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問おう! 貴方ならこの状況、歓喜しますか? 絶望しますか?  作者: Teko
5章 王都ハーメルト 〜暴かれる正体と幻想祭に踊る道化〜
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37 リリア争奪決勝戦

 

「さあ、泣いても笑ってもこれが決勝戦だあーっ!!」


 パラディオン・デュオもフィナーレを迎えようとしているが、そのトリがまさかの一年生で、しかもこの会場が期待しているであろう、黒炎の魔術師の戦いではなく、男同士の一騎討ちという。


 観客からすれば、勇者の末裔を破った彼らがどう黒炎の魔術師と戦うかが観たいところ。


 さてはてどう切り出すのか。


「その決勝戦なのですが、ここでハイドラス殿下よりお知らせがあるようです」


 そんなメモを片手に話すバルティナを見上げながら、一騎討ちの件を説明したというエルクに尋ねる。


「あの……話は通ってるんだよね?」


「ええ。殿下がねじ込むと……」


 そのねじ込むと言う発言に(いささ)か、嫌な予感を感じつつも説明をするために出てきたハイドラスを見上げる。


「ここまでたどり着いた両選手、そして戦い抜いた者達に敬意を込めて称賛したいと思う」


 先ずは前置きを丁寧に据え置き、本題に入る。


「さて、この決勝戦だが、勝ち上がったリカルド選手がある宣戦布告をしたと聞いている。黒炎の魔術師であるリリア・オルヴェールに相応しい男は誰かと……」


 会場はざわつき、俺の背筋もゾワッとした。


「リカルド選手は彼に宣言したらしい……パラディオン・デュオで是非、一騎討ちにて勝負をしたいと。……奇しくも今年は建国祭、勝者は……皆まで言うまい」


 もう言ってるようなもんだろっ!!


 楽しそうに話すハイドラスにツッコミを入れる中、会場も意図を理解したようで、大きく騒つく。


 その宣戦布告されたシドニエはおどおどしてますが。


「私は哀しい! 何故そんな面白そうな場に出くわさなかったのかと!」


 思わず本音が(こぼ)れる発言に、同じ席にいる陛下達は呆れ気味に、


「殿下……」


「……貴方って本当にそのような話題が好きですわね」


「ハイド、時折お前はそのような暴走をするな」


「当たり前です、父上! 我々が恋愛に憧れるのは当然の摂理。でなければこんな……」


「こんな?」


 まるで自分との婚約は不服と宣言しかけたハイドラスを、意味深な笑顔で迎え入れる。


「んんっ! まあ、その婚約から育まれる愛も素晴らしいが……」


「あらぁ、貴方からアプローチされたことは、あまりありませんが……?」


「んんっ!! と、とにかく! 恋路というのはもっとこう、燃え上がるものだと思うのです」


 ファミアが途中途中で威嚇(いかく)するものだから、言いたいことが定まらないハイドラス。


 もう一度咳き込み、体裁を整える。


「簡単に言ってしまえば、パラディオン・デュオで彼女とパートナーを組んだシドニエ選手が気に入らないとのこと。一騎討ちにて証明せよということだ」


「えっと……つまりは殿下? この両男性選手の勝者がリリア選手の彼氏さんになると?」


「そこは当人達の努力次第だろう。私が聞いているのは、最終日の夜にデートというくらいだ」


 結局言ったし……。


 勿論その発言に異議を唱える声も飛んでくるが、


「このパラディオン・デュオ決勝戦という場で、男二人が一人の女を取り合う……燃える展開だぁ!!」


 なんだかハイドラスの中では、妄想が爆走しているようだ。


「確かにっ!! 中々燃える展開ですねっ!!」


 バルティナさーん、油注がないでぇ〜。


「そう思うだろっ!?」


「そう思います!!」


「皆はどうだろうか!?」


 テンションがハイになって、ウキウキしたハイドラスは会場にも同情を求めるも、会場の人達からすればこう思うだろう。――わからんではないが、同情を求めないで。反応に困る――ではなかろうか。


 実際、盛り上がりに欠ける同情の声を上げる会場に、同意と都合良く受け止めたハイドラス。


「わかってくれたようでありがとう。というわけで存分にやってくれたまえ!」


「――やってくれたまえ、じゃないっ!! このお馬鹿殿下ぁ!!」


 最早、我慢の限界と俺は叫んだ。


「もっと穏便にできなかったのか! 本当にねじ込んだねぇ!!」


「なに。下手に嘘をつくよりはいい。それに……」


「それに?」


「私だって観たい! そんな青春みたいな展開を! 生で!」


「――言ってろ!!」


 ハイドラスへのツッコミに息切れを起こしていると、同情するような感じで肩を叩かれた。


「貴女も大変ね」


「えっと……ども」


 初対面のマーチに他人事のように同情された。


 まあ他人事なのだが。


「じゃあ私達は奥に引っ込んでるので、後はお好きに……」


「えっ! ちょっと……」


 俺はマーチに連れられ、エルク達が座っている控え席へと向かった。


「えーっと、それでは決勝戦は、シドニエ選手対リカルド選手の一騎討ちにて勝敗を決めることとします! それではお二人とも定位置へお願いします」


 既に隣にいた二人は、握手を交わす。


「わたくしが勝ちますよ。必ず」


「え、えっと、負けません!」


 緊張を吹き飛ばすように、シドニエは両手でブンブンと握手を交わすと、足早に定位置へと向かった。


「皆さんも色々思うことはお有りでしょうが、こちらとしては盛り上がれば何でもよし! お祭りなんですから、派手にいきましょう! お二人には是非、全力でリリア選手を奪ってもらいましょう」


 後で批判やら風潮被害とか来ないかと思う(あお)り文句はやめてほしい。


 俺のせいで実害を被られても困る。


 というか最近、ヒロイン感が出ているように思えてならない。


 向こうの知識を持って転移、転生を行うのって大体主人公のはずなんだがなぁ。


 そんな考えなど誰も知る由もなく、主人公的展開を現在担っていっている二人が対峙する。


 さすがに決勝戦というだけあって、両者が準備を構えると、シンと静まりかえる。


「それではパラディオン・デュオ決勝戦……開始っ!!」


 シドニエは腰のマジックボックスから、付与魔法が記されているマジックロールを数本展開。


 ハーディス戦の時に披露したやつだが、その隙が生じているにも関わらずリカルドに動きがない。


「シドニエ選手はお決まりのマジックロール付与! しかし、リカルド選手は呆然!?」


「どういうつもりですか?」


 付与魔法が施し終えたシドニエが問うと、自信に満ちた表情で宣言する。


「万全の貴方を倒してこそ意味があるのです。では……いきます!」


 準備は万全に整ったと、リカルドから仕掛ける。


 距離を詰めながら、リカルドもマジックボックスに手を突っ込み、短剣を取り出した。


 見たやつだが、シドニエにはリアクション・アンサーが付与されている。


 余程、予想外の動きをされない限りは避けられる。


 だが、そんなことはリカルドも承知のはずだが、二刀流で攻め立てる。


「リカルド選手の二刀流での攻撃も、あの避け続けられる付与魔法の前では無意味のようだぁ!」


「あれも貴女の魔法なんでしょ?」


「ええ、まあ……」


 リカルドの剣術に対応するには、現段階では必須。経験値が足りませんとは正にこのこと。


「しかし、リカルド氏もあの魔法については把握しているはずですが……あの魔法には欠点は?」


「間接的な攻撃と、目に負えない攻撃は回避が難しいことかな?」


「ふーん、あの魔法、無敵かと思った」


「そんなことないよ。いわば達人が見える世界を凡人にも体感できるようになったって感じかな?」


「身体が自動で動きますからね。経験不足を補う形でしょうか」


「まあね」


 とはいえ、考えなくてもいいわけでもない。


 あくまでリアクション・アンサーはカウンター系の魔法。


 自発的行動は結局、自分の経験則と度胸が試される。


 正直、その辺は圧倒的に向こう(リカルド)が上だろう。


 シドニエの付与魔法は所謂(いわゆる)保険だ。


 グローリー・オーラとディフェンシブオーラの頑丈さとリアクション・アンサーによる動作補助はリカルドとの経験差を埋めるもの。


 でも今のシドニエなら――、


 リカルドが斜め前に剣を振り下ろすと、瞬時に後ろへ(かわ)して、身体を(ひね)っての回転斬り。


「ぐっ……!!」


「うおおっ!! 避けたと思ったら、即座に反撃ぃ!! 凄まじい攻防!!」


 シドニエは魔法の自動回避はこう発動するだろうと、予想しての攻撃。


「今の動きは良いですね」


「だね。シドニエも大分、あの魔法に慣れてきたみたい」


「どういうこと?」


 マーチが首を傾げて尋ねると、エルクが説明を始める。


「あのリアクション・アンサーという魔法は自動反射能力ではありますが、自分の意図しない行動は起こさない自動回避を行います。つまり、身体の回避を予想出来れば、攻撃に転じる際に――」


 再び鋭い斬り込みのカウンターを決めに行くシドニエに会場が湧く。


「あのように、素早い攻撃に繋がるのです」


「もっと言えばシドニエ自身も経験が身体に染みついている部分がある。伊達に決勝まで来てないよ」


「要するには、あの大人しそうな彼は(むち)打ってあの人とやれるようにしたってわけね」


(むち)って……」


 貴族にあるまじき発言に何とも微妙な表情になってしまう。


 だが不思議と違和感がない。彼女の口調や雰囲気が貴族らしくないからだろうか。


 まあパートナーが堅物だから余計にそう見えるのかもしれないが……。


「ですが決め手は欠けてますね」


「そうだね。いいカウンターは仕掛けられてるとは思うけど……」


 先程から互いの獲物でのぶつかり合いに互いに決定打を決めきれていない。


 リカルドは二刀流による休みのない連続斬撃。英才教育の賜物(たまもの)か、あれだけの攻めに対して多少息が荒くなる程度。


 技量や剣術のみならず、体力もしっかりあるようだ。


 対するシドニエは、自分が瞬時にカウンターに転じられる攻撃を辛抱強く、付与魔法による肉体強化にてやり過ごし、隙あらばカウンターを決めに行くスタイル。


 保守的なシドニエの性格にピッタリの戦い方とは思うが、当初の参加目的通り、シドニエに自信を少しは身に付けされることに成功したようで、かなりいい感じのカウンターを繰り出せてはいる。


 だがそこはさすがはリカルドと褒めるべきだろうか、驚異的な反射能力によるカウンターも紙一重で(かわ)している。


 とはいえ互いにノーダメージというわけでもない。


 リカルドは、紙一重というほどの剣先を(かわ)している影響か、恐怖心を(あお)られているような錯覚(さっかく)があるらしく、時たまに隙が生じる。


 そりゃあ目の前で何回も木刀を振られれば、恐ろしく感じるものだろう。


 一方のシドニエはどんどん動きが鈍くなってきているように思える。


 先程からふらついている。


(くっ……さっきから頭がいやに揺れる……)


 リカルドの剣の特徴から繰り出る攻撃については、あらかじめエルクからの情報があった。


 気をつけていたつもりでも、実戦はやはり違うもので……、


「ぐっ……あっ!!」


 防いだはずの木刀ごと、剣撃から繰り出される風圧で吹き飛んだ。


「入ったあっ!! リカルド選手の剣撃がヒットぉ!!」


 シドニエは勢いよく転がり倒れるが、すぐに立ち上がる。


「まだ、やられてくれませんよね」


「え、ええ。まだまだ……」


 重い倦怠(けんたい)感を頭に抱えつつ、リカルドを倒す手段を模索する。


 自分の付与魔法を施した近接戦が通用していないわけではない。


 現にリカルドに疲れも見えている。それだけ体力と精神力を削る攻撃が出来ているということ。


 情けない話だが、リリアの術に頼っている部分が大半。だからこそ、自分の技量が足りないのだと自覚できる。


 その技量を埋めるのは、諦めないことと精神型であるということ。


 自分がリカルドにもリリアにもない技術を今ここで発揮出来れば、きっと戦える。


 そこで頭に浮かんだ理想の姿――、


「――地の精霊よ、大いなる精霊と共に僕の呼びかけに応えよ……」


「えっ!? 呪文詠唱!?」


 バルティナの驚きも納得。一対一での詠唱魔法は無防備すぎる。


 それを勿論わかっているリカルドは詠唱が始まったと同時に駆け出していた。


「そんな隙だらけなっ!」


 木刀は正面に構えているものの、詠唱中は集中するため、動けないものだと斬り込んだ。


 キィンと防がれる音が会場を貫くように響いた。


 その現場にリカルドも目を疑う。


「――引力を司り、この大気を支配せよ……」


 詠唱をしながら剣撃を防いだのだ。


「なっ!?」


「――我が元へ集え!」


 驚愕を受けて生じた身体を突き飛ばされる。


「――グラビティ・フォース!!」


 左手をかざし、突き飛ばしたリカルドを引き寄せ、捻りを入れての回転斬り。


「――ぐあぁあっ!! はあっ!!?」


 強い引力と回転を加えての木刀の一撃をモロに食らったリカルドは勢いよく壁まで飛ばされ激突。


 当たった衝撃で壁も破損するほど。軽く砂煙も舞った。


「……」


 その光景に思わず会場は静まり返ったが、バルティナは思い出したかのように実況。


「おおおおおおっ!! 何だ今のは!? 強制カウンター? がクリーンヒットぉ!! てか生きてます? 彼!?」


 会場もバルティナの実況とシドニエの反撃に熱を上げて、歓声を浴びせる。


「い、今のは……」


「おそらく魔法剣士の戦い方をしたのでは? しかし、彼は何度やってもそれは出来なかったはずでしたが……」


「弟よ、これもおそらくだけど、この状況が彼を成長させたのよ」


 たまに確信をついてくるマルクの意見に同意を覚えた。


 アルビオみたいに移動しながらのものではなかったにせよ、動作を起こしながらの詠唱はかなりの集中力が必要になる。


 エルク達との特訓の際にはできなかったことを為し得たようだ。


 正に百の練習より一の実戦である。


 今のシドニエには、多分周りからの歓声なんて聞こえてはいない。


 誰もがあの重い一撃を受けたリカルドが敗北したものと思っていると、ガラッと瓦礫(がれき)が崩れる音がした。


「今のは……効きましたよ……」


「――!? な、なんと立った!? 立ったああ!! リカルド選手立ちました!!」


 頭からは血が出てはいるものの、笑みを溢すリカルドを見てか、先生もギリギリまで止めないようだ。


 シドニエは少し驚いた表情をしただけで、すぐに切り替えたのか、表情が引き締まる。


 集中力が切れていないようだ。


 お互いに相手を確認すると、剣を片手に迎え撃つ。


「――地の精霊よ、僕の呼びかけに応えよ……」


「二度目はありませんよ!」


 シドニエの剣を(かわ)し、素早く後ろで回り込んだ。


「――ストーン・ポール!」


「ぐっ!?」


 シドニエの背後を守るように石柱が突き出ると、その石柱をなぞるように身体を捻り回転。


「はあっ!!」


「っ!!」


 正に魔法剣士の戦い方と言えるこの展開に、会場も実況も熱が入る。


「素晴らしい魔法と剣術のコンビネーション!! 数ヶ月前までは素人だったとは思えない振る舞いだぁ!!」


「そうだねぇ。しかもあの回避付与魔法に身を任せつつ、取り入れたカウンターも板についてきてます」


「じゃああの捻りを入れた剣術は……」


「おそらく受け流した上で、攻撃の勢いを遠心力に変えて、攻撃しているのでしょう。自動回避だからこそできる剣術とも言えるでしょうか」


「これぞ精神型でも前衛ができるという証明を素人がしてみせたぁっ!!」


 実況に関しては色々と思うところはあるが、解説の言う通りだと思う。


 自動回避ということだから、ある程度は勢いよく(かわ)す動きになるが故に、その力の入った身体と相手の攻撃からのカウンターは非常に強力だろう。


 しかもリカルドの剣による作用も自動回避なら、ある程度は無視できるのも利点。


 リカルドにとっては相性が悪い。


 だが、


「ぐっ……!」


 ビシュッとシドニエの頬に切り傷が走る。


 シドニエにも蓄積した疲労とリカルドの攻撃による振動波も残っている。


 大きなダメージを背負っているとはいえ、まだ攻められる精神力に感心する。


 勝利への執着があるのは良いことだが、その対象が自分というのは、考えるものがある。


 人間、真剣に求められれば嬉しいもので、あの二人がこうも男らしく戦っていると、応えなければならないのかなと思ってしまう。


 これは女としての本能だろうか。それとも何かしらのケジメだとどこかで思っていることだろうか。


 だが、おそらく後者だろう。


 真剣な想いには、それなりに納得するような答えを用意するものだろう。


「さあ両者共にそろそろ限界が近付いてきている。そろそろ幕引きか――おっと!?」


 シドニエからリアクション・アンサーの付与が切れたようで、瞳の紫の光が消えた。


「シドニエ選手の付与魔法が切れたか?」


「いや、他の付与魔法は続いているようだよ」


 その付与魔法の特性についてはリカルドも理解している。


 下手な攻撃は、強度のある付与魔法に阻まれ、反撃を喰らう。


 リカルドは左手の短剣を投げ捨てると、体内魔力を片手剣に集中させた。


 リカルドの剣がシドニエの魔法樹の木刀に対抗するには、濃度の濃い魔力を宿す必要がある。


 何せリカルドの剣の刀身は薄い。衝突し合って力負けするのは、リカルドの剣の方だろう。


 勝利を譲るわけにはいかないのだ。例え自分らしくなくても、譲れない想いがある時くらい、情熱が行動と表情に出てもいいことだと思う。


 だがそれはシドニエも同じなようで、木刀を構え、ひと時も目を離すものかと、睨むわけではなく、ジッと見つめる。


 リカルドはその瞳を見て恐ろしさを感じていた。


 普段は、この会場にいた当初のようなおどおどとした自信のない態度が目立つ彼だが、ここぞという時にはとんでもない集中力と決断力を見せるものだと、敵ながら感心する部分もある。


 最初こそ嫉妬が混じった形での宣戦布告だった。


 だが次第に彼のひたむきさが伝わってくるようだった。あの集中力もその一つだろう。


 こうして成長を感じ、それを楽しんでいる自分がいるとは思わなかった。


 リリアの時にも思ったが、今までに感じたことのない感情の高ぶりを感じている。


 次第にその空気に呑まれてか、会場は粛々と静けさを作っていく。


 ――そして二人は駆け出し、真正面からぶつかり合う。


 互いの武器がぶつかって鳴る音が聞こえ、時代劇によくある相手を切ってから止まるやつ。


 すると、


「……あっ……ぐっ」


「……はあっ……」


 痛みが走ったと苦しい声とともに互いにその場で倒れた。


「ああーっと、これは!? 両選手共にダメージが入ったのか、倒れてしまったぁ!?」


「この場合は先に立ち上がった方の勝利ですね」


 正にお決まりの展開とは思うが、いざ目の前でされるといやに緊張感が増す。


 二人とも必死に立ち上がろうと踏ん張るが、中々起き上がらない。


「こらぁーっ!! リカルドっ!! こっちは決勝出ないで観てあげてるんだから、立ちなさーい!! この()をものにするんでしょうがぁ!!」


 会場から応援する学生達の中で、一番変な声援をあげたのはマーチ。


 隣でいきなり上げるもんだから、ギョッとした。


「も、ものって……」


「実際、商品にされておられるでしょ?」


「したのはアンタだよね?」


 澄ました顔で話す元凶に憎たらしさを感じる。


 そんなエルクはほくそ笑み、


「貴女はどちらを応援なさるのです?」


「なっ!?」


「そうですね。貴女の声援で勝負が決まりそうな展開……」


「マ、マルクまで……」


 確かにここはなんだか最近、ヒロイン感がついてきた俺が、呼びかける展開。


「そうね。どうなの?」


 マーチにまで言われてしまい、最早逃げ場もない。両方を応援するのは論外だろう。


 だが、もしどちらかをと言われたら――、


「――立てぇっ!! シドニエっ!!」


 シドニエは確かに控えめで、おどおどしたような弱気な性格をしているが、内面のどこかで変わりたいと思っていることもわかっている。


 でなければ周りから諦めろと言われて、がむしゃらに頑張ったりなんてしない。


 そんな気持ちがあったから、決勝戦(ここ)まで来れたはずだ。


 こんな俺の言葉にも、しっかりと耳を傾けて聞いてくれたシドニエを俺は応援したい。


 そんな想いが届いたのか、木刀を地面に強く突き立てた。


「あ……はあっ……」


 木刀を杖にゆっくりと立ち上がろうとするシドニエを会場の皆が釘付けになる。


 その視線と声援に応えるように、ゆっくりと……、


「立つか? 立ちますか? リカルド選手はどうだ?」


 バルティナは両選手を交互に観ながら実況するが、リカルドの方に動きがない。


 そして、木刀にもたれかかるように、シドニエが立った。


「立った、立ちました!!」


「「「「「おおおおーーーーっ!!!!」」」」」


 全身が震えるほどの大歓声が湧いた。俺の方から見えたアイシア達も大喜びだ。


 リカルドの動きがないことを判断した先生達は、バルティナにこくりと頷く。


「試合終了ぉーーっ!! 勝者、シドニエ! よって一学年優勝ペアはシドニエ、リリアペアーーっ!!」


 再び大歓声に湧いたが、ふと思った。


 そういえば、タッグ戦だったわ……これ。


 そんなことを思いながら、シドニエの元へ駆け寄る。


「大丈夫? シドニエ」


「は、はい。なんとか……」


「決め手はやはり、あの重力魔法での一撃ですかね」


 マーチ達に介抱されて、肩を貸してもらっているリカルドを見ると、それも納得。


 あれだけの一撃をほぼ防御無しで受けたのだ。今思えば、リカルドが立てないのは必然だったように思える。


 すると、シドニエが木刀を突きながらリカルドの側まで行く。


「あの……」


「やめなさい」


 声をかけようとしたシドニエを制止したのはマーチ。


「女を取り合う男の勝負をしたんでしょ? 負けた立場も考えなさい」


「あ……はい」


 それだけ言うと、マーチはリカルド達と共にさらりと引っ込んでいった。


「マーチ嬢の言う通りです。今はそっとしておきましょう。言いたいことがあるにしても日を改めましょう」


「……何が言いたかったの? 言えること?」


 シドニエにしては珍しい表情をしていたので、つい尋ねてしまった。


 なんだか胸の中に(くすぶ)(わどかま)りを吐き出したいといった感じ。


「僕が勝てたのは結局、みんなのお陰なんです。僕の力なんて大したことじゃない……それを伝えたかった」


「そんなこと当たり前だよ」


「!」


 俺達はキョトンとしてそう答えた。


「みんなの力で頑張れるなんて、みんなそうだよ。みんな助け合って生きてるんだから、当たり前でしょ?」


「いや……えっと、そうかもしれませんが……」


「自分の力に自信がないなんて、当たり前だよ。不安だから、練習したり、予習したりするんだよ」


「オルヴェールさんも……?」


「勿論」


 俺は馬鹿や変な自信家ではない。


 俺の場合は闇属性や双属性(ツヴァイ・エレメント)ってだけではないがつくが、やはりどこか自分の力に不安は感じていた。


「だから勝てたんでしょ? みんなに背中を押してもらったから、勝ちたいって……違う?」


「そうだと……思います」


「我々の力をしっかりと発揮し、勝利を納めた。それは貴方の力です。助け合う力……貴方が望んだことでは?」


 すると感極まったのか、ボロボロと涙が溢れる。


「ぼ、僕から……何も、返せてないのに……こんな……」


「すぐに返せとか言わないし、それに私達自身、シドニエからも色々教わってるしね」


「ええ。ひたむきに頑張る貴方の姿は見ていて、とても励みになります」


「私が言えた義理じゃないけど……」


 黒炎の魔術師なんて呼ばれて、困惑している俺ではあるが、


「もっと自分に自信持と。ね?」


 スッと握手を求めた。


 その手をシドニエはゆっくりと握り締める。


「はい……ありがとうございます」

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