35 側にいる真意
「――なるほど、確かにそれなら辻褄が合うか……」
俺は犯人についての推理を披露した。
みんなまさかの犯人像に驚きはしたが、説明していくうちに納得した様子を見せる。
「なら犯人はこれからも犯行を繰り返すってことになるわね」
「まあ、おそらく……」
俺達はその犯人像から、犯行を繰り返す動機があることを確認する。
「それならば対応しておいて良かった。後はその犯人が網にさえ、かかってくれれば解決ですが……」
他の被害の無いところには警戒勧告をしてある。
また子供達を攫う動きがあれば、すぐにでも対処できることだろう。
ただ問題となるのは、その犯人が推理通りだと、かなり厄介な存在ということだ。
「そうですね、リリアちゃんの言う通りなら、厳しい戦いになりそうだけど……」
「リュッカ、もう一度教えてくれないかな?」
リュッカは頷くと、その犯人についての情報を改めて確認する。
「確認してもよ、やっぱり――って、うわあっ!?」
またしてもバークが驚いた声をあげる。
「どうしたのよ!? バーク……?」
驚いた先を見ると、雨の中、窓から寒そうな顔をしたクルシアの姿があった。
「あれ? クルシア?」
俺は窓を開けると、びしょ濡れになった服のまま、嬉しそうに飛び付き部屋の中へ。
「良かったぁ! このままだと風邪――へ、へ、へっくしょぉーい!!」
すご〜くわざとらしいクシャミをして見せた。
このびしょ濡れになったクルシアのお陰で緊迫した空気も払拭された。
「まったく……。何でまたこんな天気に外にいるかな?」
クルシアはレイゼンにタオルを貰うと、身体を拭く。
「いやさ、この天気だから船出ないって言われちゃって、お金もないしで彷徨ってたら、雨に降られるしでさ、大きなお屋敷だなぁ、誰か居ないかなぁってうろうろしてたら、見覚えのある顔がいるんだもん! 再開するなんてねえ!」
「ホントだよね、久しぶり! 元気そうで良かったよ」
上機嫌に身体を揺さぶりながら話す。
何かと楽しそうなんだよなぁ、コイツ。
「……そうでしたか、良ければ泊まっていかれるといいですよ」
「えっ!? いいの! やったぁーっ!!」
ジェイルは困っている様子はないけど、話から放ってはおけないと、クルシアに泊まるよう勧める。
「あの、いいんですか?」
「ええ、部屋は余っていますし、それに彼のような明るい方と一緒にいた方が気も紛れるというものです」
そう話すとレイゼンに食事の用意と部屋の用意をお願いする。
クルシアは不思議そうにデリカシーなく尋ねる。
「気が紛れるって何かあったの?」
「あんたね……」
そこには触れるなと止めに入るが、好奇心を抑えられない様子で子供のように駄々をこねる。
「ねえねえ、何があったのぉ〜。ねえねえ」
そういえば出会った時もこんなやり取りがあったようだと思い出す。
多分、話すまでしつこく聞いてきそうなので、ジェイルに当たり障りのない程度に話してやることに。
「ほら、最近このあたりで子供達が攫われた事件があるでしょ? それの調査をしててね、重苦しい空気だったから、あんたみたいなのが居ればって話。わかった?」
感心するように、ほぉーと口を細めたが、すぐにわかったとニッコリ笑った。
「それじゃあそれじゃあ、元気を振り撒いてあげましょうかねぇ〜。この国の行く末も怪しいから元気出していこう!!」
何やら妙なことを口走る。
確かに子供が攫われ続けているのは、由々しき問題だが、国の行く末はさすがにオーバーとも捉えられた。
「あんたねぇ、そんな縁起でもないこと言わないでよ。私達ギルドだって頑張ってるんだし……」
「ん? あれ? あれあれ?」
クルシアは冒険者であるサニラ達を不思議そうに見る。
「な、何よ」
「もしかして知らないの? 今の状況」
俺達全員、不思議そうにしていると、何か察したように言葉を濁す。
「あー……なるほどね、そっかそっか」
「ちょっと気になるわね、はっきり言いなさいよ!」
サニラが威嚇するように言うと、特にビビる様子もなく、さらっと話してみせた。
「今、王都にさ、魔物の群勢が向かってるんだよね」
「「「「「!!」」」」」
「それでさ、この国ヤバイかなって思ったから、船で――」
「それどういうことよ!! 詳しく説明しなさい」
「わかったわかった――」
クルシアは今、王都に魔物の群勢が向かっていることを説明し始めた。
何でもタイオニア大森林に突如、真っ黒の大樹が出現し、大量の魔物を引き連れ王都へ向かっているとのこと。
タイオニアの仮設基地にいた騎士の動きを、その近くにあるギルドの仮設基地の冒険者が避難がてら教えてくれたらしい。
今、殿下や騎士団達が対応に追われており、突然の出現の影響もあってか、解決に向かうかは不透明とのこと。
「――どお? わかった?」
まるで他人事のように話すクルシア。
「どうしてそんな大事なことを話してくれなかったのよ!!」
その怒りの発言も当然である。王都がそんな危機的状況なら心配になるというもの。
「だって、ここにいた方が安全でしょ? 下手に行ったら死んじゃうよ」
「抑えてサニラちゃん。クルシアさんだって私達を心配したからこそ、敢えて言わなかったんだよ」
命の危機管理をするという意味では間違いではないのかもしれないが、万が一、王都が惨状になれば、精神的に来るものは計り知れない。
「とにかく事態の確認を! ――ジェイルさん!」
「わかりました。すぐにっ!」
バタバタと慌ただしくなる中、俺はある一つのことが頭に浮かんだ。
「……ちょっと待って、この進撃って……」
「まさか……!」
俺とサニラはお互いに考えていることが、合致したのか、視線で確認し合うと、
「向かおう! 王都へ!」
騒がしくなったのが気になったのか、ナタルが部屋から出てきた。
「何ですの? みなさ――」
「いいところに! ナタル、レイゼンさんに馬車の用意をさせて」
「いや、馬だけでいいわ。馬車は邪魔よ」
馬車を引かせるくらいなら、直接乗った方がいいと話す。
状況が掴めないナタルもこの慌てた様子を見るに、只事ではないと察したのか、すぐにレイゼンの元へと走った。
「私、先に行こうか?」
「そうね、お願い。だったらリリア、ある程度こちらの事情を向こうに知ってもらった方がいいわね」
「うん。紙とペン、借りますね」
俺は机の上にある紙とペンを拝借。俺は殿下に伝えるべきことをしたためる。
「フェルサが先にって?」
「この娘、狼の獣人だからね。馬で走るより早いわよ」
俊敏性に優れている獣人だから出来ることだという。そんな話をしているうちに、手紙を書き終えた。
「じゃあこれを殿下に……」
「ん。……ん?」
フェルサがその手紙の内容をチラリと見えたらしく、その内容に首を傾げると、俺の方を見た。
それに対し、俺は無言で頷くと、フェルサは窓から飛び出して行った。
しばらくしてレイゼンが馬を手配してくれた。
「そんなことがっ! 私も――」
事の次第を後で聞いたナタルは自分も力になりたいと立候補するも、
「あんたはここにいなさい。妹さんのこともあったでしょ? 足手まといよ」
サニラはキツい言い方で突っぱねる。
「どちらにしても危険なことには変わりない。君はここにいてくれ。ジェイルさん達もここで。もしかしたら王都からの避難者が来るかもしれません」
俺達も本来ならここで待っているべきだろうが、今回の襲撃事件が誘拐犯の仕業なら、その正体に限りなく近付いている俺達が行かない道理がない。
「……わかりました」
「気をつけてねぇ〜、行ってらっしゃ〜い」
一人、めちゃくちゃ呑気に大手を振って見送る男がいる。
「ていうか、貴方は来なさいよ。上級魔法を無詠唱で発動できる化け物さん?」
それを聞いて、知らなかった俺達以外は目を見開き、驚愕した表情でクルシアを見る。
「はあぁ!? あんた、上級魔法……冗談よね?」
「冗談じゃないぴょん! ホントだぴょん」
嘘に聞こえるように、両手でうさ耳を作り、ふざけた態度を取るが、俺達は目の当たりにしている。
「私達は見てるから、ホントだよ、ね?」
「うん、凄かったね」
「それなら君、クルシアさんだったか、一緒に来てくれないか?」
ジードは実力を見込んでと頼むが、身体をくねくねとさせながら、これまたわざとらしく断る。
「ええ〜、怖いからやだぁ〜。死にたくな〜い」
まあ、先ほど本人はこの国から去る為に船を使おうとしたのだ。戦う意思はないのだろう。
「時間がないからいいわ。行きたくないならそれはそれで……」
何かと冷たいサニラさん。中々サバサバしてらっしゃる。
そしてみんな馬に跨る中、俺は乗れないので、しどろもどろしている。
「どうしたの? リリィ、早く」
「えっと、私、乗れないんだけど……」
馬に跨っているのは、俺とバーク以外全員。
ジード達、冒険者組みはともかく、アイシアとリュッカが乗れることに驚く。
ていうか、バークも乗れないのかよ。
「なら私の後ろにでも乗りなさい。しっかり掴まるのよ」
バークはグラビイスと一緒に乗るようで、俺はサニラの後ろに乗ることにするが、俺はサニラの後ろに乗る前に、
「ちょっと待ってね、みんな――召喚! インフェル!」
雨の中、インフェルが召喚される。インフェルに触れる雨は一瞬で蒸発する音が連続する。
「……こんな状況で召喚されたくはなかったのですが」
呼ぶと必ず文句の一つを言うのが日課になりつつある俺の使い魔に、お待たせと一言添えて、命令する。
「インフェル、今タイオニアあたりで魔物の群勢がいるらしい」
それを聞いたインフェルは眉を上げた。なんだか嬉しそう。
「コンディションは悪いですが、まあいいでしょう、それで?」
「インフェルにやって欲しいのは、魔物の駆逐もそうなんだけど、おそらく殿下達は犯人に苦戦を強いると思うの」
「というと?」
俺はインフェルに犯人についての説明をする。
「――なるほど、我はそいつを抑えれば良いので?」
「うん、頼むよ。あー、後ね、人間には危害を加えちゃダメだよ。迷惑も極力かけないようにね。それさえ守ってくれれば暴れてきていいから」
色々と制限をかけて話すと、わかっているとばかりに呆れたため息を吐く。
「……わかりましたが、一つ宜しいですか?」
「何?」
「そいつは殺してもいいんですよね?」
この自分には不利な環境にも関わらず、そのように言うのは、相当溜まっていたのか、自信があるのか。正直、犯人には言いたいことがあるから出来ればやめて欲しいが、インフェルの意思を尊重することにする。
「いいよ。私の手を煩わせたくないって言うインフェルの優しさを尊重しようかな?」
本当の意思を理解しつつも、可愛らしい仕草で嫌味混じりにそう話すと、嫌味で返す。
「フフ、そうですよ。ご期待に添えられるよう頑張りますので、では――」
インフェルは翼を大きく広げて、ギュンっと風を切るような速さで飛んでいった。
「それじゃあそろそろ行こうかしら、乗って」
中身が男だけに何だか複雑な心境でサニラの後ろに乗ると、しっかり掴まれというので、腰に手を回してハグする感じでしがみつく。
すると、サニラが不満そうに俺にだけ聞こえるように呟く。
「……貴女、それは嫌味かしら?」
「は? 何が?」
俺は言われた通り、しっかりとしがみついているだけなのだがと、不思議そうな表情を浮かべる。
なのでもう一度、ぎゅっとしがみつくと、後ろからでもわかる不機嫌なオーラが伝わってくる。
「えっ!? な、何……?」
何がマズかったのか、あたふたしているとリュッカが男性陣にわかりにくいように、苦笑いしながら胸を指す。
「あ……」
それを見た時に察した。
サニラはそんなに凹凸の無い、スレンダーな身体付きをしている。
脱いだら凄い娘もいるらしいが、残念ながらサニラはそうではないらしい。
そりゃあ自分よりもある脂肪を押し付けられれば、不機嫌にもなるというものだ。
やっぱり胸の大きさは、女性としてのプライドと言ってもいい、気にするお年頃なのだ。
なので気持ち、緩めたりしたのだが、
「それでは行ってきます!」
そう言うと、みんな勢いよく馬を走らせる。
「――お、おおっ!?」
その反動で思わず、思いっきり抱きついた。すると、こちらを一切見ることなく、完全に無言状態となった。
(ひいぃーーっ!! こんなことならアイシアかリュッカに乗せてもらえば良かった!!)
今、王都が大変な中、馬の上で規模の違う暗雲を立ち込めながら、馬は駆け出していく。
――俺達は海岸線沿いの崖道に入り、走っていると、遠くに黒い大樹が見えた。
「ちょっと待てよ、あれか!?」
グラビイスの後ろに乗るバークが指差す。
その遠くに見えるバカでかい大樹の周りには小さく小競り合いをしているのが見える。
「あんなのが王都に突っ込んだら、ロクなことにならないわよ!」
「そうだねっ!! ――みんな止まれ!!」
先頭を走るジードがブレーキをかけて止まると、みんなもその指示に従い、止まる。
この道は崩れたところを補強する形で橋がかけられていたのだが、海岸線沿いの崖の道だった影響もあってか、この雨で土砂崩れが発生。橋が壊れてしまった。
「そんな、土砂崩れですか?」
「そのようだね、迂回するしかない」
「でも、このままじゃ間に合わないかも……」
フェルサとインフェルには、先行してもらって伝言を伝えてある以上、遅れていくなんてことは出来ない。
「だったら私の地魔法で……」
「待ちなさいサニラ。こんなところで地盤に手をつけたら、私達まで崖下に落ちるわ」
「そんな……」
地の魔法で橋を作ろうとするも止められる。
アネリスの言う通り、下手にこのあたりの地面に刺激は与えられない。
とはいえ、こんなところで足止めを食らっている訳にいかない。
「飛び越えるのは……」
「この雨風でなかったら、或いは……」
馬で飛び越えるにはギリギリの長さ。雨風がある為、危険と判断。
肉体型の人間なら飛び越えられるとは思うが、現場についてからは、完全にお荷物になるのは明白。
しかも風魔法が使える人間がいない。
すると、アイシアが真剣な眼差しで俺を見ると、託すようにお願いする。
「リリィ……リリィが犯人のことを一番知ってるし、早く向かうべきだよね?」
「ああ、うん」
アイシアの意図が分からず、生返事をすると、
「だったら――召喚! ポチ!」
「――ガァウッ!!」
呼びかけに応じ、元気な鳴き声をあげて一匹のドラゴンが出てきた。
「ドラゴン……?」
「そういえば幼龍の鱗がどうとか、その子のことだったのね?」
買取に付き合ったアネリスが尋ねると、アイシアはポチの頭を撫でながら、自慢げにそうだと言う。
「ポチならここを飛び越えて走れるんじゃない?」
確かにドラゴンは馬力もあるだろうし、脚力もあるだろうが、ポチは人を乗せたことなんて、まだないだろう。
そもそも飛ぶイメージはあるが、それは羽で空を飛ぶということであって、馬のように四足走行からの跳ぶということではない。
だが、そんな俺の考えとは裏腹にみんなは納得意見を出す。
「確かにこの子なら大丈夫かもしれない」
「元気そうだし、力もありそうだ! 行けるぞ」
「そうね、とりあえずリリアだけでも……」
不安は募るが背に腹は変えられないと、アイシアの提案に乗る。
「わかった。ちゃんと乗せて走れるように伝えてよ、アイシア」
「うん」
そう返事をすると、子供に言い聞かせるようにポチの視線に合わせて、俺とアイシアは屈んで言い聞かせる。
「いい、ポチ。リリィの言う事をしっかり聞くのよ。わかった?」
「ガウ!」
「本当に頼むよ、ポチ。信じてるからね」
「ガウ!」
そんな様子を後ろから見ていた残り一同。思わずバークが呟く。
「初めて子供におつかいをさせる母親みたいだな」
「やめなさい。女の子にとってこの歳頃は、そこまで大人っぽく見られたくないものよ」
「はは……」
――という訳で、俺だけポチと共に先へ進むことになった。
「後で合流しよう」
「うん」
俺はポチに身体を覆い被さるように乗る。
サニラの柔らかい背中とは違い、ゴツゴツザラザラしている。当たり前だが。
ふわぁっとした甘い匂いもしなければ、雨に濡れていたとはいえ、艶のある髪が頬をなぞることもない。
乗り心地は悪いが致し方ない。
本人が自信があるのか、鼻息を荒くしながら、右の後ろ脚で何度も地面を蹴り込む。俺も覚悟を決めて、身を任す。
「頼むよ……――行け! ポチ!」
後々引っ張ると決心が鈍りそうなので、半ばやけくそでゴーサインを送る。
「ガウウッ!!」
ポチは勢いよくスタートダッシュを決める。
「――おおうっ!!」
結構凄い速さで走り、あっという間に橋の倒壊現場まで――そして、
「――ガウウッ!!」
「――ちょっ……!?」
割と余裕で飛び越えられるほどの跳躍力を見せた。ドラゴン恐るべしと言うべきか。
まあ元々空を飛べる魔物だ、筋力は人間の並ではないだろう。
そして向こう側まで飛び越えるのを見ると、その様子を固唾を呑んで見ていた一同も安堵の表情を浮かべる。
「よくやったよぉー!! ポーチーっ!!」
アイシアが向こう側でぴょんぴょん跳ねながら、ポチを称える。
喜んでくれるご主人を見てか、もっと褒めて欲しいと戻ろうとする。
「ガウッ!!」
「ちょいちょいちょい!? どうどうどう……ポチ、褒めてもらうのは後ね? 今はどうするんだっけ?」
「ガウ?」
首根っこを引っ張り、背中に乗る俺に不思議そうな視線を送る。さっき言ったことを覚えていないのか、飛んでいったのか、とりあえずもう一度言って聞かせる。
「私のお願い聞いてね?」
「…………ガウ!」
どうやら思い出してくれたよう。アイシアも念を押して言ってたから、思い出してくれたよう。
「じゃあポチ、いくよ!」
「ガウッ!!」
「――お、おう!? おま、割と速い――」
砂煙を上げながら戦場へと走った。
そして、それを見送った彼らも別ルートから向かうことに。
「よしっ! 一旦引き返して別の道から行こう」
事件解決に向けて、動き出すが――俺達はまだ、その真意には辿り着けてはいなかった。
***
「あのさ、お水を用意してくれないかな?」
ミューラントのお屋敷で留守番中のひょうきんな男はまた妙なことを言い出す。
植木鉢に植えられた大輪の花を見て水をあげたいと思ったのだろうか。
「そのお花の手入れはされているわよ?」
レイゼンや使用人が仕事を怠るということはないと、久しぶりに屋敷へ帰ってきたナタルでもわかることだ。
「まあまあ、いいからいいから」
ふう、と呆れるように視線を送りながら、レイゼンに用意するよう伝えた。
「貴方、こんな事態に何を呑気な……」
「こんな時だからさ。こういうさ……か弱いものを愛でたくなるものじゃない?」
くるっと振り返って笑顔を送ると、ナタルも気を遣っているのだろうかと優しく微笑み返した。
メトリーという大切な者を失った悲しみをそんな簡単に埋められるものではない。
それでも、このような小さな命でも諦めず、絶望せずに懸命に生きている。
生きていくのを諦めるなと言っているように聞こえた。
するとレイゼンが金物のジョーロを持って来た。
クルシアは、ありがとと微笑みながら受け取ると、ナタルに渡そうとする。
「……えっ?」
「……」
クルシアは笑顔でジョーロを差し出すだけで何も言わない。
自分の考えていることが、わかっているのだろうかと解釈し、彼の優しさとして受け取った。
そして、その花を愛でるように優しく水が注がれる。
「ねえ、こんな話は知ってるかな?」
「はい?」
「良い芽を育てるには、周りの若い芽を摘み取らなければならないって話」
園芸にはあまり詳しくないナタル。返答に困ったが、聞いたことくらいはあったので、はいと答えた。
「あれ、どう思う?」
「どう……とは?」
「だってさ、せっかく出てきた芽を摘むんだよ? 生きたいって懸命にさ……」
そう言われるとと、しんみりした表情で俯くと水を注ぎ、濡れる花を見た。
「そうよね。きっと生きて……いたかった……わよね」
メトリーのことが重ねて見えた。暖かい涙が頬をなぞる。
そっとレイゼンはハンカチを渡し、クルシアは何も言わずに用意したという部屋へと向かった。
その向かう足取りは軽く、不謹慎なまでに上機嫌だった。
「ふふ、いいね、ああいうの。感動的だなぁ……やっぱりいいよねぇ」
不気味なピエロのような楽しそうな不敵な笑みを浮かべる。
「まさか、アイツを嗾けたのが、ボクだなんて知らずにねぇ」
その表情は凶々しく、不気味にケタケタと笑う。クルシアにとって善行も悪行もない。
必要なら助けるし、面白そうなら救いもする。全ては、
「ああ……楽しいなぁ、面白いなぁ……さあ! ここからもっと面白くなるよ!」
その薄汚れた優越感を意地汚く啜る。その汚れきった欲望のままに。
クルシアは懐から透明に澄んだ宝玉を手に取る。そこにはプラントウッドの姿があった。
「さあ、役者は揃ったよ。どんな終演を見せてくれるかなぁ」
道化、ピエロとはステージを盛り上げる為にふざけた格好や仕草をしながら、仰天するような曲芸を披露する前座という印象はないだろうか。
クルシアはそのピエロの仮面を被ったようにほくそ笑む。
「――神様は喜んでくれるかな?」




