08 将来の展望
「――なるほど、それで遅かったんだねぇ」
もう既に帰宅していたアイシア達に先程の劇団の話を報告。
委員長には耳に入れて欲しい内容でもあったので。
「それにしても旅劇団かぁ」
「知ってるの?」
「うん。小さい頃に近くにきてたのを観たことがあるよ」
この世界でも役者という仕事はあるらしい。どこの世界でも娯楽は似るものなのだろう。
ただ、もうちょっと魔法世界らしい娯楽もあっていいものだとも思うが、属性や体内魔力の関係上、おそらく難しいのだろう。
「それにしても魔人事件をねぇ……」
テテュラは含みのある言い方をしながら、読んでいる本から目を逸らし、ナタルを見る。
「……」
やはり思うことがあるのか、複雑な心境を滲ませる表情が出る。怒りは無さそうだが、悲しみや寂しさを感じる表情だ。
「でもいい機会かもしれないね。魔人事件の多くはリリアちゃんのことしか広まってなくて、魔人の脅威とかその影響で動いた魔物達のこととかは、認識が薄そうだし……」
ラバの街の人達は街の半壊から恐ろしさは身に染みて理解をしたが――正確にはバザガジールの仕業だが、伏せてある為、魔物と魔人の脅威と思ってくれている。
だが、王都では俺が魔人を焼き払ったという情報の方が大きく、その辺りが上手く情報として流れていない。
勿論、恐怖を煽り立てたい訳ではないが、いつ脅威に晒されるかわからないのだ、注意喚起は必要だろう。
その市民達に馴染み深く浸透させるという意味では、演劇というのはいい方法だろう。
「大丈夫? 委員長」
「えっ、ええ、大丈夫よ」
「言いたいことがあるなら聞くよ」
フェルサから意外な言葉が出た。思わずみんなの視線がフェルサに集まった。
「いや、これでも聞き上手なんだよ、私。……サニラの愚痴を誰が聞いてると思ってるの?」
「あ、ああ……」
同じ性別で歳が近いし、一緒に旅していた仲でもあるから、話しやすいのだろう……特にバークのこととか。
「ほら話せばスッキリするから……」
するとナタルは、ゆっくりと口を開くと、落ち着いた様子で話し始める。
「……先程のリュッカさんの仰った通り、いい考えだと思っています。思うところが無いと言ったら、さすがに嘘ですが……その演劇を通じて理解を広げるきっかけとなり、少しでもメトリーのような犠牲が出なくなればいいとは思うわ」
あくまで自分の本音は置いておいて、客観的な視点での意見をもらった。
「まあ、その辺りは大丈夫だよ。殿下がちゃんと台本を確認するって話してたし……」
「なら、私から言うことはないわ」
大事にはならないとは思うが、無事に公演できることを願う。
恥ずかしいけど。
「――絶対観に行こうね!」
「それは却下!」
「ええっ!?」
おそらくお呼びがかかるだろうが、正直観に行きたくはない。
行こうよ行こうよっと駄々をこねて身体を揺さぶられながら、ふと思った。
「あれ? あの劇団の人達って西にも行ってるの?」
西大陸は治安が悪かったり、強力な魔物が多いと聞く。旅劇団という訳だから多少の荒ごとには慣れているだろうが、厳しいのではないかと思う。
みんな、チラッとテテュラを見ると、本から視線を逸らすことなく答えた。
「ごめんなさいね、詳しくは知らないけど、見かけるくらいはあったわ」
すると、西大陸に行ったことがあるフェルサが補足を加える。
「でも確か……娯楽街みたいなところがなかったっけ?」
「ああ……ファニピオンでしょ?」
「ファニピオン?」
「ええ。西大陸では娯楽の国なんて呼ばれているわ。さっき話していた劇場は勿論、ギャンブルとかも盛んに行われている国よ」
あちらでの欧米の街みたいなところだろうか、異世界にもそういうのがあるのか。
「後は奴隷もよく出る国でね。娼館とか奴隷商とかも簡単に仕事が出来る場所ともされているわ」
「ち、治安悪そうだね」
「そうね。でも、魔法の才能や戦闘の才能が無い人間でも生きていける国と捉えられれば、そう悪い国でもないんじゃない?」
「えっと……どういうこと?」
「誰もが望んだ将来になれる訳じゃない。それどころか生きていくことすら、困難なこともある環境に生まれるかもしれない……」
重い話にも関わらず、声のトーンを変えることなく、静かにページをめくる。
「だったら生きていけるように環境に順応することも必要ということよ。そうすれば守って貰えるわ」
「奴隷になることが守られることだと?」
「……西大陸での奴隷制度は割としっかりしていてね。生活の出来ない者達はわざと奴隷なったりする人もいるわ」
要するには主人がつくことで、お恵みが貰えるって話だろうか。そこまでしたいものだろうかと、ふと思ったが、
「そんなの良くないよ!」
「死ぬのが怖い人に同じことが言える?」
「そ、それは……」
死ぬよりも人に尽くす方を選ぶ人もいるってことか。
「貴方達はこの恵まれた国で生まれたからそう言えるけど、向こうはそうはいかないわ。良くも悪くも実力主義国なのよ、向こうはね……」
才ある者は裕福に、才なき者には貧困を……どこの社会でもあるんだなと、ちょっと悲しい気持ちになった。
「話が少し逸れたわね。旅劇団が西に行く理由としては、やはりファニピオンで成功する為の経験を積むことじゃないかしら? 環境が過酷だからこそ、度胸を付けるという意味ではないの?」
旅をする中で、色んな経験を積めば出来る演技の幅も広がるだろうし、環境が変わっても、しっかりとした強固な演技が出来れば自己アピールの幅も広がるだろう。
しかも、過酷な旅になるなら舞台に立つ為の度胸もつけられると、正に一石二鳥……いや、もっとありそう。
「結構有名らしいですね、カーチェル劇団は……」
晩ご飯の片付けを終えたテルサが、コーヒーを持って割って入る。
「有名なんですか?」
「はい! 私の友人がファンでして、特にロイドさんの大ファンなんですよ!」
確かにモテそうな甘いマスクに体格だったし、やる役がマッチすれば人気も確立するだろうなぁ。
「それは楽しみだねぇ〜。それにリリィが主役の劇だし……」
「いや、だから行かないよ」
「――リリィ〜!!」
「それは困ります。リリアさんには是非お招きしたいと考えているのですから……」
聞き覚えのない声が聞こえると、皆振り向く。
そこにはリリアそっくりの女の子がいた。
「――えっ!?」
一同、驚愕の表情を浮かべる。
「ヘレンさん! どうしてここに?」
「ヘレンでいいですよ。私もリリアでいいですか?」
わかったと同意して話をしていると、驚愕を拭い切れないナタルが尋ねる。
「……貴女、双子だったんですの?」
俺達は二人揃って振り向くと、
「違う違う」
「違いますよ」
と返答したが、信じられないと納得いかない表情。
「ここまで来るのに大変でしたよ。夜にも関わらず、色んな人から声をかけられて……」
夜道の銀髪は、月の光や町の灯りが反射してキラキラしていたことだろう。
「ちょっと対策を考えた方がいいかも……」
「というか女の子一人の夜道は危ないよ」
「西より全然大丈夫ですよ!」
明るく答えた。人前で演技をする人間ってのはここまで肝が据わっているものなのだろうか。
「本当に違うの?」
まだ疑って止まない一同。
「えっと、ヘレンはどこ出身の人?」
「私は北大陸の出身ですよ。町に来ていた役者に憧れて、家を飛び出してきました」
この可憐な容姿とは裏腹に、行動力が凄いと感心させられる。
リリアや俺とは大違いである。
「私は母が北出身だけど、父がこの国の出身だって聞いてるよ。両親は?」
「両方とも北出身ですよ」
「だそうです」
というか北出身者は銀髪が多いのだろうか? という疑問は置いといて、皆はなあなあに納得する。
「ていうか、私だって今日が初対面だったんだよ」
「そうなんだ。じゃあリリアちゃんを演じるのって……」
さっきのセリフからこの人は劇団の人だろうと問うと、はいと笑顔で答えた。
「それで? 何の用があってきたの?」
「えっとですね、簡潔に言うと……役作りの為に暫くの間、行動を共にしていいか聞きに来たんです」
「あ〜……」
実話を元にした劇だからか、その人の人となりを観察することは悪いことではない。
多分、あの脚本家からの指示もあったのだろう。
そして先程のやり取りを考えて、断ることは困難であろうと考えるので……、
「わかりましたけど、程々にお願いしますね」
さらっと同意すると、意外という顔をされた。
「こんなにあっさりオッケーを貰うとは……」
「さっきのやり取り覚えてます?」
「勿論! リリアは押しに弱いってことだよね?」
図星を突かれてギクリと表情が引きつる。
「あ、あのねぇ……」
親しい間柄に見えたのか、再びツッコミを入れる。
「ホントに姉妹でも双子でもないのよね?」
「――違うって!!」
「フフ、こちらの皆さんがお友達の方々ですか?」
「まあね」
すると、ペコリとお辞儀をして挨拶をする。
「皆さん挨拶が遅れました。私はヘレン・キャナルと言います。カーチェル劇団にて役者として在籍しております。一応、リリアとは違い、水属性持ちの精神型です」
俺も一人一人紹介すると、ヘレンはリリアのことを知る為、話に入ってきた。
場慣れしているというか、社交性があるというか、そんな積極的にはなれん。
普段の俺のことをある程度話していると、今度はヘレンの話になっていった。
「――へえ〜、結構優秀な魔術師になれるのにこの道を選んだの?」
というのも、向こうの学校では水属性の魔法を多種多様に使いこなしていたという。
周りも優秀な治癒魔法術師になるのではないかと、期待感もあったらしい。
「……確かに将来性を考えれば、水属性の精神型です、展望はあるでしょうけど、私の故郷で観たあの舞台は、今でも輝いていたの……」
子供の頃、親に連れられて観に行った舞台。決して規模の大きなものではなかったらしいが、少女の目には未知の世界――まるで絵本の中から主人公達が飛び出してきたかのような高揚感があったことを、今でも忘れられないと語る。
「いいわね、そういうの。私はお父様の跡を継ぐことくらいしか考えなかったわ」
「そうだね、私も最初はお父さんの仕事以外に考えなかったから……」
何とも親孝行な二人は、ヘレンの考えに感心を覚えた様子。
テテュラやフェルサは特に興味は無さそう。テルサは青春って感じだなぁと、嬉しそうな表情を浮かべている。
「そんな風に将来を考えられるのはいいね。私やリリィはそういうの無いもんね」
「はは、そうだね」
それを聞いたヘレンは少し驚いて見せる。
「えっ!? 昼間見たドラゴンに乗っていたのは貴女よね? てっきり……」
「いやぁ〜ポチと一緒に飛びたいって気持ちだけでやってるからねぇ」
アイシアはノリと勢いな部分が多いからね。かく言う俺もそんなところがある気がするけど。
「それにリリアも……」
「いや、私がここに来た理由は根性叩き直してこいって話だったし……」
リリア曰く、そうらしいので。
ヘレンからすれば、かなり意外な理由だろう。側から見れば優秀な魔術師にしか見えないのが自然だろう。
「まあ将来有望そうな二人がこれですもの。その驚いた表情には納得いきますわ」
「てことはアイシア、あの二人に何か言われたの?」
「昼間も言っていたと思うけど、初日であそこまで出来る人は先ずいないそうよ。……もはや才能の領域だと言っていましたわ」
近いうちに飛行訓練も行なっていいとも判断されたらしい。
乗馬経験云々は関係なかったようだ。
「でもさ、ポチと飛べるからって何かある?」
「はあ……そりゃあ素直に龍操士なり、騎乗スキルを活かした召喚術師だったり、色々あるでしょ」
先の魔人事件のような空中での戦闘ともなると、ドラゴンに乗っての戦闘は非常に有利に戦えるだろうし、支援や救援要請があれば駆けつけるのも速そうだ。
活躍の幅は広いだろう。
「そういえば魔術師団や冒険者でもドラゴンに乗る人は見かけなかったね」
「そういう希少性の高いものは重宝されるものですわ」
ナタルは広い展望が見られると語るが、アイシアはいまいちピンと来ない様子。
「う〜ん……そう言われてもなぁ」
「貴女達はヘレンさんを見習うべきですわね……」
そう言われると何とも耳が痛い。
この世界に来て、何回か考えたことだが、やはり将来と言われるとピンと来ない。
魔人事件の影響から、色んなところからお声がかかるが、自分のやりたいことかと言われると違う気がする。
俺がこの世界でしたいことって何だろうか。
漠然と生きることは出来ると思うが、それでは何かリリアの才能を持て余しているようで申し訳ない。
かと言ってこうして将来の話をされると色々と考えさせられてしまう……前はこんな事考えもしなかったのに。
周りがこうして語らっているのを見ると、どこかで焦っているのだろうか……自分の気持ちがわからなくなってくる。
「先のことより、私はちょっと先のことをしていければいいよ」
「貴女ねぇ……」
「二人はどう? 興味なさそうにしてるけど」
私達のことっと不意に気付くと、先ずはフェルサから答えた。
「……私は結局、冒険者に戻りそう。ここでの経験は私にとって貴重なものではあるけど、この間の戦闘でも思った。……私はやっぱりあっちの方が性に合ってる」
ジード達の勧めで学園生活をしているが、やはりあちらの方が落ち着くという。
自由な生き方が出来る冒険者は、自分というものが揺るがないフェルサにはとても合っているように思う。
「そっか。……テテュラは?」
少し目線を落とすと、少し寂しげに話す。
「どこかで幸せに生きられれば、どうとでも……」
曖昧な返答をした。その重苦しさに違和感を持ったナタルは問う。
「何か悩みが?」
「あるなら聞くよ! テテュラちゃん!」
「ごめんなさい、誤解を招くような言い方をして。……大丈夫よ、ちょっと昔を思い出しただけだから」
軽く微笑み、その言葉の意図を流した。
「西は色々事情を抱える人、多いですからね。うちの劇団にもそういう人いますよ」
テテュラは自分のことは何も話してくれない辺り、触れて欲しくはないのだろう。
西出身者であることを話してくれただけでも、御の字だろう。
「だったらテテュラちゃんも一緒に楽しいこと探そう! そうすればやりたい事も幸せになる事もきっと見つかるよ!」
無邪気に微笑んでそう語るアイシアに、いつものクールな表情も緩む。
「そうね、ありがとう」
「楽しいことではなく、将来について話していたはずですが?」
せっかくいい話の流れを塞き止めるナタルに、皆苦笑いを浮かべた――。
――将来の展望……みんな思い思いの答えがあった。
夢を追いかけること、跡を継ぐこと、現状を維持すること、幸せを求めること、今を楽しむこと。
どれもきっと良いことだし、大切なことだ。……今の俺にはどれが当てはまるのだろう。
リリアとして魔法使いの道を行き、人々を助けるような存在になるのか、女として生きて幸せを求めるのか……それとも――元の世界に帰って、元の俺に戻るのか。
自室に置いてある鞄の中から、リリアの魔法陣を書き写したメモを手に取る。
「将来……俺は、どうしたいんだ……?」
歪な存在だからこそ、誰にも言えないからこそ一人、思い悩むのだった。




