05 第二回リリア女子力向上計画
――さらに別の日、俺は色々と心の傷を抱えた店の前で佇む。
お洒落は下着からだよね〜っと言われて、王都のランジェリーショップ前へ。
ここのお店にはあまりいい思い出がない。
初めて前にした時は全力逃避して迷子になり――そのかわりテテュラとは知り合ったが。
別の日にも訪れているのだが、その時は店員におもちゃにされた覚えしかなく、何かを大切なものが無くなっていくような感覚に陥った……俺の心の傷だ。
だが、訪れた理由に関しては割と真っ当な意見がある。まだリリアは十五、成長期ですから言わずもがなでしょう。
男だった時は下着はパンツとシャツだけだったし、母親任せだったので、トランクス以外はこだわりや多少なら小さくなろうが、破けていようが気にもしなかったが、女の子はそうはいかない。
男性より脂肪がつく凹凸があることや素直にお洒落的な意味で、買い換える傾向があるよう――勿論、個人差によるよ。
とにかくリリアはスタイルがいいので、その辺りは苦労する。
なんだかんだ躱してきたが、脱衣所で苦しそうに付けていたのを見られてしまって、現在に至る。
「――いらっしゃいませ!! 女神の羽へようこそ!!」
若い女性店員さん達が底抜けな明るさでお出迎え。
「私、ここ初めてなんだよねぇ。……でも――」
ルイスは自分の幼児スタイルを見下ろす。
「似合うのあるのかなぁ……」
確かにこのお店は可愛いデザインのものや種類も豊富だ。どうしても極端な大小さがあるとデザインは偏りが出るもの。
ルイスのスタイルでは柄の無い物やお子様向けのものが多いだろう。
「大丈夫! ここはそんな悩める乙女の為に色んなのが売ってるから、見てこ」
「みよ〜」
そんな会話を横流しに俺はスタスタと足早に店員さんに近づくと、口早に自分が求める物を要求する。
「すみません、今のサイズより一サイズ大きめのはどこでしょうか? 軽く試着したら、購入しますので案内をお願いしてもらってもいいですか? さぁ早く!!」
「――ええっ!? せっかく来たんだから、もっとゆっくり見て行こうよ」
事情を知らないルイスは、その買い物の仕方に異議を唱える。
そんなことは知らないと俺は店員を急かすが、店員は乗ってくれない。
「あのっ! 早く案内を……」
「すみません、オルヴェールさん。店長に来たら止めておけって言われてるので……」
と、営業スマイル。
「――ひっ!?」
既に手を打たれていたようで、上ずった声を上げて、恐怖する。
「そんなこと言わずにお願いします! あの人が来たら――」
「来たら……なぁ〜に?」
悪寒が走る。その声をする方へそっと向くと、この店での俺の心の傷の原点が姿を見せる。
「来てくれて嬉しいわ! リリアちゃん♡」
そうウインクして声をかけてくるのは、ここの店長兼デザイナーのラヴィ。
見た目は金髪ツインテ、バッチリメイクのギャルにしか見えないが、これでいて仕事はかなりできるようで、店員のみならず、聞いた話では貴族達、何だったら姫殿下にも支持されるランジェリーを提供している。
「お、お久しぶりです、ラヴィさん……」
ずいずいとモデル歩きで迫ってくるので、それに合わせて後ずさる。
「ああん! そんなに怖がらないでよぉ。……ラヴィちゃん傷ついちゃうわ」
そんなこと微塵も思ってないくせに。
俺はラヴィに挨拶を終えると、店員さんへくるりと向き直し、
「さ、店長さんとも会ったし、さっさと決めて会計に――」
「何かぁ、急いでるの?」
「はい! 今日は急用がありまして、忙しいんです!」
とにかくこの人と関わっちゃダメだ。目も合わせたらダメだ。
ひたすら視線を逸らしつつ、流していると……、
「本当のところはどうなの? シアちゃ〜ん」
「ん?」
すっかりウインドショッピングをしているアイシアは、話しかけられると、きょとんとした表情で、
「今日はリリィの女子力アップのお買い物だよ!」
天然はそう答えた。
「あら〜っ! それは忙しいわねぇ〜♡」
わざとらしさが含まれる茶化しが入った。
この人、アイシアが素直に答えるとわかって、わざと聞いたなぁ!
悔しさを滲ませるが時すでに遅し。
「じゃあ是非、ウチでも女子力上げてってね♡」
全力で遠慮したい。物によっては女子を超える。
わかってます? 女子力ですよ。じょーしっ!! 下着だなんて女子力とは紙一重でしょうが!! この人には前回、散々際どいヤツを着せられたんだからね!
そもそも女子力って何? 必要なの? これ?
困惑する中、ラヴィが店員に例の物をと指示を出す。
「じゃ、じゃあこっちの店員さんに見てもらうので……ラヴィさん忙しいでしょ?」
「あら、大丈夫よ。貴女に用事があるんだもの。それも私のお・し・ご・と」
すると、ラヴィに言いつけられた店員が何か黒い下着を持ってきた。
「――店長! お待たせしました!」
「そう! これよこれ。これを――」
パッと店員から下着を受け取ると、俺に向かって見せつける。
「試着して、モデルさんになって欲しいの♡」
「――全力でお断り致します!!!!」
魔人に対して見せた、鬼気迫る表情で断固拒否する。
前回、リュッカを救出した後辺りに、日用品の買い出しついでに勇気を振り絞って入ったこの店に、俺がどれだけ後悔したことか。
この店長に手八丁口八丁に色んなランジェリーを着せられ、モデルにまでされて、もうズタズタよ。
それなのに……!
「――ていうか、そんな黒い下着なんて着られません!!」
そのハンガーにかけられた黒の下着は、色っぽいレースで編み込まれた大人な下着。
とてもじゃないが、女子力を感じない。セクシー路線は女子ではなく、女性ねっ!!
「あら、女の子なんだもの……こんな勝負下着くらい持ってなくっちゃね?」
「……持ってなくて大丈夫です」
「それにこれは貴女を元にデザインしたのよ」
「わ、私?」
「そうよ、世間じゃ『黒炎の魔術師』なんて呼ばれてるそうじゃない」
すると試着してほしい下着をずいっと目の前に近付ける。
「このレースとか炎をイメージしてデザインしてみたの。……この黒い魅惑で殿方を誘い出し、燃えるような営みに永遠の火を灯す……黒炎に相応しいシチュエーションでしょ?」
何言ってんのこの人、と思いながらそのブラを見ていると、その後ろに隠れて紐のような物がちらつく。
俺はそれに驚愕する。
「あの……下はどうなってるんです?」
「ふふふ……そ・れ・は、Tバック♡」
「――ひぃっ!?」
無理無理無理無理無理無理ぃっ!!!! 普通のですらやっと慣れてきたのに、そんな普通の女の子でも躊躇するような下着なんて、俺には無理ぃ!!
「これで意中の殿方もイチコロよ!」
「――そんな相手は居ませんし!! 着ません!!」
というかイチコロは古いっ!!
「大丈夫よ。今はいなくてもいずれ必要になるわぁ。それに女子力アップにもなるしね」
「なりません! 絶対なりません!」
「あら、女の子らしさを磨くという意味では、正しいわよぉ」
そうなの!? これも女子力アップなの!? ねえ、女子力って何!? 誰か教えてぇーーっ!!
ラヴィの粘着質な問答に困惑する。言葉巧みに誘導されている気がする。
すると、背後から俺の肩を押す。
「ささ、気が変わらない内に――」
店員さんがシャッと禁断の幕を開ける。
「試着室へどうぞぉ♡」
「気が変わらないって、着るなんて一言も……」
グイグイっと強引に押し進められる。
「さあ、さあ……」
「あ、いや、あの……」
ここに来て、ヘタレチキン野郎が発動中。
抵抗しようにも力はあっちに軍配が上がる。魔法を使って迷惑をかける訳にもいかない。インフェルを召喚するなんて論外だ。
どうすればいい? どうすればこの状況から奪回できる!?
とりあえず助けを求めてみる。
「――アイシア! ルイス!」
必死に呼びかけるも、この二人は完全にお買い物モード。こちらの呼びかけにすら気付いていない。
「――委員長! フェルサ!」
フェルサは姿が見えない。別の店員さんに捕まったのか。委員長は照れながらも嬉しそうに店員の勧めてくれた物を吟味している。
気付く気配がない。最後の頼みの綱は……、
「――リュッカぁ!!」
近くにいて、フリー状態のリュッカだったが、ごめんなさい! 無理! とジェスチャーで答えると、店員さんの持ってきた商品に目を通した。
――み、見捨てられたっ!!
最後はダメ元で……、
「せ、先輩方〜……」
やはり期待は持てなかったようで、楽しそうな笑みを浮かべて、グット合図を送り、俺を試着室まで見送った。
「諦めはぁ、ついたぁ?」
悪あがきに説得を試みるも、
「いや、なんて言うか、まだこういうのは早いかなって。ほら十五だし……」
「あら、こういう準備は早い方がいいわよ。貴族をたぶらかすにも持ってこいだし!」
「それにえっと……」
「買えって言ってないわ。試着してみてって言ってるだけ。ね? 試着だけだからさぁ」
試着室前まで到着。待ち構えてた店員さんに手を取られ、後ろからはラヴィが押して入る。
「ささ、お着替えしましょうね♡」
待って! 女の子でも着るのに勇気が必要な物を元男が着る勇気なんて湧く訳がない!!
俺は次々と脱がされて、
(もう……やめてくれええええーーっ!!!!)
抵抗も虚しく、着せられてしまったのは言うまでもない。そして――、
「もうあの店には行かない。もうあの店には行かない。もうあの店には行かない。もうあの店には行かない――」
俺達は店を後にし、俺はぶつくさと念仏でも唱えるように、路地の隅っこでふてくされていた。
「やさぐれちゃった?」
「拗ねちゃった?」
「はは……」
「リリィ、ほらもう大丈夫だからさ」
「もうあの店には行かない。もうあの店には行かない――」
「リリア、壊れちゃったね……」
「ま、まあ確かにあれはわたくし達でも着るのはちょっと……」
すると、すんっとフェルサは鼻をひくつかせる。
「サニラ」
そこには買い物袋を抱えたサニラがいた。
「あんた達、また会ったわね。今度は――」
「もうあの店には行かない。もうあの店には――」
「……どうしたの?」
放心状態の俺を見て、気を使うように尋ねると、リュッカ達は説明。
「ああ、あのお店か。私、行ったことないのよねぇ。敷居が高そうっていうか」
「私もそう思ってたんだけど、そんなことなくてですね――」
どうやらルイスは気に入った物が買えたようだ。俺とは違い、満足げな表情でサニラに店の印象と満足度を語る。
「えっと……誰?」
とは聞いたものの俺達の友人と聞くと、感心しながら聞き入るサニラ。こうして口コミで広がるのだろうか。ネットがなくても人の噂とは侮れない。
「それで? サニラちゃんは買い物?」
「まあね。最近、よく食うのがいるから大変よ」
「お父さん?」
「あいつは別ギルドでしごいて貰ってるから知らない。遠方に行ってるみたいだし……」
相変わらず父親とは不仲のようだ。
「私達も別のところに移動も考えたんだけど、バークとグラビイスさんがね……」
「二人がどうかしたの?」
ひと息漏らすと、聞いてくれとばかりに話し始める。
「ほら、あのバザガジールっていう奴にやられたでしょ? あれ以来思うことがあるらしくてね。今も魔物の生息域で特訓中よ」
魔人の事件以来、魔物の数がタイオニア付近では激減したとのことだが、魔物の討伐に加えて、二人で特訓しているとのこと。
バザガジールについての影響は殿下達やアルビオだけに限った話ではなかったようだ。
それだけあの男の存在は絶大ということだろう。
「おかげで私達はこっちで雑務任務をこなしつつって感じなの」
不満げな言葉を漏らす。だが、聞いているとこの不満は仕事だけではなさそうだ。
「……もしかしてバークとあんまり話できてない?」
「――なっ!? べ、別にそんなことないわよ。む、むしろせいせいしたって言うか……まあ、ちょっとは……気にもなるけど……」
ナタルさん、これが本場のツンデレというやつです。
べ、別に気にしてないんだからね! みたいな言い回しに、一同苦笑い。
「あん! でもでも、そんな頑張ってる彼の横顔も素敵……みたいなぁ〜」
「そんな危なげな彼に献身的に尽くしたい〜みたいな?」
初対面の先輩方も構わずに、ツンデレさんを揶揄うように攻撃。
図星を突かれたようで、一気に赤面するサニラは思わず――、
「――そんなことないわよっ!! あんな奴っ!! ――ていうかあんた達誰よ!!」
最後のツッコミはごもっとも。ただ前者は強がりだろう。
気を失っていたバークに駆け寄り、あれだけ自制心を崩せば、否応にでもわかる。
先輩方は軽く自己紹介を済ませると、俺達にやっているように、面白がりながら問い詰める。
「そのバークって子が気になって気になってしょうがないんだよね?」
「強がっちゃってぇ〜。可愛い〜」
「あの、そろそろやめた方が……」
今にも噴火しそうなくらい頭から湯気を出すサニラはついに――、
「――うるさああああーーいっ!!!!」
大噴火を起こした。
「あああ、あんた達ね! いい加減にしなさいよっ!! 人をおちょくるのも大概にしないと……」
凄い魔力がサニラに集まっていくのがわかる。
「――わああっ!? ストップ! ストップ!」
その場の全員でサニラを鎮める――。
「――まったく……」
とりあえずあの場を収束。ナタルはキツく先輩達を注意して、場所を移しがてら話をすることに。
「ジードさんやアネリスさんは?」
「私と一緒で雑務。さっきも行ったけど、この付近は魔人事件の影響で魔物が激減してるから、仕事が来ないのよ。アルメリア山脈辺りは後衛である私達だけじゃ、無理だしね」
魔物の討伐にせよ、素材の回収にせよ、前衛がいないと危険だからと動けないでいるらしい。
「こっちの前衛陣もこれだけ触発されてるんだから、さぞあの化け物と戦り合った勇者の末裔も必死こいてるんじゃないの?」
すると、ルイスはしゅんと凹む。
「……はい。最近なんだか、ピリピリしているような感じで、元々真面目な人なんだけど、さらに真面目になったというか、真剣味が増したというか……」
アルビオとのパートナーであるルイスはこう語る。
おそらく特訓にかなり熱が入っているのだろう。この物言いから上手く息抜き出来ていない印象を受ける。
「そうだ! だったらさ、バーク達とアルビオを合わせて特訓させたらどうかな?」
「え?」
「あの三人は特にバザガジールに触発されたから、意気投合しそうだし、慣れない相手だからこそ、私達が割って入れることもあるんじゃない?」
みんな俺の意見に感心を向けて、ほお〜と声を合わせる。
「……なるほどね、それはいい考えかも」
日程をアルビオ側に合わせるとして、話が進んでいくも……、
「あのさ、そんなんだからリリアちゃんは女子力ないって言うんだよ。ここはさ、サニラちゃんの恋バナで盛り上がるところでしょ?」
俺の話に異を唱えるユーカ。まだ懲りてないらしい。
「――なっ!? 恋バナって……!!」
サニラもいちいち反応しない。
……可愛いけど。
「頑張りすぎてる男子の為に行動する。これは女子力あるんじゃないですか? 先輩?」
「――うっ! 言われてみれば……」
自分でこんなこと言いたくなかったけど、黙らせるには必要だよね。
「まあ、貴女の場合は友人としての方が――」
「お願い! 黙ってサニラ!」
上手く誤魔化してるんだから、そんなこと言わない。
頑張るのは良いことだが、周りに心配をかけるのは良くない。何事もほどほどが一番。
「とにかくアルビオの方はルイス、よろしくね」
「はい!」
「連絡役は任せて」
フェルサが、むんっとお返事。
「オッケー! バーク達には私から伝えておくわ」
「せっかくだからみんなで集まりたいね!」
「じゃあ――」
女の子同士、色々と計画が組まれていく。
自分がその立場になるとは思わなかったが、楽しそうに計画が組まれていく以上、きっと上手くいくと確信を持てるのであった。




