知らないか」
「――えっ!? そうだったんですか!?」
「当人達は否定しているが、まあ互いに気にしている様子なのは、手に取るように理解できる」
まるで恋愛初心者のようなウブな光景だと、嬉しそうに茶化したが、本心は別のところにある。
「あのアルビオにそんな感情が湧くことが何より嬉しい。きっとあいつの中でまた何か変わるきっかけになるはずだ」
シドニエはどういった経緯なのかまでは理解できていないが、きっと自分と似た境遇でもあるのかもと考えた。
以前、アルビオと話していた時にそんな雰囲気を感じていた。
「お前だってオルヴェールに変えられたのだろう?」
「は、はい。彼女のお陰で……いえ、オルヴェールさんを含めた皆さんのお陰で変わることができたように思います」
「それでも始まりはオルヴェールだろ? デート、と言ってしまえば緊張もするだろうが、自分を良い方向で変えてくれた感謝、ということでエスコートしてこい。……その方がまだ緊張しないだろ?」
「は、はい。ありがとうございます」
「まあでも、あいつをモノにするつもりなら、その気概も良し。だが、今日みたいにそこまで面倒は見んからな」
熱狂的なリリアファンに、祭りの雰囲気に乗じて拉致されそうになったのは、笑えないと思いながら苦笑いした。
すると、喧嘩にひと段落ついたハーディスも手で埃を払うようにパンパンと叩いた。
「おんぶに抱っこでは格好もつきませんからね」
「あ、あの僕はまだそこまでは……」
「でしょうね。いっぱいいっぱいのようですからね」
「まあ何にしても実りがあるといいな」
――と背中を押してもらった以上は、頑張りたいとは思うわけだが、やはりいざとなると緊張はぶり返すもの。
そうこう思考がグルグルしている中、
「お待たせ」
「は、はい!」
ビタっと思考と視線がその呼び掛けられた方向を向くと、そこには私服姿のリリアがいた。
秋もそろそろ終わりを迎える頃合いなので、軽く上着を羽織った気負うこともないラフな私服。
少し歩くと聞いたので動きやすく、しかし地味過ぎない可愛らしい服装。
「ああ、いえ、待ってないです、今来たところです。はい」
俺に気を遣わせないためか、すぐに言い直した。
「そこまで気ぃ使わなくていいよ」
「いや、そんなことはありません。あと、それと……」
「ん?」
「似合って、ますよ。その服」
なんだかリリアに転移した今までで、一番女の子扱いされた気がする。
学園での視線やパーティの時みたいな社交辞令とは違う扱いと、照れた言い方もあってか、こちらまで気恥ずかしくなった。
「「……」」
いたたまれなくなった空気をコホンと一息。
とりあえず落ち着こう。自然体で……。
「行こっか。しっかりエスコートしてよね?」
「あっ、はい」
俺がリードしつつ、促すのが俺達の関係だろうと声をかけ、歩き始めた――。
パラディオン・デュオでの思い出話をしながら歩く道中、目的地へと近付いて来ているのか、最終日の祭りにも関わらず、通り行く人が疎らになり、灯りも遠ざかっていく。
「この辺りは何というか……」
「まあこの先は何もないですからね」
「えっ!? 何もないの?」
若い男女が二人きり。人も少なくなり、辺りは暗い。
いやいや、ここでそんな展開はしないはず。
「大丈夫ですよ。穴場の高台があるんです」
「ホントに?」
疑惑を持った含みのある言い方に、シドニエはちょっと呆れた様子。
「……暗がりで襲う甲斐性がある性格に見えます?」
「まあ築き上げた信頼性を無視しても……ないね」
男としては中々情けないとも思うが、こちらとしてはその方が助かる。
「でも穴場って?」
「あそこら辺なんですが……」
そう指差す方向は、居住区のはずれの木々が生い茂っている場所を指された。
「小さい頃にユファ達と一緒に見つけたんです」
「見つけたというより、シドニエの場合は引っ張られてじゃない?」
「お、仰る通りです……」
ユニファーニの性格上、ガキ大将的なポジションから二人を困らせながら遊んでいたように感じる。
「でもそっか……あっ」
その木々の隙間から高台が見えた。
確かにあそこなら展望広場ほどではないが、町を一望できるだろう。
目的地が見えてからはあっという間で、
「到着! おおっ!」
俺はすぐに城下町を眺めた。
まだ点灯まで時間があるにも関わらず、町の灯りは十分なほど輝いて見える。
「これでも十分来たかいがあったけど、これ以上なの?」
「はい。五年前もここから観ました。あの時は大変でしたよ。ユファが――」
この場所を見つけた経緯を楽しそうに話すシドニエに、思わず笑みを浮かべながら聞いていた。
「……なんだか最初より随分変わったね」
「え?」
「だって最初はおどおどしてたし、小さい声でぶつぶつ喋るだけだったのに、今ではこんなに楽しそうにさ」
「ご、ごめんなさい。僕、変に舞い上がってるのかなぁ?」
俺はふるふると首を軽く振って否定した。
「違うと思うよ。きっと自信がついたんだよ。優勝って言葉が、あのシドニエが浴びた歓声が変えてくれたんだよ。男前にさ」
「……そうだといいな」
「違うと思ってる?」
「本心ではそうです。でも、変わったんだなって実感もちゃんとあります」
優勝しても自分には足りないものがある、そんな謙虚な思いがこもった言葉のように聞こえた。
慢心することなく、でも優勝の余韻には浸らない、ストイックと言えば聞こえはいいが、それとは違う気もした。
するとくるっと俺に向き直し、真剣な眼差しを送ると、俺に伝えたいことを話し始めた。
「オルヴェールさん、本当にありがとうございます。僕がこうして少しでも自信を持つことができたのも、可能性を見つけられたのも、臆病だった自分を変えられたことも……全部、貴女のお陰です」
純粋に言葉がスーッと入ってくるような感覚があった。
それだけ素直な気持ちの言葉。
「本当に変わらなくて、もがいて、苦しんで、一寸先も見えない夢だけを追いかけていました。でも、どこかできっと諦めてたんです……できっこないって……」
シドニエは町の方を見て黄昏ながら、思い出にふけるように話した。
「でもオルヴェールさんは、こんな僕に手を差し伸べてくれました」
「ちょっと背中を押してあげようかなって思っただけだよ」
「それが嬉しかったんです。そのちょっとでも僕には大きな一歩だったんです」
「そうだね、一歩だよね。……ここからが大変だよ〜」
「そ、そうですよね、頑張ります。今度はオルヴェールさんを守れるくらいに強くなって見せます」
「うーん、そもそも来年のパラディオン・デュオは優勝者同士は組めないんじゃないの?」
「あ」
「ふふ……」
俺が笑い始めると、シドニエも釣られて笑った。
ひとしきり落ち着くと、俺は軽く小首を傾げる。
「まあ期待してるよ、男の子」
「は、はい! もっと魔法と剣の鍛錬も頑張って、僕の目指す勇者像に近付いてみせます」
こうしてはっきり言えるようになったのだ。本当に変わったよ。
だからか、俺もちょっと頑張ってみようかと思ったわけで。
「あのさ」
「はい?」
「私さ、ちょっと前から気にしてたんだけど、シドニエって呼びづらいよね」
「そうですね。よく言われます」
「だからさ、シドって呼んでいい?」
「えっ……」
シドニエは思わず固まってしまった。
いや、呼び名を変えるだけだよ! 小学生か!? と思ったが、リア充男でもない草食系男子ならこれでも十分な進歩とも捉えられるだろうか。
「ユファ達もシドって呼んでるわけだし、お友達なんだから、もっと親しい呼び方でもいいかなって……どう?」
上目遣いで尋ねてみると、少し口元が緩んでいる。
「シド……友達……親しい……」
なんだか今度こそ、舞い上がっているように思える。
そんなシドニエにもう一度呼びかける。
「シード!」
「は、はい!?」
まるで風船を割った音に驚いたかのような反応。
「どうなの?」
「あ、はい! それでお願いします」
「あと私のこともリリアでいいよ、ね?」
「え、ええええっ!! いや、そんな……その……」
腰が引けたヘタレ感マックスな反応にちょっと呆れるも、それはそれで微笑ましくも思った。
変わったように見えたシドニエも、やはり根本は変わらないようで――どこか自信がなく、謙虚で一生懸命なシドニエ。
どこか愛おしくも感じた。
「じゃあその……リ、リリア……さんで」
「はいはい」
気弱に消えていきそうな言葉で返事が返ってきた。
まあ俺自身も臆病で、友達なんて言葉を使ってしまったが、こういうヘタレた一歩でも進歩としてみたいところである。
元チキン野郎の恋愛は亀のように鈍いのだ。自分のペースを見つけて、そのうちに頑張ろうなんて思った。
すると、リンゴーン〜リンゴーン〜っと大きな鐘が響いてきた。
「えっと……そろそろみたいですよ」
「……楽しみだね」
「は、はい」
ニコッと笑顔で共有しようと尋ねると、照れ臭そうに返事をしてくれた。
すると町中で光が放たれ始めた。
紫色の小さな光の粒が上空を舞い始め、いよいよなのかと、胸が高なった。
「あ……光が止んだね」
すると直ぐに別の光が現れた。
それは――、
「お、おお……」
思わず微妙な反応をしてしまった。
というのもぼんやりとした青白い炎のトーチを身体に宿したゴーストが町中を照らし始めたのだ。
祭りということもあって、魔物を使った演出でもするのかと容易に想像がついたが、みんなが言うほど感動する景色ではなかったので、その辺は期待はずれだったと言わざるを得ない。
いや、せっかく二人っきりで来たのに、そんな野暮なことは言わないが、先程の城下町の姿からまるでハロウィンの世界にでも来たかのような雰囲気。
明るい感じではなく、不気味感がすごいが、
「す、すごい景色……だね?」
眉を曲げて、微妙な笑みでフォローを入れようとした時に見たシドニエの表情がおかしい。
まるで予想外の景色が広がっているかのような驚いた表情。
「ど、どうしたの?」
「いえ、聞いていたのとは違うと思って……」
「聞いていたって?」
そう尋ねると、深刻そうな表情でシドニエが持つ情報を説明してくれた。
「僕の家の近くに魔石加工師さんが居たんですけど――」
なんでも、その魔石加工師さんからどんな演出なのかを聞いていた。
綺麗な青の絨毯のように長い帯のような光で城まで続き、辺りを星の光のように黄色やオレンジのような明るい色合いで、夜空を写したかのような景色を作り出そうとしたのだという。
町中を照らすほどということもあって、王宮魔術師だけでなく、魔石加工を取り扱える職人にも頼んでいたことで、詳細をこそっと軽く教えてもらったとのこと。
同じ色の魔石を作っていたのをチラ見していたので、どんな色が並ぶかくらいは想像していた。
ちなみに聞き出したのはユニファーニである。
「そうなんだ。でも、途中で演出を変えたとか、実は別の使い方をするとか?」
「いえ、あの魔石は飾り用として絶妙な魔力配合がされているはずです。途中で演出を変えるなんて、無茶くちゃ出来ないはずです。それにあの殿下が魔物を使った演出なんて危ないことをするとは……」
「そうだよね……」
確かにハイドラスは童心も残したユーモアのある人ではあるが、芯はしっかりとしている人だというのは知っている。
国や人のことを考え、行動を起こせる人であることなど、リュッカの件や魔人事件などを挙げれば理解に苦しむこともない。
「一応、害の無い魔物ではありますが……」
「なんだか……増えてきてない!?」
町中の至るところから、不気味に漂う幽霊型の魔物。
トーチゴーストと呼ばれる魔物で、紫色に透けた身体を持ち、その中心部には名前の由来通り、小さく燃えた火を持っている。
ただこの魔物は彷徨うだけで、害は無い。
だが、この高台から増え続ける様子を見るに、明らかに異常事態である。
「シド! こんなことは今まで?」
「あるわけありません! トーチゴーストはこの付近にもいません」
以前、魔人事件の際に参考にしたリストの中にも、確かにいなかった。
「てことは……テロ!?」
「ええっ!?」
今、この国には大勢の要人が来ている。
建国祭が行われる日程も知られているため、計画的犯行を行うには十分な準備も出来たことだろう。
「ねぇ!? 確か、殿下達って……」
「陛下は確か、お城での鑑賞って聞いてますけど、殿下は……勇者展望広場だったはずです!」
「くそっ!!」
俺はそう吐き捨てながら、高台から走り去る。その後をシドニエも追いかける。
「あの……どうするんですか?」
「決まってるでしょ!? 助けに行くんだよ。悪いけど、デートは中止ね。――召喚! インフェル!」
そう叫び、魔力を捧げれば出てくるはずのインフェルの応答が無い。
「えっ? インフェル!?」
俺は思わずピタリと足を止めて、右手を見つめる。そして、
「――召喚! インフェル! インフェル!? どうして出てこないの!?」
何度も呼びかけるが、全く反応がない。それどころか呼び出した際に生じる魔力の減りを感じない。
「もしかして……召喚できてない!?」
インフェルに先行して、状況の確認や対処できるなら任せようと思ったのに。
「悪魔さん、呼び出せないんですか?」
「うん。ダメみたい」
「だ、だったらとりあえず向かいましょう」
「シド……」
「殿下には色々お世話になってるんです! ぼ、僕も行きます」
恐怖に震えた言葉だったが、これも大きな進歩だ。
以前、変異種に遭遇した際には、保守的な意見を言っていたシドニエだった彼が、こんなセリフを言って行動できるようになるなんて……、
(よし、俺も頑張るか)
「わかった。行こう、シド! 頼りにしてるよ」
俺は背中を強めに叩いてそう言うと、シドニエも身が引き締まったのか、
「はい!」
さっきの震えた声は消えていた。




