34 枯れ木の上での死闘
――王都の城下町は雨に濡れ、窓が風に叩かれ、カタカタと唸りを上げる夜。
アルビオは自室にて、その雨を心配そうに見ながら休んでいた。
だが、その心配の要因は天気ではなく、アリミアへと向かった友人達のこと。
いつもなら見かけるはずのリュッカやフェルサの姿を学校で見なかった為、風邪でも引いたのかと先生に尋ねると例の事件にナタルの妹が関わっており、向かったことを知った。
「まあ、そんな心配そうにすんなよ、アル。あいつらなら大丈夫だろ?」
「そうですよ。彼女の救出の際のことを考えれば、心配することはありません」
「心配無用」
顕現することなく、アルビオだけに見える状態でそう話す水、風、闇の精霊達。
闇の精霊ザドゥは影に潜んでおり、姿を見せない。
精霊達は常にアルビオの側にいる。
勿論、プライベートは尊重しているので、必要のない時はアルビオにも見えないように姿を隠すが、アルビオしかいない時は、話し相手になったりする。
「ありがとう、みんな」
「それよりも最近は彼女ですね。ルイスさんの成長は目覚ましいものがあります」
そう褒め称えるのは光の精霊ルイン。水の精霊と同様の女神のような姿をしている。
自分も指導にあたっていることから、嬉しそうに上機嫌だ。
「そうだね、僕も頑張らないとね。どうしたら君達を二人以上顕現した状態で戦えるようになるかな?」
今の彼の課題は精霊の複数顕現した状態での戦闘。
精霊の顕現は複数の召喚魔を使役するのと同じ。
数が増えれば増えるほど、制御が難しくなる。ましてやアルビオが使役するのは精霊だ、より難易度が高い。
だが、勇者はアルビオの精霊よりも上位の存在で六属性の精霊を全て顕現した状態で、戦っていたという。
「まあ、そう焦ることもあるまい。急いてはことを仕損じるというだろ?」
「そうそうそう! ヴォルくんの言う通りさぁ!」
楽しげに話すのは地の精霊アルヴィ。ヴォルくんとは火の精霊ヴォルカードのこと。
アルヴィはエルフのような格好をして、腰巻きにはフルートのような笛を指しているフィンと同じくらいの小人の姿。
ヴォルカードはがっしりとした筋肉質な身体の上半身。足は無く、幽霊のような尻尾みたいなものを揺らめいている。
「うん、そうかもしれないけど……強くならないとって」
「約束したからですか?」
「そうだね」
「はっ! 前までは勇者の野郎のせいでプレッシャーになるとか何とか言ってたのに、今は女の尻かぁ?」
「そうそうそう!!」
小生意気な小人の精霊達が、そう茶化しながら呆れたようにそう話すと、アルビオは赤面して否定する。
「ちょっ!? 何言い出すのさ!!」
「違うのかよぉ?」
「違うのぉ?」
「コラ、アルビオが困っているでしょう」
二人は、呑気な声で、
「「はぁーい」」
反省の色を窺えない返事をした。
そんな様子を微笑ましく見ていると、ヴォルカードがある異変に気付く。
「ん? ザドゥは何処へ行った?」
先程、ポツリと丸い影でテーブルの横あたりにいたザドゥの姿、もとい影がない。
「知らね」
「どうしたんだろうね?」
そんな心配をしていると、ブンっと影が瞬時に元の位置へ帰って来た。
「おっ? 帰って来たな。ったくどこ行ってたんだ?」
フィンが生意気な口ぶりで尋ねると、相変わらず単調かつ説明不足な物言いで知らせる。
「危機接近」
アルビオと精霊達は不思議そうな表情を浮かべながら、その影を覗き込む。
「詳しくお願いできる? ザドゥ」
「了解。魔物接近、騎士対応、苦戦必至」
そう説明しながら、ザドゥは影に映像を投影する。
そこに映っていたのは、
「なっ!?」
空を覆う魔物の群勢と不気味な黒い大樹の姿があった。
そこでは空中でも地上でも懸命に戦う騎士や魔術師など、所々に見覚えのある人達が戦っている姿を確認した。
ある程度映像が流れ終わると、黒い影へと戻っていく。
「説明終了」
「おい、今のはやべぇよ」
アルビオは子供の頃からお世話になっている人達の危機に駆けつけてあげたいという気持ちが芽生えていた。
昔の臆病で、他人の顔色を窺っている自分ではこんな気持ちになることもなかっただろう。
そんな自分にすら良くしてくれた人達が、懸命にこの国の為に戦う姿に心が揺れる。
「向かいたいのでしょう」
ふと振り向くと、そこには優しく微笑んで、アルビオの意志を汲んだルインがいた。
「危険回避」
「うむ、迂闊な行動は、迷惑になりかねん」
反対意見の火と闇の精霊。
「しかし、知ってしまった以上は、何かしなくては……」
「何かってねぇ……」
戦場には行かずともと何かやれることを、と提案する水の精霊。地の精霊は眉を上げて考えるが、やはり背中を押すのは、この生意気精霊。
「はぁ? てめぇら何言ってやがる、ルインの言う通りだろうが! アル、お前は行きたいんだよな?」
アルビオは力強く意志を込めて、頷く。
「よし、それなら行くで決まりだ! 人間は嫌いだが、アルの為だ……奴らが死んでしまったら、アルの寝覚めが悪くなるからな」
「フィン、しかし――」
「しかしじゃねえ!! 俺達はアルの意志を尊重するんだろ? アルは親友だ。友の成長を押してやるのがダチってもんだろ」
親友、友達、ダチと統一性のない物言いだが、とにかくアルビオは大事な存在だからこそ、背中を押してやりたいと熱弁する。
「わかりました。でも、無茶は厳禁でお願いしますよ」
「我らの力振るう時か……良かろう」
「はい。私達がアルビオの力になりましょう」
「了解。戦闘準備」
「みんな、頼むよ」
アルビオは防御魔法を付与されている制服に、手早く着替えると、下にいる両親に心配かけまいと一応の置き手紙を机の上に置く。
そして、窓を開けて雨が激しく打ち付ける中、飛び出した。
「よし! 行こうぜ、アル」
フィンは顕現して、風の付与により空を飛ぶ。
窓を閉めると、
「ごめん、行ってきます」
両親がいる部屋を見ながら、飛んで戦場へと向かった。
***
雨が打ち付ける戦場では苦戦を強いられていた。
周りの雑魚の魔物は問題ないのだが、時たまに混じる変異種の対応に難航している。
「クアァーーッ!!」
工場の油水のような汚い色合いをした鳥型の変異種の怪鳥が血走った目で、魔術師達を翻弄する。
「この鳥野郎っ……今すぐ焼きとりにしてやるから、直りやがれ!! ――フレイム・アックス!!」
ガンツが無詠唱の中級魔法を素早く放ち、怪鳥の背中に炎の斧を突き立てる。
それに怯んだ怪鳥に、他の火の魔術師は一斉に怪鳥を攻撃。
「クアァーー……」
変異種の怪鳥は消沈していくが、次から次へと魔物は湧いて出てくる。
「くそっ!! キリがねぇし、あの化け物野郎には魔法が通じないし、なす術がねえ」
彼らは攻めあぐねている。
まもなく次の岩壁に衝突する頃合い。相変わらず前進しかせず、一向にハーメルトへの直進ルートを変えない。
挙句、魔物達の数は減らず、さらには謎の風圧攻撃に魔法を相殺される始末。
大樹を守る風圧なのだろうが、原因を突き止めようにも、魔物達が邪魔をする。
「どうしましょう、このままでは……」
「くそっ!! ……ん? 何だ?」
さらに状況を悪化させる事態となる。
今まで前進しかしなかった大樹が何やら枝木を軋む音を鳴らすと、その枝木から蕾が出てきた。
するとそのまま風船のように、ぷくーっと膨れ上がると、一気に枯れた木の実になったかと思うと、裂けた口だけや目だけの魔物を召喚した。
「おいおいおい、冗談じゃねえぞ!!」
「くっ……――この事態を至急報告に向かって」
側にいた部下に焦った様子で伝えた。
向こうの陣営は数でゴリ押すようだ。魔物達が休むことなく攻め続ける。
「魔力の尽きそうな者は一旦退避せよ。戦える者は前へ」
「俺達もいくぜ!!」
空中戦のできる冒険者も加勢してくれてはいるが、それでも状況の回復は厳しい。
少しずつ追い込まれている状況に対し、解決案も見出せず、指示もない。
まさに崖っぷちに立たされるのだった――。
――そして作戦本部でも唸り声が止まらない。
「敵は尚も接近中とのこと。さらにはあの大樹も反撃に出ているようです」
「くっ、前進だけするデクの棒という訳では、やはりなかったか」
解決案が出ず、焦燥感が襲う。
「召喚士の姿は?」
「確認は出来ていないそうです」
「そうか……」
進まない話し合いに痺れを切らしたのか、ハセンはガタッと勢いよく立ち上がった。
「しょうがねぇ、ワシが出るか」
そう言うと側に立て掛けていた大きな棍を肩に背負うと話し合いをしていた室内を出ようとする。
すると――、
「――わあっ!?」
「――おっと!?」
建物内に入ろうとした友人の姿に驚く。
「アルビオ!? お前が何故ここに?」
「えっと実はザドゥがこの状況を教えてくれまして、何かお力になれればと――」
「馬鹿を言うんじゃない!! 今がどんな状況かわかっているのか!?」
ハイドラスは叱咤する。
その予想外の反応に思わず驚いて黙る。
「まあまあ、そんな頭ごなしに叱ってやるな。いい友達じゃねえか、ん?」
ハセンは何かを察したようにハイドラスを諭す。
その言葉に我を思い出させてくれたのか、落ち込んだ様子で謝る。
「すまない、状況が切羽詰まっていてな、苛立っていたのだ」
「い、いえ、殿下の仰ることの方が正しいですから」
最初こそ驚いたが、思えば心配してくれた上でのお叱りだったと思う。
「黒髪……おめぇさんが勇者の末裔か?」
初めて見る黒髪の少年に、珍しいものでも見るかのように、色んな角度から覗き見るように見る。
「あ、はい」
「そんなことより、改めてだが、ここは危険――」
ハイドラスが今度は冷静にアルビオを心配して話そうとすると、ブワァっと風が入り込んだと思うと、フィンが焦った様子で顕現する。
「おい!! あのお化け大樹、速度を上げたぞ」
「――何だと!?」
みんな外へ出て状況を確認すると、遠く姿が確認出来た。
「こりゃあやべぇな」
ついに目に見える程の脅威が徐々に迫る。
ハイドラスは悔しそうに言葉を噛み潰しながら返答した。
「ああ……」
だがフィンは朗報も連れてきた。
「いや、まだ解決方法はあるぞ」
「ホント!? フィン?」
みんな小さな精霊に注目を集める。フィンはむくれた表情をしながらもとんでもない情報を言う。
「あの大樹に人がいる」
「あそこにか!?」
「ああ、飛んで確認に行ったから間違いねえ。アイツがおそらく黒幕ってやつだろ?」
フィンは顕現をせず、その大樹を目視で調べていたところ、人を確認したと説明。その容姿も説明した。
「ならばそいつを抑えれば……」
「ですが、報告を聞けば、空中の魔物の群れも凄いんだろ?」
「余計なことを――」
「そんな心配そうな顔するんじゃあねえ!! 犯人を抑えりゃあ、どうとでもなる、なあ?」
その側近の話を聞いて、そんなことを気にするなと豪快に笑い飛ばす。
「ああ、召喚士を押さえることであの大樹が何を起こすかはわからないが、手をこまねくよりはいいだろう。ましてやラバや王都に突っ込ませるなんて論外だ」
みんなその意見に賛同する。
「となるとあの壁が壊れたあたりで減速するだろうし、仕掛け時はその時か」
向こうには既に岩壁が建っている。その向こうに大樹の姿があった。
「殿下、僕達が力になります」
「アルビオ、しかし……」
「王子様よぉ、悩んでる時間はねぇんじゃねえか?」
ハセンは親指で向かってくる大樹を指す。
そんな風に悩んでいると、冒険者が何人か集まってきた。
「ギルドマスター、そろそろケリつけねえとヤバイですぜ」
「そうね、何か案とか出たのか?」
「おうよ、てめぇらにも協力してもらうぜ」
「……さっきから頑張ってますけど」
「まあ、そう言うな。どうする? 王子様」
先程から魔物の討伐をしていた冒険者達だったようで、正念場ではないかと駆けつけてくれた。
「殿下、僕の力はまだ頼りないです。でも、精霊達の力なら……僕達を信じて下さい!!」
積み上げてきた精霊達の信頼、力を信じてほしいと訴える。
その気持ちはハイドラスにもわかっている。
小さい頃からアルビオの側には精霊達がいた。顕現した姿も見かけたことがある。
自分以外に、最初から心を開いていたのは、精霊達だけだった。
家族からも期待と嫉妬の目で見られていたことは知っていたからこそ、アルビオと精霊達の強固な信頼関係をハイドラスは知っている。
何より今、強い意思を持って目の前にいてくれる友の成長を――いつも後ろから追いかけてくるだけの存在ではないことをこうして見ることが出来る。
この意思を裏切ることは、友として出来ない。
「……わかった。お前達に、いや……お前に任せるぞ! アルビオ! あの大樹を止めてくれ!」
ハイドラスは友の背中を押すことを決めた。
例えその道が命奪われる危険な道だとしても、アルビオの強い意志を信じたい。
その気持ちをしっかりと受け止めたアルビオは、真っ直ぐにその期待に応えるべく、先ずは返事からと、
「はい!!」
強く、強く、その一言に意志を込めた。
だが、勿論アルビオ一人に行かせる訳にも行かない。真剣な眼差しでハセン達を見る。
「みんな、ここが正念場だ。これ以上行かせれば劇的な被害を生む。それを我々が阻止する!」
皆の士気を上げる為、口上を述べると指示を送る。
「アルビオ、お前は精霊達と協力し、必ずあの大樹を止めろ。周りの魔物共は気にするな、ハセン殿」
「おう、道は俺達が作る、任せな勇者のガキ」
冒険者達が了承したように、頷く。
「オリヴァーン、お前達も冒険者同様に魔物の討伐、後は負傷者を運べ」
「はっ!」
「ウィルク、ハーディス、お前達はアルビオの援護だ。関係の長い奴との方が連携が取りやすいだろ」
本来なら実力者揃いのここにいる冒険者が一緒の方が戦力的にはいいのだろうが、アルビオのことを考えれば、付き合いの長い二人の方が良いとの判断。
「しかし、殿下の護衛が――」
「馬鹿を言うな。お前達以外にもこんなに騎士が側にいるのだ。むしろ不要だ」
ウィルクは軽いノリでハーディスの肩に手を回す。
「そういうこった。今だけ首切られとこうぜ」
「……縁起でもないこと言わないで下さい」
今から戦場へと狩出るのだ、確かに縁起でもない。
「では、みんな頼むぞ」
「「「「「おおおおおおーーっ!!!!」」」」」
ハイドラスの音頭に皆が一斉に声を張り上げ、気合を入れ、行動を開始する。
***
冒険者達は道行く魔物達をバッサバッサと薙ぎ倒し、道を開けていく。
アルビオはその後ろからついて行きながら、感心した様子で見ている。
学校ではほとんどの者が剣での戦い。
見慣れない武器、戦い方、身体の使い方、魔法の使い方、学ぶところが沢山ある。
こんな状況でなければ、学び取りたいところと、元々の真面目さからそう考えるが、今考えるべきことは、あの大樹に取り憑き、犯人と思しき者の接触と制圧。
「あの大樹が壁を破壊したら、取り憑けばいいんですよね?」
「おう、そうだな。あのお化け野郎、気にも留めねぇからな」
動きが鈍るのはその時のみ。
破壊してまで進む理由は、もはや王都の制圧か復讐くらいしか思いつかないが、犯人の意思など大切な人達を守る戦いには関係ない。
「俺の風の付与で一気にいくぞ」
「頼んだよ、フィン」
「食わず嫌いをせず、俺達にも頼むぜ」
ウィルクが軽くお願いすると、フンと不機嫌そうに鼻を鳴らす。
「こんな状況じゃなかったら、してやんねぇけどな。せいぜいアルの身代わりくらいにはなってくれよ」
「おいおい……」
「フィン……」
そんなことを話しながら向かっていると――、
ドガガガァーーン!!!!
派手な破壊音と共に魔物達の鳴き声が連続する。
「急ぐぞ、ついて来い!」
アルビオ達は速度を上げて一気に現場まで駆け出す。
「――フィン!!」
「おうよ、ウィンド・エンチャント!!」
アルビオ達に風の付与が纏う。
「いくよ!!」
足を思いっきり蹴り上げ、高く飛んだ。その向かってくるのを確認したのか、周りの魔物達が行手を阻もうとする。
「――させるかぁ!!」
「――行きな!! ガキ共!!」
冒険者達が魔物達を薙ぎ払い道を開けた。
アルビオは少し振り向き笑みを零すと、大樹に向き直り、真剣な眼差しで犯人のいる場所へ。
だが、大樹にも動きが発生する。
いくつもの木の実の魔物を生み出した枝木が伸びて、槍のように突き刺そうと襲い掛かる。
「マジかよ!?」
「躱しますよ!!」
「はい!!」
無数の枝木が雨のように襲い掛かる。それを掻い潜るように空中飛行を披露するアルビオとハーディス。
だが、元々水属性のウィルクは空中飛行など初めてで何とか躱すレベル。
「――ヤベッ!」
そんな隙を突くように、枝木の黒槍が襲う。
「何を――やってるんですかぁ!!」
そこをハーディスがウィルクの手を強引に引っ張り、救い出す。
「ありがとよ」
「手間をかけさせないで下さい」
何だかんだ仲が良い二人を見て、安心していると、
「居たぞ。奴だ」
フィンが指差した先には大樹に片手をつき、ニタニタと笑みを零し続ける男の姿があった。
ボサボサの雑草みたいな頭に、細身がかった貧相な身体付き、ボロ布を羽織っただけの惨めそうな姿……フィンの報告通りの姿を確認した。
枝木の黒槍を躱し切り、距離を多少空けて、太い枝木に着地する。
「初めまして……この大樹の主人で間違いないですか?」
単刀直入に尋ねる。
これだけの大きさの大樹の魔物だ、誤魔化しようがないだろうからの質問に予想通りの返事が返ってくる。
「おうよ、よく来たなぁ、ガキ共! 歓迎するぜぇ!! ヒイィハハハハーーッ!!!!」
先程の表情から、コイツが楽しげに見ていたことは想像できる。腹ワタが煮えくり返りそうだが、感情的になると思う壺と判断した。
「単刀直入に言います。すぐにこの魔物を止めなさい」
犯人は、馬鹿にするような表情で、アルビオ達を見る。
「はあぁ? 止める訳ねぇだろうが!! バーカ」
聞く気を持たない小馬鹿にするような態度。遠慮は無用と判断し、実力行使でいくことにする。
すると、犯人はここでアルビオを見て、ふと思い出したように気付く。
「ん? お前、勇者か?」
その一言に疑問を持ったが、不思議そうな顔も首を傾げもせず、警戒して見るが、犯人の情報を探る為にも返答する。
「勇者の末裔とは呼ばれています」
「勇者の……末裔? そうか、アイツのガキかぁ……」
後半はあまり聞こえなかったが、その驚いた表情から、勇者に対しての恨みか何かがあるのだと感じた。
「そうか! そうか! そうかぁ!! あいつが勇者のガキかぁ!? ハハハハッ!! 上等だぁ……俺はアイツみたいに死にぁしねぇ」
ぼそぼそと独り言を呟きながら悶絶していると思ったら、ビッとアルビオを指差すと宣言する。
「俺はアイツとは違う!! てめぇをぶっ殺して、ハッピーエンドだあ!!」
アルビオ達からすれば意味のわからないことを叫び出した。そして――犯人は枝木を裸足で素早く駆け出し、突っ込んでくる。
「――なっ!? 早――」
「おらぁっ!! 邪魔だあ!!」
素早くウィルクの手前まで来ると、回し蹴りをかます。ウィルクは防御はしたものの、空へと投げ出される。
「くっ、重っ」
召喚士とは思えない体術を披露する犯人。気は抜けないとハーディスが先行する。
「制圧しますよ! アルビオさん!」
「は、はい!!」
投げ出されたウィルクを心配しながらも、ハーディスと連携して犯人を追い詰める。
素早い剣撃で攻めるが、
「よっ、ほっ、ははっ!!」
躱しながらも反撃してくる。こちらも攻め手を緩めないが、向こうにも余裕がある態度で二人を相手する。
「――エア・カッター!!」
剣撃の中に無詠唱の魔法も交えながら攻めるが、躱される。
「おいおい、いいのかぁ? 一人はお空から地上へ旅だったまんま、だぜぇ!!」
犯人からの上段蹴りを躱す。
「ご心配にはお呼びません!!」
ハーディスは縦に斬り込むと、バランスの悪い足場にも関わらずバク転して躱すが、
「――そうだぜ!」
そのバク転した着地点の枝木の下からウィルクが斬り込む。
フィンの風の付与を受けてる影響上、離れ過ぎなければ、空中飛行が可能なのだ。
だが、その反撃も、
「よっと」
バク転からの宙回転で躱しきる。そのアクロバティックな動きに、苦戦を強いる三人。
「くっ……」
「おいおいおい、どうしたぁ!? この程度かよぉ、勇者様ぁ〜?」
ここである違和感を感じる。
これほどの近接戦闘が出来るにも関わらず、これだけの魔物を使役出来ることがおかしいことに気付く。
「あの、貴方……本当に召喚士ですか? いえ、本当にこの魔物を制御出来ているのですか?」
アルビオの意見に同意した表情をする二人。
「確かに、おかしいよなぁ……」
「ええ……」
すると、犯人は腹を抱えるような大笑いをする。
「ヒイィハハハハーーッ!! 召喚士だあ? 何を訳わかんねぇこと言ってやがる」
この言い方から、正直に答えているのだろうと判断したアルビオ達は情報を吐き出させるべく質問を続ける。
「では、貴方が制御している訳ではないんですね?」
その質問に対し、ニタリと笑うと――、
「どうかな?」
枝木が動き出す。
「な、何だ?」
「足場が……!?」
犯人は別の枝木に飛び移り、乗っていた枝木がバキバキと割れる音を鳴らしながら、枝分かれを始める。
「くっ……飛びますよ!」
三人は空中へと避難するが、そこを逃がさないと犯人は大きく息を吸うと、
「――はああっ!!」
息を吐き出し、強い風を起こし、アルビオ達に攻撃。バランスを崩し、落下を始める。
「なっ!? くっそぉっ」
「――体勢を立て直して――!!」
風で吹き飛ばされた三人は空中で止まるも、枝木が再び攻めてくる。
「――やっちまいなぁ!! プラントウッド!!」
この黒い大樹はプラントウッドと言うらしい。このことからこの魔物は、あの体術を使う犯人が使役していることがわかったが、違和感は拭い切れなかった。
だが、そんなことを考える余裕もなく、プラントウッドは枝木と木の実の魔物達が人海戦術の如く、量で攻めてくる。
「ちぃっ!! ――おぐぅ!?」
何とか振り払うように対処していくも、回避が間に合わず、枝木の幹の部分を直撃し、ウィルクは落ちていく。
「ウィルクっ!!」
それをハーディスが何とか捕まえる。
「ったく、慣れない空中戦とか勘弁だぜ」
「泣き言はあとから――ちっ!」
次から次へと襲い掛かる枝木の攻撃に、ウィルクを抱えながらのハーディスは防戦一方。
アルビオは動いていない枝木に着地すると、フィンを一旦引っ込める。
「――ヴォルカード!!」
呼びかけに応じ、火の精霊が顕現。状況がわかっているヴォルカードはすぐに手の平の上に大きな火の玉を作る。
「――むん!!」
勢いよく飛んでいくが、犯人は、
「――はああっ!!」
また声を発して相殺する。
すると、風の精霊がいないことから、素早くアルビオのいる枝木の足場を崩すと、アルビオはそのまま落下していく。
「――ああああーーっ!! ――くっ、フィン!!」
落下しながらも素早く交代し、フィンを顕現。何とか地上へのボディプレスは免れた。
「大丈夫ですか?」
「ええ、何とか。しかし……」
ウィルクを背負ったハーディスが合流すると、少し離れた空中で犯人がいる場所を悔しそうに睨みつける。
すると、風の魔術師団達が飛んで来た。
「大丈夫ですか?」
「はい、犯人と接触しておきながら、何も出来ず申し訳ない」
「しかし、魔法を相殺しているのが、あの犯人だとわかったのは大きいですね」
「どういうこった!? ハーディス?」
攻めあぐねていたガイツ達が必死に尋ねてくる。
「あの犯人がアルビオさんの火の精霊の攻撃を相殺しているところを見ました」
アルビオにも視線を送ると、こくりと頷いた。
「つまり、あの犯人と大樹を引き離せば、攻撃が通る」
「簡単に言ってくれますね、アイナさん。さっきの見てました? 木の実の魔物だけでなく、あの枝まで攻撃してきてるんですよ。あの犯人を剥がすのは容易じゃないですよ」
「考えたってしょうがねえ!! 隙をついて引っ張り出す……しか!?」
攻めあるのみと語ろうとしたガイツの眼に、ある影が飛行する。
「――おい!? ありゃ何だ!?」
みんなその先を見ると、暗い雨の中、薄らと見える悪魔のシルエットがあった。
「なるほど、さすがは主人だ」
その能面のような悪魔の顔はニヤリと楽しげな笑みを浮かべていた。




