37 語られる真相
犯人は目を細めて、覗き見るように俺を下から上へと視線をやると、小馬鹿にするように、うすら笑いを浮かべた。
「ハハハ……おい、悪魔。まさかとは思うがその人形みたいな娘が主人なんてことはねえよな?」
確かにリリアの外見は、とても悪魔を使役するような人物像には見えない。どちらかと言えば天使を司る方が合っているだろうか?
だが、インフェルは特別、犯人の言動を気にかけることもなく、そうだが、と返答。
すると、腹を抱えて笑い出す。
「ヒィイハハハハ!! 冗談じゃねえ!! こんな女が悪魔を従えてるだあ!? 俺を殺すだあ!? まったくふざけてやがるぜぇ」
俺を馬鹿にするも気にかけることはない。寧ろこの喋り方から、ゲスそうな性格を想定できることにほっとするほどだ。
人の姿をしているだけあって、良心が痛むかもと思っていた自分が馬鹿らしく思えてくる。
「今のうちに笑うだけ笑ったらいいよ。すぐに後悔するからさ、魔人さん?」
憎まれ口を叩きながら、再びわざとらしい満面の笑み。
その態度が頭にきたのか、今度は怒鳴り込んでくる。
「舐めんのも大概にしとけよぉ!! 小娘が!! といかよお……魔人って何の話だ? 俺はどう見たって人間――」
「インフェル、どうなの?」
横目に尋ねると、フンと軽く鼻を鳴らす。
「姿、形は人ですが、内包している魔力の流れが人とは異なります。伊達になりかけてはいなかったよ」
インフェルは勇者に封印される前は魔人にまでなりかけていたのだ。見極めることは可能だろう。
はい、魔人確定。
「――っ」
インフェルに図星を突かれたのか、急に黙り込む。
「なるほど、インフェルノ・デーモンであれば、見極めも可能か」
ハイドラス達も俺の側まで駆け寄ると、ハイドラスはある疑問を投げかける。
「待て、オルヴェール。お前がこの手紙を書いたのは向こうでだろう」
外はこれだけの雨だ、手紙はあまり濡れていなかったことから、インフェルに確認してから書くのはおかしいと問う。
それに手紙を寄越したのはフェルサだ、室内で書いて渡した、そう考えるのが妥当だった。
「お前はここに来る前にコイツが魔人だと気付き、襲撃が来ると予想できていたのか?」
「いや、魔人であることは知っていたけど、襲撃までは知らなかったよ。私も驚いてるんだよ、こんな風に仕掛けるつもりなら、もっと入念に準備するものと思っていたからね」
子供達の攫ったことから俺はそう推測すると、魔人はぎっと歯を食いしばるように睨む。
「まあそちらの都合だろうけど、そればっかりは知らなくてもいいし。……ね? 魔人さん?」
「そうだ! てめぇの知ることじゃねえ! ……だがまあ確かに俺は魔人だがよぉ……てめぇみてえな小娘が俺を殺せるのか!? この魔人様をよぉ!!」
インフェルに正体を見破られてか、あっさりと開き直る。
「殺せるよ……わからない? インフェルから教えてもらわなくても魔人だって気付いたってことは、貴方の正体だって知ってるよ」
「そうか、こいつがどんな魔物かってことか」
魔人は魔物が進化した状態を指す。見た目は完全に人で、紛れれば見分けが付きにくいほどに。
しかし、中身は魔物の能力や性質のままでもある。進化することで変化や似ることはあるだろうが――魔力回路がそうであったように――魔物としての弱点等は拭い切れない。
「しかし、どうやって――」
「まあどうでもいいことだ! てめぇが死ねば解決だ」
そんな事を知る必要はないと、襲い掛かる構えを取るが、俺は両手を大きく広げて無防備な体勢を取る。
「本当にそうかな?」
「なぁに?」
「貴方は魔人な訳だし、これからも人を襲い続けるんでしょ? だったら対策も必要なんじゃない?」
警戒しながら物色するように俺の意見を聞き入る。
「私は貴方の正体に気付いた。例えここで私を殺して、殿下達も殺して、ハーメルトを征服出来たとしても、周りは敵だらけ……次はないよ」
「何……!?」
「私みたいに気付く人なんてごまんと出てくる。例え人の姿をしていても貴方が殺されるなんて時間の問題……。違う?」
俺の発言に顰めて睨む。
魔人もわかっているのだ、魔物にとって人間は餌でもあるが、同時に脅威的な存在でもある。
現に人間は古来より魔物を数多く、それはもう数え切れないくらい討伐してきている。
召喚士という、魔物を使役できる存在もいるのだ、魔物の対処は最早、容易とも言えよう。
ましてや魔人の存在は人間側にとっては災害レベルの問題。対処は最優先事項であり、その対象は殆どの確率で殺されるであろう。
この国で暴れた魔人ワーウルフも然り、この魔人もその事実は知っている。
故に説得力のあるその言葉と余裕に、苛立ちを覚えながらも、その通りでもあると悔しさを滲ませている。
俺はその表情を返答と受け止め、話を続ける。
「だからさ、貴方がこの後、活動を続ける為にも情報は必要でしょ? どうして貴方の正体がわかったのか。それを聞ければ対策も出来るでしょ?」
「おい、オルヴェール! 何を言って――」
俺は後ろにいるハイドラスを見ると、軽く首を振り、黙っていてくれと促す。
魔人は構えは解かず、目線を落として考え込む表情を見せる。
すると、まとまったのか顔を上げて、上から目線で情報を欲しがる。
「いいだろう。てめぇの話を聞いてやるよぉ。命乞いはその後に聞くことにしよう」
あくまで自分は聞かなくてもいいんだが、なんて強情な態度を取るが、本心が見え見えである。
だが、そこを挑発する必要はないと、両手を後ろで組み、ニコッと笑顔で、
「ありがと」
答えると、俺は袖に忍ばせていた一枚のメモをハイドラスに見えるように指の間に挟み、手を振る。
それに気付いたハイドラスは、魔人に悟られぬように受け取り、俺の背にメモの内容を確認。
その内容は――合図は黒炎が燃え盛りし時――とだけ書いてあった。
ハイドラスは手紙の内容と照らし合わせて、ゆっくりと後ろへ下がると、あくまで魔人に悟られぬよう小声で魔術師達に指示を送る。
「ほら、とっとと話せ」
「はいはい、さて……どこから話そうか」
俺は向こうの世界での推理モノに出てくる説得力のある名探偵ではないのだ、正直どう話せばいいかわからないので、
「とりあえず貴方がやったことを挙げてから、解るように説明しよう」
「俺がやったことだあ? はっ! 俺がやったことと言えば、この襲撃くらいだろうが!?」
俺は首を横に振り否定すると、右手を突き出し、三本指を立てる。
「いいや、違う。貴方がやったことは大きく三つ」
「三つ?」
ハイドラス達は首を傾げるが、ハイドラスは閃いた。
「オルヴェール、もしかして一連の子供を攫った事件もこの魔人がやったことか? 王都の子供達がマンイーターに縛られていたことと、あの変異種はやはり結びついていたのか?」
「えっ!? 王都の子達は無事だったの?」
「ああ、全員の無事を確認している」
それを聞いた魔人はこちらに気付かれない程度に舌打ちを鳴らした。
「……なるほど、それを聞いてますます私の推理が確実なものになってきたね」
「――さっさと話しやがれ!!」
「わかったよ……」
ハイドラスがぶつぶつと、三つというのはおかしいなどと言っているが、無視して話を始める。
「先ずは一つ目、この周辺で起きた魔物騒動」
リュッカが迷宮に落とされる前からちらほらとあった話だ。
「二つ目、子供達の誘拐事件。そして三つ目、今回の襲撃事件……この三つが貴方のやったことだよ」
「魔物の事件もコイツの仕業なのか!?」
「魔物の騒動? 誘拐? 知らねえなぁ。噂くらいなら耳にはしてるけど、俺がやったのはこの襲撃事件だけだぜ」
魔人はシラを切るように、へらっとした態度を取る。
「……順を追って詳しく説明するよ。先ずは一つ目だけど、これは貴方の目的の事ではなく、副作用として起きた事件だったの」
「副作用だと……?」
「はい、殿下。起きていた魔物の暴走は小規模のものではありませんでしたか?」
ハイドラスもこの事件については聞いてもいたし、調べてもいたことから、思い出したように話す。
「ああ、そこまで大きな問題ではなかったが、たまに変異種や希少種も混じっていたことから、資料は目に通していたよ。だが、オルヴェールの言う通り、規模は小さいものだった」
「これはある目的を果たす為に仕方なく出てしまったことだったの。……それは空の迷宮を用意する時に起きたことだった」
「空の迷宮!? 何故そんなことを……」
ハイドラスは国を管理する側の関係者だから、迷宮を無人にする理由はある程度知っている。
だが、魔人が迷宮を無人にする理由がパッとは出てこなかった。
魔人が魔物を仲間にする為にとも考えたが、小規模の魔物の暴走が起きているのだ、矛盾を感じたが、すぐに思い立つ。
「そうか……それこそが二つ目か」
ハイドラスは先のマンイーターとプラントウッドの類似性から判断すると、俺は無言で頷く。
「子供達を監禁する場所として迷宮を選んだ。理由としてはダンジョンマスターを殺すと迷宮は魔力の衰退が始まり、近いうちに倒壊することから、人が調査に行きづらい状況を作る為」
「……なるほど、確かに危険性は高いから人は近付きづらいな」
「ですが、殿下。ハーメルトで誘拐された子達は――」
「おそらくではあるが、魔人がダンジョンマスターの代わりをしていたのではないか? それに魔力が衰退するとはいえ、すぐにではないしな」
「二つ目。今回の襲撃事件の戦力強化の為に、閉鎖空間の迷宮を利用して、感受性の豊かな子供達に恐怖心を煽る為の相乗効果をもたらすこと」
魔物の成長の仕方は複数あるが、短期間で飛躍的に成長させるには、負の感情からくるエネルギーを吸わせることが一番である。
子供は受けた刺激をそのまま吐き出す。大人のように人格の形成が出来ていない頃なら尚のことだ。
希望が見えない子供達の不安や恐怖心は計り知れなかったことだろう。
だから、子供達を発見した迷宮は小規模であり、逃げ道や密閉された狭い空間、恐怖心を煽る為に少人数の子供達同士を不安がらせることで相乗効果を与え、より深い負の感情を獲得したのだ。
「三つ目は小さな迷宮だから、そもそも見つけづらいってのもあると思うよ」
実際、アリミア付近で確認された場所はどこも草木に隠れていたり、岩陰など見つかりにくい場所にあった。
魔人はこちらには悟られぬように、何とか表情に出すまいと気張ってはいるものの、目が痙攣したようにひくつく。
「つまり、貴方は迷宮と子供達を使い、魔物を育成。今回の襲撃事件に合わせたって言いたいところだけど……時期にしては早いよね?」
百人近くは攫ったとはいえ、こちらは手を拱いていた訳だし、しっかり育成してから行うものと、今回の事件から推測できる。
まあ、知る由はねえって言われたし、そこは聞く機会があればでいい。
動機を聞いたって許せる話ではないし、同情もしない。
すると、魔人は挑発するように尋ねてくる。
「お前はよぉ、どうやらガキを攫った犯人を俺のせいにしたいみてぇだが、噂で聞いた話じゃあ、手掛かり一つなかったんだろ? 攫った痕跡もなかったそうじゃねえか。まさかとは思うが、魔法でやりましたなんて、曖昧なことを言うつもりじゃねえだろうな!?」
その発言に不本意ながらも、肯定意見を出す。
「奴の言う通りだ、オルヴェール。悔しいが何一つ手掛かりはなかったんだぞ」
「そうだぞ、我々も入念に調べた。魔力痕や物的証拠、目撃者……どこにもなかったのだ」
表情を落としながらそう話すが、俺は否定する。
「そりゃそうですよ。手掛かりはあったのに、手掛かりだと思わなかったんですから」
「――何だと!?」
「……魔人さん、子供攫った方法に自信があるようだけど、もう解けてるから」
俺は笑顔に挑発の言葉を添えた。
その余裕と自信の笑みに激情する。
「だったら言ってみやがれぇ!!」
「うん。聞こえない音ってあるそうだね」
「――っ!?」
その一言に魔人は表情が固まる。
「聞こえない音? 妙なことを言うな。音とは聞こえるから音なのだろう?」
その言葉の意味を考えたハイドラスが答えを話す。
「龍笛か……!?」
「それについては詳しく知らないけど、人間には周波数に合わせて、一定の年齢を超えると聞こえなくなる音があるらしいね」
人間は二十歳を超えると劣えることから、聞こえなくなる音があると補足を入れた。
「だったらっ! ガキだけ攫えるのはおかしいだろ!?」
俺のその意見から反対意見の悪あがきをするが、あっさりと跳ね除ける。
「それこそ精神系の魔法を使ったんでしょ?」
「待て、精神系の魔法は強力な分、証拠は残りやすいぞ」
俺は殿下ともあろう方がと、呆れ気味に首を横に振る。
「コイツの正体は何でしたっけ?」
「……そうか、魔人……つまり魔物だからか!」
この世界の魔物はあるチートを持っている。魔法を無詠唱でほとんどの魔法を発動出来る。
「貴方は精神系の魔法を……そうだなぁ、多分、歌ったんじゃないかな? 誰にも見つからないように誘導するよう詠唱したんだ」
「なるほど……演奏魔法か」
オスティムの言う、演奏魔法というのは歌や音から発動できる魔法術のこと。
以前、それの簡易的なものをクルシアが披露したことがあることから、予測できた。
それが出来るのは技術的にも難しく、人族で為せる者も少ないが、魔人となれば別だ。
「魔法を元々、無詠唱で発動できる魔物という存在。それの上位個体である魔人の貴方なら、敢えて詠唱して子供達だけを狙うことは可能だよ。それにそこから発される魔力でさらに調整、たぐり糸にすれば子供達は迷わずに迷宮まで来れる」
魔法は音として流れ、呪文詠唱にて起きる魔法陣は発生せず、発生しないのだから魔力痕も残らない。
流れた音は魔力を帯びて、魔力に敏感な年頃の子供達だけが誘われる。
赤ん坊が被害が出なかったのは、足がおぼつかなかったり、扉を開けることが困難であること。
足を怪我した彼は、足の痛みから覚醒したが故に被害を受けなかった。
「つまり、魔力は空気中に拡散していたから、手掛かりはあったのに、気付かなかったという訳か……」
「その通り。だから試したんだよね? 最初辺りの被害者が少なかったのは、まだ試作段階だったからだよね?」
サニラの持っていた地図から、そう予想がついた。
この魔人は慎重だった。そのことは手掛かり一つ残さないことから読み取れる。
だが、それが裏目に出た。慎重に行動したが故に、最初の被害から最近の被害までに人数の差が生じたのだ。
それに音なら範囲が絞られることにも納得がいく。
魔人は血管を浮き立たせるほどに表情が険しくなってくると、ボロを出すことを期待する為、挑発する。
「あれ? 貴方はこのこと知らないんじゃないの?」
「ぐっ! くうぅ……!!」
「つまり子供達は攫われたのではなく、誘われていなくなったという訳か……」
まあ誘われてでも、攫われたには違いないけど、この魔人の表情を見るにビンゴのようだ。
だが、魔人は言い逃れをするように、可能性の提示をする。
「確かに、魔人である俺の方がやりやすいだろうが、人間にでも出来ることだろうがぁ!! 違うかっ!?」
確かにと静かに頷くが、否定する。
「ねえ……私がどうして魔人だと気付いたと思う?」
その問いに、知らねえよ、とあっさり答える魔人に対し、俺は怒りの感情をゆらりと込めた言葉に添える。
「……子供達が教えてくれたよ」
「何だぁ? 助けたガキ共が俺が犯人ですって答えたかあ!?」
「お前みたいな外道じゃないんだ、そんな心の傷をえぐるようなことする訳ないだろ。でも、亡くなった子供達と意識が希薄な子供達が教えてくれたよ……犯人は魔物だってね」
何を言ってるんだと表情を歪ませるが、先程までの推理が的中しているせいなのな、反論をやめる。
「どういうことなんだ? オルヴェール」
俺は寂しそうな視線をハイドラスに送った。
「私達はアリミアの街へ行き、迷宮にて子供を発見したけど、亡くなった子供達と恐怖心に支配されてしまった子供達を発見したよ」
「――っ!? そ、そんな……」
手遅れになっていたことを聞かされ、困惑したように固まった。
「だけど、その子供達のお陰でお前に辿り着いた」
火に油を注ぐように、馬鹿にするような口調で否定する。
「でもよぉ……その迷宮にも痕跡一つなかったんじゃねえか? 攫った方法から考えてよぉ」
「そうだね。何一つなかったよ、子供達以外」
「だろ!? だったら――」
「もう一度言おうか? なかったよ、痕跡一つね!」
そのやり取りに意図が見えないと、感情を表に出す。
「さっきから何言って――」
「なかったって言ってるんだよ。人間が居たという痕跡がね」
「――っ!?」
再び魔人は固まる。
「よく考えてみなよ、魔人。アリミアを例に挙げるけど、攫ったのは一週間前、死んだ子供達が亡くなったのは三日前……その期間の間は何?」
それを聞いてもよくわからないとハイドラスが、どういうことだ、と尋ねると話を続ける。
「仮に人間が犯人だったとしよう。殺した子供と生かした子供達が同時にいることには矛盾を感じた」
「何だと?」
「子供達の殺され方が内臓破裂という悲惨なものだった。ここから犯人像を魔術師による実験だったとする。それだといくつかの矛盾が生じる。一つは内臓破裂だけで外傷がほとんどないこと。実験という仕様で子供達を使ったのなら、もっと凄惨なことになっていてもおかしくないのに、みんな同じくらいの死因と聞いてるよ」
俺はその殺され方に調整が為されていたと説明。
「生き残った子供達は、お前の言う通り、痕跡がなかったよ、実験されていたら残るはずの魔力痕がね」
「つまり、その魔術師の仕業ならそれらのことから省かれる……」
「次に攫い屋や奴隷商の仕業の場合、どちらか一方にしかならない。騒ぎ立てる子供達に苛立ち、感情のままに殺したのなら、全員死んでいるはずだし、嬲って我慢が効くなら、全員生きているはずだ」
さらにそんなプロの仕業なら、そもそも傷一つつけないし、そもそもおかしな死因から衝動的な殺し方も否定することから、通り魔なども説明がつかないと補足もつけた。
「だが、その三日ほどの空白の時間の中、生きていた事は調べがついていることから、生かす理由があって生かした……つまり、誰かが監視していたということになる」
「それなのに痕跡一つなかった。人間が居たという痕跡が……」
無言で頷くと、魔人を追い詰める。
「魔物なら飲まず食わずでも監視できるよね? インフェルにでも聞いてみる?」
するとインフェルはさらっと、できる、と答えると、魔人は歯ぎしりをたてて睨む。
「だ、だが人間が人間の居た痕跡を消すことも――」
「わざわざする必要ある? 人間の子供達を生かす為に食べ物を与えていただろうに?」
子供達以外の痕跡を一つも残さないかったことから、矛盾があると魔人の言葉を消す。
「確かに人間が居たのであれば、わざわざそんな事はしないだろうな」
人間が攫ったのならそんな偽造工作をする必要はそもそもないのだ。
「お前ならマンイーターを使っていたと聞いたし、そいつらなら潜るだけで痕跡は消せる。お前も魔人なら同様だろう」
何だったら魔人ならマンイーターが逃げた後を消して、何食わぬ顔で外に出てこればいい。
何せ見た目が人間なのだから。
「説明してみせてよ、子供達が亡くなっていた子とそうでなかった子達の説明を!!」
「ぐっ……」
「私は魔人ならそうした理由にも説明を付けられるよ」
「どういう事だ?」
「……色んな負の感情を搾り取る為です」
「――なっ!?」
俺はこみ上げてくる怒りを抑えながら、魔人に言って聞かせる。
「魔人や魔物にとって、人間は餌だ。それはインフェルからも聞いている。ましてや人間の負の感情を元に性格が形成されたお前には良心の仮借もないだろう。しかもお前達が謳う餌は、食事として摂取して無くなるものではない。奪わなくても得ることが出来ることから説明がつかないか!?」
鬼気迫る勢いに、さすがの魔人もたじろぐ。
その様子を見たハイドラスも悲痛な表情。
「……確かにそれならば、生きていた子供と亡くなった子供がいることに説明がつく……か」
「一応、小児性愛者という犯人像もあるけど、それこそあてつけじゃないかな? ……総合して、これで人間の仕業ではないと説明が出来る」
「そして、攫い方や今回の襲撃事件を重ねてみれば、この魔人が犯人ということになるという訳か」
俺は今までの推理をまとめて魔人に説明する――。
先ず、迷宮を無人にする為、ダンジョンマスターを殺害。
その後、攫った方法から音に特性のある魔物であることから、小さな迷宮の為、音が反響して脅かし、他の魔物を追いやる。
無人になった迷宮に攫った方法と音が反響する迷宮を利用して、子供のみを攫い、監禁。
攫った子供達に恐怖心を与え、負の感情を搾り取り、魔物の成長を促し、完全な証拠隠滅に迷宮を倒壊し易いようにした。
「――そして、今回の襲撃……でしょ? そしてその証人は……」
ちらっとハイドラスを見ると、こくりと強く頷く。
「私の妹を舐めるなよ。証拠の為ならときっとここに赴いてくれる。声を聞かせれば一発だろう」
コイツの特徴的な喋り方から、はっきり証言してくれるはずだ。
「そして最後に貴方の正体だけど……」
うっかり忘れていたとハイドラスが魔の抜けた口調。
「ああ、そうだったな」
「この犯行を行う場合、それ相応の力の持ち主である魔人以外には考えられないことから、この犯行は貴方がやったこと」
魔人になった場合、魔物としての能力は向上する。人の姿になるのは弱点を隠す為。
魔物には少なからず弱点が存在する。人になれば弱点はつきにくい。
「音を使うことから、音の特徴がある魔物が正体に繋がるけど……」
俺はリュッカがリストアップしてくれた音の特徴がある魔物のリストを広げて見せた。
「先ず、希少種や変異種は省かれる」
希少種はそもそも臆病な性格のものが多いこと、変異種は凶暴性が強く、乱心的なことから進化が難しいと外される。
「次に、知性の低い魔物も省かれる」
魔人になれば、知性や理性を身につけはするものの、魔物の特性上、個体差は出る。
「なるほど、トラップ系の魔物はそこまで狡猾な手段は考えにくいか」
「その通り。そしてアリミアで攫われたことから、生息している魔物の分布図を見て絞り込むと、二種類しか存在しない」
あの辺りは海が近いこともあって水辺の魔物が多く、ザラメキアも近いことからも、かなり範囲が絞られた。
「人魚かマンドラゴラしかいないんだよね。でも、人魚は省かれる」
「何故だ? 知性を持つという意味では一番近い存在だろう」
確かに人魚は魔物の姿からもほぼ人型であることから想定されるが――所謂人魚姫のイメージ通り――ある理由から省いたと説明する。
「被害にあった場所は全部陸地だよ。わざわざ自分の得意とするフィールドを離れるようなことをするかな?」
「確かに……」
正体を隠す為にわざととも考えられるが、それでも自分の得意なフィールドの迷宮を捨て去ることが出来るだろうか。
インフェルが異常を発見したのはザラメキアの森の迷宮だけだったことから説明がつく。
「となると消去法でコイツが犯人の正体になるよね? マンドラゴラさん?」
追い詰められ、険しい表情でこちらを睨み続ける。
「改めて言うけど、植物系の魔物を統率していたこと、姫殿下が証人になれることから犯人は貴方でマンドラゴラ――」
俺は三度、わざとらしく愛想のいい笑顔で、表情を見てもわかるほど、酷く後悔している魔人に尋ねる。
「――さあ、言い逃れを聞こうか? 魔人マンドラゴラさん?」




