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問おう! 貴方ならこの状況、歓喜しますか? 絶望しますか?  作者: Teko
5章 王都ハーメルト 〜暴かれる正体と幻想祭に踊る道化〜
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34 黒歴史、幕開け

 

「――皆さま、ご来場頂き、誠に有難う御座います」


 舞台の始まりは、劇団長のロイドの挨拶から始まった。


「我々、カーチェル劇団が行います演劇につきまして、一言、ご挨拶させて下さい。この演劇は実話を元にした舞台となっております。……皆様の記憶にも新しいものと思います。不快に思われる方も居られると思いますが、ご了承下さい」


 元々、宣伝と注意書きはされていたが、口から注意喚起するという名目は必要だろう。


 真剣な雰囲気でお辞儀してそう話すロイド。


「しかし、それでもこれを舞台化するのには理由があります。今、この国は築き上げられた平和があり、でもそれは、魔人という存在一つで崩れる可能性があるということを知って頂く機会を作りたかったことにあります」


 魔人の脅威を一般人が知る機会など、現実(リアル)であっていい話ではない。


 人を脅かす脅威は知っていても、あっていいものではない。


 それを俺はあの被害にあった子供達を見て、思い知った。


「我々の周りには様々な危険があることを、知って頂きたい。ですが、困難にも立ち向かうことが出来る強さを、一人ひとりが持っているということも知って頂きたい」


 バッと大きく手を広げ、鼓舞するように語るロイドにも、熱が入っているのを遠くからでもわかる。


 熱意を持ってこの仕事をしていることを、ハキハキとした勇ましい声が胸に響く。


「……この事件の解決には、皆さんもご存知の通り、二人の英雄が中心となって、なし得てくれました。『勇者の末裔』と『黒炎の魔術師』……本人達に失礼かも知れませんが、実に仰々(ぎょうぎょう)しい名前ですね」


 ドッと笑いが会場を包む中、その肩書きで呼ばれている俺達は、フルフルと気恥ずかしさに身を震わせる。


「ですがこの二人はまだ十五の少年、少女。才はあれど経験は浅く、立ち向かった際にも本来であれば、身も(すく)むような思いだったでしょう。しかし、それでも立ち向かえたのは、きっと守りたいという強い意志がそうさせたのでしょう」


 胸のあたりがくすぐったい気持ちになると同時に、カッと熱も出てきた。


「皆さんにもきっとそんな意志が宿っているはずです。……彼らのように偉業を成せとはいいません。このような事件が起きた際には、目の前で助けを求める人に手を差し伸べる勇気を……是非、この演劇から学んで頂きたい――人を想う力は強いのだとっ!」


「「「「「ワアアアアーーーーッ!!!!」」」」」


 ロイドの挨拶に観客から、鳴り止まない拍手と歓声が浴びせられた。


 この舞台の暖め方は役者達からすれば、いい迷惑だろう。


 だが、その迷惑を(こうむ)ったのは、役者だけではない。


 間接的に褒めちぎられる二人は、まだ黒歴史の幕開け前なのに、既に体力ゲージを半分切ったかのよう。


 無言のまま(うつむ)き、固まった。


「「……」」


「どうしたの? 二人とも。もう始まるよ」


「楽しみですね〜。アルビオさんの役は誰ですかね?」


 こちらの気も知らず、呑気に語らうアイシアとルイスには、この顔から火が噴き上げてくるような気持ちなどわかるまい。


 そんな心境が交錯(こうさく)する中、舞台は開演する――。


 内容に関しては、ほぼほぼインタビュー通りのシナリオが続く。


 序盤は子供達の誘拐事件をきっかけに、俺とハイドラスの視点で動いている。


 ヘレン演じるリリアは、中々性格を掴んだような雰囲気に、良い意味で色をつけたような完成度。


 可愛らしい女の子の一面を覗かせつつも、攫われた子供達に対する親身さを匂わせる絶妙な演技に、俺はこんなんだっただろうかと、思ったほど完璧人間に見える。


 その後、魔物の進撃のシーンは一人の観客として、その危機迫る演技に圧巻する。


 本当にその現場に居合わせたような感覚に襲われる。俺としては、駆けつけるまでの間の経緯を知らなかった分、そこは一顧客として楽しむことができた。


 さすがファンタジー異世界といったところか、プロジェクションマッピングも形無しの迫力を魅せる。


 魔法を使った派手な演出が臨場感を持たせ、役者達の熱のこもった演技に、思わず俺を含めた観客は無言で見入る。


 こんなに派手に魔法を使って大丈夫なのだろうかと、疑問を抱くレベル。


 その中でも特に凄かったのは――、


「お前がこの魔物達を使役する元凶か。これ以上、先には行かせない! ここは……僕が止めてみせる」


「ヒイィハハハーーッ!! 奴と同じ鉄は踏まねえ!! ブッ殺してやるっ!!」


 薄汚れた衣装の魔人役の人は、首を鳴らすような仕草、ガンつけるような喧嘩腰の視線を堂々とした態度で演技することで、悪役感を出している。


 一方で、ロイド演じるアルビオは、本人を知っているからだろうが、最早別人。


 勇者の貫禄が、そのスーッと伸びた姿勢からも(にじ)み出ている挙句、その甘いマスクでの真剣な表情に、下の客席から女性の声が(ささや)いて聞こえる。


 そもそも体格が違いすぎる。


 ロイドは体操選手みたいなガッシリとしつつの細マッチョ。アルビオは典型的な中肉中背体型である。


 やる人が違うだけで見方がここまで変わるのも、なんだか面白いと思ってしまった。


 そこから二人の激しい戦闘シーンが繰り広げられる。


「アルビオさん……あんなカッコイイこと言ったんですね」


「い、言ってませんよ!?」


「そうなの?」


「当たり前じゃないですか!? 僕は止めてくれとしか言いませんでしたよ」


 わかっていたことだが、アルビオの性格を(かんが)みれば、あんなセリフは先ず出てこない。


 あくまで実話を元にしただけ。セリフは演技がしやすいようなセリフ回しになっているのだろう。


「でも戦闘にはなったんだよね?」


「え、ええ……あんなに接戦ではありませんでしたけど……」


 舞台で魅せる役者二人の殺陣(たて)は見事の一言。


 魔力も使っているせいか、音と衝撃が響き、会場を震わせる。二人の戦闘をしながらのセリフ回しもリアリティを感じる。


 ちなみにハーディスとウィルクも居たそうだが、省かれているのかなと、アルビオは言う。


 そんなシーンが続くといよいよ俺が登場するシーンが近付いてくる。


 その証拠に、ロイドが魔人役に退けられた後、空中にインフェルが出現する。


「脆弱ナ人間共ハサガッテイロ。我ノ(マスター)ガ、コノ恐レ知ラズノ魔人ニ、災イヲ与エル」


 俺は本物と見間違えるほどのインフェルに思わず、身を乗り出して確認する。


「えっ!? インフェル!?」


「多分だけど、幻術魔法じゃないかな? 水魔法でも軽い幻術なら観せられるから」


「なるほど……」


 ちょっと色素が薄く、透けて見えることから、リュッカの言う通り、幻術を使い忠実に再現したものだろうが、俺が疑いたくなるレベルの完成度に驚きを隠せない。


「貴女、インフェルも見せましたの?」


「いや、召喚したことは言ったけど、会わせてはないよ」


「それなら冒険者だと思う。リリアの悪魔、ギルドではもっぱらの評判だったし、しつこい女が聞いて回ってたって言ってたし……」


「なるほど……」


 その偽インフェルは突撃。魔人にぶつかったと思ったら、照明が暗くなり、次のシーンへ移るよう。


「でもインフェルはあんなカタコトじゃないけどね」


「悪魔感を出したかったんじゃないかしら? 上級悪魔なんて滅多に見ないからね」


 照明がつくと、魔物の進撃のシーンへと変わった。


 おそらくはアルビオの見せ場。遠巻きに見えた巨木が倒れるところも俺は見ていたので、直ぐに理解した。


 そこでもまた、アルビオらしからぬ勇敢なセリフと堂々たる振る舞いに、違和感を感じつつも迫真の演技に釣られるように見入る。


「皆さん! 僕に力を! 必ずみんなで守りましょう……僕達の大切な人達を!」


 アルビオは頭を抱えて、伏せてしまった。彼の言葉を代弁しよう、


(あそこにいるのは……誰?)


 その丸みを帯びた背中がそう語る。


 そんなアルビオが悶絶し、逃げ出したい心境の中、ロイドは激しい叫び声と共に、プラントウッドを派手に倒し、剣を握った右手を掲げる。


「倒した……倒しましたよ! 僕らの勝利だあっ!!」


「「「「「おおおおーーーーっ!!!!」」」」」


 この歓喜の歓声はあっただろうが、その音頭をアルビオが取るわけがないと苦笑いを浮かべるが、俺にもそんな余裕はないことを知る――。


「王子様よぉ! この俺様が倒せるわけねえだろうが! ヒィイハハハハーーッ!!」


 魔人がハイドラスを(あお)るシーン。そろそろ佳境を迎える。


 そして、俺の黒歴史もそろそろ本気で幕を上げる。


「そこまでよ。魔人」


 本日の主役、ヘレン演じるリリアが舞台袖よりスポットライトを浴びての登場。


 確か、ポチに(また)がりながら、枝木や葉っぱを髪や服にちらほらつけながらの登場だったが、格好がつかないから却下となったよう。


 堂々とした正義感面のリリア登場。


「はあ!? 俺様が魔人だと? どこにそんな根拠が……」


「フ……貴方の正体なんてお見通しだよ! それを今から教えてあげる」


 ズビシっと指差しをして、事件の概要を説明する。


 その態度たるや名探偵気取り。魔人の迫力にも負けない、我を通す振る舞いを魅せる。


 観客達にもその推理が伝わりやすいよう、ステージをゆっくりと歩きながら語り聞かせる。


 観客達はそのわかりやすい推理を聞き入り、理解を深めていく中、


「……」


「今の貴女の気持ちを代弁しましょうか? ……消えたい……でしょ?」


 テテュラの言う通りだ。(ちり)となって消え去りたい。


 確かに魔人相手に舐められるわけにはいかないから、余裕のある挑発するような振る舞いで推理を語ったけど、こうして見ると痛い!


「――そうさ! そうだよ! 俺は魔人マンドラゴラさあっ!! 畜生があっ!!」


「……さあ、断罪の時だよ、魔人マンドラゴラ。貴方が犯した罪をその身と共に焼き尽くしてあげる!」


 バッと懐から素早く杖を構え、鬼気迫る音楽も流れる。


「―― 闇の王よ、かの赤き力を持って我に応えよ。その黒き息吹はかの万物に宿れ、灰となり、地に還るまで! ――燃やせ! カースド・フレイム!」


 俺の代名詞ともなった黒炎が演出。おそらくこれも幻術だろうが、その幻術感が逆に物々しい気迫を与える。


「――があぁああぁあっ!? ぐおっぐうう、がああーーっ!!!!」


 そして、魔人役のもがき苦しみ方が、真に迫る演技。並の苦しみ方ではない。


「貴方が子供達に与えた苦しみはこの程度じゃない……その身が灰になるまで、どこまでも付き合うぞ! 魔人マンドラゴラ!!」


 その後は、ほぼ俺が知る展開通りのシナリオが流れ、終幕を迎えた――。


 ***


「「「「「――かんぱ〜いっ!!」」」」」


 一日目の夜、勇者校の女子寮にてグラスの音が響く。


「どうでした? 私のリリア、完璧でしょう〜」


「はは……そうだね」


 ヘレンはドヤ顔で語るが、脚色が結構混じっていたのではないかと思うわけで。


 シナリオに関しては、省かれるべきシーンを取り除き、演劇として観やすい内容にはなっていたように思う。


 しかし、俺とアルビオに関する人格形成はいき過ぎているのではないかと、二人で沈み、劇場を後にしたのを覚えている。


「確かまだやるのよね? 私、仕事だったから観に行けなくて……」


「勿論ですよ! 最終日までちゃんとやりますから、是非観に来て下さいね」


「サニラはあの事件知ってるでしょうが! 観に行かなくても……」


 するとサニラは悪戯心を孕んだ笑みを浮かべる。


「いやぁ〜、どんなリリアなのかなぁってね。どうだったの、フェルサ」


「うーん、リリアっぽいようなぁ〜、違うようなぁ〜」


「ほほう、どんな感じで美化されているか、観せてもらおう」


「――観るな!!」


「でも明日はついにパラディオン・デュオの決勝大会でしょ? 確か、各国の王様とかも観るんだっけ?」


「らしいね……」


 とはいえ、正直、勇者校と貴族校のワンマンショーになるのが、ほぼ確定しているようなもの。


 先程、しょぼくれながらシドニエ達と打ち合わせをしたが、警戒すべきは貴族校ペアとアルビオペアと言われた。


 平民校と技術校は例年通り、一回戦負けが確定と言われるくらいの実力らしい。


 シドニエは俺とのデートもかかっている影響か、いつにも増して真剣な表情で、マリエール兄妹と話していた。


「対戦表は?」


「当日だって」


「そう、デートの件も楽しみね」


「「!!」」

「――なっ!? テテュラ!!」


 この女、興味ないみたいな顔しつつも、人をおちょくり回すのが、好きなのか?


 その発言をリリアに向けたことに素早く反応した。


「何ですか!? その話!」

「何よ、その話!」


「そっか、二人は知らないだっけ? あの――むががっ!?」


「余計なことを喋らなくていいの! このど天然!」


「パラディオン・デュオで、二人の男がリリアの取り合い」


「――フェルサ!!」


 せっかくアイシアを止めても、結局どこかしらから漏れ出る。


 すると、期待に胸が膨らんだとばかりに爛々とした目と共に勢いよくテーブルを叩く二人。


「「その話、詳しく!!」」


 またこれは、俺をネタにした恋バナトークという、大輪の花を咲かせながら、色めいていくのだろうか。


 ちなみにエルクの奴は、本当に当たった場合は一騎討ちにできるように配慮したとのこと。


 ハイドラスが事情を何故か知っていたらしく、無理やりねじ込むと言っていたらしい。


 そんな当人を置き去りに、女子トークが展開する中、矛先がこちらにいつ飛んでくるのかわからないので、鎌をかけておくことにする。


「リュッカはどうなの?」


「どうって?」


「アルビオとに決まってるでしょ?」


 思わず、ごふっと吐き出して動揺する。


「な、何もありません!」


「そうなんだ。ルイス」


「何ですか、フェルサさん?」


 話しかけてくるなんて珍しいですねと、困惑した表情。


「アルビオとの最終日、予約取れたの?」


「「!!」」


「それが断られまして……」


 するとユーカとタールニアナがリュッカの背後に獲物を見つけたというギラついた目で、素早く移動。


「ほほぉーう、断ったのかぁ」


「ほうほう、断りましたか……」


「「て、ことは?」」


「……えっ!? 私!? いや、誘われてませんから!」


「いやいや、彼の性格を考えれば……」


「誘うか誘わないか、悩んでるのかなぁ?」


 アルビオは優柔不断だからな。誘う気があっても、勇気が湧くかは別問題。


 そんな風に(いじ)られていると、()ぎつけた彼女らも参戦。


「いや! リュッカさんのところには行かせません!」


「実際どうなんですの? お二人の距離感と言いますか……」


「リュッカ! あの手の男ならこっちから押せばいけるんじゃない?」


「あ〜……確かにインタビューを依頼した時もだいぶ弱腰だったしね……」


 よしっ! 矛先を変えることに成功。


 こういう時の女子パワーは並ではないので。


 ついでに保険もかけることにする。


「そうは言うけど、サニラはどうなの?」


「な、何がよ」


「バークとは観に行かないの?」


「――なっ!?」


 ボッと熱を帯びたように赤くなったサニラを初対面だからこそ、逃しはしないと先輩二人が食いつく。


「へえ、へえ、へえ〜。貴女も恋する乙女さんなんだぁ〜」


「聞きたいなぁ、聞きたいなぁ」


「べ、別にあんな奴……好きでも何でもないんだからねっ!!」


 先輩達は相変わらず元気だし、サニラは平常運転だ。


 そのサニラとも実はほぼ初対面のヘレンは……、


「あれって、照れ隠し……だよね」


「別称、ツンデレとも呼ぶ」


「ツ、ツンデレ?」


「サニラちゃんみたいな、素直になれないけど、実は好きだってアピールする人のことだよね?」


「――ちょっとそこぉっ!! 何言ってるのよっ!! ま、まるで私があのバカを好きみたいじゃない!!」


 アイシアも余計なことを聞こえるように言わなければいいものの。


 そんなヘレンはツンデレという人間観察を始めたようで、俺を取材していた際の真剣な眼差しをサニラに送る。


 どこまでも役作りに役立てようとするんだなと感心するが、


「いやいやいや、好きなんでしょ〜?」


「どうなの〜?」


「――ああああっ!! 何なのよっ!! この人達はあっ!!」


 目の前でツンデレをいじめまくる先輩方を見ると、その感心が薄れる。


「……賑やかなものね」


「その元凶を作った張本人のセリフじゃない」


 テテュラはごめんなさいと付け加え、小さく笑った。


「まあいいじゃない。矛先は変えたんだから」


「あ、気付かれた?」


「ええ、必死にお友達を差し出しているんだもの」


「人聞き悪いなぁ。私よりも盛り上がる方に向けただけだよ」


「何の話?」


 俺とテテュラの会話にアイシアも混じってきた。


「食べてる?」


「勿論! あっ、二人の分も取ってこようか?」


「食休みのお喋り中だからいいよ」


 テーブルの上に並ぶたくさんの料理を指して言うが、俺達は断った。


「あそこに混じればいいのに……」


 リュッカとサニラを恋バナ(えさ)に、和気藹々(わきあいあい)と話まくる女子一同。


 あそこに飛び込む勇気はない。


「そういうアイシアはどうなの?」


「ん〜……途中からわかんなくて……」


「でもリュッカの話だと、男子から告白とかもあったんでしょ?」


「あったけど、わかんないから断った」


 すると優しく微笑み、テテュラが語り出す。


「そうね……恋ってものはわからないものよ」


「テテュラちゃんでも?」


「そうね。でもわかることもあるわ」


 まるで自分も恋をしているかのような哀愁を(ただよ)わせる。


「私が言える答えは、自分の価値観を変えてくれた人……かな?」


「ほぉ……」


「価値観?」


「わかりやすく言えば、人生を変えてくれた人よ。今でも思い出すわ……あの衝撃は忘れられない」


 なんか今までで一番、まともな恋バナ展開。ちょっと参考にしたい雰囲気が出ているため、掘り出してみる。


「……好きなの? その人のこと」


 すると、困ったように微笑んで答えた。


「どうかしら。あの人は最悪だから……」


「さ、最悪って……」


「正直、私が好きになったあの人は、褒められるような人間じゃないし、最低最悪の人……だけど、私の人生を変えてくれた人でもある。だからこの気持ちが恋かと言われればわからないけど、特別なのは確かよ」


「そっか。なんか凄いね、テテュラちゃん」


「え?」


「その人のことを分かろうとして、嫌な部分がいっぱい出てきたけど、それでも一緒にいたいって思う……それがテテュラちゃんの答えなのかな?」


 天然だけど、ちゃんと話は理解できるアイシアは、テテュラの話をそう解釈すると、テテュラは嬉しそうに笑った。


「……そうね。貴女にもきっと……友情以外の大切にしたい気持ちが湧くはずよ。この言葉には出来ないこの気持ちが……」


「そうかな?」


「そうだよ。アイシアの友達と一緒にいたいっていうその強い気持ち以外にも、気付くはずだよ。特に恋心とかさ。女の子だし」


「貴女は建国祭で目覚めてもいいのよ? 二人の男の子どころか、国中の男子をたぶらかす銀髪の魔女様」


「……もしかして、テテュラって私のこと嫌い?」


「いいえ。(いじ)りがいがあるだけよ」


「愛情の裏返し、ありがとう。でももう少しお手柔らかに頼むよ」


 そんな風にテテュラとじゃれていると、いつか今とは違う気持ちになるのかと、不安が入り混じえ、アイシアは呟く。


「私にもわかるかな……?」


「大丈夫だよ。もし、その気持ちに自分で答えが見つからないなら、頼ってよ。友達でしょ?」


「……うん!」


 俺自身がアイシアのこの、側にいて当たり前に思える陽だまりのような存在にとても感謝している。


 彼女のことだから、きっと違う気持ちが芽生えても、根っこが優しさと明るさで照らされたアイシアなら、簡単に答えも見つけそうだ。


 それでも助けを求められるなら、友達として当然助けよう。


「でもテテュラにもそんな人がいたんだ」


「まあね」


 俺は思い出話でも期待しての質問だったのだが、寂しげに答えるその横顔を見ると、それ以上、聞く気にはならなかった。


「その人、最終日の予定の人なの?」


 アイシアはそこには気付かなかったらしい。


 さすが天然。鋭いやら鈍いやら、安定しない。


「また別よ」


「ほほう、それは気になりますなぁ」


「貴女は自分のことをなんとかしたら?」


「ぐっ!」


 建国を祝う祭りの一夜目はこうして更けていく。


 ここにいる女子達のように、仲間と楽しむ一夜……そんなひとときを――。

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