17 迷える背中
「シードー! 今日も行くんでしょー?」
幼馴染の声が聞こえてくる。支度を整えている途中に声を掛けられて、手元が少しもつれたが、
「う、うん。ちょっと待ってて」
待たせると申し訳ないと、手早く済ませて二人の幼馴染の元へ。
――リリア達が帰郷している間に、やれることをやろうとシドニエは積極的にアルビオへ自主練習をお願いしている。
アルビオは一応、パラディオン・デュオでぶつかるかもしれないのにと、気を遣ってくれたが、シドニエ自身の自己評価は低いため、その辺りは気にしていない。
リリアが聞いたら、怒られそうだと思いながらも、
「それにしても練習熱心よね。私達なんてそんなにしてないわよ」
「そうだね」
ここ最近、ユニファーニとミルアは自分達の特訓を観に来る方が多い。
「えっと、パートナーと上手くいってないの?」
「まあね。後ろで治癒魔法だけ使ってろってさ」
「私は何もしなくていいって……」
「え、えっと……」
二人の近況にどう言葉を返そうか困惑していると、
「そんな顔しなくていいって! 私達より自分の心配しなよ!」
逆に気を使われた。というより予想通りといった感じなのか、あまり気にしていない様子。
自主練に励み続けるこの二人のパートナーの貴族も悪くはないのだが、パラディオン・デュオはタッグ戦。パートナーとの良好な関係を築くことも疎かにしてはいけないところ。
きっと結果は夏季休暇明けの予選にて出てくるだろう。だが、それは自分自身にも言えることで、
「……そうだよね〜。はあ……」
マリエール兄妹が作ってくれた木刀を使うことで、動きとしてはマシになったものの、素早く反応できない課題を引きずっている。
「でも精神型であそこまで動けるようになったのって、凄いと思うよ」
「それはあくまで精神型から見たらでしょ? アルビオ君や肉体型に比べたら、どおって事ないよ?」
「ユファ……言い方」
「い、いいよ。その通りだし……」
あくまでマシになっただけ。やっとこの歳くらいなら難なく倒せる魔物を倒せるようになった程度。とはいえ、授業で一切倒せなかったことを考えれば、大きな進歩でもあるのだが。
「まあ努力は認めるけどさ。その木刀があったとはいえ、今まで棒振りしてきた成果もあったんじゃない?」
「あ、ありがとう……」
「でも結果が出ないんじゃ話にもならないのも事実だよ。私達みたいに半ば諦めてるならまだしも、これだけやってるんだし、代表くらいは目指してるんでしょ?」
「ま、まあ……」
「リリアちゃんの顔に泥を塗らないためにも、シドが足引っ張り続けるのはマズイよね。やっとでさえ、男子から嫉妬の目で見られてるんでしょ?」
「うう……」
「ユ、ユファ……」
シドニエをどんどん追い詰めていくユニファーニに、見ていられないと何とか止めに入るも、
「いや、全部ユファの言う通りだよ。何とかこの課題を乗り越えなくちゃ……」
「まあ、あたし達からは頑張れとしか言えないけど」
「そうだね……」
という訳で――、
「どうすればいいと思うかな?」
アルビオ達と合流した後、一汗かき終えての休息。やはり思い通りに身体が動かないと、マリエール兄妹に相談。
「一番簡単な方法は、その木刀にもっと術式を組み込むことですが――」
「それをしてしまうと、いくら魔法樹で作ったとはいえ、支障が出る可能性が出ます。よって――」
「「難しい課題と言えるでしょう」」
「うう……そうだよね」
体内魔力のタイプを変えることはできないし、ウィルクのように無理強いすると、どんな副作用が返ってくるかの検討もつかない。
無理をしないということでの木刀策が、ここで新たな壁を作ることになる。
木刀を作った際にも相談していた武器商人や魔道具屋のおばあさんは、あくまで精神型が近接戦闘を行う上での入門としての武器となると言っていた。
武器の性能を可視するあまり、限界を見ていなかったように思う。
いくら魔力を込めれば強度はクリアできても、動きに対応できなければ、話にならない。
「まあわかっていた課題ではありますよね?」
「そう気を落とさないで下さい。達人クラスの化け物になれば、体内魔力は関係なくなります。特に精神型は」
「うう……そんなんですけど〜」
ちらっとアルビオの方を向く。エルクの言うのは、多分彼のことだと視線を送る。
話だけならシドニエも聞いている。達人クラスの――所謂Sランクに位置付けられる人達の精神型は、魔法を使いつつ、優れた近接戦闘も行う。
つまりは中衛、それによって戦線を優位に運ぶことは、どこの戦乱でも同じこと。
実際、勇者も魔法や剣を駆使して戦い抜いたとされている。それに憧れたからこそ、追っかけている訳なのだが、上手くいかないのが現実である。
その才能をほとんどそのまま受け継いだアルビオを見ると、彼はきっとなるべくしてなるのだなぁと、淡いため息が溢れる。
「せめて僕が風属性なら、もう少し素早く動けるのになぁ……」
「何か悩んでるんですか?」
深刻そうな表情にソフィスが座って悩むシドニエに、目線を合わせるように腰を下ろす。
「――わあっ!? ソ、ソフィスひゃん」
「ひゃん?」
「ああ、ああ。気にしなくていいよ。驚いたり、緊張したりすると、噛むの。シドは」
「ちょっ! 余計にゃこと……」
「ほら、また噛んだ」
茶化すユニファーニに、困ったように真っ赤になり、少し不機嫌そうな表情に変わる。
「もう!」
「ゴメンって……」
「ユファは虐め過ぎだよ」
「……いいですね。幼馴染って」
「そう? そんなこと――」
「あの、こちらの話に戻っても?」
これから雑談が始ろうとするところをエルクが止めるが、対応なんて出来ないでしょ? と投げやる。
「もう時間もない中で、シドが前衛をしっかりこなせるかなんて無理でしょ?」
「難しいとは思いますが、出来ないことはないです」
「というと?」
「簡単な話、参考にすれば良いのです。精神型でも活躍されている方はおられますので……」
と言い、エルクは何やら資料みたいなものを出すと、パラパラとめくり始めると、その資料を見せてきた。
「こちらをご覧下さい。集められるものを集めてみました」
そこには、精神型で魔術師以外の職種で活躍する人のデータがあった。
職種、属性、装備、戦い方や戦績まで細かく調べられたものだった。
「……凄い。よく集められましたね」
「まあ伝手がありますし、あなた方のサポートするのが、アシストの役目ですから」
「でもこうして見ると、結構精神型の人でも剣士とかになれたりしてるんですね」
「ええ。ただ……」
「あ……」
装備欄を見てみると、そこには高級な魔石や材料をあつらった装備の数々が書かれている。
「魔道具ありきってこと?」
「ですね。……ですが、使いこなすにはそれだけの技術も必要となります。そういう意味ではシドニエ氏の木刀策は良かったと思いますよ」
資金面でも問題があったのだから、及第点だろうとのこと。だが、ここで疑問。
「でも、ウィルクさんは貴族ですよね? どうして魔道具に頼らなかったんです?」
その質問に対しては、同じ貴族であるソフィスが語る。
「それはウィルクさん自身があまり家族仲がよろしくなかったことが影響したのでは? 護衛騎士になった時もあまり家族には喜んでもらえなかったとか、以前に社交界で……」
「聞いたの?」
「――いえ! 皆さんが噂しているのをたまたま……」
強く両手を振り否定するソフィスの言う通りだと、シドニエは思った。
以前、渋々話したところを見る辺り、女性に対しては弱い部分を見せないのはわかっている。おそらくは貴族間同士での情報網だろう。
シドニエはウィルク本人の話とすり合わせると、納得した表情を見せると同時に、その覚悟の違いを改めて知らしめられる。
「その通りですよ」
「!」
「何の話をしているんです?」
さらにアルビオとルイスが割って入ってきた。
「ウィルクさんのお話ですよ。僕も以前、殿下から軽く伺いました。でも、未だに魔道具を使わないのは……ハーディスさん曰く、意地ではないかと……」
「あのお方はてっきりただの女性好きかと思いましたが、違っていたのですね」
「エルクさん……」
ちょっとキツめに喋るあたり、姉マルクにもちょっかいを出していたのだろうかと匂わせる。
「ウィルクさんは僕の知る限りでは努力家ですよ。女性に対してあのような態度を取るのは、寂しさからではないかと。それを思えば中々微笑ましいですよ」
「お友達から見ればそうかもしれませんが、私達からすれば、鬱陶しいだけですよ」
ルイスもナンパされたことがあるようで、忌々しいと話してみせると、中々報われないなぁとアルビオは苦笑い。
アルビオとウィルクの付き合いは長い。女性の意見は半々。純粋に褒められて嬉しいという意見と、鬱陶しいという意見。
これ以上はウィルクの印象を悪くするだけだと、この話になった理由を尋ねる。
「それで? ウィルクさんが何か?」
「えっと、違うんです。これを……」
「ん?」
シドニエはエルクが調べてくれた書類を手渡す。
「凄い……よく調べましたね」
「えっと、エルクさんがですが……」
「それはいいです」
「ほえ〜、これが精神型の方でも剣士とかで活躍されている方々ですか」
「ええ――」
その装備の特徴をエルクは詳しく説明してくれた。
シドニエの持つ木刀のような術式を書き込んだものや人工魔石にして能力をつけたり、付与魔法を永続的に装備に付与したり、素材の能力をそのままあつらえたなど、身体能力のサポート方法は様々。
装備も武器や防具、装飾品、入れ墨など、こちらも色んな物が使われている。
「……なるほど、これなら肉体型の私達でも……」
「はい。ソフィス嬢のおっしゃる通り、逆も然りです。が、こちらも同じく使いこなす技術が生じます」
「でもさ、肉体型の人はあんまりだよね?」
世間で肉体型で活躍される人達は、これらの魔道具を使う傾向がないとの意見。
「脳筋の方が多いのでは?」
「お姉様の言う事も一理ありますが――」
それを肯定するのはどうなのと、一同は彼のシスコンっぷりに呆れる。
「魔法は感覚的な才能が必要とされています。明確なイメージが目視できるもの――例えばファイアボールのような単調な魔法でも魔力を使う感覚が無ければ、発動が難しいのです」
「要するにその感覚を養う練習が必要ってことですか?」
「そうなりますね」
「ですがほとんどの人はそんな面倒なことはしないようです。実際、彼もそのような戦い方はしてきませんでしたし……」
「彼?」
「えっ? ああ、すみません。こっちの話です」
バザガジールの件は、一部の人間しか知らないこと。思わず彼の戦いを思い出し、口に出てしまった。
「さて、だいぶ話が逸れてしまいましたが、シドニエ氏。貴方は精神型の課題に直面していますが、ここで使われている術式を組み込めば、貴方の理想とする動きが出来るようになるのでは?」
「そう……ですね」
シドニエはその資料に目を通す。
そこにはやはり、身体強化の術式や風魔法での速度向上など素早い動きが出来るようなものが書かれている。
だが、
「僕がこれを習得するのはとても今からじゃ。それに、属性も……」
「そうですね。身体強化はともかく、属性も合わない術式を無理に使って、身体に鞭打つのには問題がありますね」
「どういうことですか? アルビオさん?」
武器や道具を使うだけなら問題ないのではと、首を傾げて尋ねる。
「相性ですよ。この世界じゃ、属性が人生を決めるなんて言った人もいたでしょ?」
「まあ実際、そういうテロみたいな事件も数々ありますからね」
「西大陸の『人形の国』が一番有名でしょうか?」
「そうですね。光と闇以外の属性の方は、自分の属性以外を使いこなすのが難しいんです。それは使う装備にも言えます」
勿論、物によるがと補足を入れた。
「つまり、シドが今から風魔法のようなものを、その木刀に施しても使いこなせなくなるってこと?」
「う、うん……」
「それに加えて、難しい術式自体は施すことすら難しいってことだよね?」
「う、うん……」
「ダメじゃない」
シドニエは今まで勇者に憧れ、先ずは剣を振れないとと思い、周りから無駄と言われつつも振り続けたことが、ここに来て仇となった。
魔術師として地属性魔法をいくらか習得、使いこなせれば、自分で術式を組み込み、理想とするものにも近付けただろうと後悔する。
「私達は地属性魔法が使えますので、貴方が使いこなせる補助魔法を施すことは可能ですが……」
「わかっています……」
エルクとマルクは地属性の魔術師。シドニエのサポートの相性としては抜群だが、地属性の付与魔法や補助魔法は少なく、基本は防御力を上げるものがほとんど。
とてもじゃないが、ここにいるアルビオは勿論、カルディナやフェルサのような機敏に動く相手にはどうしようもない。
「やっぱりシドに勇者みたいな剣士は無理があったのよ」
「ユファ」
「……あたしもあんたが頑張ってるのは知ってるよ。……でもさ、現実はあんたに合わしてはくれないよ。必ず報われるわけじゃない」
ユニファーニもシドニエの努力を全面否定したいわけじゃない。幼馴染の身を案じているからこその発言だとわかる。
ユニファーニが辛く当たるのは、実力も無いのに、何か起きてからでは遅いということ。
彼女の言う通りだとシドニエは俯くが、そこに反論したのは、
「――報われます!」
その声にみんなが振り向いた。
「努力はちゃんと報われます! 私ならシドニエさんの気持ち、わかります!」
そう言ったのはルイスだ。
「私だって最初は嬉しかったんです。光属性なんて貴重な存在なんて言われて。でも……現実は貴女の言う通り甘くなかった」
ルイスは説得するように、自分の経験論を話す。
「魔法は使えない、周りは勝手に期待して、勝手に失望されました。それでも努力しました。自分にも出来るんだって信じて。……その頑張りがあったからこそ、私はこの学園に通い、彼と出逢いました」
バッとアルビオを指し示すと、何故とアルビオも思わず驚いた。
「私が魔法を使いたいと願い、努力し、希望を捨てなかったからこそ、この出逢いがあり、魔法が使えるようになりました。この出逢いは努力の成果です!」
「えっと……つまり、諦めず、努力したからこその出会いってことですか?」
ルイスはふんぞり、自慢げなドヤ顔で大きく頷いた。
「うーん、無理やり過ぎない?」
「そんなことありません! 現にシドニエさんだってリリアや……えっと――」
ちらっとマリエール兄妹を見ると、小さくため息をつき、名乗った。
「マルクです」
「エルクです」
「そうそう! このお二人にも出逢えたじゃないですか? でしょ?」
「結果論でしょ?」
「それが何か?」
否定的なユニファーニは呆れて返す言葉を失った様子だが、シドニエはルイスの言葉が引っかかるよう。
確かに自分の人生は彼女との出逢いから少しずつ変わりかけている。
リリアが頑張ろうと言って、背中を押してくれた時、とても嬉しかったのを昨日のことのように思い出す。
それが親切心なのか、学校行事の一環としてなのかは正直、聞きたくないが、前者であると信じたい。
これだけ真剣に課題に取り組むのも、彼女の期待に応えたいから。リリアは今や『黒炎の魔術師』と呼ばれるほどの知名度を誇る。
そのプレッシャーもだが、何よりリリアの気持ちに応えるべく、強くなりたいと望む。
あの笑顔に応えられるような、
「あ……」
「なに? どうかした?」
リリアのことを思い出す中で、彼自身は見ていないが、ある噂が頭を過った。
「……エルクさん」
何かを思い立ったようだが、自分の意見に自信を持てないシドニエはボソボソとエルクに話を持ちかける。その意見を聞いたエルクは、ハッとした表情。
「……今からですか?」
「無理言ってるのはわかってます。でも、これなら……」
さっきから主語がハッキリしない会話を二人で、ボソボソと話し込み始めると――ユニファーニが痺れを切らしたかのように説明しろと叫ぶ。
「――ちょっと! シド!?」
「――わひぃ!? は、はひ」
「何か思いついたの?」
「え、えっと……その……」
ハッキリしないおどおどした態度を取る。それを見たアルビオは、
「それはきっとシドニエさんが話したくなれば、話しますよ、ね?」
「は、はい」
アルビオにも覚えのある光景だった。自分に視線を向けられ、上手く整理がつかないなんてこと。
アルビオもあまり自分から意見を言えるような人間ではなかったから、シドニエの気持ちは痛いほど理解できた。
だからこそ、答えを出そうとするシドニエのことを考え、無理に聞き出すことはせず、落ち着かせなければと考えた。
「それに僕らはライバルでもあります。あまり手の内を晒し合うのも良くありません」
「そ、そうかもしれないけど……」
「そうですよ! 頑張って下さい!」
「は、はい」
「それでは善は急げですね、シドニエ氏」
「は、はい! あの、すみません。僕達はここで……」
そう言うと、シドニエとマリエール兄妹はその場を離れるべく駆け出す。
「お互い頑張りましょう!」
アルビオに大きな声で呼びかけられると、シドニエも勇気を振り絞り、大きく声を張る。
「は、はい!」
シドニエ達を見送ると、ルイスが片肘でつつく。
「アルビオさんって本当に変わりましたね。入学当初とは別人です」
「えっと、らしくなかったかな?」
「いえ、むしろ好感触です」
良き友、良きライバルとして、正面から向き合うその姿勢にルイスは、よりアルビオに対し、好意を寄せる。
「魔人事件をきっかけに、さらに自信がついたようで何よりです」
「はは……」
そんな評価を貰いながらもアルビオは、少しでも殿下のような、勇者のような、人に手を差し伸べてあげられるような人間になりたいと、その背中を見たのだった。




