22 夏休みの終わりはいつも寂しいものです
「大歓迎よ!! エルフさんなんて珍しい!!」
「わ〜い! 耳長さんだ〜」
「――なっ!? 気安く触るな! 劣悪種!」
「なんかすみませんね。押し付けるような形になって……」
「構いませんよ。子供達も喜ぶ。それにそんな事情があるなら断る理由もありません」
――迷宮から脱出後、アイシア達の村へと移動、色々と相談したところ、とりあえずアイシアの家で預かることになった。
さすがアイシアのご両親といったところか。特に困った様子もなく、軽くオッケーを出した。
まあエルフ達の生活費は俺が報酬としてもらったお金でしばらく賄うという話でまとまったからね。
「ありがとうございます。ほら兄さんも……」
「――フンっ」
恩義を感じない態度を示すシェイゾに、リンナは子供達をけしかける。
「よーし、坊主共。この耳長のお兄ちゃんがいーっぱい遊んでくれるぞ! どうせ暇だろうし」
「――なっ!? 何を言い出すんだ!?」
「そっちの妹さんは恩返しするんだろ? まさか、エルフは恩を仇で返すのが風習なのかぁ〜?」
「そ、そんな訳ないだろ!? 人間と違い、礼節を重んじる種だぞ。私達は」
「だそうだ。いっぱい遊んでもらえよ」
「「わーーい!!」」
ナルシアとフェノンが無邪気に抱きついてくる。シェイゾも子供達相手なので、無闇に振り払うことも出来ず、文句をつらつらと垂れ流す。
「だあーーっ!! や、やめろ! 触るな! くっつくなぁ!? 大体な――」
「ママ〜?」
「はっ、アイツみたいな生意気エルフにはあれくらいの荒療治は必要だろ?」
「ああっ! 人見知りを治すためですね! さすがです!」
尊敬の眼差しで、的を外れたご意見を述べたアイシア母。
さすがは天然といったところ。娘を超える天然ぷりにこちらは度肝を抜かされた。
「……まあ、人見知りって言えば人見知りか?」
「あのウチの母のフォローは大丈夫です。どこかズレているのは、いつものことなので……」
「違うぞ。アレは照れ隠しだ母さん! あのエルフさんはきっと子供達に心配をかけまいと――」
「ねえ、弟君。両親ともに天然なの?」
「ウチの両親がすみません……」
デュノンがしっかりしている性格はどうやらアイシアだけの話ではなかったらしい。
ナルシアやのんびり屋のフェノンにも天然の気配が漂うところを見ると、デュノンが一方的に心労しそうなご家庭だ。
「まあとにかくこの天然夫婦に預けておけば、このオスエルフが人間のことを少しは考え直してくれるだろ」
「……もう既にな気もするけど」
シェイゾと子供達が追いかけっこをしているところを見れば、シェイゾも割と順応能力が高そうに見える。
「さて、ナディ」
「は、はい」
「ナディもその敬語はやめよ。奴隷時代に身についちゃったんだろうけどさ」
「す、すみません、リリアさん」
心の距離を埋めるのは中々難しいと思う。
俺達も親睦を深めようと思っても、王都に戻らにゃならんため、中々話もできない。
「そうだよ、ナディちゃん! 私達はもうお友達なんだから、ね?」
「お、お友達……ですか?」
さすがアイシア、距離の詰め方が手早すぎる。手を取り、目を合わせるように近距離まで迫るところを見ると、心身ともにと言わざるを得ない。
「――なっ!? 妹に気安く……」
「お……お友……達……」
するとナディは涙を流し始める。
「――えっ!? ああっ! ごめん!」
「い、いえ……みんなは……大丈夫かなぁって……」
ナディが共に脱出したエルフ達を想うと、自然にこぼれたよう。
自分達は優しい人達に巡り逢えたが、他のエルフ達がそうというわけでもないだろう。
「大丈夫だよ。きっと……」
アイシアは、ぎゅっとその握った手を強く握り直し、微笑んだ。
「そんな根拠――」
「ガキ共、そのオスエルフを押し倒せ」
余計な一言を口にしようとするシェイゾに、リンナの呼びかけで子供達からの洗礼を浴びる。
「――とりゃあーー!!」
「エルフさんにアターック!!」
「加減しなよ、ナルシア、フェノン!」
「――どああっ!?」
「……まあシェイゾが悪いよね」
「……ったく」
このお兄さんは妹のことを想うなら、もう少し気を遣おうなと思う。
「とにかくこのエルフ達は私達に任せな。殿下に報告頼むぞ」
「うん、わかったよ」
「――貴様ら、この国の――ええいっ!! 邪魔をするんじゃない!!」
子供達の洗礼をかい潜りながらも、詰め寄って尋ねる。
「この国の王子と知り合いなのか!?」
「そうだけど……」
「余計なことをしなくていい! その王子が我々を隷従しようとしたらどうする」
「殿下はそんなことしないよ!」
「兄さん!」
「な、なんだ?」
「……私達が今できることは何もないよ。探しに行こうにも当てはないし、また獣人さん達の冒険者に頼ると二の舞いになってまた迷惑かけるかもしれないよ」
「そ、そんなことはない!」
「はっ、どっからくるんだか。その自信」
リンナは煽るように鼻で笑うと、シェイゾはギッと対抗意識を燃やすように睨む。
「今笑ったか?」
「ああ、笑ったよ。頭のお悪いエルフ様をな!」
まるで子供の喧嘩だ。エルフってもう少し賢いもんじゃないの?
「はいはい。喧嘩はやめようね、みっともない。殿下に他のエルフの情報がないか聞いてあげようってんじゃない」
「兄さん」
「……好きにしろ」
そう言うと、シェイゾはアイシアの家へと入っていった。子供達もその後を追いかける。中々好奇心旺盛な兄妹だ。
「み、皆さん! 兄のことは私が見てますので、その……よろしくお願いします!」
深くお辞儀をして頼み込む。俺達のことをナディは信用してくれているみたいで嬉しい。
「わかったよ。すぐにとはいかないだろうけど、何かわかったらすぐ連絡するよ」
「任せて! ポチでひとっ飛びで駆けつけるよ!」
「はい!」
そして数日後――。
――俺達が王都へと戻る日を迎えた。ガルヴァは再会した時より、酷い涙顔で見送る。
「お、おお、おおおおっ、リリアぁ……」
「大丈夫ですか? オルヴェールさん」
「ああ、気にしなくて大丈夫です、マルキスさん。それはもう一種の病気なんで……」
俺達はアイシアの家の前で、また暫しの別れの挨拶。
もう夏季休暇も残り一週間。パラディオン・デュオに向けて、パートナーと調整せねばならない。
ここに戻ってから色々あったが、結果論だけ言うと、戻ってきて良かったと思う。
正体がバレたことやエルフ兄妹のこととか大変なこともあったが、なんだかんだとアイシア達とのお泊まり会とかも楽しかったし。
向こうの時は徹夜でゲームし合っていたが、こっちでは何でもないお喋りにふけっていたように思う。
女子がどうして話が長いのかわかったような気がする。
そういう意味ではやはり染まってきたんだろうか。
「お姉ちゃん……」
やはりアイシアとの別れは寂しいようで、しょんぼりとするナルシアとフェノン。デュノンはその二人を慰めるように優しく肩に手を置いている。
「大丈夫だよ。姉さんとはまた近いうちに会えるから……」
「そうだよ。建国祭の時には来るんでしょ?」
「ええ、行くわ。……だからね、ナルシア、フェノン」
「そうだね。……お姉ちゃん! 遊びに行くからね!」
フェノンもこくりと頷いた。その寂しさを少しでも紛らわせられないかと、ナディも声をかける。
「アイシアさんがいない間は、私と兄さんが魔法、教えてあげますから。お姉さんをビックリさせましょう」
「――ホント!? よしっ! 頑張るぞぉ!」
「うん。僕も」
そのお兄さんは窓から、相変わらずの仏頂面でこちらを見ているだけ。
だが、この状況を受け入れている様子を見るに、少しは信用してくれたのかな。
「ナディもシェイゾも遊びに来てね」
「えっ? いいんですか?」
「おう。そん時は私達と一緒に行こう」
ナディ達にとって、きっと建国祭はいい経験になるはずだ。リンナ達もついていることだし、大丈夫だろう。
「じゃあ、そろそろ行こうか」
俺達はポチに乗ろうとした時、リンナに止められる。
「どうしたの? ママ?」
「……お前のことも何かわかったら連絡するが、約束は守れよ」
俺は負に落ちないような微妙な表情をするが、現状、元に戻れる保証はないので、
「……善処します」
「それはやらない奴の返事だ」
「――ああっ、すみません! 頑張ります!」
お見通しなようで、投げやりな返事ではあるが了承した。
「ったく……リュッカちゃんみたいにちゃんと男、作れよな」
それを聞いたリュッカは思わず、ポチからズレ落ちる。
「――なっ!? リリアちゃん!?」
「わ、私は何も言ってないよ」
「ああ、お前さんのお母さんに聞いたんだよ」
「リュッカ! ちゃんとものにしてくるのよ」
「――か、母さん!? リュッカにまだ彼氏は早い!」
「もうっ! お母さん! 違うからっ!!」
こうして最後までドタバタしましたが、俺達は王都へ向けて、飛び立ったのであった――。
***
「それで? どうでしたの? 久しぶりにご両親に会って……」
その帰ってきた夜。早速、故郷での思い出話に花を咲かせることに。
俺達はアイシアの兄妹の話やリュッカの解体屋の話、リリアの家での特訓やエルフのことについても話した。
「そんなことがあったのですねぇ」
テルサは生徒達の思い出話を聞くのが、何よりの愉しみだと、相変わらず気の利いたお茶の用意を済ませると、相席して話に交じる。
「……こちらにもエルフはたまにですが見かけます。しかし、南のエルフは報告にはありませんわね」
アリミアの港の方では、そのような情報は入ってきてないとナタルは話す。
「ナタルちゃんの方はどうだったの?」
「私のところはあの事件がありましたもの。……まあメトリーのことを受け入れる、いい機会を頂きました」
「……そっか」
きっと本来ならアイシアみたいに兄妹達に王都での話でも聞かせてあげるはずだったのだろう。
これ以上聞くのは野暮だろうと、話題をフェルサ達に振る。
「フェルサやテテュラはどうだったの?」
「別に。何も変わりないわ」
「私はバーク達の特訓に付き合ってあげてたかな? シドニエだっけ? リリアのパートナーの……」
「ああ、うん」
「色々悩んでるようだったけど、急にあの兄妹と一緒に来なくなったよ」
フェルサの話から、途中までは特訓していたようだが、マリエール兄妹と来なくなったというのは、武器の調整だろうか。
まあそれは明日にでも聞けばいいかと、特にその話題も掘らなかったが……、
「先輩方はどうされたので……?」
俺達の横のテーブルで、疲労困憊状態でぐったりしているユーカとタールニアナの姿があった。
「き、聞かないで……」
「うう……」
「ユーカちゃんの方は実家から呼び出し、ターナちゃんは何でも補習をサボっていたようで……」
なんだか微妙な夏休みだったようで。まあ、どっちも自業自得だが……。
「そういえばヘレンは?」
戻ってくる時期を言っていなかったから、迎えはなかったことにも納得はするものの、てっきり待ち構えているものと思っていた。
「彼女なら劇場で稽古に励んでいるようよ。戻ってきたら、建国祭までに――研ぎ澄ませておくから愉しみにしておいてね、だそうよ」
「はは……さいですか」
やはり自分が主役の劇というのは気が重い。
それを村の両親達に見られるとなると、なんだか恥ずかしくなる。
「あっ、私達も観に行きますから、ご一緒しましょう」
「あの……勘弁願います? 寮長さん……」
これ以上この話をすると、この場から消え去りたくなりそうなので、再び話題を変える。
「そ、そういえばパラディオン・デュオの予選もそろそろだよね? どんな感じなのかなぁ〜?」
明らかな話題逸らしに、ニマニマとにやける先輩方。
そのまま落ち込んでればいいものをと視線を送る。
「そういえばまだ聞いてないわね」
「でもそろそろじゃないかしら?」
本戦はトーナメント方式だと聞いていたが、予選の内容についてはまだ聞かされていない。
この夏季休暇明けに行われることから、そろそろ発表されないと、対策もできないのだが……。
「それでしたら……」
テルサが思い当たる節があるようで、食堂を後にすると、すぐ戻ってきた。
するとテーブルに一枚の紙切れを置いた。どうやらパラディオン・デュオの内容が記されているようだ。
「何々――」
そこにはこう記されていた。
パラディオン・デュオ本戦選抜戦は夏季休暇明けの次の日に行われる。これは他校も同様である。
(他校というのは勇者校以外の学校のことかな?)
予選第一回は、タイオニア大森林にてのサバイバルバトルロイヤル。第二回戦は、第一回戦で勝ち上がった者達によるトーナメント戦、決勝に残った二組が本戦出場となる。
第一回戦は八グループに分かれて行われ、そのグループの一組が二回戦のトーナメントに進出できる。
尚、パラディオン・デュオでの統一ルールとして、片方でも戦闘不能のなれば敗北となる。
「――なるほど、だからシドニエと組まされたわけか……」
実力が強い者同士で組まれれば、片方が戦闘不能になっても、片方が無双すればいいだけになるし、強弱がはっきりしてても、このルールならどちらも頑張らなくてはならない。
「ん?」
そのルールの下に追記と書かれている。ここだけ直筆が違う。
――念を押しておくが、召喚魔は禁止されていないが、インフェルノ・デーモンはダメだぞ――とのこと。
「だそうよ」
「はは……」
(いや! 最初に聞いたから! 忘れてませんから!)
「それにしてもバトルロイヤルですか……」
「対戦相手もそうですが、出てくる魔物にも警戒しないと……」
「そうでもないようよ」
不安を漏らすリュッカとナタルに、テテュラは安心してと知っている情報を話す。
「タイオニアは先の事件の余韻がまだ残っているそうで、魔物といっても弱いのしかいないらしいわ」
特に王都、ラバ付近はプラントウッドが倒れた影響がまだ残っていて、魔物の生息数が激減しているらしい。
俺達の村あたりに冒険者がちょっと多く見受けられたのは、この影響だろう。
「じゃあバトルロイヤルにした理由も……」
「それは仮説だけど、ちまちまと対戦させるより、まとめてやってしまった方がいいってことかしら」
「後はバトルロイヤル方式にすることによって、対応力や積極性など図るには丁度良いのでは?」
「まあ特訓の成果の有無も出やすいかも……」
このバトルロイヤル方式も気になったが、俺がもう一つ気になったのが……、
「他校も同様って?」
「ああ、それはほら……この学園区にはいくつか訓練場があるでしょ?」
「まあ、所々に……」
「そこで一斉に行われるんだよ」
「なるほど……」
一斉に行えば敵情視察もしづらいか。
「てことは、他の学校の人達の戦いも観られるってことですか?」
「まね。観覧席もあるしね」
あ……さいですね。てことは、俺達はマリエール兄妹に視察させればいいと。
アシスト制度はこういうところでも活かせるってわけね。
ユーカ曰く、一つの訓練場で一つの学校が行われるそう。
「でもバトルロイヤルかぁ〜、めんどい」
「前回は違ったんですか?」
「ん〜……確か、魔物の討伐だったかな?」
興味の無いことは記憶にはございませんと曖昧なお返事。
情報量のない先輩に不安になったので、お話を聞いてそうなテルサに視線を向けると、察して答えた。
「ええ、ユーカちゃんの言う通りですよ。ですが、一回戦は大体こんなもんです」
「ふーん」
「でもバトルロイヤル用に作戦も練らないと……」
「しかも一週間くらいしかないしね」
中々先生方は唐突でらっしゃるが、まあいきなり言われるよりはマシだ。
でも剣と魔法の世界でバトルロイヤルの闘技戦というのは、中々胸熱なイベント。
リンナには申し訳ないが、女の子らしいイベントはまだ発生する様子はなさそうだ。
とりあえず明日からまた、シドニエ達と調整に入るわけだし、そこで作戦を練ることとしよう。
「皆さん! パラディオン・デュオの本戦出場目指して、頑張って下さいね!」
「はーい。頑張りまーす」
「まーす」
「――貴女方は頑張る気ないでしょ!!」
まあユーカ達のようになあなあで頑張る人もいるだろう。
そんな色んな思惑がありながらもその数日後、始業式を終え、早速選抜戦が行われるのであった。




