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問おう! 貴方ならこの状況、歓喜しますか? 絶望しますか?  作者: Teko
4章 ラバ 〜死と業の宝玉と黄金の果実を求めし狂人
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42 絶望に染まる景色

 

「遅いね……」


 アルビオ達がゴブリンを追いかけてから、十分以上は経つだろうか。あれだけの猛者達が、いくら変異種とはいえ、一匹のゴブリンにここまで時間をかけるのはさすがにおかしい。


 すると、オリヴァーンが一部の騎士達を集め、ハイドラスの元へ。


「殿下、少し様子を見てきます」


「そうだな……そうしてくれ」


 先程からちょこちょこと衝突音がラバの方から響いてきている。抗戦状態なのだろうか?


 すると、向かうの方から地を蹴り走る音が連続してこちらに向かってくる。


 みんな戻ってきたのかと、ほっと安堵する一同だったが、その騎士達が抱えている人達を見て、場の空気は毛色を変える。


「――なっ!?」


 そこには怪我を負ったハセンと冒険者の姿があった。そして――、


「――バークっ!!!!」


 サニラは血相を変えて、グラビイスに抱かれたバークに駆け寄る。


「ちょっとっ!! しっかりなさいよっ!!」


 必死に呼びかけるが応答がない。グラビイスはだんまりしたまま、ゆっくりと地面に寝かせた。


「――治癒魔法術師は至急来い! 急げ!」


 ハイドラスの焦る声が響く。その彼の心境は深刻なものだ。


 何せ、腕利きの冒険者とギルドマスターであるハセンが、怪我を負い、気を失っている。


 そして、今尚その戦闘と思しき衝突音や破壊音がラバから激しさを増して聞こえてくる。


「……すまない。だが、命に別状は――」


 酷く落ち込んだグラビイスが、ボソリと呟くとサニラは憤りを抑えきれないのか、涙ぐみながら胸ぐらを掴んだ。


「――当たり前よぉっ!! 貴方がついていながら……何でっ!!」


「落ち着いてっ! サニラちゃん!」


「落ち着こ、サニラ」


 激しく取り乱すサニラをアイシアとフェルサが止めに入った。


 引き剥がされても、まだ興奮が冷めないようで、激しく息をあげる。


「何があったんですか? グラビイスさん」


 事の次第を知る騎士と冒険者達は絶望に打ちひしがられるように表情を落とす。


「黙っていてはわからん。話してくれ」


 騎士の一人がその固く閉じた口を開いた。


「……それが、バザガジールという男が現れまして……」


 殆どの人達は誰? と不思議そうな表情を浮かべる反面、その名に聞き覚えがあるハイドラス達は表情を暗く、深めていく。


「バザガ……ジールだと……!?」


「知ってる人? 殿下?」


 すると、フェルサが何やら感じ取ったのか、威嚇(いかく)するように唸り始めた。


「ラバの方にヤバイのがいる」


「ヤバイのって……」


 そう言われたので、俺も感知魔法を使ってみることに。すると――、


「――なっ……!?」


 ラバから離れたこの場からでもわかる、(おぞま)しく凄まじい魔力を感じて、思わず身震いする。


「どうしたの? リリィ?」


「な、何かヤバイのがいるよ! ホントに!」


「――下手に魔力感知をするな! 呑まれるぞ!」


「何なのあれ!?」


 この魔力の正体を知る人達に事情を聞くと、とんでもない事実を知ることになる。


「バザガジール……強者を殺すことを生きがいなどとぬかす殺人鬼だ。そのせいもあってか各国で指名手配、ブラックリストにまで名を載せる怪物だ」


 国の要人を護衛する、強いと噂される騎士や冒険者などを片っ端から手を出し、その影響を受けて、国の情勢等も変えてしまった件まであったらしい。


 ある噂では国一つをかすり傷一つ負わずに、滅ぼしたなんて話まである。


 その為、莫大な賞金額がその首にかけられている。


「そんなこと、私達知らないわよ」


「それもそうだろ。ブラックリストは国の重鎮やSランクの冒険者にしか知らないはずだ」


 するとハイドラスは帰ってきた人達を見渡すように、キョロキョロと確認を取るが、ある男の姿が見えない。


「……おい、アルビオはどこだ!?」


「そ、それが――」


 ――ドオォーーンッ!!


 激しく建物が倒壊する音がここまで響き、一斉にラバへと向いた。


「まさか……置いてきたのかっ!?」


 取り乱しそうになるハイドラスを鎮めるかのように、手早く説明する――。


「アルビオがそんなことを……」


「……はい」


 その騎士はバザガジールとのやり取りを話してくれた。聞いた俺達も動揺を隠さず騒めく。


「くっ……」


 ハイドラス達の気持ちは複雑だ。


 噂の殺人鬼を相手に戦っているアルビオを救いたいという気持ちはあるのだが、これ以上の怪我人を出したくないというアルビオの気持ちも汲み取ってあげたい。


「助けにいこう。アルビオは、ああ言ってるらしいけど、命には変えられない」


「いや、待ってくれ。俺達は直接見たからわかるが、あれは本当に相手にしちゃいけない」


 賛否要論、意見が飛び交うが、実際、ここにいる戦力どころか、国中の騎士や冒険者をかき集めても厳しい相手だということをハイドラスは理解している。


「オリヴァーン……」


 苦渋の選択から決断したようだ。重い口取りで指示を出す。


「お前達は差し支えない程度の場所から、ラバの街付近にて待機。アイナ達は空から戦闘の様子を確認してくれ」


 風の魔術師団にもバザガジールに差し支えない程度の距離からと釘を刺す。


「そんなことって……!」


「助けにいかないんですか!? 殿下!」


「あのままアルビオさんに戦わせたら……」


「――わかっている!! そんなこと!!」


 悔しさ混じりに怒号をあげる。説得しようと声をかけたアイシアとリュッカ、助けにいこうと立ち上がった俺も思わずたじろぐ。


「……すまない。だが、これが……最善なのだ」


 悔しさを絞り出すように言葉を吐き出す。


「私だってアルビオを救ってやりたい。だが、奴は最強とまで呼ばれる化け物だ。ここにいる者達に死んでこいとは言えない」


 それならばせめて、一番被害の出づらい今の状況のままの方が良いという。


「特にオルヴェール、お前はダメだ」


「何で?」


「さっき話しただろ? 奴は強者との殺し合いを望む者……魔人を倒したお前も対象にされる可能性がある。奴は肉体型だ……精神型のお前では歯が立たん」


 精神型でも近接戦が決して出来ない訳ではないが、俺はそんな特訓をしてはいない。


「だったらインフェルは?」


「……それも無理だろう。確かにインフェルノ・デーモンは強力な存在だ。実際この悪天候でなければ、魔人になりたてだったマンドラゴラより強かったろうが、奴は別格だ」


 現状としてこちらからは見守ることしか出来ないのだと言われた。


「……いざとなったら頼むぞ」


 例え無謀であろうとも友人の命を助けて欲しいと真剣な眼差しで命令する。


「はっ!」


 それを悟ったオリヴァーンは小隊を引き連れ、向かっていった。


 そしてアイナ達も指示に従い向かおうとすると、


「すまないが私も乗せてくれないか?」


 やはり気になるようで頼むが、周りはあまり乗り気ではない。


 そりゃあそうだ。殿下の御身に何かあればそれこそ一大事だ。


 ましてや最強と言われる殺人鬼がいる現場の空中を飛ぶ訳だ、何が起こるかわかったもんじゃない。


 だが、殿下の気持ちもわからないではないと、渋々ではあるが了承した。


「私もご一緒致します」


「気を付けろよ、野菜頭。殿下は任せるぞ」


「貴方こそ、ちゃんと仕事して下さいね、軽薄男」


 お互いやるべきことを嫌味混じりで、言って聞かせると、アイナは殿下を乗せ、ハーディスを横に護衛に添えて空高く飛んでいった。


 自分も連れて行って欲しかったと、どこか寂しげに見送ったリュッカの肩をアイシアが叩く。


「大丈夫だよ。アルビオ君強くなってるって、言ってたよね?」


「シア……」


「そうだよ、リュッカ。信じてあげよ」


 かつてない強敵との対峙に何とか力になってあげたいと思うけど、今俺に出来ることは不安に思う友人を励ますことくらいなようだ。


 自分の力の無さに、歯痒い気持ちでしかいられないのだった――。


 空高く飛んだ場所の景色はラバの街が一望。だが、そこに今までの景色は存在せず、商業街は完全に戦場と化していた。


 生々しく倒壊した数々の建物、激しい魔法の唸り、鋼のぶつかり合うような硬い音が続く。


 それを上空から見たハイドラス達は圧倒される。


「アルビオ……」


 そこには圧倒的に苦戦を強いているアルビオの姿があった。


 対するバザガジールは余裕の笑みを浮かべながら、楽しげに攻め立てる。


「――ハハハハッ! いやぁ、手加減してこんなに気分が高揚するのは初めてですよ! ……まったく彼には感謝しかありません、ねっ!」


「――あっがあっ!?」


 アルビオの速さがまったく通用していない。


 正直、最初より神経が研ぎ澄まされ、判断能力と瞬発力は上がったような、急激に成長した手応えを皮肉にも感じるのだが、身体を激しく叩きつけられながら思う――この人に勝つのは勿論、魔石を奪う、それどころか擦り傷一つつけられるビジョンすら浮かばない。


 次にどう仕掛ければいいか、正に雲を掴むかのような状況に、最後のポーションを飲み干した。


「はあ、はあ、はあ……」


 荒く、早く呼吸を整えるアルビオに、絶望が迫るようにゆらりと殺人鬼は歩いてくる。


 傷も魔力も回復できるが、蓄積されるものもある。


 それは、肉体的疲労と精神的疲労……この二つが彼を追い詰める。嫌でもバザガジールの言う通り、死の境地へと誘われるのがわかる。


「ふふ、中々目覚しい成長を見せますがっ――!!」


「――!!」


 ヒュッと姿は消える。


 先程から何度も仕掛けられている光景ではあるが、未だに読み切れない。


 左右、上下、気配を辿るように、神経を研ぎ澄ませる。


(――右っ!!)


 ガイィンッと鋼を削るような硬い音が響く。そのまま乱戦にもつれる。


 バザガジールの肉体強化は凄まじく、リュッカやフェルサ達とは比較にならない。


 攻撃力はこの街の状況からも理解できる。防御力はこの音からもわかる通り硬く、速さもアルビオの対応が圧倒的に遅れるほどの速度を持つ。


 しかもこれでまだまだ加減されている。


 その凄まじく強化された肉体から繰り出される攻撃はまるで弾丸のよう。しかもその一発一発があまりにも重い。


 紙一重で(かわ)し、捌ききれるのは、やはり力を合わせられているのだろう。


 だが、その差を離されるのはやはり経験。


 バザガジールはヒュッと目の前から姿を消したかと思うと――、


(――っ!? 殺気!!)


 後ろからざわついた悪寒が走った。振り向き際に剣を振り対応するが、当たった感覚がない。


「殺気の使い方……ご理解できましたか?」


「――なっ!? ――ごおっ!!」


 どうやら殺気を後ろで放った後、また戻るという芸当をされたらしく、対応が間に合わず、蹴り上げられる。


 風の防壁など物ともしない。


 そのまま無防備に宙に浮いた身体に振りかぶった拳が撃ち込まれる。


「さあ、歯ぁ食いしばってくださいね」


「――があああぁーーっ!!」


 渾身の拳が撃ち込まれ、流星のように飛ばされ、地面へと叩きつけられる。


「――アルビオっ!!」


 その光景を目にしたハイドラスが叫ぶが、距離を大きく取っている為、聞こえない。


 何とか体勢を戻そうと足に力を入れ踏ん張るが、痛みに耐えかねて、震えが治らない。


 擦り切れるように襲う疲労感、締め付けられるような緊張感がアルビオを休ませはしない。


 遂に命綱とも呼べる、敵から支給されたポーションも底を尽きている。


 追い詰められている心境を知ってか、バザガジールは待ってましたと嬉しそうな笑みを浮かべる。


「さあ、身体もだいぶ温まったでしょう……ここからが本番ですね」


 必死に食らいつくのがやっとのアルビオに、今までのは慣らし程度だと告げられる。


 身体が悲鳴を上げる中、その疲労感や緊張感が集中力を高めていく。


 集中力が増しているせいか、バザガジールの振る舞いや思考を読み取る中で、一縷(いちる)の隙もないことを確信させられる。


 戦い……殺し合いの中で培われた経験、知識、技量がこの短い時間で交えながらが伝わってくる。


 これが格の差なのだと。


「どうですか? 中々味わえない刺激でしょう?」


 そう言うと、また目に見えぬ速さで攻めてくる。


 変に力が入らず、痛みが走り続ける身体に鞭を入れるように動かす。


「この命を奪われるという危機感から感じませんか? 貴方の中から湧き立つ衝動が!」


 感じている……嫌に周りが気にならない。むしろ心臓を叩く音が良くも悪くも、目の前の現実を教えてくる。


 これだけ激しく身体を動かしているせいなのは勿論、目の前にいる強敵も精神的に揺さぶりをかけてくる。


「――ふっ! ぐうっ!」


 風の防壁も極限まで魔力を削って使い、攻撃を捌くが反撃のタイミングも掴めない。


「――くそがぁっ!! ――サイクロン!!」


 フィンも援護するが、


「フンっ!!」


 二人を包んだ風の暴風も、バザガジールが地面を踏み込み、地面を陥没させるその風圧で強引に無効化してしまう。


「くそぉ……デタラメ過ぎるぞ」


 今まで自分の攻撃がこんなにも無効化される敵との交戦は初めてのこと。


 フィンも自分の無力さを滲ませる。


 そんな援護射撃など一切気にも止めず、バザガジールは拳を撃ち込む。


「ほぉら、ガラ空き」


「――があっはあ!!」


 そのまま地面に(うずくま)り、剣を杖のように立てて、体重をかけるように身を任せてつかまり苦しむ。


「うーん……動きは良くなってきましたけど、この程度ですかね〜。もう少し期待していたのですが……」


 不満げに見下して話すと、満身創痍、疲労困憊のアルビオを(なぶ)り始める。


「もう少し追い詰めれば良くなりますかね〜。人を育てるなんてやったことないので、加減がわかりません」


「ぐうっ!? があっ!!」


「――やめろっ!! やめろっつってんだろがぁ!!」


 ボロボロのアルビオから離そうと、風魔法を撃ち込み続けるが、拳から撃ち込まれる拳圧で尽く打ち消される。


「やめろぉ……やめてくれ……」


 弱々しく訴える精霊の声が気に障ったのか、アルビオを(なぶ)るのをやめて、侮蔑(ぶべつ)するように冷たい視線で近寄る。


「煩いですね、消耗品」


「だからっ! 消耗品じゃ――」


「これは失礼。役に立たずプンプン飛ぶのは蝿虫(はえむし)でしたね」


「てんめぇ……」


 顔を(しか)めて睨むが、ズタズタのアルビオを見て、更に苦悩の表情を浮かべる。


「でもやはり消耗品ですよ、貴方は。ご存知でしょう? 人精(じんせい)戦争のこと。記録では精霊側が見限ったみたいな話で通されていますが……」


 わざとらしく笑みを零す。


「あれ、ちょっとおかしいですよね?」


「はっ! おかしくなんかねぇよ。大精霊様は慈悲をかけられたんだ」


「それならおかしいじゃないですか。勝者は人間だったはずですよ」


「そ、そりゃあ大精霊様が加減されたんだ……」


 自信無さげに話すフィンに容赦なく話し続ける。


「あの戦争のきっかけは貴方のような精霊を消滅させたことが原因と記録されています。その大精霊が戦争に加減などおかしいとは思いませんか?」


「そ、それは……」


 困ったように言い澱むと、楽しげに笑い始める。


「くくくっ……どうやら大精霊からだいぶ話を盛られているようですね。これは面白い。こんな愉快な気分になるなんて……」


「なっ! 何だと! 大精霊様が嘘ついてるって言いたいのか!?」


「ええ、そうですよ」


 馬鹿にするように笑い終えると、推測ですがと始めて語り始める。


「人間を見限り、関係を絶ったと言われていますが、それは違います。人間に勝てないと悟り、身を引いたんです」


「俺達が人間より劣ってるって言いてえのか!?」


「そうですよ。……確かに存在としては貴方達の方が上位かも知れませんが、力比べとなればどうでしょう?」


 ちらっと、霞むように消える息を吐いて、懸命に立とうとしているアルビオを見る。


「ねぇ?」


「……っ」


 今までの戦闘から何も出来ないと言う証明が居ますよと、視線が語る。


「精霊は真面目で純情、素直な性格をされているからこそ、狡猾で悪辣(あくらつ)、傲慢な人間には勝てないんですよ。……先程魔人を倒した……えっと、リリアというお嬢さんでしたっけ……?」


 どうやら彼のお眼鏡に映っているのか、名前が出てきた。


「彼女も言っていたじゃないですか。悪意しか知らないお前では、善意と悪意を知る人間には勝てないと。逆も然り、ですよ?」


 善意のみを知っていても人間には勝てないと語る。


「そ、そんなことは――」


「なーいーと?」


 手招くようにアルビオを指す。


「くっ……」


「貴方が人間の上位を行くのなら、私なんて相手にもならないはず。これはどういうことですか?」


「それは……」


 全てこの男の言う通りだと、認めたくないがと悔しそうに歯を食いしばる。


「ですが、これでは貴方を消耗品とは証明されませんね」


 そう言うとフィンを殴るようで、振りかぶる。だがフィンは、はんと微笑って見せた。


 何せ精霊は思念体。姿はあれど触れるとなると難しい。


 不定形や思念体の魔物も存在するが、人間でも倒せなくはない。魔力を込めればちゃんと攻撃が通るし、魔法も食らう。


 だけど精霊はその上位種。そもそも魔物でもないのだ、格が違う――しかし。


「――があうっ……!?」


 小さい身体を拳がぶつかる。全身でその衝撃を受けたフィンは地面に強く叩きつけられ、もがき苦しむ。


「――があぁあっーー!! ぐうっうう……」


 精霊はダメージを受けることなんてない為、初めての刺激。それがこの男の打撃なのだ、想像を絶する痛みが全身を電撃のように走り続ける。


「ははは……みっともないですねぇ。どうされました? もしかして初めてでした?」


 殴った本人は、のたうち回る精霊を見下して笑う。


「……フィン……フィンっ!?」


 フィンはその初めての感覚に頭が追いつかない。だが、その困惑する精霊に無情にもさらなる刺激を加えられる。


「――おごぉっ!?」


 今度はボールでも蹴るかのように蹴り上げる。


「理解できてますかぁ? 本来なら貴方に触れることは困難なのですが、それは並の実力者の場合の話です。人精(じんせい)戦争を仕掛けていた人間はおそらく、私のような人間がゴロゴロいたのではないのですか?」


 無残に転がるフィンをゴミでも拾うかのように摘み上げる。


「これが人精(じんせい)戦争の真実ではありませんか? 大精霊は恐れた。見捨てれば更に同胞が、自分達が苦しめられる……そう考えたからあくまでこの世界の安定に回るだけにした、人間に手を加えずに、ねっ!」


「――がああっ!!」


「そして精霊は意志を持ちますが、中身が死ねば……消えればの方が言葉があっているでしょうか? とにかくその思念体はそのままらしいじゃないですか?」


 あるエルフ達の研究の結果、思念体をそのままに中身の性格が変わるのだと伝えられている。


「この世界を制御し、思念体は死なないが、精神は入れ替われる……消耗品、物として扱って何か悪いですかねぇ? こうして蹴って遊べますし……」


 そう言いながら、ボール遊びのように激しく蹴り込み、今度はフィンを痛ぶり始める。


 何度も苦しむ声を上げるフィンを見たアルビオは、その苦しみを感じるように表情が暗く、絶望していく。


「やめて……やめてくれぇ!! 僕の……僕の友達を苦しめないでくれぇ!!」


 涙ながらの悲痛の叫びもバザガジールには、気に触るようで、


「――がっ! ……ぅぅ」


 蹴り飛ばされて、力無くアルビオの側に転がり込む。


 アルビオは急いで、その震える手でフィンを手に取る。


「フィン……フィンっ!!」


 アルビオの周りが黒い絶望に染まっていく。


 だがそれを見てバザガジールが思うことは、


(やれやれ、期待外れですかねぇ……)


 アルビオとは別の意味で表情を落とす。


 失望という喪失感を胸に抱き始めて……それが殺意に変わるのも時間な問題であった。

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