06 夏季休暇突入
「――それでは皆さん、この夏季休暇期間を有意義に過ごすように……以上!」
マーディが先生らしく厳格に音頭を取ると、俺達生徒は嬉しそうに解散する。
どこの世界でも夏休みは嬉しいもので、自然と気分も上がるもの。俺に関しては夏休みに入る前にこっちに来たので、更に特別な感情が湧き出る。
遠かったな、俺の夏休み。
だが向こうで過ごす夏休みとは違い、予定が組まれている。
向こうでは、宿題を済ませつつ、クーラーの効いた部屋でゲーム三昧が俺の鉄板の過ごし方だったが、まあ部活やバイトをしていなければ、こんなもんだろう。
だが、こちらではアイシアのポチとの騎乗訓練が終わるまでは、王都でシドニエ達とパラディオン・デュオの特訓をメインに過ごしていき、中旬を迎える頃にアイシアの訓練がどういう状態であろうと帰省する予定。
さらにアルメリア山脈付近では、強い魔物も存在する為、更なるレベルアップに繋げようと、アイシア達と自主練に励むなど、やはり女子力には欠けそうな過ごし方となりそう。
まあ計画だけ見るとそうだが、お泊まりもするということで、そこで女子力を発揮しよう。中々充実した夏休みが過ごせそうである。
こうして見ると。向こうでは無為に過ごす夏休みと捉えられる。
勿論、それが悪い訳ではない。ゆとりを持って過ごすこと、趣味に没頭することは悪いことではないが、こうして計画を立てると、次の予定に楽しみが持てることが良いことだと気付く。
まあ俺には不安要素もあるのだが、それは――リリアの両親のことである。
あの溺愛父親は大丈夫そうだが、母親に関しては見送りの際、何か察知されていたように思う。
だが、さすがに俺個人の理由で、娘が帰らないというのはマズイので、何とか気付かれないように振る舞おうと考えてはいる。
「――夏季休暇がぁっ、キターーーーっ!!」
「いえーい」
寮では先輩達がテンションを上げて、盛り上がっている。
「お二人はどう過ごされるんですか?」
ユーカとタールニアナは、きょとんとした表情で首を大きく傾げる。
「別に?」
「寮でだらけるだけかな?」
中々無計画な先輩。ユーカ先輩に関しては一応貴族だと聞いてるので帰省くらいするものとも思ったが、そんなこともなさそうだ。
勢いだけで生きてる感が凄い。何というか度量を感じる。
「あの、先輩方もパラディオン・デュオに関しては……」
「してると思う?」
「おもう〜?」
「……してないわね」
夏休み明けにパラディオン・デュオの予選が行われる。実際、ちょっと楽しみではある。
運動会は面倒くさいとはよく思ったが、こちらでは魔法とかを使った戦闘を行うのだ……それを闘技場で見られるのはテンションが上がる。
それに最近はシドニエもメキメキと頭角を表しているように感じる。
贔屓目もあるだろうが、その辺もちょっと楽しみではある。
「他のみんなはどうするの?」
「私はサニラ達と付き合おうかなって……」
「わたくしは貴女の訓練以外は帰省しかないわね」
「私は王都でやることがあるから……」
各々予定があるよう。宿題がないのもちょっと考えものだと感じた。
「まあここにいる間はちゃんと皆さんのお世話しますよ!」
テルサは、むふんといつもより張り切った様子を見せる。
本来なら大変だろうに、本当に良い人である。
「ありがと〜テルサちゃん!」
「いいこいいこしてあげる〜」
「その扱いはやめて下さい!!」
感謝しているのか、いつも通り揶揄っているのか、頬擦りするが、後者だな……きっと。
「でも楽しみだなぁ。ポチと空に飛べるんだよ!」
「お願いだから、気をつけてね。シア」
「うん!」
でもドラゴンに飛ぶのは羨ましいな。俺も出来ることならしたかったが、インフェルの話曰く、眷属にも龍種はいるのだが、スカル・ドラゴンやデッドリー・ドラゴンなど、肉付きの悪い……肉の無いドラゴンしかいないらしい。
それでもいい気はするが、インフェルと契約してる以上、あまり無駄に強い魔物と契約を結ぶのも問題であると、やめている。
一応、黒龍もいるそうだが、気性が悪いらしく、懐かない可能性もあったり、そもそも眷属ではないらしい。
「上手く乗れるようになったら、みんな乗せてあげるね!」
「うん! ありがとう!」
これはアイシアに乗せてもらうことを期待しよう。
***
という訳でその翌日から早速、ポチとの騎乗訓練が開始される。
「楽しみだねぇ」
昨日からそればかり口にするアイシア。寝る前にも、まるで修学旅行先の夜みたいなテンションで話しかけられていた。
そんな爛々としたアイシアの横には立派に育った赤龍のポチの姿がある。
改めて思う……ポチって名前にしてごめんな。
正直、人生の最後をポチに捧げても悔いはないとさえ思うほど、申し訳ないと思っている。
こんなに勇ましいのに、ポチって……あんまりだ!!
「どうした? オルヴェール」
「いえ、何でも。ていうか殿下は今日来れたんですね?」
てっきり建国祭の準備で忙しく、来れないものと思っていたのだが、
「なに、私がアポイントを取ったのだ、挨拶しない訳にもいかないだろ? それに一応、私はマルキスのパートナーだぞ」
忘れてましたが、アイシアのパートナーは殿下でしたね。
「それにドラゴンの騎乗訓練を見られるのは貴重ですからね。ちょっと楽しみです」
「大空を駆ける美少女……いいね」
「はいはい……」
勿論、護衛の二人も一緒だ。
「何かこちらに来ますわね」
ナタルの指差す方向から、二つの遠い影が飛んでくる。
するとギュンと上空の風を切る音が振動する。思わず身を固める。こちらに気付いたのか、旋回してこちらに着陸した。
そのドラゴンの姿は青色の肌の龍が二頭。中々壮観な光景である。
そこから降りてきたのは、男性が二人。殿下は出迎えるように歩み寄る。
「これはわざわざ遠いところから申し訳ない」
「いえ、こちらこそ宜しくお願いします」
そう握手を交わしたのは、見た目から細身の中年くらいの男性だろうか、優しい物言いで挨拶を交わす。
もう一人の男性は歳が近そうだ。
茶髪のツンツン頭に、ちょっと目付きの悪いキザ系の男子といった感じか。
アルビオやシドニエといった……こう言っちゃ悪いが頼りない男子を見てきた反面、中々珍しいタイプが来たと思う。
その彼は挨拶もそっちのけにポチへ近寄り、見極めるようにポチの周りを一定の距離を取りつつ、回って観察を始める。
「えっとそれで、そこのドラゴンのパートナーは……」
「あっ、はい。私です!」
中年男性が尋ねると、アイシアはピンと手を上げて返事。
「貴女がそうですか。初めまして、わたくしはヤキン・バーチュアと言います。向こうではドラゴンの騎乗の訓練講師をさせて頂いてます」
「はい! よろしくお願いします」
「中々、元気な娘ですな、殿下」
「はは、まあな。……それで、彼は?」
先程からポチを観察する男子について尋ねる。
「彼はレオン君と言って、今回の騎乗訓練のサポートとして来て頂きました。成績が優秀なので、きっとお役に立てるはずです」
「そうか、それはわざわざすまない。レオンというのだな、よろしく頼むよ」
「ああ……」
彼はハイドラスの方へ向くこともなく、軽く返事を返す。
それが気に食わないのか、ハーディスが注意する。
「そのような返事は困ります。こちらにおられるお方は――」
「おいおい、やめろハーディス」
「ですが……」
「私はこの方がいい」
あまり王族として振る舞いたくないと、ハイドラスは言う。
「ドラゴンが好きなのかね?」
「まあな。これだけの巨体が空を豪快に飛ぶのは、見ていても迫力がある。それでいて、自分がドラゴンと息を合わせて飛ぶ一体感は格別だ」
何というか、好きだってのがどっしり伝わってくるように思える。
「一体感かぁ……頑張ろうね! ポチ!」
「――グアアッ!!」
「――!?」
ポチがアイシアの意気込みに、元気よく返事をすると、二人は思わず驚いた表情を見せる。
「どうかなさいましたの?」
「いや、このドラゴンはお前に懐いているのか?」
その質問に首を傾げる。
「うん。そりゃあね」
「これは驚いた。赤龍は黒龍の次に気性が荒いとされているドラゴンで、こんなに懐いているとは思いませんでした」
「珍しいことなのか?」
「ええ、そりゃもう……」
どうやらポチはかなり特殊らしい。一応、幼龍の時から育てた時のことを話す。
「強制召喚の時に、幼龍で召喚された子なんですけど……」
「ほう、それはそれで珍しいですね」
「ああ、ちょっと詳しく説明してくれないか?」
「うんとねぇ――」
アイシアは今までのポチについて説明した。
「……」
二人とも黙り込んでしまった。
「確かにあまり詳しくない私からしても、非常に稀なことは理解している」
「そうなんですか?」
「ああ。龍種はどうしても、保有する魔力は勿論、体格の大きさや丈夫さなど挙げればキリがないほどの強力な魔物だ。……ポチほど大きくなれば、自然と主人の力量を図り、言うことを聞かなくなるということは珍しくないらしい」
「インフェルみたいに主人を選ぶってことですか?」
「まあな」
「言われてみれば、シア以外の人には素っ気ないかも……」
要するにはプライドが高いということだろう。でも、今までのポチを見る限り、そんな傾向は見られないが、幼い頃から俺に対して素っ気ない態度はとっていたように思う。
魔人の時、背中に乗れたのもアイシアが言い聞かせたところがあっただろうし。
ただアイシアには異常に懐いているイメージはある。
まあ俺達に関しても邪険に扱われるよりはマシなのだろう。
「ま、まあ主人に忠実なんだろう。育てられた恩義を感じているのかも……?」
レオンも珍しいケースに疑問系での解答。
そんな疑問を他所にアイシアは二人が乗ってきたドラゴンに近寄り、ほおと見入る。
「カッコイイね〜」
「お、おいっ!」
レオンは無闇に近付くなと声をかけるが、座って待機しているドラゴン達は長い首をアイシアの側にまで寄せると、低くも甘えるような声を上げる。
「グルル……」
「えっ?」
「きゃあ! 可愛い!」
会ったばかりだというのにドラゴン達は頬擦りをし、懐いた様子を見せ始めると、ポチは気を悪くしたのか、レオン達のドラゴンに威嚇を始める。
「グルル……」
勿論、威嚇された側も、黙ってはいない。
「えっ、ちょっと!」
「お前達、落ち着け!」
何やらアイシアの取り合いになりそうな雰囲気に、一同が止めに入るが、聞く耳を持たない。
「――喧嘩はダメだよ!」
だが、アイシアが一喝するとピタリと止まり、愛想よくする。
その様子を見たヤキンは、彼女の才覚を推測する。
「このドラゴンではなく、彼女自身がドラゴンに好かれる才能でも持っているのだろうか」
「ホントですか!? 先生!?」
「おそらくだがな」
このやり取りを見れば、確かにそのように捉えられる。元々、人を惹きつけるような性格をしてはいたが、人以外もとは思わなんだ。
当の本人は、全く気付いてないようで、ポカンとしている。
「とんでもありませんわね……」
「もしかしたらドラゴンに限った話じゃないかも……」
「というと?」
「シア、昔から動物にも結構好かれてたから。それで怪我とかしたこともあったし……」
闇属性みたいな魅力の特性もないのに、一個人の才能なのだろうとアイシアの大物感に一同、感心とそれに気付いていない様子に呆れるのだった――。
――そんなこんなで騎乗訓練が開始される。先ずは空を飛ばずに地上を走るところから。
アイシアとヤキンは各々のドラゴンに跨がり並走、レオンはアイシアの補助に入った。
アイシアがポチの背中に乗るのは初めてだが、乗馬経験もある影響か安定して広い訓練場を歩く。
「そうそう、上手いね」
「ありがとうございます! ポチもいい調子だよ」
そんな様子を遠くから見る俺達。
「やっぱり急には飛ばないよね」
「当たり前でしょ? ……それにしたって安定してるわね」
「うん。シアは、ああいうの得意だからね」
体内魔力の種類は関係ないのだろう。とはいえ、こういうのも才能の一つだろう、アイシアの新たな魅力を発見と言った感じだ。
アイシア達は簡単に乗っているが、実際は魔力の力場をドラゴンの背中に作り、安定させたところに乗っている。
つまり、ドラゴンの背中にバランス良く乗りつつ、魔力の力場を安定させる為の魔力のコントロールが必要になる。
「ふう……」
アイシアは疲れたと、息を塊のように吐き捨てた。
「疲れただろう? だが、調子はいいよ」
「あ、はい。……やっぱり馬とは違いますね」
「お前、馬に乗れるのか?」
「うん。そうだよ」
道理で安定して乗っている訳だと二人は感心する。
馬やドラゴンに限った話ではないが、背中に乗ると、どうしても目線が変わることで恐怖心を煽られ、不安定な力場から判断能力が削がれるというもの。
実際、リリアがポチに乗っていた時もしがみ付くような形で乗っていた。
とはいえ、乗らなければ上達もしない。
「その経験があったのは良いことだね。もしかしたら近い内に飛んでも大丈夫かも……」
「先生、いくら何でも早過ぎるんじゃ……」
「――はい! 飛びたいです!」
アイシアは意気揚々とピョンピョンと、ポチの上で座ったまま跳ねる。
「とりあえずその安定した状態を身体に覚えさせてからだな」
「はい! 頑張るぞぉ!」
ひと段落着いたみたいなので、俺達も近寄る。
「お疲れ。……どうですか?」
アイシアを労った後、その様子を尋ねると、ヤキンは褒めてくれた。
「アイシアさんはとても良いですよ。ウチの生徒に欲しいくらいです」
「そうだな、これが初めてなんだろ?」
「ええ、その筈ですわね?」
「うん。ポチの背中ってこんな感じなんだなぁって」
ポチの背中を優しく撫でながらそう語る。
「きっと彼女の好奇心や向上心、ポチとの信頼関係がなされている結果でしょう」
「それにしたって――」
レオンはちょっと変だと表情を歪める。
「ポチって名前は変じゃないか?」
「――そんなことないよ!」
「――そうだよね!?」
俺は肯定、アイシアは否定する。
「えっ!? リリィが言ったのに?」
「いや、私ちゃんと止めたから……」
「何かポチの名前について色々あったのですね」
「うん、そうだね。私は可愛いと思うけど……」
「えっ? わたくしはリリアさん達の意見に賛成ですが……」
どうやら変なのは俺ではないらしい。良かったと安堵する反面、この二人の将来をちょっと心配になる。
子供に変な名前とか付けないよな。
キラキラネームとか付けられた側は、幼い頃はいいかもしれないけど、成長していくにつれて思うことも出てくると思うからなぁ。
「まあ名前など人それぞれだろう? 私は面白いから好きだ」
「殿下……」
するとどこで聞きつけていたのか、騎士が一人、こちらへ向かってくる。
「こちらにおられましたか、殿下。――黒炎の魔術師もいましたか」
騎士が黒炎の魔術師はやめて。
「どうした? 今日は何もなかっただろう?」
多忙なハイドラスも時間は作ったはずだが、と疑問を投げかけると、その報告に来た騎士は困ったように話す。
「いや、その……お話をさせて頂きたいという方々が……」
ちらっと騎士は向こうを見ると、そこに二、三人の人影があった。
その内の一人はリリアの容姿そっくりの銀髪美少女がいた。




