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問おう! 貴方ならこの状況、歓喜しますか? 絶望しますか?  作者: Teko
4章 ラバ 〜死と業の宝玉と黄金の果実を求めし狂人
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39 終演?

 

 ――魔人から映る戦場の景色は絶望という色に染め上がっていた。


 プラントウッドは完全に魔術師達の猛攻を受け、身動きが出来ず、暴れている魔物達も当てにはできない。


 そして、自分もまた人間の策略にハマり、この黒い禍々しい炎に身を焼いている。


 どれだけこの熱さ、痛みに苦しみながら叫ぼうとも彼女らには届かず、この無情に降り続ける雨も決してかき消してくれない。


 本来これだけ叫べば、魔人マンドラゴラである自分の声なら、音波が空気を振動し、こんな障壁など簡単に破壊出来るはずなのだが、ピクリとも反応しない。


 マンドラゴラは地と闇属性の魔物。


 だからわかる、おそらくあの女か横のよれたローブを羽織った男が音を遮断しているのだと。


 先程の女の念話からもそう理解が取れた。


 だから自分が今できる抵抗は殴り続けることだけ。ひたすら一点を集中的に殴り続ける。


「――!! ――!!」


 音がしない中、必死に殴り続ける。


 手が血で(にじ)み、身を焼く痛みが襲い苦しもうとも、生きる為には足掻くしかない。


 魔人はひと殴りするたびに、この状況を作った、真っ直ぐ見えるあの銀髪の女を恨む。


 こんなはずじゃなかったと、身が焦げ付き皮が剥がれ、痛みを伴いながら、呪うように。


「もっと障壁の濃度を上げろ!!」


 障壁を張っている魔術師達が苦しむ表情を見せ、耐え凌いでいる。


 その魔術師に騎士がマジックポーションを差し出すと、魔術師は手早く受け取り、中身を一気に飲み干した。


「くっ、もう少し狭い結界にしておくべきだった」


 魔人が拳を振りかざせるほどの空間を作らなければ、殴られることもなく、この黒い炎で焼き尽くせば済む話だったのだ。


「そうだね、でもタイミングを合わせば――バーストッ!!」


「――!? ――!!」


 殴りかかるタイミングで、火力を上げると、魔人は無音でのたうち回る。


 俺が今、閉じ込める為に障壁を張ってくれている魔術師の助けになることは、これくらいである。


「だが、さすがに魔人だな。中々やられてはくれないか……」


「くそっ、さっさと焼けちまえよ!」


 男言葉で喋る美少女に違和感しか感じない周り一同。


「お前、ちょっと怖い時があるな」


「確かに……衝撃的ですな」


 魔人は一通り苦しみ終わると、再び殴ろうとするが――、


「――バーストッ!!」


 爆発と共に火力を上げて妨げる。


「――…………!!」


 魔人は文句を荒げているが、音が聞こえない為、理解できない。


 理解してやる気もないが……。


(クソォォ……あの(アマ)ぁ!! いちいち火力を上げやがってっ!! だが、このままじゃ……本当に終わる)


 目の前に映る景色を想定してはいなかったと表情が落ちる。


 魔人マンドラゴラからすれば、人間は下等な存在。知恵や武器を駆使して戦うのも弱さの証と見下す傾向があった。


 だが、どこかでわかっていたはずなのにと後悔の念が消えない。


 人間は今までだって魔物を殺してきた。


 マンドラゴラは薬の材料として重宝されていた傾向にあった為、知っていたはずなのだ。


 同胞が目の前で命を摘み取られる瞬間を、恐怖に(すく)みながら、それを見ていたはずなのにと。


 だが、同時に復讐心も高まっていた……同胞が殺されていく姿が目に焼き付いている。


 だから、なし遂げなければならないと、再び拳を強く握り、殴り続ける。


 それを見た俺は火力を上げ続けるが、火がついたように、一心不乱に殴り続ける。


「くそっ! あの野郎……」


「えっと、オルヴェール君だったかな?」


「はい」


 魔人を焼くのに集中している俺に、苦笑いを浮かべながら確認を取ると、すぐに魔人を睨むと、状況を説明する。


「私の魔法はそろそろ効果が切れる――」


 サイレント・フィールドは制限系の範囲魔法。発動時の魔力に応じて持続時間が存在する。


 障壁を張っている彼らの魔法のように魔力を注ぎ続ければ持続する魔法ではない為、マンドラゴラの音波攻撃が来ると説明する。


 再び発動する為の呪文詠唱が終えるまで、障壁が破られないように、援護しろとのこと。


「――わかりました。聞きました?」


 障壁を張る魔術師達も聞こえていたようで、各自返答し、身を構える。


 魔人には今の会話は聞こえていないが、音が聞こえるようになれば、直ぐにでも音波攻撃をしてくるはずだ。


 頑張ってくれよ、魔術師さん達!!


 俺もできる限りのフォローが出来るよう、敢えて火力は上げない。


「……ああっ!! あっ!?」


 魔人の声が聞こえた。どうやら効果が切れたようだ。


 魔人が動揺して緩んだ一瞬を狙って――、


「――バーストッ!!」


「――闇に惑いし精霊よ、我が声に誘われよ……」


 俺は火力を上げて、オスティムは詠唱を始める。


「――があぁああっ、クソがあぁあーーっ!!!!」


 叫び声が音波となり、障壁を振動させる。


「オスティムの魔法が発動するまで、凌ぎきれ!!」


「――バーストッ!!」


 魔人マンドラゴラは障壁を破壊しようと叫び、魔術師達は破られぬよう耐え凌ぎ、俺は少しでも魔人マンドラゴラの妨げになるよう火力を上げ、必死の攻防が繰り広げられる。


「――サイレント・フィールドっ!!」


「――ああ……、……!?」


 再び、音がかき消されると、魔人は攻撃の手を緩めることなく、殴ることを再開する。


 魔人の効率のいい攻撃の切り替えに、焦りを隠せない。


 伊達に魔人じゃねえってか! 耐久力もそうだが、人間の負の感情で形成された知性も舐めてかかってた。


 火が弱点とはいえ、火力慣れしてきたのか、怯まなくなってきた。


「次切れる時はマズイぞ。そろそろ決めに行かねば……」


「わかってますけど、――バーストッ! アイツ慣れてきたのか、怯みません」


「くっ……魔術師を何人か連れてこい! 新しい障壁を張る準備を……」


 ハイドラスは表情を(しか)めると、マジックポーションを支給している騎士に命令した。


 だが、魔人自体も無事で済んでいる訳ではない。


 身体の半分以上は皮膚が焼け落ち、剥き出しになった筋肉が焦げているのが見える。


 まるでゾンビのようだが、不思議と不気味には見えなかった。


 倒すべき敵とはっきり認識しているせいか、魔物を倒し慣れてきたせいか、どこか逞しくなったと思う。


「次、切れたタイミングを知らせる」


 防御姿勢に入るのは、オスティムの合図に任せようと、攻撃に専念することに。


 魔人も必死だ、俺が何回も火力を上げて、爆発させても、お構いなしに殴り続ける。


 俺はマジックポーションを自分で手に取ると、(ふた)を親指で軽く折ると、くいっと一飲み。


 その一瞬の脇見が仇となった。


 魔人は大きく拳を振りかざし、障壁をガラスのように叩き割り、破片が飛び散る。


「――っ!?」


 油断していたという意識はなかった。攻撃の手をこちらも緩めない為に、魔人の強力な攻撃が来る前の準備に飲み干したところを狙われた。


 多少のヒビが入っていたのを確認は皆していたが、それでも障壁を作っている魔術師も決して気を緩めていた訳ではなく、強化もしていた。


 だが、どこかにまだ大丈夫という油断を無意識にしていたのだろう。強力な攻撃を止める音遮断魔法が展開していたのだから。


 オスティムのせいにする訳ではないが、魔法の効果が切れる瞬間までは大丈夫だと過信していたところがあった。


 魔人の優先事項は、今この身を焼く黒炎の魔法を使う憎き銀髪の女。


 少しでも早く対処する為か、空気抵抗を極力抑える為に体勢は低く、死に物狂いの勢いで狂乱怒濤の如く、一気にリリアとの距離を詰める。


「――死ねえぇえええっ!! この(アマ)あぁああっ!!」


 俺は瓶を投げ捨てはしたが、カースド・フレイムに負荷をかけて発動中ということもあって、すぐに防御魔法や体勢が間に合わない。


 ()られると思い、せめてもの抵抗に目を閉じて逸らす。


 すると、


「――はああああっ!!」

「――おおおおっ!!」


 両端から剣を振り下ろす冒険者の姿があった。


 魔人は確信を持って、リリアを仕留められると思っていたのか、その冒険者の突然の出現に対応出来ない。


「――がぁああっ!!」


 その太刀が魔人を斬り裂く。その内の一太刀は左腕を斬り落とした。


 魔人は距離を取り、溢れ出る流血を押さえつつ、ギッと睨みつける。


「無事だったか、リリアちゃん」


「間に合って良かった〜」


「――バーク! グラビイスさん!」


 そして向こうから、アイシア達の姿もあった。俺の名前を呼びながら駆け寄るが、一人様子がおかしい。


「ああ……リリィ。無事で……良かった」


 ふらふらと疲れた様子を見せるアイシア。


「何があったの?」


「ポチよ。魔力の操作をまだ上手くできてないのかもね。ごっそり持っていかれてるそうよ」


「あ……」


 足元にいたポチは、嬉しそうにご主人様のところへ向かう。


「ガウッ! ガウウ〜!」


「よく頑張ったね、よしよし」


 いつもの元気さがないので、マジックポーションを手渡すと、ありがと、と受け取り、ぐびっと一飲みすると、覇気が戻ったようだ。


「てめぇらぁ!! 次から次へとっ!! ――ディスペル・ブレス!!」


 自分の足元に向かって、音波を吐き捨てると、その風圧で黒い炎が消えていく。


「さすがに種は割れたか」


「当たり前だぁ!! クソ(アマ)!! 呪いの類いだってことはよぉ!!」


 その身で受け続けたことと、揉み消せなかったことから、気付かれたようだ。


「リリア、あれが魔人かしら?」


「そう、あれが委員長の妹さん達の仇」


 そう言うと、来たばかりの彼女らは真剣な表情で捉える。


「魔人さん、覚悟は出来てるわよね?」


「絶対っ! 許さないから」


 武器を取り構えると、魔人はこの状況、状態に腹が立って血が昇ったのか、叫び命令する。


「――許さねえのは、こっちもだぁ!! この銀髪娘を殺せぇええっ!!」


 森が騒めき出し、辺りを見渡すと地を蹴る音が連続して迫って、音が強くなってくる。


「くっ、来るか」


 魔人の呼びかけに、大群の魔物達が迫る。


「――お前達は防壁を張れ! オスティム、蹴散らせ!」


「俺達も加勢するぜ、殿下殿」


 部下達に命令すると、グラビイス達も向かってくる魔物に対抗すると協力姿勢を見せる。


「ぶっ殺す……ぶっ殺すぞぉ、クソ(アマ)ぁ!!」


 魔人の眼中はもはや俺しかないらしい。


 さすがにあんな殺意しかない血走った目で見られると、恐ろしいとも思うが――、


「あんた、相当怒らせたみたいね」


「まね。だけど……こっちだって頭にきてるんだ。気圧されはしないよ」


 みんなが来たことで頭も少し冷えた気はするが、魔人に対して思うことは何一つ変わらない。


「バーク、サニラ。君達はリリアちゃんと一緒に魔人を倒しなさい」


「――っ!? は!? 何で!?」


「ジードさん?」


 ここはリリアとの連携に慣れているアイシアやリュッカ、戦闘経験が自分達より豊富なグラビイス達がやった方がいいと思うサニラだが。


「魔人は弱っている……」


 確かにその姿は最早、風前の灯。


 身体の半分以上は筋肉と皮が焼かれ、焦げ付いて黒ずんでおり、左腕も斬り落とされている。


「今来る魔物達の対処は我々の方がいい。彼女達に魔人の相手をさせる訳にはいかない」


 俺はいいんだというツッコミは、魔人を追い詰めている時点でってことだよね。よしておこう。


 今向かってくる魔物の数を考えれば、物量に押されにくいベテランが熟すべきだろう。


「という訳だ、嬢ちゃん達は俺達と魔物の相手だ! 本来なら――」


 気を使ってやりたいと言おうとしたが、そのくらいの空気は読めるとやる気満々で答える。


「そんなの言いっこ無しだよ!」


「うん。マーディ先生には後で謝ろう!」


 そのセリフに、ギクリと俺達、表情が引く。


「リュッカ、それは黙っとこ、ね?」


「あんた達ね〜」


 呑気にそんなことって言うけどさ、マーディ先生にこんなこと知られたら、大目玉をくらうに違いない。


 俺の意見に二人はこくりと頷いた。


「はは、私は見なかったことにしてやるよ。リリア以外はな」


「ちょっ!? 殿下!?」


「おい! 無駄口は後! 来るぞ!」


 この状況にも関わらず、緊張感のない会話をしていると、それをかき切るように、魔人が迫る。


「――死ねぇっ!!」


 あそこまでボロボロなら、引くのが賢いやり方とも思うが、魔物の本能には抗えない……これが人間との差なのかと痛感する。


「バーク! 女の子二人、守らせてあげるから、せいぜいカッコつけなさい!」


「はっ! お前は大丈夫だろう、がっ!!」


 バークは向かってくる魔人を迎え撃つ。


 魔人は邪魔だと殴りかかるが、右腕しかないことから、(かわ)すのが容易だと、俊敏に横へと逸らし、すかさずカウンターで斬り込む。


「――はあっ!」


「――ちぃっ!」


 だが、魔人も伊達に魔物の最上位という訳ではないようで、掠めながらも間一髪(かわ)しきるが、


「――ストーン・ポール!」


 サニラは着地点に大きく長い石柱を地面から素早く飛び出させた。


「――があっ!? くうっ」


 空中に突き飛ばされたところを逃さないと、


「――カースド・フレイム!」


 魔人を苦しめた黒炎が襲う。


 魔人はそれを見て、身体に刻まれ続けた痛みと熱を思い出し、本能の赴くままに空中でバランスを崩しながらもひらりと(かわ)すが、


「――そこだぁっ!!」


 さらに着地点を狙い、魔人に渾身の一閃が入ると、魔人は苦しみながらも後ずさる。


「くそぉ……こんな、こんなはずじゃ……」


 後悔の言葉を垂れ流しながら、憎々しいと睨み続ける。


「はっ! 魔人ってのも大したことないな」


「調子に乗らない! リリアがここまで削いでくれたからでしょ! リリア!」


「何?」


「決定打、お願い。デカイのあるでしょ?」


 サニラはフェルサから、俺が最上級魔法が使えることを知っている。


 だが、二人で凌ぎ切れるのかと心配しようと言葉をかけようとするが、悟られたのか……、


「私達だって、伊達に冒険者やってないわよ。あんたの詠唱分くらい、保たせるわ。――心配ならさっさとしな!」


「う、うん!」


 そうだよな、ここに飛び込んでる時点で危険なんて百も承知のはずだ。心配する方が無粋か。


 俺はサニラ達を信じ、舌舐めずりをして唇を濡らすと詠唱を始める。


「――気高き焔の王よ、我が呼びかけに応えよ……」


「バーク! 決めに行くわよ!」


「おう!」


 魔人もリリアの詠唱がマズイことは見て取れる。


 火属性の魔法陣の展開、凄まじい魔力の流れ、そして先程の黒炎を受けたことから、リリアの攻撃を受けること自体がマズイと把握できる。


「――やらせるかぁ!!」


 詠唱を止めようと迫るが、バーク達が立ち塞がる。


 そのコンビネーションは凄く、目を見張るものがある。


 一見、バークは無謀な突っ込み方をして、サニラの地魔法でフォローしているように見える。


 しかし、バークはその地面から突如出てくる地魔法に対し、特に視線を送り確認をするまでもなく、まるでこのサポートが来るかのように利用し、魔人を攻めている。


 そのせいか、魔人は攻撃が読み切れず、苦戦を強いている。


 石柱が魔人とバークの間を割って入ると、魔人は素早く後ろへ下がるが、バークはさっと横から姿を見せたと思うと、魔人に斬りかかる。


 魔人が弱っているとはいえ、圧倒的に有利に戦いを進める二人、正に阿吽の呼吸。


 幼馴染と言っても、ここまでの連携が出来るというのも、経験と努力の賜物だろうか、ジードが任せると言った理由にも納得がいく光景。


「――龍は問う、汝の魂の汚れを――」


 魔人はカウントダウンのように、リリアの詠唱に耳を傾けながら、目の前にいる目障りな二人に苦戦する。


 焦燥感に駆られ、冷静な判断も出来ず、焦りばかりが前に出て、その隙を突かれる。


「――その瞳に映りし罪人を、天に登る神炎が導く――」


 迫る最後の時が見えるように、魔人は思い返す。


 同胞の死を……魔人の死を。


 誓ったはずだ、自分に……自分はこうはならない。必ず人間を滅ぼすと。


 だが、どうにも思い通りにならず、歯痒い思いは募るばかり。


 サニラは、隣で魔力の大きな唸りを感じると、タイミングを見計らうように、少し省略して詠唱を始め、唱える。


「――地の精霊よ、我が声に応えよ! 地を荒らせし災いを捕らえよ! ――ロック・バインド!」


 先程からの綺麗な丸い石柱ではなく、先が尖った石柱が地面から斜めに飛び出て、魔人を捕らえるようにテント状の形で身動きを封じる。


 そのタイミングでバークは地面を思いっきり蹴り上げ

 、後ろへ跳躍して、回避。


「ちぃっ! クソッ!」


 捕らえられた魔人は血塗れの右腕で、強引に石柱を破壊するも、地面は赤く染まる。


「――ちょっ! や――」


「かの豪炎に焼かれ、灰塵(かいじん)となれ! ――ドラゴン・ブレイズ!!」


 ゴオオーーッと激しく燃える火柱は激しい轟音と爆発音を混じえながら、激しく空気を揺さぶる。


「――うおおっ!?」


 術圏外に外れたはずのバークも思わずその勢いに、身を持っていかれそうになる。


 リリアとサニラのローブも激しくたなびき、凄まじい威力を物語る。


 天に登る火柱は、雨を落とす暗雲を貫き、消し飛ばすと、一帯の雨を止ませて見せた。


 火柱は粛々と細くなり、魔人が居たとされる一帯を地面ごと焼き尽くした。


 その丸く熱を帯びた地面は赤く、脈動するように名残りを残す。


「どうなった?」


 駆けつけたハイドラス達は、辺りをキョロキョロと見渡すが、魔人の姿はない。


 ……ザァリっ。


 倒したかに思えたのだが、どこからかゆっくりと地面を引きずる音が、か細く聞こえる。


 その音のする方へ行ってみるとそこには、逃げるようにこちらを見ることもなく、ほふく前進する上半身だけの魔人の姿があった。


 そこには魔物の心臓である、魔石が辛うじてくっついてるのが見える。


「はぁ……はぁ……」


 魔人は満身創痍の状態。闘争心も削がれた。


 下半身は持っていかれ、術を食らう時に微かに見えた光景――プラントウッドが倒れていく姿を目撃していた。


 どこで間違えたのか、何がいけなかったのか、後悔の念が鳴り止まない。


 後ろから気配を感じるが、まるで同情心を買うように、ひたむきな感じで逃げるが、容赦はなかった。


「――カースド・フレイム」


 無詠唱で無抵抗な魔人に黒炎を浴びさせると――、


「があぁああーーっ!?」


 悲痛な叫びで訴えかける。


「お前には……お前には同情心がねえのか!?」


 苦しそうに泣き声のような声で尋ねるが、俺は冷たく突き放す。


「ならお前にも問おうか? そうやって命乞いをする子供達にお前は何をした?」


 魔人は、はっとした表情をすると、機嫌を取るように弱々しく答える。


「いや、俺はちゃんと――」


「何もしなかったとは言わせないよ」


 コイツは子供達を苦しめて殺した。親達もその悲しみに暮れ、今も苦しんでいる。


 いや、これからだって……だからっ!!


「――何もしなかったなんて言わせるもんか!!」


 その透き通る青の瞳には宿ることがなかったであろう、怒りに瞳が歪む。


 その瞳を見て、魔人は同情を売り続ける。


「お前らだって殺してるだろうが。許せなかったんだ、同胞が死ぬのが。だから――」


「お互い様だろ」


「何……?」


「立場が違うだけで、こちらも同じ矜持(きょうじ)で戦ったんだ。その結果だろ」


 人が魔物を殺すことを魔物が許さない。魔物が人を殺すことを人が許さない……所謂(いわゆる)連鎖だ。


「……俺がここまで成長するのに、何百年かかったと思ってる。人間に惨めにも怯えながら、じっくり一人ずつ攫っては殺しての繰り返しを何――」


「お前がそこまで成長したのは、罪の証だ。沢山の人達に手をあげた証拠だ。私は言ったはずだよ。身を焼きながら後悔しろって……後悔した?」


 希望という取りつく島も与えはしない。


 確かに苦労はしたのだろうが、そんな苦労話はこちらにとっては、火に油を注ぐ話だ。


「そんな言葉は魔物達に並べろ。人間にとっては悪でしかない……それに私はこうも言ったよ」


 俺はすっと杖で魔人を指し、宣告する。


「灰になるまで付き合ってやるって……」


「あ、ああ……止めろ、やめてくれっ!!」


 必死に命乞いをするように懇願するが、俺は亡くなった子供達へせめて出来ること……未来を生きる人達を守る為にありがとうと込めて。


「――バーストっ!」


「――ああぁあぁああああっ……」


 黒炎が火力を上げて、魔人を襲う。


 悲痛な思いを搾り出すように、叫びながら魔人は思う。


(こんな、こんなはずじゃなかったんだ……()()()さえ、俺を……)


「あぁああ……」


 声は消えかけの灯火のように、小さく消えていった。


 俺達は声が聞こえなくなり、黒く燃ゆるその肉塊を油断なく見ていると、肩を叩かれる。


「もういいぞ、オルヴェール。本当に灰になるまでやるつもりか?」


 それ以上は互いの為にならないと、止めてくる。


「見ろ」


 すっと指差して魔人の魔石を指す。魔人の身体にくっついていた魔石は黒炎に焼かれ、引きちぎれたよう。


 力無くコロリと地面に転がっていた。


「魔石は奴の身体から離れた……もう奴はいない」


 俺はハイドラスの言葉とその光景を確認すると、黒炎を消した。


「……終わったの?」


「みたいね……」


 ざわざわと魔物達が騒めいたかと思うと、魔物達は森の中へと身を隠すように、引いていく。


「方が付いたみてぇだな」


 アルビオ達も合流。その表情は安心したような優しい表情をしていた。


 終わったのか……止められたのか、魔人の脅威を。


「――皆、聞けっ!!」


「――わっ!? びっくりしたぁ」


 呆然と立ち尽くし、余韻に浸っていると、みんなに聞こえるほどの大きな声を上げた。


 お陰で余韻が消えたわ。


「此度の襲撃事件の脅威、プラントウッドは鎮圧、そして元凶……魔人マンドラゴラもまた死した――」


 実感は少しずつ湧いてくる。魔人の脅威を退け、守ったのだと。


「この勝利の女神、リリア・オルヴェールの手によって、討伐はなされた! ――我々の勝利だぁ!!」


 俺の背中を軽く叩くと、大きな声で勝利宣言。


「「「「「おおおおーーーーっ!!!!」」」」」


 皆、歓喜に湧き、喜び合う中、達成感に湧く俺はふと思った。


「あれ? 殿下。もしかして私だけ黙っててくれないって……」


「ん? ああ、お前はきっと魔人を倒すだろうと思ったからな。誤魔化しが効かんだろ?」


 ちょっと悪戯げに微笑って見せた。


「頑張ってね、リリィ」


「えっと……うん」


「何? 魔人を倒した報酬は、説教と反省文になるのかしら?」


 マーディ先生のあの修羅の形相を思い出し、洒落にならないと寒気が(よぎ)る。


「――ちょっと! 冗談じゃないよぉ! 巻き込むからね、アイシアもリュッカも巻き込むからね!」


「――ええっ!?」


 俺達は勝利の余韻に浸り、安心感を浮かべながら歓喜に湧いた――。


 その様子を見ていたこの男も、嬉しそうに称賛の声を上げる。


「ブラボー! ブラボー! いやぁ、実に素晴らしい展開、くうっ! 最高だあ!! ――あっ、ああっ!?」


 ミューラントの屋敷で留守番をしているこの男は、用意された部屋で一人、水晶から覗き見ていた。


「……あ、痛っ」


 座っていた椅子に背もたれに体重をかけ過ぎたのか、倒れたようで頭を押さえる。


「まあ、面白いものが見られたから良かったよ。本当に良かった……でもね」


 ニヤリと悪戯げに、しかし歪んだ笑顔を見せると、こう呟いた。


「まだ終演(フィナーレ)じゃないんだよねぇ……」


 楽しげにそう話すクルシアは、まだ楽しみが残っていると、展開に想像を膨らませて、上機嫌に水晶を再び眺める。


「ボクの用意したスペシャルゲストはどう楽しませてくれるのかなぁ?」


 まるで観覧席から舞台を楽しむ、オーディエンスのように――。

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