25 シドニエの答え
――今日、シドニエの心境は程よい緊張感に包まれている。というのも手応えというものが、心の芯にあるからだ。
自分が出した答えに応えてくれた人、認めてくれた人。
そして、
「シド。準備できたの?」
「シド」
ユニファーニとミルア、二人の幼馴染がいつも通り、迎えに来てくれた。
変わらずに接してくれる人、そんな人達の想いの感謝で緊張感を緩和しているように思う。
「見てて、僕……頑張るから」
「当たり前よ! リリアちゃんの足、引っ張るんじゃないわよ」
「頑張って!」
そんなエールを貰いながら、決勝トーナメントが行われる訓練場へ向かう――。
「ほえ〜、人がいっぱいだ」
そんな間の抜けた声を出しながら訓練場の観覧席を見渡す。
そこにはうちの生徒は勿論、他校の制服の人達や見物客までいる。
「あの殿下、これは?」
「まあパラディオン・デュオはこの学園区の華みたいいなイベントだ。建国祭というイベントの一つと見れば、学生の闘技大会だ、印象は薄いが、これでもファンとかもいるのだ」
甲子園的な感じかな?
「まあ見た限り、ほとんどは貴女やアルビオさん目的だと思いますがね」
『黒炎の魔術師』と『勇者の末裔』という肩書きが広告力となったわけね。
まあ中には、
「本日はあの女神様の勇姿をこの目に焼きつけるぞぉ!!」
「「「「――おおおおおおおおっ!!!!」」」」
「パートナーを許すなああっ!!」
「「「「――おおおおおおーーっ!!!!」」」」
(なんだかなぁ……あの集団)
視線と圧が凄い感じる。二回目の掛け声の方が執念、こもってないか?
「シド、頑張るんじゃなかったの?」
訓練場の柱にへばりついて身震いしているシドニエに、ユニファーニが尋ねた。
「が、が、頑張るけど、……生きて……帰れるかなぁ?」
「お前のファンは凄いな」
「さっすが、リリアちゃん!」
「はは……お褒めに預かり光栄ですよ、殿下」
そんな風に訓練場での感想を述べていると、カルバス達、先生が来た。
「今年はいつも以上に賑やかだな」
ちらっとこちらを見られた。
ああ、はいはい。そうですよ、わたくしのせいでございますよー。
アルビオというより、魔人を倒したとされる俺の方がブランド力があったろう。
「――それではこれより選抜トーナメントを始めるぞ。先ずは一年生からだ」
ここで行われる選抜トーナメントは勇者校生徒のみだが、学年全てを一日で行う。
一年生から順に行われる。
ルールは一試合十分。二対二の決闘方式。武器、魔法、召喚魔など基本、なんでもありの試合。
まあ俺はインフェル、アルビオは精霊一体のみという例外もありますが、補足。
勝敗はどちらかの戦闘不能、継続不可、降参など。
そこで学年ごとの決勝進出ペアが、建国祭でとり行われるパラディオン・デュオに出場できる。
ちなみに決勝も行ないます。
「じゃあ、行ってくるね」
「リリィ! 頑張ってね!」
「リリアちゃん! 頑張って!」
俺にはアイシアとリュッカが、
「ほらシド、行ってこい!」
「特訓の成果見せよ、シド」
「う、うん。……行ってくる」
有り難いのか、トップバッターを務めさせて頂くことになった。
そして相手はフェルサやアイシア達から勝ち上がったペアと当たることに。
向こうの強気そうな女子さんは、俺の方だけをかなり警戒して見ている。シドニエの方には目線すら送らないことを見ると、眼中にもないようだ。
「よし、それでは双方、前へ」
俺達は訓練場の真ん中へと行き、握手を交わす。
「よろしくね、オルヴェールさん。胸をお借りするつもりで頑張るわ」
「どうぞよろしく……」
その女子はシドニエにも握手をするも、小さく鼻で笑うと、軽く手をひらっと振り、開始位置へと移動した。
「……舐められてるね」
「まあ、うん。あの人、わかってるから……僕のこと」
剣を腰に刺しているところを見ると、同じ騎士科だろう。
「じゃあ……ギャフン! って言わせないとね」
「ぎゃ……ぎゃふん?」
「驚かせてやろうってこと」
そう言って俺達も開始位置へと向かった。
「それでは、シドニエ、リリアペア対カリウス、ニンラペアの試合を行う」
お互いに武器を取る。
「――始め!」
「カリウス! 作戦通りに――なっ!?」
ニンラは一回戦で見せたリリアの脅威的な魔法を撃たせる前に、前衛であるシドニエを叩いて、速攻で決着をつけようと思っていたのだが、そのシドニエが予想外の行動を取る。
「――大いなる精霊よ、僕の呼びかけに応えよ――」
なんと前衛であるはずのシドニエが呪文詠唱を始めたのだ。
「――なっ!? ファルニはなんのつもりだ? 彼は前衛であるはず……」
「どういうこと……?」
「また彼女の作戦ですかね?」
「違います」
みんながリリアの作戦だと思っていたところに、答えを知る人物達から否定の言葉をかけられた。
「あれはシドが出した答えです」
――あの日、ルイスに励まされた時に閃いたことをエルクに耳打ちした。
「あの、オリジナルの強化魔法とかどうですか?」
「――! ……今からですか?」
「無理を言っているのはわかっています。だけどこれなら、きっとやれる気がするんです」
「……もっと具体的に」
シドニエは自分の実力を悟った上でこれしかないとエルクに意見を言うと、やってみる価値はあると言ってくれた。
「――なるほど、速さを捨てますか」
もっと具体的に話し合うために、技術校でマリエール兄妹と相談となった。
「はい。僕は残念ながら剣士としての才能がありません」
アルビオ達といくら特訓しても、精神型という影響や元々の才能から、改めて痛感したのだ。そして――、
「だからこそ、気付いたこともあります。……僕は勇者になれないんだって……」
「まあ勇者とシドニエ氏は別人ですから」
「そう! それなんです! 僕は僕のやり方をすればいいって思ったんです」
「!」
「色んな付与魔法を駆使して戦う剣士とか。剣士じゃなくてもいいですが……」
「魔道具に頼らず、自分の属性にあった付与魔法をベースにした剣士ですか……どうです? お姉様」
「いいのではないですか? 幸い、我々は地属性ですし、お手伝いはできますが、今から戦い方を変えるのは……」
「変えるも何もないですよ。皆さんについていけてませんので……」
アルビオやバークのような剣士達について行くことすら出来なかったのだ。
どこかでちゃんとわかっていたのに、でもどこかでこうでなくちゃならないと決めつけていた。
「僕はどこかで意固地になっていたんです。剣を使うならこうでなくちゃならないって。でもルイスさんは言いました、この努力があったから出逢えたと……」
それを兄妹達も聞いていたので、こくりと肯定。
「色んな人がいるんです。戦い方だって似たようなものはあっても、一緒ってことはないはずです。そう思った時、僕は改めて考えました……何故勇者に憧れたのかと。いつまでもずっと……」
勇者は世界中の国を救って回ったと言われており、地位、権力、財産、称号といったものを求めず、困っている人のためにと手を差し伸べていたという。
中には美化されていた話もあるかもしれない。
けどアルビオを見る限りはそのような伝承であったのではないかと思う。
そう思うなかで、アルビオですら自分が想像する勇者像とは違うものに見えた。
だったら何故憧れたのか……わかっていたのに、焦りからか見失っていたのだ。
「僕が彼に憧れたのは、その優しさです。戦い方やカッコいい武勇伝なんかじゃない。……僕はその結果の中に隠れた思いやりに憧れたんだ」
「そのような見方をするものです?」
「勿論、入り口はカッコイイからですよ。何せ子供の頃からですから。……でもそれを思い出した時、わかったんです。僕は勇者と同じ優しさは持っていないと……」
世界中と言われているんだ、どんな人達にもその力強く、優しい手を強い想いを持って、差し伸べたものと思う。
到底自分ができることじゃない。自分に自信もない人間が人を助けたいと差し伸べることすら難しい……そんな弱い人間だ。
「だから僕が勇者のような強い優しさを持つためには、僕のやり方じゃないとダメだと気付いたんです。お二人やオルヴェールさんに頼りっぱなしで……」
「……私達はできることをやっているだけです」
「だったら僕ができることはなんです? 無意味とわかっていても木刀を振ることですか? 皆さんを頼り続けることですか?」
その言葉にさすがに二人も口を紡ぐ。
「弱いままは嫌です。力じゃない……こんなやっているようで、何もできない自分が嫌なんです。だから――」
透き通るような真剣な瞳でマリエール兄妹を見る。
「僕は助け合って生きていきたい」
頼ると助け合うは別物である。
シドニエは今まで同情を買うような生き方をしていたと考えいた。どこか自分は頑張っている、結果が出ないだけ、いつか結果は出るのだと。
諦めなければ、いつか報われる時が来るのだと都合の良い風に考えていたと思う。
その『諦めなければ』という言葉に酔っていたように最近、感じ始めた。
どれだけ努力しても先を歩く人は沢山いる。アルビオやバーク達がそうだ。一緒に特訓していたからこそわかった。
そしてその差し伸べられた優しい手に甘えていただけなんだと。
じゃあ自分は彼らに差し伸べられるだろうか、きっと無理だ。強さも心も劣る自分が、そんな立場にないと理解している。
リリアに関してもそうだ。きっと返せない。貰ったものは沢山あるはずなのに。
「僕は助け合うために自分の力が欲しい」
その強い意志を感じたマリエール兄妹は珍しく口元を緩め、微笑んだ。
「そうですね。その気持ちこそが貴方の武器となるでしょう」
「強くあり、並び立ちたいということでしょう? 実に男の子らしいわがままな言い分です……嫌いではありませんよ」
「お姉様……」
「マルクさん……」
「憧れを抱くことと、なれる自分は違う……そうですね。必ずしも夢に抱いたものが実現するというものではありませんね」
シドニエは自分が並び立つための方法は、勇者のやり方にあるわけではない。
自分の才能でしか答えはなかったのだと、当たり前のことだが、気付いた。
だからと言ってこの世界の人達が皆思っている――この属性だから、この体内魔力だから……ではない。
そこは諦めず、めげず、一歩でも横に並んで恥ずかしくない自分になるための答え。
助け合う……この答えの中に、自分が憧れた優しさがあると信じて。
「はい」
「しかし、どうしてオリジナル? この話の腰を折るようでなんですが、難しいですよ」
「……きっとオルヴェールさんも実家へ帰っている間にも、色んな魔法を勉強しているはずです。僕はそんな可能性を追及して、僕ができることの答えを出したい」
「なるほど、黒炎の魔術師に触発されたと……」
「はい。……ダメ、ですか?」
今更、自分の答えについて尋ねないでほしいと、呆れ気味に二人は首を振る。
「そんなことはありません」
「頑張りましょう」
「――ありがとうございます!」
ここからシドニエの答え探しの夏季休暇が始まった――。
「――えっ!? 地属性の魔法を教えてほしい?」
「お願いだよ、ミルア」
必死に頼み込むシドニエに、ミルアは困惑しつつも理由を聞くと、すんなり申し出を受けてくれた。
リリアがいない間、シドニエは戦い方や魔法についての応用、オリジナル魔法を彼女達とともに検討、実践していく。
そしてある程度、形になってきた頃にリリアが帰ってきた。
「えっ!? 戦い方を変える?」
「ご、ごめんなさい。本当は相談すべきだと思ったんですが……」
正直驚いたが、別にシドニエの戦い方を指摘しているわけでもなかったし、指図するのはこのパラディオン・デュオというイベントにおいて、違うものだと感じた。
だから、
「それは別にいいよ。前衛と後衛という根本さえ変わらなければね」
あっさりと受け入れた。
「でもどうして急に? 勇者みたいにカッコよく、シュバっと戦ってみたかったんじゃないの?」
「えっと……それは、その……」
「ん?」
さすがにリリアにあんな話を恥ずかしくてできないと濁していると、見かねたエルクが答えた――。
エルクはそのシドニエの気持ちを自分なりの見解で説明する。
「……そっか、凄いね。私はそんな風に考えたことなかったよ」
「そりゃそうでしょうね。貴女は才能の塊みたいな人ですから」
「そんな嫌味混じりで言わないでよ! ていうかマルク達もでしょ?」
「貴女ほどではありません」
うぐぐ、と納得のいかない表情でマルクを睨むリリアに、シドニエは再び謝る。
「本当に勝手してごめんなさい。……でも今のままで、みんなに甘え続ける自分でいたくなくて……」
やっぱりシドニエも男の子なんだなぁと感じてしまった。男なら頼られる自分でいたいと望むだろう。
「……別にそれはいいと思うよ、甘えること。でも返せない自分でいたくない、でしょ?」
「は、はい」
「じゃあ返していこう! そして、変われるんだって証明しよ。パラディオン・デュオで!」
「は、はい!」
認めさせるんだ、みんなに。そして、誰より自分に――。
――そんな答えを示した時の周りの動揺は、訓練場のざわめきで感じた。
目の前にいるニンラは特に驚いているが、フッと馬鹿にするような大きな笑みで表情を歪める。
「やっと自分の立場が理解できたか!? 落ちこぼれ!」
その表情、言い方から苛立ちも伝わってきた。
あれだけしがみついて授業を受けていた才能のない奴が、結局セオリーに戻ってこの場にいると、怒りたくもなる。
その怒りをぶつけるように、作戦通りではあるのだが、シドニエに向かって斬り込もうとする。
「勇敢たる、頼もしき力よ、宿れ! ――ディフェンシブ・オーラ!」
シドニエの全身に薄い茶色のオーラが纏うと、素早く木刀を突き出し、ニンラの剣を受け止める。
「――っ!?」
(チッ、防御付与魔法か?)
「――ニンラ! 離れて! ――ゲイルガイスト!」
ニンラは後ろへ飛ぶと、カリウスの風魔法がシドニエを襲うが、
「――アビス・ボア!」
黒い爆発の塊みたいなものを、吹き荒れる風に向けると勢いを殺し、爆散した。
「くっ……」
「彼女には警戒しなさいと言ったでしょ?」
するとその爆風によってできた煙から、シドニエが攻めてくる。
「――なっ!?」
「いきます!」
ディフェンシブ・オーラを纏ったまま、果敢に斬り込んでくるが、ニンラで捌ききれないような剣捌きではなく、
「ここがガラ空きよ!」
横っ腹を斬り込む。だが、その感触はおかしなものだった。
「えっ?」
キィンと鋼を擦ったような音が響く。
(そんなっ、いくら防御付与魔法を施してるからってこんな……)
ディフェンシブ・オーラは無属性の防御付与魔法。防御力を上げるものには違いないが、多少、硬質化するものの、剣が斬り裂けないほど強固されるものでもない。
そんなことを瞬時に考えていると、
「――がっ!?」
意識を痛みに持っていかれる。その痛みから木刀で殴られたのだと気付き、距離を取った。
「……」
悔しそうにギッと睨むニンラ。その睨んだ先には、睨み返しているシドニエの姿があった。
「おおっ!! 凄いじゃないですか、シドニエさん!」
「よし! いい感じよ! シド!」
そんな風にヤジを投げるユニファーニにハイドラスは今の戦闘のやり取りについて尋ねる。
「ファルニは何をやった? あれは明らかにおかしい」
「というと?」
「ディフェンシブ・オーラはわかります。防御を上げるだけの簡潔な魔法です。しかし、それであの剣撃を防いだことに説明がつきません」
「だな。それに完全にガラ空きのところを斬り込んだにも関わらず、ピクリとも反応しなかった。あれは一体……」
本来なら攻撃されたのだ、痛がったり、のけぞったりするのが自然な反応だろう。
だが事情を知るユニファーニとミルアは、想定を踏まえて知る情報を話す。
「おそらくではありますが、別の付与魔法をあの煙が蔓延している間に唱えたんです」
「なに……?」
言われてみれば、ニンラが少し視界がよくなるよう待っている時間が僅かにあった。
だが煙が晴れる前に出てきたシドニエに不意をつかれた形だが、唱える時間はあったように思う。
「だがどんな付与魔法を……」
「グローリー・オーラという魔法だと思います。組み合わせから考えると多分……」
「組み合わせだと!?」
ミルアが詳しく説明を始める。
ディフェンシブ・オーラとグローリー・オーラという付与魔法、単体としてはあまり意味を持たない魔法。
だが、最初に施した魔法に上乗せすることで、変異的な能力を発揮する魔法があることに気付いたのだ。
元はオリジナルの付与魔法を考えるつもりのサンプルとして重ね掛けしてみた魔法だが、実用的ではないかとそのまま採用。
「この場合、ディフェンシブ・オーラの能力をグローリー・オーラで強化? 性質が向上? とりあえず能力が上がったってことです」
グローリー・オーラは精神的なモチベーションが上がるという使い道が不明とされた魔法ではあったが、この魔法の真価は組み合わせにあるのだと気付いたのだ。
「なるほど、地属性持ちならば肉体強化の魔法への反映も大きいからな」
「ええ、それに精神型である彼ならば、精神向上がメインのグローリー・オーラとの相性もいい」
「でもあれ……痛くはなかったのかな?」
アイシアが至極真っ当な意見を述べる。
いくら重ね掛けした魔法であるとはいえ、刃物で攻撃されたのだ。衣服も裂かれていることから、痛みはあるものと考える。
「それも試しましたが、ある程度の攻撃ならチクリとする程度みたいです。さすがにリリアさんの上級魔法までいくと通用しませんが、彼女くらいの剣士の攻撃なら大丈夫みたいです」
「要するに前衛をするくらいなら問題ないと?」
「はい。時間制限はありますが……」
「ああ……だからか」
ふと対戦しているところを見ると、ニンラがシドニエに攻め込まれている。
「――ふっ! はっ!」
「ぐっ! くそっ!」
彼女のプライドはズタズタである。今まで格下と思っていたシドニエが、こうして自分を追い詰めているんだから。
「カリウス!」
「わかってるって! ――ウィンド・シュート!」
「――ファイア・ボール!」
小さな風の刃に火球がぶつかると、爆散して援護を遮る。それどころか……、
「ぐっ、――くう!」
その爆風を物ともせず、シドニエが斬り込んでくる。
(くそっ! 何なのよ! コイツは何の魔法をかけた?)
疑心暗鬼に染まっている間にニンラを仕留めたいのが本音のシドニエは、術がかかっている限り、攻め続ける。
(強くなるためには、踏み出すことが必要だ。そのためにわざわざオルヴェールさんも乗ってくれたんだ)
俺は助け舟を出すカリウスの術を相殺するだけ。
シドニエは一回戦だけでも、自分が勝負に決着をつけたいと申し出たのだ。
彼等を侮っているわけではないが、はっきり言えば、自身の無詠唱魔法でも使えば、割とあっさり勝敗はつくだろう。
だがシドニエは騎士科としての自分を貫き通したいと、俺は受け止めている。
これは自分に対する叫びだ――自分が進んだ道は間違っていないのだと。
「――やああっ!」
大振りに振りかかったのがまずかったか、さらりと避けられ、ニンラはカリウスの元へ。
「おい、どうする? あの騎士科、弱いんじゃなかったのか?」
「……ええ、そうだったはずなんだけどね。きっと彼女の仕業ね。伊達に黒炎の魔術師とは呼ばれていないわね」
こちらも作戦会議。
「あ……効果切れ」
付与魔法のオーラが消えていく。
「さっきみたいな不意打ちはもう通用しないよ。初見で決めたかったね。どうする?」
「えっと、最後までやらせてくれませんか?」
「……そこは、男に二言はない、任せろ! って堂々とするところだよ」
男の矜持ではなかろうかと教えを解くと、首を傾げられた。
その矜持はあろうが、言葉はないようだ。
「はは! ごめん。行っといで! 援護はするからさ」
「はい。――地の精霊よ、大いなる精霊と共に僕の呼びかけに応えよ……」
これ見よがしに詠唱を始めると、ニンラは今度は上手くさせないと、走り出す。
「カリウス! 貴方は彼女の足止め!」
「わ、わかった」
(見たところ、彼女は彼に見せ場を作るように、彼を立てている。――舐めてくれるじゃない!)
ニンラにしては面白くない状況。だが、この冷静さを欠くことはシドニエにとっては都合がいい。
「――我が元へ集え! ――グラビティ・フォース!」
「えっ――きゃあ!?」
彼女の意思とは関係なしに、身体が勢いよく引き寄せられた。
するとタイミングを見計らい、シドニエは木刀を振り下ろし、
「――ごめんなさい!」
「――!!?」
と地面にニンラを叩きつけた。バシンっと強く叩きつける音が会場に響く。
重力の加速に合わせて攻撃したのだ、彼女は一瞬で意識を奪われた。
「なっ!? ニンラ!?」
俺はやったかと小さく鼻を鳴らすと、カルバスが止める。
「そこまで! 勝者、シドニエ、リリアペア!」
「「「――おおおおっ!!!!」」」
会場からは俺の活躍ではないにも関わらず、歓声に湧いた。
「やったね、シドニエ」
「は、はい。だけどその……彼女は大丈夫でしょうか」
気を失ったニンラは治療班に連れていかれている。
「大丈夫だよ。彼女だって伊達に肉体型でもないだろうし、心配いらないよ。……それにそんなこと言ったらキリないよ」
この世界は魔法に魔物、何だったらバザガジールみたいな化け物までいるんだ。この程度なら問題ないだろう。
先生もニンラが気絶するまで止めなかったし。
「でもこれで証明になったね」
「えっ?」
「精神型で天才じゃなくても、やれるってさ」
そう聞いて会場を見ると、自分達の勝利を称えてくれる人達を見た。
笑顔で歓声を送ってくれる人達を見て、湧き立つものに駆られた。
今までの努力、葛藤が認められたように感じた。
誰もが言った――無理だ、諦めろと。でも今はどうだろう……これだけの人達が認めてくれた。
これほどの達成感が今までにあっただろうか、思わず涙がこぼれた。
「ありがとう……ございます」
俺はその達成感に満ちたその横顔から流れる涙を見て、ニッと笑顔で返した。
するとシドニエも微笑んで返した。
俺達にとって、意味のある勝利となった。




