03 黒炎の魔術師
肩書き、通り名、称号……所謂その個人のもう一つの名と呼んでいい名前。
俺はそれについて悩んでいることがある。
――最近、街に行く回数を減らしている。極力は自分の知り合いだけに会うようにしている。
不用意に街中で顔を見せることは避けているが、生活している以上は避けられないのもまた事実。
というのも、魔人の討伐によって、リリアの存在は大きく知られることとなった。
貴族達にも、田舎娘だからなんてこともなく、以前参加したパーティーで挨拶されまくったのを覚えている。
今まで、勇者という男のヒーロー像は存在していたが、女のヒーロー像は存在していなかった。
その影響もあって、アルビオより俺の方が目立ってしまったのだ。
まあアルビオの場合はバザガジールの件があるから、伏せたという意味から広まらなかったのだが、元々知名度はあったし。
つまりは新しいヒーロー像として、新鮮味があると持ち上げられているのが、俺だ。
可愛らしい女の子で、頭脳明晰、成績優秀、度胸もあり、気取らない性格……あれ? これ俺か?
元男だった時とはえらい違いだ。俺もだいぶ様変わりしたように感じる。
まあ女になった時点でお察しなのだが。
そのヒーローとして持ち上げられること事態は嫌じゃないのよ。人間だもん! そりゃあヨイショしてくれれば嬉しいし、浮かれるよ。
しかし、
「あっ! 黒炎の魔術師だっ!!」
「――げっ!?」
町中を歩いて見つかると第一声にかかる言葉が『黒炎の魔術師』だ。
フードを深く被っても、銀髪の長髪なもんだから、どうしてもフードからはみ出るし、歩いているとフードも少しずつめくれていくもので、あっさりチャームポイントの銀髪が顔を覗かせる。
この国では銀髪は珍しい。見つけるのは容易だし、認識は難しくない。
見つかると子供達や周りの人達も集まってくる。
「すげぇー!! こくえんのまじゅちゅしさまだぁー!!」
「魔人を倒した、こくえんのまじゅつしさま〜」
「こくえんのまちゅちゅしさん、どうやったらそんなに強くなれるの?」
小さな子供達に囲まれたらもう、身動きなんて取れない。というか、カミカミだな。
そして、周りの方々も、
「ありがとう、黒炎の魔術師様」
「すげぇーな、黒炎の嬢ちゃん」
などなど、取り敢えず――、
「黒炎をつけるなぁああっ!!」
大きなため息をついて、食堂のテーブルにドカンと顔を埋め、ふてくされる。
「はは、大変だね。リリアちゃん」
「ええ〜、カッコイイと思うよ。黒炎の魔術師」
「――カッコ良くない!!」
そんな中二病丸出しの名前なんてやだぁ!! 恥ずかしい。
「まあ貴方も大変ね」
「そうね」
「うう、他人事みたいに……」
「「他人事だから」」
「――うっ!」
珍しく息のあったナタルとテテュラ。そのツッコミにさすがにたじろぐ。
「えっと……黒炎の魔術師に、銀髪の魔術師。あとは……」
「黒を司る者とか、悪魔を従えし者とか……」
「女勇者とか、フレイムマスターとか……取り敢えず、肩書きが多いわね」
フェルサから指折り始めて、これだけの肩書きで呼ばれている。代表的なのは『黒炎の魔術師』である。
何せ冒険者達の目撃証言のインパクトが黒い炎であるよう。……そう、まるで焼き付いたかのように――魔人が黒炎の中、悶え苦しむのを反省しろと仁王立ちしていたのが印象に残ったようだ。
「せめて銀髪の魔術師か女勇者にしてぇ〜」
そっちならまだマシだから!! そんな嘆きが届くはずもない。
「まあまあそんな嘆きなさんな。そんな時こそアレだ」
「あれだね〜」
意外と気に入ってるんでしょ? と両先輩方は決めポーズ。
「闇の炎に〜」
「だかれて〜」
「――せ〜ん〜ぱ〜い〜が〜たぁ〜っ!!!!」
俺がカースド・フレイムを考案した時の悪ふざけを再現。
やった俺も悪いが、
「やらないで下さいって……」
ヒュンと杖を出すと、ボオっと黒い炎が灯る。
「言いましたよね?」
「は、はーい! わかりました、思い出しました!」
「もうしませ〜ん」
焦りながらどうどうと説得する先輩方。
「闇の?」
「抱かれて?」
「二人は復唱しなくていいっ!!」
いかん、このままでは黒歴史が生まれそうなので、話を逸らすことに。
「そ、そんなことより、アイシア。ポチはどうなの?」
「あ〜、ポチ?」
あの事件から数週間。そろそろ夏季休暇に入ろうとする今日この頃、成長目まぐるしい一匹のドラゴンがいる。
「今度、ポチと飛行訓練するよ」
ポチは皆さんがよく想像するようなドラゴンの大きさまで、あっさりと急成長。
首は長く、胸には立派な胸筋に腹筋は板チョコ。その重い筋肉をしっかりと支える強靭な脚。翼も大きく成長。広げた時の迫力は凄かった。
あんな巨大な翼を持って飛んでいた時代が、向こうにもあったかと思うと驚愕である。
極め付けの顔も、あのクリクリした可愛らしい面影はなく、精悍でシュッとした顔立ちになっていた。
俺の知っているポチはどこへ行ったのか。俺を背中に乗せて懸命に走ってくれた健気なポチはどこへ行ったのか、ちょっと探したくらいです。
――その立派に育ったドラゴンを見上げながら、アイシアは、
『いやぁ……』
くるっとこちらを見たかと思うと、ブルブルと震えながら、安心の言葉を口にする。
『ちゃんと教育してて良かったぁ〜』
主人に似て、抱きつき癖があったポチ。確かにあの大きさで抱きつく、それ以前に――、
『良かったわね。その教育が出来ていなければ、貴女、今頃はトマトみたいにグチャっと逝くわよ』
――とテテュラがさらっと言っていたのを思い出す。
『……やめて、テテュラちゃん』
『うん。マジで洒落にならん』
その場にいた俺達が青ざめた顔をしてツッコんでいたのもいい思い出だろう。
友人が可愛がってと、寄ってくる召喚魔にグシャリはマジで洒落にならん。
――でも飛行訓練とか必要なんだと思った。
向こうの世界の作品じゃ、取り敢えず乗れば飛ぶみたいな感じだったからね。
でもよく考えたらリアルで急に馬に乗れないように、ドラゴンなんて論外だよね。
「それを委員長と一緒にね!」
「えっ? 委員長も?」
委員長は止めろとのお決まりを頂いた後、その理由を説明。
「本来、ドラゴンに騎乗するのは風属性持ちの人がほとんどなの。……まあ落下の救出要員を引き受けたのよ」
他属性のドラゴンの騎乗はできるし、訓練次第では風属性並みの飛行も可能。
しかし、飛行訓練はわかる通り、空を飛ぶものなので、落ちる時のことを考えると、中々他属性が騎乗訓練が進まない理由でもある。
まあそれでも龍操士に憧れる人達は多いのだが、何よりの問題はそもそもドラゴンは希少種であるということ。
性格もほとんどが気難しく、自分が認めた相手以外には懐かない性格をしていること。
契約自体が難しい挙句、できたとしても信頼関係を築くのに相当の時間がかかる。プラス、空を飛んでの騎乗訓練だ、中々ハードである。
だがアイシアは幼体の時からなのか、相性がいいからなのか定かではないが、ある程度の条件をさらっとクリアしている。
だがアイシア自体が万が一を想定した、防止対策が講じられず、ナタルに白羽の矢が立ったというお話。
「まあ確かに火属性魔法じゃ、対策は難しいか」
「出来なくはないらしいけど、まあ風属性よりはね」
「でも、シアがドラゴンの騎乗だなんて……田舎にいた時は想像もしてなかったよ」
「そうだね〜、私もビックリだよ」
馬には乗れていたが、まあドラゴンに乗るなんて、普通考えられないよね。
「というか、そもそも東大陸でドラゴンの騎乗自体が珍しいのよ。西は結構いるらしいけど……」
ナタルはちらっとテテュラに視線を送ると、気付いたのか、軽く頷いた。
「とはいうけど、アルミリア山脈向こうの国、ドュムトゥスからコーチが来るらしいわね」
「うん! 殿下がアポ取ってくれたんだって。夏季休暇期間に練習だって」
ファンタジー世界に転移したんだ、ドラゴンの騎乗にはめちゃくちゃ興味がある。
というかドラゴンに乗らずしてファンタジーは語れない。
インフェルの眷属に龍種っているのかな? ちょっと検討してみよう。
「ねえ、その練習は観に行っていいの?」
「勿論! というか観に来てよ!」
不安というより、楽しみを共有したい的な言い方。緊張感とか不安とかあんまり無さそうに語る。
肝据わってるわ……。
「あ、じゃあ里帰りは……」
「うん、ちょっとシア次第かな?」
俺とアイシア、リュッカは同じ方向で、アルミリア山脈も近いことから、パラディオン・デュオの為の特訓もしようという話もしていたのだが、アイシア次第だが、夏季休暇の後半あたりになりそう。
「まあ信頼関係は、普段の貴女を見ていれば問題無いようですし、意外とすんなり乗りこなせるかも知れないわよ」
「そうかな?」
「でもいいの? 委員長。魔人の件もあって、やらなきゃいけないことあるんじゃないの?」
魔人の脅威もあれだけの魔物が動いたせいか、魔物達も動きが軽減したからこそ、街の手伝いをするものとばかり思っていたが、
「大丈夫ですわよ。お父様やお母様がしっかりやっていますし、それに……」
ナタルは少し顔を紅潮させる。
「彼女には借りがありますから……まあ、そういうこと、よ」
ツンデレ発動。まあ本家ほどではないが、キュンとくる態度とセリフをありがとう。
確かにアイシアに慰められてたからね。
「ありがとっ! 委員長!」
堪らず親愛のハグ。外国人かな?
「貴女のその抱き癖なんとかしなさい! あと、委員長はやめなさいと言っているでしょ!?」
そんなキャッキャウフフを遠巻きに見ているテテュラがさらっと、
「名前のちゃん付けで呼ばれたいそうよ」
「――なっ!?」
「あっ! そうなの?」
魔術書だろうか愛読書だろうか、本を片手にそう語ると、ナタルの顔はさらに赤面。
「そういうことでは――」
「じゃあ……可愛く、ナっちゃんはどうかな?」
「――なっ!?」
う〜ん……どこかで聞き覚えがあるような、無いような……うん、気のせいだな。
「何ですか!? その呼び名は!?」
「ニックネームだよ。その方が親しみやすいでしょ?」
ここから、天然対ツンデレ(初心者)の戦いが始まる。
まあ、結果は火を見るよりも明らかだが。
「そんな恥ずかしい呼び名は嫌よ! というかテテュラさんも余計なことを言わないで下さい!」
おっと、ここでいきなり身代わりを発動。だが、果たして受け止めてくれるのか!?
「あら? 違ったの?」
あっさり受け流したぁーっ!!
「ええ〜、でも可愛いでしょ?」
か〜ら〜の〜、この流れをあっさりスルー。天然の必殺アビリティ【スルー】。
お、恐るべし。
「――っ」
この必殺アビリティの前に、ツンデレ初心者はなす術もなく、赤面し、羞恥に晒される。
これは大きなダメージ。
「あ、貴女! リュッカさんのことはリュッカと呼び捨てているだけで、可愛いらしい呼び名ではないじゃないですか!?」
おっと、今度はリュッカを持ち出した……ん? 確かに言われてみればそうだ。
俺はリリィで他の人は大体、君ちゃん付け。単につけづらいというのもありそうだが、その真意とは!?
天然の答えはっ!?
「えっ? リュッカはリュッカだよ」
あっさりと、きょとんとした当たり前でしょ? みたいに答えた。
答えになっているようで、なっていないような……でもわかるような?
リュッカは軽く微笑む。
「ふふ、小さい頃からの呼び方だから、今更変えなくてもね」
「――そうそう!」
二人は幼馴染だからこそだと言う。信頼し合っている証拠だろう。
「でもさ、リュッカはシアだよね?」
「それも昔の名残りだよ。シアは昔から親しまれてたから、特に私の周りではシアって呼んでる人の方が多かったから、その影響でね」
一同は二人の幼き日々を垣間見るように、ほうほうと感心する。
「という訳です!」
アイシア、ふんぞりドヤ顔。ナタルは納得はしたものの、どうしたものかと唸っていると、
「じゃあナっちゃんって……」
「――まっ、待って! せめて……」
赤面しながらそっぽを向くと、
「な、ナタル……ちゃんにしなさい」
ここでツンデレ妥協案を提案。さあ勝敗の行方は!?
「う〜ん……うん! わかった! じゃあそうしよう! ナタルちゃん!!」
「――だ〜か〜ら〜、やめなさい!!」
抱きつき攻撃は躱せないのと、妥協による降参宣言で、アイシアの勝利!!
まあこうなるって誰もが予想はつくだろうけど。
「良かったね、委員長」
「――貴女は変えないのですねっ!!」
俺は女の子をちゃん付けはちょっと気恥ずかしい。まだ呼び捨ての方が気楽でいい。
勿論、外見が男だったら、絶対さん付けだったが。呼び方って割と重要だからね。
「それで呼び名の話に戻るけど……」
「呼び名?」
「確か……ファンクラブだったかしら? 銀髪の女神やら、蒼眼の女神とかはいいの?」
彼らはそう信仰してるらしいけど、と言われた。
「いや、それはそれでちょっと……」
一回、そのファンクラブとやらと接触して、腹割って話した方がいいのかな?
正直、俺はそこまで情熱を注ぐことはなかったから、わからない感性ではあるが、行き過ぎない為にもね。
女神と呼んで信仰されても、どう反応すればいいかわからん。
「今度、どんな感じなのか聞いてみるよ」
「アシストだったかしら?」
「うん。技術校の生徒と組んでるからさ――」
ここからパラディオン・デュオの話や新作魔法の話などをしていたのだが……、
「――話の内容に女子力が、なあぁいーーっ!!」
「――わあっ!? ビックリしたぁ」
ユーカは、ガタンと椅子から素早く立ち上がり、テーブルを叩く。
「いい! リリアちゃんはそれだけの呼び名をされるほど、今注目の存在なの! それなのに、パラディオン・デュオの対策だの、新作魔法だの……女子力を意識しろ! 女子力を!」
そう言われても、中身は男なので女子力なんてわからん。
「まあそのパラディオン・デュオの話だって、浮いた話もないしね」
俺があのカミカミ男とそんな関係になることは無い。
「でも、女子力なんて必要ないでしょ?」
そもそもこんなに可愛い容姿なのだ、必要性を感じないが、
「あるね」
どうやら説教モードに入る模様、逃げたい。
「――あるに決まってるでしょうがあっ!!」
「ひいぃっ!?」
「見なさいっ!」
ビッと指差す方向には、テテュラが座っている。
「彼女のあの色気を理解出来るでしょ? サラツヤな髪に、あのキリッと、凛とした顔立ちからの、流すように書籍に視線を向け、肘をつく仕草とあの眼差し。テーブル下ではあの綺麗なおみ足が組まれ、色気を放つ太もも。からの上品な物言いの女言葉よ!」
さながら美人女教師に聞こえてきた。すると次はアイシアを指す。
「アイシアちゃんも見なさい! その豊満なスリーサイズに加えて、まだあどけなさが残る顔立ちに……合わせてのぉ〜、さっきのやり取りの可愛らしい性格!」
まあ女子力と言われれば説得力があるとは思うけど、アイシアみたいになれは無理。
「ナタルちゃんは貴族嬢としての女子力プラスツンデレ! フェルサちゃんは、守ってあげたくなるような華奢でスレンダーな身体付きからのケモ耳っ娘!」
「――なっ! ツ、ツンデレって何ですか!?」
「私こそ女子力無くない?」
まあ待てとツッコミをスルー。
「そして……リュッカちゃん!」
「へ?」
「男の子受けしそうな素朴な女の子からの、お洒落に気を使い始めたのか、前髪を伸ばし始め――」
「あぁ! あのっ!!」
恥ずかしくなったのか、慌てて止めに入るが、それもスルー。
「メイクや服装なども気にして見ているプラス、勇者の末裔君との噂話も――」
「ないないないっ!! ないですからぁ!!」
この中で一番女子力があるのって、リュッカだったね。
「それに比べて、どう? 貴女は外見だけで、性格はどちらかと言えば男の子っぽいよね?」
まあ男ですし……とは言えない。
「は、母親似かな?」
「――そんな訳あるかぁーーっ!! いくらそうだったとしても、女らしさくらいあるわっ!!」
「うひぃっ!!」
「いい……貴女はそんな美しい髪をしながら、弄らないし――」
出来ないし、やったとしても後ろを軽く結ぶくらい。女子の髪型は色々あるのは知ってるが、やり方なんて知らない。
「そんな可愛らしい外見のくせに、お洒落はしないし――」
これも髪型同様、女の子らしさなんて勉強してないし、しようとしないから無理。
というかあるのでいいよ。
「挙句に魔人を倒すわで、女子力なんて、てんで無いじゃない!!」
「いや、魔人倒すのなんて、男女関係――」
「あるわぁーーっ!! 普通、勇者の末裔君の見せ場でしょうが!! 聞いた話じゃ、自信満々の主人公みたいに圧倒して倒してみせたそうじゃない!!」
そこは若干の脚色が。
確かに黒炎で焼き尽くしたのは事実だが、魔術師団の皆さんやバークやサニラ達がいなければなし得なかったんだよ、なんて言っても聞かなさそう。
「そこは勇者の末裔君に肩を抱かれながら助けられたよ! くらいありなさいよっ!!」
抱かれてはいないが、両横から男性二人に助けられましたよ。
話しても納得しないと思うので言いませんが。
「まあ、仇を倒してもらっておいて、アレだけど……ずぼらよね?」
「――うっ!」
「確かにリリアちゃん、シドニエ君達との会話とかもどちらかと言えば、男友達って感じだよね?」
「――ぐうっ!」
だって、仕方ないって。いくら女の子らしくしようとか考えたって、気恥ずかしいし、わかんないしでどうしようもないし……。
「でも、そういうところがリリィらしいけどね」
「アイシア……」
アイシアがフォローを入れてくれるも、その話を聞いていた寮長テルサが、ちょっと疑問混じりに語る。
「あれ? でも聞いた話だと、受験の時は何やら人見知りさんだったと聞いていましたが……?」
「そうなんですか?」
「はい」
それはそうだ。実際、中身は違うのだから。
まさかこんな話をしていて、またぶり返されるとは思わなかった。
「いや、ほら……みんなのお陰で自信がついたというか……ね?」
あまり触れられたくないと悟ったのはテテュラ。
「……まあそうね。環境が劇的に変われば、変わるわよ」
そのフォローに、ほっと胸を撫で下ろすも、どこか寂しげに聞こえた。
だが……『環境が変われば、変わる』か。
俺にピッタリの言葉だ。俺の世界は変わった。
向こうでは、チビでゲーム好き、勉強もそこそこに、人助けとかは親切心で出来る程度。友達は男だけのどこにでもいる平凡な男子高校生。
でもここでは、性別どころか自分すら変わり、環境は完全にファンタジー世界。
ゲーム知識でのファンタジーの想像から、魔法の勉強や魔物の対策、対人戦までを知らなくてはならず、性別が変わったから友人も今までと変わってくる。
女友達なんて、しかもこんなに沢山――まあ女なんだから、自然とそうなるのはわかるんだけど。
人助けなんて環境常識が違うのだ、規模も変わってくる。
魔人なんてボス級の魔物を倒せば英雄扱いなんて、こっちがビックリしている。
だが、変わらないこともある。
それは――俺がまだどこかで鬼塚だと思っていることだ。
九割方諦めてはいる。だけど、まだ戻れる可能性を残しているからだろう……俺はまだリリアになろうとはしていない。
だから、俺はまだリリアの身体を借りている感覚なのだ。
俺が転移したきっかけとなったであろう魔法陣。アレを書き写した物が部屋にある。
俺が俺でいて、リリアでいない理由……だからこんな話を振られると怖くなる。
俺の本当の居場所は、この異世界には無いって。
周りにこんなにも優しい友人に囲まれているのにも関わらず、怖くなるのだ。
「リリィ?」
「へ? あ、うん」
「大丈夫?」
「あ、ああっ、ごめん。テテュラの言う通りだよって、ちょっと考えごと」
ユーカはそれはわかったけどと指を指すと、それとこれとは別と話を切り出す。
「とにかく、今リリアちゃんは王都では女の子の憧れみたいな存在になってるの。リリアちゃんだって小ちゃい娘に、どうやったらお姉ちゃんみたいになれるの〜って聞かれたでしょ?」
ずずいっとにじり寄られながら、圧をかけられる。
「は、はい。まあ……」
「みんなリリアちゃんの外見上、魔法だけじゃなくて生活面とかも女の子らしいって見られてるわよ。きっと」
まあそうだろうなぁ……。
同意している表情をしていると、その自覚はあるんだとユーカは畳み掛ける。
「女の子は内面もしっかりしてなくちゃ。……という訳で、第一回リリアちゃんの女子力上げちゃおう選手権の開催をここに宣言します!」
「は? ――ええええーーっ!!」
という訳で、何やら魔人討伐よりも大変そうなイベントが発生する模様です。




