26 光の魔術師
大会は順調に進んでいく。第二試合はハーディス、ビルマペア、第三試合はロバック、リュッカペアが勝利を収めた。
「やったね! リュッカ!」
「なんとかだけどね」
学校内だけとはいえ、さすがに決勝トーナメント。接戦を繰り広げ、辛くも勝利のリュッカ達。
「でもさすがにアルビオさんに勝てるとは思わないけどね」
「でも本戦まで目の前だよ! 諦めちゃダメ!」
「そうだよ、リュッカ。もしかしたらがあるかもしれないよ」
「もしかしたらでも、イレスさんが相手っていうのも……」
「そっか、リュッカさんは知ってるんだよね?」
「はい……」
一回戦の戦闘を観る限りは、かなりの腕前だった。
実際、ナタル達がスルーを決め込み、男子だけの戦闘をしていた際にも、圧倒的な槍捌きで二人の貴族を凌駕していた。
「彼って何者なの?」
「現役冒険者の息子だそうよ」
ふと振り向くと、次の試合の出番であろうナタルの姿があった。
「委員長! 何でここに? もう試合でしょ?」
「委員長はやめなさい。……彼はお手洗いだそうよ」
さすがお嬢様。トイレとは言わないらしい。
「そういえば彼に似た御仁が魔人事件に居ましたね」
「ああ。リューマ殿だろう?」
すると、慌てた様子もなくいけしゃあしゃあと、無邪気な笑みで噂の彼が顔を見せる。
「はははっ! 待たせたな、ナタル」
「はあ……自覚があるのなら急ぎなさい! ほら、行くわよ」
なんだか噛み合いが悪い組み合わせに見えるが、足早に会場へと向かった。
「大丈夫かな? 委員長」
――会場はこれまた待ってましたと歓声が湧く。
その歓声の原因は、ペコペコと頭を下げながら真面目に歓声に応える。
パートナーであるルイスは、いつもの元気な表情をしていない。強張った表情を見るあたり、珍しく緊張しているようだ。
「だ、大丈夫ですか?」
「アルビオさん。私、大丈夫ですよね?」
一回戦の時は不貞腐れていたのに、このように注目の的にされてみると、否応にでも緊張感が増したらしい。
怯えた表情にも見えるルイスに、彼女が求めている言葉を与える。
「大丈夫ですよ。あんなに頑張ったんですから、自信を持って下さい。シドニエさんだって頑張りましたよ」
「そ、そうですよね。……よし、頑張ります!」
どこにでも転がってそうな捻りもない優しい言葉だが、口にされるとどこか安心感が湧くというのは実に不思議なことだ。
「まったく、何をしていたんだ?」
カルバスの指摘する声が聞こえる。どうやら対戦相手であるナタル達が来たようだと振り向く。
「貴方のせいで怒られたじゃないですの」
「まあそう言うなって。俺としてはアルビオにリベンジ出来るのは嬉しくってさ」
その眼はライバルでも見るかのような男らしい熱い視線。
入学当初はそうではなかったのだろう。アルビオが殿下の後ろをついて回るだけの金魚の糞だったことは、噂通りだったのだから。
だがある時からアルビオは激変した。魔人事件では肩書きの片鱗すら見せている。
満足げに闘志を燃やすその瞳の彼も、見方が変わった一人なのだろう。
そう考えた時、自分がやるべき行動はなんだろう?
パラディオン・デュオの試合はどちらか一方でも戦闘不能にされれば、試合は終わる。
自分は正直、本戦には興味はないし、二回戦進出を決めたのだ、先生達の評価も悪くないものだろう。
だがイレスはどうだ?
おそらく成績は気にしないだろう。マーディ先生の補習授業の常連である彼にその概念はない。
だが彼はこの戦いを心より楽しみにしていたようだ。そんな男心を理解はできないが、分かりはする。
だから無邪気にこの時間を楽しもうと、息巻いているイレスに水を差す。
「貴方は勝ちたい? それとも勝ち上がりたい?」
言っている意味がわからないと、すごーく疑問を貼り付けたような表情で見てくる。
「……ごめんなさい、聞き方が悪かったわ。貴方はアルビオさんと全力で戦いたいのよね?」
「そりゃ勿論!」
「じゃあこの先はどう?」
「先……?」
「ええ。この先の準決勝、はたまた本戦までの強い人達と戦ってみたいって聞いてるの」
ナタルは一回戦の様子から、彼は純粋に強くなること、強者と戦うことを楽しんでいる節があるように見えての質問。
その質問に対し、これも割とあっさり。
「ああ、戦ってみたい!」
「おい、二人とも。こっちへ来い」
試合前の握手をしろと催促を受け、向かいがてらに話を続ける。
「正直に言うけど、貴方の実力じゃ勝てないと思うわ」
「それはわかってる。授業中にも何度も負けてるしな」
「! ……そう」
リベンジと言っていたのだ、彼にはかける想いがあるのだろう。
「でも、この先にも行きたいのよね?」
「さっきから何が言いたい?」
アルビオとルイスへの挨拶を終える。
「貴方の気持ちはわかるわ。ですが、それを両立するのは難しいと言いたいのです。……良いですか? 一回戦の時のように突っ走るだけでは貴方の目的は果たせません」
「何でだ?」
「パラディオン・デュオのルールでは、どちらか一方でも戦闘不能になれば試合は終わる……つまりはわたくしを放っておくと、貴方は全力で戦う前に試合は終わります」
この頭の悪い彼なら、何も考えずに突貫することだろう。アルビオはそんな彼の性格も授業から理解しているはず。
その盲点を突かれ、無防備になる自分を狙われたらあっさりと終わってしまう予感しかしなかったのだ。
自分の実力に自信がないわけではないが、アルビオのパートナーであるルイスは光属性持ち。
本来の才能を開花させていれば、リリアと並び立つ双頭となっていたことだろう。
ルイスは出遅れたが、それをアルビオの影響で取り戻したのは、大いに予想がつく。
つまり、実質アルビオとリリアという黄金ペアが相手だと言っても差し支えない。
「なに!? 何でだ?」
要領が悪いのはわかっていたが、ここまでとは思わなかったと、苛ついた口調でもう一度言う。
「だから、わたくしを一回戦のように放っておくと、アルビオさんがその隙をついて倒しに来ると言っているのです! これは試合ですよ!」
「だから何でだ?」
「だーかーら……」
「ナタルは俺よりしっかりしてるのに、なんで負けるんだ?」
「…………は?」
予想外の返答に思わず思考がフリーズした。
この猪突猛進男がちゃんと見ていたなんてと驚きを隠せない。
「だって一回戦の時、助けてくれたろ?」
確かに危なっかしいイレスを何度もフォローはしたが、気にも止めずにいたように見えていた。
「ナタルは優秀だ。確かにアルビオの力はすげぇけど、俺はお前も負けてないって思うぜ!」
「い、いきなり何ですの!」
真正面から褒められたのか、変に胸のあたりが騒つく。
「でも安心しろ! アルビオは俺が倒す!」
どうやら不安に思われていると勘違いされたようだ。
言いたいことは違ったのだが、これ以上、変につつく方が支障が出そうだと判断した。
「ああっ、そうですわね。頼りにしてますわ」
「おう!!」
(こう頼られると、わたくしが全力でフォローする必要がありそうですわね。それにしても……)
自分はゆくゆく天然と縁があるのだと、どこか嬉しそうにしている自分がいた。
「それでは、イレス、ナタルペア対アルビオ、ルイスペアの試合を行う。――始め!」
開始合図と同時に、
「頼むよ、フィン」
「おうよ」
アルビオはフィンを呼び出す。アルビオを倒すと豪語するイレスは突進をかける。
「いくぜぇ!!」
彼の真っ直ぐな性格はアルビオも理解の範疇にある。この勢いだと、後ろで詠唱しているルイス目掛けて一直線なため、
「受けて立ちます! イレスさん!」
風を纏う刃で対抗。
「ぐっ!」
「くう!」
両者の勢い余って弾き出されるも、各々の連続技での攻め合いへと発展する。
その凄まじい交戦する両者のパートナーの魔法も衝突する。
「――幽幻に舞う亡霊の如く、姿なき刃よ! 引き裂け! ――ゲイルガイスト!」
「――罪過を消し払う光の抱擁、包め……罪洗う光放つ! ――シャイン・スパーク!」
乱雑に唸るような風向きは苦しみ蠢く怨霊のよう。その暴音も怨霊が叫んでいるかのように聞こえる。
その風魔法に対し、――瞬間であった。強い光が放たれたかと思うと、嘘のようにナタルの魔法はかき消されていた。
それだけではなく、
「ぐおっ!?」
「ナイスアシストだぜ! ルイス!」
フィンとルイスはグットポーズ。
ナタルはしまった、と思ったことだろう。
ルイスの魔法は自分の魔法の相殺だけでは飽き足らず、前衛でアルビオと交戦しているイレスへの目眩しにも使われた。
すぐ様、態勢の崩れたイレスの補助に入ろうとするが、
「――きゃあっ!?」
アルビオがイレスを追い詰めながらも、剣を一振り、こちらに空振りしてきたのだ。
だが、そこから放たれたのはかまいたち。
「――光の精霊よ、我が呼びかけに応えよ……」
ルイスは畳み掛けるように、再び詠唱を始める。
ナタルは追い詰められているのをひしひしと感じている。
その様子は観ているこちらにも伝わっている。
何せ、夏季休暇明けまで、ルイスが魔法を使えることは伏せられていたため、驚きを隠せない生徒も多かったからだ。
「ルイスちゃん、頑張ってたからね」
「光魔法なんて初めて見たよ」
「まあそうだろうな。私は肉体型だから、そう凄い光魔法は使えんしな。……だが本来であれば、彼女も君と同じ風格くらい纏っていてもおかしくはなかったのだ」
俺達はアルビオ達が優勢な戦いを観ながら、評価する。
「まあ光属性は闇属性と同様の強さを誇るって言われてますもんね」
俺は本当に運が良かっただけだ。
ルイスも魔力回路とのバランスさえ良ければ、光属性版『ほにゃららの魔術師』と呼ばれていた可能性は否めない。
「ああ。だが本質は違うという学者もいる」
「どういうことです?」
「光属性は奇跡の力、闇属性は人間の真の力と……」
なんだか哲学的な話に寄りそうだな。まあ学者が言ってる時点でそっか。
「要するには光属性は神から与えられた力とされ、闇属性は人間が神に抗うため負の念を燃やして作られた力だという方います」
「宗教じみてませんか?」
「だが実際、闇属性持ちは負の感情を力にする傾向がある」
「感情的になればどの属性も変わらないのでは?」
「ええ。ですが、その考えも捨てられないと議論され続けているのです」
色んな人間がいるのだ、意見なんて疎らなのは言うまでもないか。
「まあどうでもいいけど。俺はルイスちゃんに治癒してもらえさえすれば問題ない」
「そうですね。是非その頭を空っぽにして頂ければよいかと……」
「何だと! 野菜頭!」
「ああ、すみません。元々空っぽでしたか」
そんな殿下の側近がやいのやいの喧嘩しているのを横目に、肉体型でもどうなのかハイドラスに尋ねる。
「肉体型の光属性ってどうなんですか?」
「どうだと言われてもなぁ……あっ、五星教の彼女なら、凄い使い手だったのを覚えているよ」
「五星教?」
「西大陸に根付く宗教みたいな組織です。闇属性の根絶を目標に、他の五属性で統一された組織です」
「そういえばテテュラちゃんがそんなこと言ってたかも……」
「その光属性を冠する彼女が肉体型の光属性持ち、しかも三属性だという」
そのハイドラスの話に聞いていた一同は、耳を疑った。
「はあ!? 三属性!? ……あっ、すみません……」
思わずタメ口みたいな喋り方にへこっと謝るユニファーニだが、ハイドラスは気にするなと話を続ける。
「彼女は肉体型で三つも属性を持ってしまった。周りの者達は精神型として生まれれば、どれだけの活躍が見込まれただろうと、口々に言っていたそうだ」
「てことは、肉体型ってあまり複数属性を持つことって有利には働かないものです?」
「魔術師よりはな。だが魔道具の幅は広いし、術を施しておけば、魔術師すら不要だろう。……実際の彼女は魔道具を駆使し、五星教のリーダーを勤めている」
「それにしても西とは不仲と聞いていたのですが、その割に詳しいですね」
すると頭が痛そうな困った表情を浮かべる。
「……まあなんだ、外交していれば色々な。闇属性持ちの扱いについて揉め続けていてな。彼女達の圧力が凄いのだ」
何でも受け入れの禁止、身柄の引き渡し、良好な関係を築きたいのであれば、そちらが譲歩し、闇属性持ちの奴隷制度を設けよなんて、めちゃくちゃな提案もされたらしい。
「こちらとしても誤解を解き、友好的な関係を築きたいものだが、最近のこともあって、向こうはさらに警戒している」
「何かありましたっけ?」
そう尋ねる俺を全員が凝視する。
俺は不思議そうにその視線を確認すると、頭の上にポンと浮かんだ。
「あ……私か?」
「そうだ。……『黒炎の魔術師』、向こうが警戒するにふさわしい称号ですからね」
「私としてはいい加減、昔のしがらみから解放されて欲しいものだ……」
「それは難しいですよ、殿下」
「わかって……」
ハイドラスの話を割るように、歓声が湧いた。
試合の様子に視線を戻す。
「ハハハハハハッ! やっぱりお前はすげぇなあ!!」
「貴方こそ……凄まじい槍捌きです!」
お互いに譲らぬ熱戦が繰り広げられているが、イレスの方が負傷している。
「――ヒーリング!」
「ありがとう」
どうやらルイスがタイミングを見計らい、治癒魔法でペースを作っているようだ。
アルビオにはまだ余裕が見られる。
相対するナタルは召喚魔であるエアロ・バードもいるが、アルビオの精霊に圧倒されているようだ。
そんな会場からは――、
「今年の一年はすごいな」
「先輩の立場ないよこれ」
「やっぱり勇者の子孫だったんだなぁ、あいつ」
など、歓声の中からちらほらと耳にする。
そんな言葉など耳にも入らないナタルは悔しさを滲ませ、突破口を考える。
(ここまで圧倒されるだなんて、さすがと言うべきでしょうね)
互いの戦闘スタイルはそう変わりはないのだが、大きく違うのは、アルビオが前衛と中衛を担っていることである。
加えて治癒魔法も使える後衛の光の魔術師だ、この二人だけでも並のパーティーでは歯が立たないとすら思えてくる。
「この槍野郎……まさかついてこれるとは……」
「速さだけじゃないってことだよ!」
アルビオは瞬間的に懐に飛び込むが、イレスはそれに反応し後ろへ軽く跳ぶと、なぎ払う。
「っ!」
「アルビオさん! 私が決めます!」
攻め切れていないアルビオに叫ぶ。
思いのほかイレスの長槍の攻撃の間合いが読みづらくなっていたよう、彼の修練が窺える。
決めに入るルイスの詠唱を止めようとナタルは押収をかける。
「させません! ――ウィンド・シュート!」
エアロ・バードもナタルの指示に従い、魔法を放つも、
「やらせねぇよ!」
その上位精霊であるフィンの風魔法に押し切られる。
「ぐうっ! エアロ! 私を守って!」
「詠唱でもするつもりか? させねえよ! 人間!」
「――くそっ! ナタル!」
心配するイレスだが、アルビオが行かせないと行手を阻む。
「勝負ですので……わかりますよね?」
「――ああっ!! わかってるよ!」
悔しそうになんとか隙を作ろうと試みるが、そんな隙を見せることもない。
「曇天の闇をも貫く洗礼の光……降り注ぐ裁きの残光よ……地に捧げよ! 天罰の雨が地を焼き払う! ――アトミック・レイ!」
「――イレスさんっ!!」
訓練場の上空から雨のような光線がランダムに降り注ぐ。
ズガガガッとマシンガンのように注ぐ光線に、砂煙が巻き上がり、訓練場の状態がわからなくなるが、アルビオ達はフィンの風の防壁で受け流しているよう。
「ちょっと凄くない?」
「貴女が言うの? シャドー・ストーカーだったかしら? あれも大概よ」
ナタル達が見えない状況に、先生方も判断に困っているようだが、光線が止んできた。
すると自然と砂埃も晴れてくる。そこから覗かせる攻撃された側の姿は、魔法障壁で辛うじて防いだようだが威力が凄まじく、息が荒い。
「はあ、はあ……」
「おい、大丈夫か?」
「貴方は?」
イレスはナタルの叫びで駆け寄ったが、降り注ぐ光線を少し貰ったようで、身体の節々に血が滲んでいる。
その影響もあってか、ナタルにも傷が見当たる。
「すまない。俺が遅れたせいで……」
自分の怪我より、ナタルの傷を気遣うように反省した面持ちで言う。
「いいですわよ、気にしないで下さいな。魔物とやり合っていれば、こんなの日常茶飯事でしょう?」
「だが――」
「そこまで!」
そんなボロボロの二人を見てか、先生が勝敗は決したと音頭を取る。
「勝者アルビオ、ルイスペア!」
激しい歓声が先程の光の雨の如く、鳴り響くなか、イレスは悔しそうに表情を歪める。
「……っ」
「まあ、良く頑張りましたわ」
そう同情するように語るナタルに、
「……俺のせいか?」
負けた理由を尋ねる。
「俺が突っ走ったから負けたのか? お前を守らなかったから負けたのか?」
「……」
よほど悔しかったのだろうか、子供みたいな必死な物言いで尋ねてくる。
だが、決して他人のせいにはしない。ちゃんと反省が出来て、ちゃんと考えられる人だと素直に受け止められた。
「原因は色々ありますわ。その気があるなら、反省会でもします?」
「おう! 強くなるために必要だ! やろう!」
するとアルビオ達がこちらへやってきた。
「ありがとうございました。とてもいい試合になりました」
「いえ、こちらは不甲斐ないばかりで……」
「そんなことありませんよ。僕が攻め切れなかったのは、きっとお二人の強さがあってのことです」
「……私としても強引な勝ち方と反省しています。結局、アルビオさんの負担にしかなっていないように思えます」
どうやらアルビオ達にも反省すべき点があるようで、気遣ってのものではないようだ。
「なら、お互いまた戦える機会がありましたら、是非……」
「はい!」
こうして決勝トーナメント一回戦は終了し、小一時間の休憩を挟んで、いよいよ本戦出場を決める準決勝が行なわれる。
「次はハーディスとだね」
「ええ。お手柔らかにお願いしますね」
この笑顔は本心ではないだろうと思いながら、こちらも営業スマイル。
「何言ってんだ鮮やか緑頭。リリアちゃんに怪我させたら承知しねぇからな」
「それじゃあ試合にならないでしょ? 女性のお尻ばかり追いかける変態犬さん」
「……リリアちゃん、安心して。次の試合、コイツ……出られなくするから」
「はっ! 負け犬さんにできますか? やれるならどうぞ」
「相変わらず仲がいいな!」
ハイドラスのその発言と合わない光景に苦笑いを浮かべながらも、どう止めようか困っていると、
「失礼します。あっ、リリア」
「あ、ヘレン」
生徒の観覧席にヘレンと劇団の人だろうか、数名挨拶に来てくれた。
「すごい人で見つけるのに――」
「そこの麗しの姫、お名前をお聞かせ願いますか?」
先程までガミガミ言い合っていたウィルクの姿が忽然と消えると、いつの間にかヘレンの前へ。
「えっと、ヘレンって言います。素敵な紳士様」
その自然な笑顔に、ズキューンと胸打たれたウィルク。
「今夜、お時間がありましたら是非! お食じじじぃーーっ!!」
「はいはい。彼女困ってますから、やめましょうねぇ」
ハーディスに耳を引っ張られ、あっさり退散。
このやり取りも久しぶりだが、そこまで困る素振りを見せなかったヘレン。
もしかして満更でもないのか?
「えっと、ヘレンってあんな感じなのがタイプ?」
「なに? 急にどうしたの?」
「いや、あんまり困ってないようだったから……」
「え? だって社交辞令でしょ?」
そういう解釈をしているのねと感心してしまった。
「それに自分でいうのもアレだけど、私、結構モテるから声かけられるんだけど、ちゃんと断れるよ」
ヘレンの場合は、劇団ということだけあって、熱狂的なファンとかの対応から培ったものだろう。
「ところでどうしたの? 練習じゃなかったの?」
「そうだよ。勉強しに来たんだよ」
「あ〜……」
皆まで言わずともわかると、相槌を打つような返答。
「だったらちょっと待っててくれれば、準決勝だから応援がてら勉強してよ」
「知ってる。今度は活躍してよね!」
「はは……はーい。……あれ? ってことは、観覧席から観てたの?」
「そ。向こうの方かな?」
と指差してその場所を示す。
「良かったの? なんだか席いっぱいだけど……」
「まあ誰かさん達のせいだけどな」
「「すみません」」
よく売れた作家さんとかが言う、作品が一人歩きするというのはこういうことだろうか。
「ならヘレンさん達もこちらで観られてはどうですか?」
「おお! そうだね。私、あっさり一回戦負けしてつまんなくてさ。ヘレンちゃんが居てくれると嬉しい」
「す、すまないな」
こちらはこちらで、仕方ないだろう素振りをしつつも、申し訳なさそうなハイドラス。
「まあその方が良さそうですわよ」
ナタルが呆れたような声で指差す方向には、感涙する男子生徒が湧いていた。
そこから聞こえてくる叫び声は――、
「おおおおーーっ!!!! 白銀の女神がお二人居られるぞおぉおっっっ!!」
「いぎででよがっだああーー!!」
「ああ……あそこは桃源郷か……」
アイツらほど人生を楽しんでいるのも中々居ないだろう。
「営業すればいいリピーターになってくれるかも……」
そう言うとヘレンは観覧席の縁にバランスよく立つと、大きな声で宣伝する。
「そちらのリリアファンのみなさーん! 聞こえますかぁ?」
するとすぐ様反応し、男声が重なり、屈強かつ野太い「聞こえまーす」の声が訓練場に響く。
「建国祭ではこちらの劇場をお借りして、リリアちゃんの武勇伝である魔人討伐を劇にしましたよぉー。入念なインタビューの元、構成された素晴らしい台本に基づき、素晴らしいお芝居をしてみせます! 私は見た通り、リリアちゃん役でやらせて頂きます! 是非観に来て下さーい!!」
すると訓練場はそのファンの歓声で揺れる。
「「「「「おおおおーーーーっっ!!!! 観に行きまあぁあーーすっっ!!」」」」」
なんだか試合前なのに酷い頭痛に襲われる。
というか、やっぱりこっちの世界の女性は逞しい。
「――コラァーッ!! オルヴェール!! これは何事ですか!?」
下から物凄い激情した叫び声が聞こえたと、恐る恐る覗くと、夜叉の面でもつけたかのようなマーディが仁王立ち。
に、似合い過ぎる。
「ええっ!? 私じゃありませんよ、マーディ先生。ちょっとヘレンもなんとか言って……っていない!?」
「怒られると思ったのでは? 劇団の方々と……ほら」
向こうの方で、ととっ掛け足しながらペロっと舌を出してウインク。
じゃないっ!!
「――ヘレーーンっ!!」




