32 迫る脅威
――王城内はまだ落ち着きを取り戻さない。
このイケメン王子も本来の落ち着きある冷静な態度などある訳もなく、落ち込んだ表情で子供達の行方を手掛かりから推理しようとするが、情報が少ないと嘆く。
「くっ……どうしてここまで尻尾が出ない」
「殿下……」
いつものハイドラスではないことから、こちらの護衛二人も本調子にない。
「殿下、メルティアナ姫殿下ならきっと大丈夫です」
「そうですよ、殿下。見た目以上にしっかりなされているのです」
気休めにもならない言葉しかかけられない状況に、二人も困惑した様子。
無理もない。ハイドラスとハーディスは行方不明になったという家族から事情を聞いたが、朝起きたら居なくなっていたという情報以外は何もなかった。
許可を得て、被害者宅や周りも調べたが、手掛かり一つ出ない。
元々、調べていた情報でも手掛かりは何一つ見つからないと報告を受けていただけに、自分の無力さに打ちひしがれることしか出来なかった。
「そんなこと言われなくてもわかっている……わかっているのだ」
焦燥感に駆られながらも、無事を祈るように顔を伏せていると、何やら外が騒がしく聞こえた。
すると、コンコンコンコンと激しくノックされた。
「――殿下! お部屋におられますでしょうか?」
「ああ、いるぞ。何だ?」
暗く、不機嫌そうな声で応対する。
ハイドラスがいることを確認すると、一人の騎士が素早く入ってきた。
「報告です! 王都で行方不明になっていた子供達が帰ってきました! 姫殿下もご無事です」
「「「!?」」」
部屋に居た三人は驚き、シンクロしたように、その報告しに来た騎士を見た。
殿下はずっしりと腰を据えていた椅子から、素早く立ち上がると、騎士に近付きながら確認を取る。
「それは本当か!?」
「はっ! 正確にはまだ確認中ではありますが、行方不明と報告を受けていた人数と合致しているので、間違いないかと……」
「どこで確認を取っている?」
「城門前広場にて行っております」
「父上には?」
「はっ! 他の者が報告に向かっております」
ハイドラスの表情が色を取り戻すように、晴れやかになっていく。
「よし、お前は父上に確認に向かっていると伝えよ」
「はっ!」
「よし、行くぞ」
ハイドラス達は報告があった、城門前広場へと向かった――。
雨が降る中、広場は賑わっていた。
騎士達が子供達を確認する中、無事を確認した家族は歓喜に溢れる。
ハイドラスの足取りも、はやる気持ちを抑えられないようだ。
見覚えのある後ろ姿が見えて、珍しく大きな声が出た。
「――メルティ!!」
その声に反応して、振り向く。
「――お兄様っ!!」
お互いに駆け出し、再開を果たしたことを喜び合うように抱きしめ合う。
「心配したぞ、メルティ」
「申し訳ありません、ハイドお兄様……」
ハーディスとウィルクも安心した表情で見守る。
「ご無事で何よりです」
「しかし、さすがは姫殿下。我々の出る幕ではなかったようですね」
「馬鹿言ってるんじゃない、ウィルク。姫殿下がどれだけの思いをしてらしたか。お助けに参上出来ず申し訳ありません」
ハイドラスから少し離れると首を横に振る。
「いえ、わたくしは何も出来ませんでした。力不足を痛感するばかりで……」
「だが、こうして戻って来たじゃないか?」
「助けて下さった方がいたのです」
ハイドラスは辺りを見渡すがそれらしき人物を見かけない。
「どこにいるのだ?」
「それが門兵にわたくし達を任せると、忽然と姿を消されてしまって。お礼も出来ていないのに……」
クルシアは門兵に子供達の身柄を渡すと、メルティアナが事情を説明している内に、ふと姿を消したという。
ハイドラスとしては恩人だ、必ずお礼がしたいと名前を尋ねる。
「その者の名は?」
「クルシアという方です。とても明るく、優しいお方でした」
その名に聞き覚えがあると、三人はふと悩んだ。
「あっ、確かリリアちゃん達が遭遇してたっていう男じゃないですか?」
言われてみればとハイドラスとハーディスは閃く。
「なんだか縁がありますね」
「そうだな。今度あったらお礼を言わねばな」
「はい!」
「よし、父上と母上も心配している。元気な顔を見せてこい」
「はい! お兄――」
くきゅぅ〜〜……。
安心したのか、もういいだろと胃袋が可愛らしい悲鳴をあげる。
それを聞かれたメルティアナは耳まで紅潮すると、恥ずかしさからポカポカとハイドラスを叩く。
「フフ、そうだったな。元気な顔を見せることも大事だが、やはり腹ごしらえが先か。料理長にでも手配してもらうといい」
ハイドラスは楽しげに微笑んだ。
「もうぉーーっ!! お兄様!!」
「ははは、ほら言ってこい。ウィルク、ついてあげてくれ」
「かしこまりました。お腹を空かせたお姫様を満足させられますよう――」
「もうっ!! ウィルク!!」
ウィルクに対しては、扱いは雑なようでスカートを翻しながら、蹴りを入れる。
そんなやり取りを見ながら見送ると、ハイドラスは近場にいる騎士に子供達の様子を確認する。
「子供達は皆、無事だったのか?」
「はっ! 治癒魔法術師に診て頂いたところ、問題ないとのことです」
「殿下、まだここ以外の子供達は無事かどうかわからない以上、捜査を続行しなくては……」
「ああ、その為には子供達に聴取せねばな」
帰ってきた子供達は犯人を見ているはずだと、大きな手掛かりに期待できる。
だが、子供達の心身の状態もある為、安易には聞き辛い。
「殿下」
声を掛けてきたのは、王宮治癒魔法術師の証たる、純白のローブに身を包んだ大人しそうな顔立ちの女性魔術師が報告に来たようだ。
「ティナンか」
「はい。子供達の容態について、ご説明差し上げた方が良いかと思いまして……」
「助かる。それで?」
「はい。子供達はどうやら召喚士に捕らえられていたようです。マンイーターに縛られていたと言っていました」
「本当か!?」
子供達はこの優しいお姉さんに、慰めて欲しくて言ったのだろうか、治療を行っていた際に聞いたのだという。
「それに強く縛られていた跡があったことから、間違いないかと。ただ暗くて顔は見ていないと……」
「まあそれは無理ないですよ。誘拐犯と一緒にいるだけでも怖かったでしょうし、顔を見る余裕なんてとても……」
子供達の心境を考えればそうだろう。
「しかし、召喚士か……。犯人像が見えただけでも良しとするべきか。ハーディス、その線から犯人を洗い出すぞ。手伝――」
ハイドラスが誘拐犯の目処をつける為、調査を進める指示をしようとした時――、
ズズズズーー……。
――何やら大きな地鳴りのような音が遠くから聞こえた。雨音で遮られているせいか、微かに聞こえる程度。
「何だ?」
「地震でしょうか?」
すると、箒で飛んでくる魔術師がこちらに向かってくるのが見えた。
「殿下! 大変です!」
ふわぁっと殿下の前に着地すると、慌てた様子で今起きている地鳴りの原因を報告する。
「どうした?」
「それが、巨大な樹のような魔物がタイオニアにて突如出現しました。こちらに向かっており、少なくとも十万の魔物を引き連れ、こちらに侵攻しております」
「――な、何だと!?」
子供達が無事に戻って来て、一息ついたかと思えば、新たな危機が迫る。
「私達、観測班が観測を続けており、タイオニアに在住していた騎士達も対応しておりますが、数が数ですので……」
タイオニア大森林は騎士達の仮設基地がある。そこの者達が対応しているのだろうが、おそらくは小隊規模の騎士達しかいないはずだ、無茶なことをせずに無事でいてくれることを願う。
「わかった。お前達、観測班は観測を続け、随時情報を報告しろ。父上には私から説明する! 行け!」
「はっ!」
メルティアナが戻ってきた影響もあってか、すっかりいつも通りの凛々しい王子に戻った。
今迫る脅威に、瞬時に対応するハイドラスを見て、安心しつつも、危機迫る状況に気を引き締めるハーディス。
「ティナンは救護班を編成。怪我人の治療に即座にあたれるよう準備を整えろ。ハーディスはすぐにウィルクを呼び戻してこい。その後、私の元へ、頼むぞ!」
「はっ!」
雨に滴りながら、ハイドラスとハーディスは王城へ戻る。
その歩く先の空には暗雲が立ち込めている。
だが、これから歩く未来には立ち込ませないと、強い歩みを進める。




