20 VSスライム
迷宮内に踏み込んだ俺達を待ち受けていたのは、渇いた黄土色の石畳で作られた遺跡風景、その内部のようだ。
周りは魔石が無いにも関わらず、奥まで見通せるほど明るい。石隙間から差し込んでいないにも関わらず、太陽の光が遺跡全体を照らしているように見える。
なんとも不思議な現象だが、この世界は魔法の世界。しかも迷宮には異世界説もあるため、いちいちそこにツッコむのはやめよう。
「私達が今まで入った迷宮とは全然違うね」
「そうだね」
「王都付近の迷宮はごく一般的な迷宮が多いからな。変わったところを冒険したいなら山脈地帯にある迷宮に行くこったな」
こんな古風な遺跡迷宮だけでなく、海底や火山、砂漠に氷山など環境が違う迷宮は世界中にあると、冒険者の経験から悠々と話してみせる。
「さて、異変のことも気になるが、本来はお前達の実戦力の向上が目的だからな。気合入れていけよ!」
「「おおーーっ!!」」
「お、おー……」
顔に似合わない熱血漢ぷりに、俺はぎこちなく音頭に合わせたが、二人のやる気は十分のようだ。
そんな俺達を横で何やらガルヴァが荷物を漁り始める。
「先ずはこれを着てくれ、リリア。これはだね……」
「えっと……装備ならこれで行くから」
「――ええっ!? せっかく用意したのに……」
「またお前はそんな高そうなローブを……」
俺が今着ているローブよりも布質の良さそうなローブ。何かと仕送りも多いガルヴァの金使いの荒さは悩みの種のようだ。
「そんな装備の性能に慣れされる方が危ないだろ! 強い武器を持っていい気になる素人冒険者じゃねえんだぞ!」
確かに居たな。趣味の悪い金ピカの鎧に身を包んだ屁っ放り腰が。
「じゃあほら、魔人を討伐した記念とか……」
「何かと理由を付けてるんじゃねえ!!」
「まあまあ、落ち着いてよママ。……パパ、とりあえず今はこの装備でやるから。後ででもいいかな?」
せっかく新しいローブをくれるというのだ、無下にお断りするのは些か気が引けるし、これはパパに対するご機嫌取りでもある。
「勿論だよ! 他にも色々――」
「買ったんだよなあ?」
これは帰ってから家族会議でも開かれそうな予感。裁判長はリンナ、被告ガルヴァでとり行われるだろう。
「それでさ、二人も困ってるからそろそろ……」
「ん? ああっ! ごめんな」
「い、いえ」
そんな夫婦漫才が終えると、俺達は先へと進むことに――。
ここでの目的は、あくまで俺達の実戦力の向上だが、調査という依頼も受けた為、いい目処がついたように思う。
とりあえずはその異常が見えるところまで向かうところ。その道中、この迷宮に生息する魔物達と遭遇。
スケルトンナイトやロックタートルなど、俺達が相手をしたことがないような魔物が現れるが、
「――はああっ!!」
「――やあっ!!」
前衛の二人が中々の善戦を繰り広げる。正直、後衛のサポートが必要ないように感じる。
まあ危険度は割と低めな魔物との戦闘が続いているため、そう苦戦を強いるものではないのもあるが、リュッカはしっかりと相手の動きを見て、回避していたように見えた。
「中々いい動きだな。まああのくらいの魔物なら当然か」
「はい。ありがとうございます」
「私達、出番がないんですけど……」
そこそこ奥まで進んだのにも関わらず、今のところ前衛だけで片付いてる節がある。
こちらも実戦的に経験を積みたいところ。
「そんなひがむな。……だが、情報通りでもあるな。どんどん弱くなってきてるな」
リンナはスケルトンナイトの崩れた身体を手に取り、鑑定するかのように見定めると、リュッカも手に取り、解体屋の娘として意見を述べる。
「……確かに、ちょっと脆いですよね? スケルトン系の骨はもう少し丈夫だったように思いますが……」
「だよな。なんて言うか……その、刃が当たった時の感覚が変なんだよな」
「もしかして霧が濃く発生している場所に居続けた奴だから、湿気って腐食したとか?」
「それぐらいでこんなに弱体化するもんかねぇ」
「……普通の霧ならね」
意味深なその物言いは、みんながその意図を察するには十分な言い方だった。
この迷宮の性質上、霧が発生することはほぼ無い。出てくる魔物の属性も火、地、闇属性が多い。
だが魔物や魔術師が生態系を変えることは珍しい話ではない。強すぎる力は周りに多大な影響を与える。
かの魔人の強すぎる力が簡単に子供達を攫うことが出来たように、この迷宮の性質を変えることも難しくはない。
「ということは……」
俺達はまだ先が続く迷宮の奥地を見た。まだ異変は目に映らないが、
「そろそろ近いってことかもね」
少し緊張感が走るような物言いで気を引き締める。
まだ潜入したばかりの魔物達の方が歯応えがあった。本来なら奥に行けば行くほど、強くなるはずの魔物がここにきて弱くなっている。
しかも水属性を持つ魔物も少しずつではあるが、見かけ始めている。この迷宮の生態系が崩れかけているようだ。
――そしてさらに奥へ進んだ先には、
「あそこだね」
一同の見る先には分かれ道。その片方が情報通り、霧で埋め尽くされている。
「これじゃあ先に進むのは危険ですね」
「そ、そうだね。よし、ここまで十分戦ったし、帰ろうか」
「馬鹿言うな。ここからだろうが!」
「だ、だって〜」
先程からハラハラした面持ちで後ろから俺達を見ていたガルヴァは、心臓が持たないと言わんばかりの表情。
俺、戦ってないんですけど……。
「こういう時こそ出番だろ? 魔法使い」
「そうだね。どうせ人も居ないだろうし、居たとしても……」
「悪党だよね!」
俺とアイシアはやっと出番かと、意気揚々と構える。そのアイシアの手元には、
「やっぱりカッコいいね。その杖」
「そうでしょう〜」
龍の鱗や牙といった素材から作ったドラゴンスタッフ。赤龍の素材から作った物だからか、赤黒い色合いの杖だ。
先端部分には近接対応ができるように、牙が鎌のようになっている。
「牽制がてら、霧に向かってぶっ放すよ! アイシア!」
「了解! いっくよーっ!!」
先が見えない霧を一気に晴らしつつ、潜んでいるであろう魔物共を牽制、あわよくば撃破を狙う。
「「――スパイラル・ブレイズ!!」」
俺達が無詠唱で放った中級呪文は螺旋を作りながら、その通路を猛進していく。
その灼熱の渦に巻き込まれる形で霧が霧散していく。
「凄いね! シア、リリアちゃん。リリアちゃんはともかく、シアもすっかり無詠唱で出来るようになったんだね」
「へへ、まだまだだけどね」
「そんなことないよ、アイシア」
「おい、お話は後な。……見ろ」
通路を見ると、まだ奥の方の霧が濃くなっている。かなり奥まで続いているようだ。
「警戒しつつ、進むぞ」
「はい」
「あ、あのさ、どうしてみんなはそんなやる気満々なわけ〜?」
情けない声を上げる男ガルヴァを無視して、霧を晴らしながら先を急ぐ――。
――しばらく進んだが、一向に魔物の姿がない。ただ仕掛けられている罠は以前に来たままだという。
「リリア、どうだ? この霧、やっぱり何かあるのか?」
「んー……幻覚作用のある感じはあるかも」
魔物がいないことから、もしかしたら戻される状況になっているのではないかと、幻覚に耐性のある闇属性の俺が調べているが、まだそこまでではないらしい。
「どんな作用?」
「もう少し時間をくれればわかるかも……」
「つか、お前はどうなんだ? 早く帰りたいなら、なんかおかしな手掛かりくらい見つけろ」
何回も他の冒険者と探索した経験から、変化はなかったのかと尋ねると、おどおどと異変を告げる。
「そ、それなんだけど……壁の一部が掘られているところを見たよ」
「なんだと?」
「ここは魔石が壁の中に埋められてるんだけど、掘り起こしたところがある。た、ただ……」
「ただ……なに?」
「僕達、採掘師の掘り方じゃない。どちらかと言えば蛇みたいな形状の生き物が掘った感じだ」
「魔物が餌として壁の魔石を掘ったとか?」
「そ、それは無いよ! ここにいる魔物にはゴーレムもいるんだ。下手に呑み込もうものなら、逆に身体が呑み込まれる」
この霧の通路へ入る前に、数体の自然発生したゴーレムと戦った。壁から人型がくり抜かれるように出てきたことに驚いたが、確かに魔物が飲み込めばゴーレムが身体を作る際に巻き込まれてしまう。
「でも全部がゴーレムの魔石ではないですよね?」
「あ、ああ。それは――」
「待ちな。どうやらそのお答えがお出ましみたいだ」
俺達はリンナが向く方へ視線をやると、そこに居たのは――壁の隙間から狭そうに、にゅる〜と出てくるスライムの姿があった。
「――スライム!!」
「ああ。……しかもご丁寧に魔石がゴロゴロと身体ん中にあるぜ」
「なるほど。スライムは不定形の魔物だから、溶解液で通路を確保しつつ、魔石を回収していた」
このスライムは壁が崩れない程度に石隙間を彷徨っていたのだろうか。あの隙間から出てくるあたり身体も伸縮自在らしい。
「でもスライムはそんなに賢くないよね?」
「ああ。だからこのスライムはおそらく召喚魔だ」
「てことはこの先に……」
「誰かいるな」
そんな話をしていると、先程までのそっと石隙間から身を出し続けていたスライムがようやく全身が出せたよう。中々貫禄のある大型のスライムのご登場。
すると――、
「――なっ!?」
「――リュッカっ! 躱して!」
スライムは身を乗り出すように、全身で叩きつけにきた。
「大丈夫!? リュッカ」
「うん、大丈夫」
スライムはこちらの様子を窺いながら、ジリジリと攻めるタイミングを見計らっているようだ。
「……なるほどな、あくまで私達を追い出すことが目的だな」
「でもこちらとしては、調査を頼まれていて、こうして異常を目の前にすれば――」
動きやすくするため、ローブをバサッと広げる。
「引き下がるわけにはいかないよね」
このスライムは本気で俺達を食う気はないらしいが、先にも行かせないつもりのようで、
「――うおっと!」
今度はリンナが襲われたが、ひらりと身をかわす。
「スライムには悪いが通らせてもらおうか。――リリア! アイシアちゃん! 魔法攻撃で仕留めてくれ。私達が囮りをやる! いくぞ!」
「はい!」
「――待って! 先ずは試しに……」
この世界のスライムは強いと聞くし、属性耐性も確認しなければならない。あれだけの大きさだ、上級魔法を唱える。
「――火の精霊よ、我が呼びかけに応えよ。焔の王の怒りに触れし愚かなる者に鉄槌を下す。紅蓮に燃ゆる憤怒を見よ! 爆ぜ! ――エクスプロード!!」
スライムの前で勢いよく爆発を起こすと、スライムはおろか、狭い通路なせいか、爆風でこちらまで吹き飛ばされる。
「おいっ! この馬鹿! ちょっとは考えて撃て!」
「ご、ごめんなさい。でもほら……」
指差したスライムものけぞりはしたものの、のそっと体勢を戻す。
「って、あら? 効いてない?」
「……みたいだね」
「――というか爆散もしなかったけど!?」
あれだけの勢いの爆発を受ければ、水の身体のスライムなんて爆散するものと思ったが、
「衝撃を吸収したんだろ? 随分なわがままボディじゃねえか」
確かにスライムだけあって、たっぷたぷの豊満な身体でいらっしゃる。
しかも吸収能力だけでなく、おそらく火属性自体にも耐性があるとみた。衝撃と火は別物、どちらも食らわなかったことから、そう判断できる。
「これがスライム。厄介だけど……」
「ああ。闇魔法なら耐性があろうと効きやすいだろ! リュッカちゃん!」
「はい! 続きます」
俺はあのスライムに対抗する魔法に覚えがあるため詠唱を始める。リンナとリュッカは注意を引くため、前線へ。
「二人とも! サポートするよ。――ファイア・アクセル!!」
注意を引く二人の足に炎が纏う。
「ありがとな! アイシアちゃん。――いくぜぇ!!」
リンナはファイア・アクセルの付与魔法を使いこなせているようで、スライムが身体を伸ばして作る無数の触手が鞭のようになぎ払うなか、それらを躱し、懐へ入る。
「ここだっ!」
ザシュッとスライムの身体を斬り裂く。その際に体内にある魔石の一部を弾き出した。さらに――、
「外がダメなら内はどうだっ!!」
スライムの身体の中にあるリンナの剣の刀身が熱を帯びて赤く染まる。
リンナは肉体強化に加えて、火属性の付与を行える魔道具の剣を使用する。それにより魔法使いがいない場合でも、火の魔法のような攻撃ができる。
ボンっと中で爆発したような籠もった音がしたが、
「……ちっ」
悔しそうに舌打ちすると、素早く剣を抜き取り、距離を取った。
「やっぱり入りが鈍いか」
「まあ身体は水ですから……」
水といっても圧縮されているため、容易に剣を体内で振れるわけではない。
「た、多分なんだけど、その中の魔石を攻撃すれば――」
「それが通りづらいって言ったろ? それにこのスライム……召喚魔なら本体の魔石は隠してあるもんだろうが!?」
後ろの物陰から意見を述べるガルヴァを軽く否定するが、自分で言ったことにも疑問を持つ。
半透明なスライムの身体の中には無数の魔石が存在するが、スライムの核となっている魔石の隠し場所がわからない。
この回収したであろう中に紛れているのか、それとも別の手段なのか。だが――、
「ああぁーーっ!! 洒落臭い! なんとかしろ! リリア!」
もう考えるのが面倒だと娘に吐き捨てると、
「――オッケー! ――ブラック・ボックス!」
大型のスライムを黒い影が一気に包み込み、箱状の形状へと変わると、その箱から無数の黒いトゲが突き出る。
「えっと……あれは何?」
「私が得意とする闇魔法、影の上級魔法だよ。見た通り、黒い棺の中に閉じ込めて……グサリってね」
アイアンメイデンって拷問器具みたいのを瞬時に出せるって……魔法ってやっぱり怖いね。
だが、これならいくら耐性があろうとも身動きを封じつつ、体内の魔石を砕くことも可能だろうが、一同の顔は引きつっている。
「どうしたの? みんな」
「……お前、絶対人に使うなよ。あれ」
「――当たり前だよっ!!」
バサガジールみたいな例外を除いてだけど。
影の棺に閉じ込められたスライムは、うんともすんとも言わない。
「……倒せたのかな?」
「……解いてみろ」
警戒しつつ術を解くとそこには、砕かれた魔石が転がっていた。
「ど、どうやら倒せたみたいだね」
「アイシア、感知魔法」
「うん」
俺とアイシアは感知魔法を使い、スライムの気配を辿る。すると、壁の中をスルスルと通り抜けていく気配を感じ取った。
「逃げてくみたい」
「そんな! リリアちゃんのあの魔法でどこにも逃げ道なんて……」
「いや、おそらく身体の一部はまだ壁の中だったんじゃないかな?」
「どういうことだ?」
「核の魔石を壁の中に忍ばせていたんだよ。伸縮自在のスライムで壁の中から出てきたなら、自分の魔石を保護するくらいの穴くらい作ってない?」
あのスライムは攻撃こそ激しかったものの、その場から動かなかったことから、そう予想が立てられる。
「なるほど。……つまりリリアちゃんの魔法で核の魔石がある本体と身代わりが切り離されて……」
「本体はトンズラってわけか」
すると、そのスライムが逃げる先にも魔力の気配を感じる。今までに感じたことのない魔力。清らかに流れる感じの魔力を二つ感じた。
「どうやらスライムは主人のところへ向かったみたい」
「よし、いくぞっ!」
「いやいや! 危ないからやめようよ」
「馬鹿言うんじゃねえ! ここまで追い詰めたんだ!」
「そうだよ、パパ。行こう」
「――ええっ!? ちょっと待って……」
そんなオルヴェール家のやり取りを見て、微笑ましく見ていた二人も追いかける。
――しばらく走っていると、霧が薄くなっていく。
「そろそろだよ」
「だろうな。おっ?」
その晴れた先に二つの人影が見えた。俺達はその人影の前は立ち、
「……てめぇらがあのスライムの主か?」
(おっ?)
その人影に俺は高揚感を持った。それはファンタジー世界での王道種族の姿を確認したからだ。
透き通る金髪に、水色の瞳、明るく綺麗な肌色、そして何よりその種族の特徴は耳。
ツンと尖った両耳は正に俺が知るあの種族そのものだった。
「……っ」
「エルフ……ですか?」




