30 犯人の思惑
――アリミアの町は冷たい雨に降られている。
調査は割と早くついたのか、病院と教会では様々な心境が飛び交う。
病院に運ばれた子供達の無事を確認した家族達は帰って来たことに喜び、感謝する。
だが、教会に運ばれた子供達は、家族の苦しい胸の内を聞いてはくれない。
ナタルのように呼びかけるが、ただ虚しく響くだけで、現実を突き付ける。
どれだけ痛々しいか、教会の人間はいつ見ても慣れぬ光景に視線を逸らし、子供達の冥福を祈るだけだった。
そして、悲しみに暮れるのはナタルの両親も同じで、メトリーの死を伝えるとジェイルは上の空の表情を浮かべ、佇み、ナルビアは大粒の涙を流し、その場で崩れた。
教会に預けた我が子を見る覚悟が出来ぬようで、ナルビアは自室にこもり、ジェイルは気を紛らわせるように、話し合いに参加するが、俺達からは辛いようにしか見えず、何とも痛々しい。
そして、メトリーの死を目の当たりにしたナタルも、悲しみと行き場のない憤りに目を滲ませながらも話し合いに参加しようとしたが、俺達が休むよう、半ば強引に自室へと押し込んだ。
今は使用人に目を離さないよう言ってある。
正直、今のナタルは何をするかわからない。
そんな重苦しい空気の中、今回の調査報告から話し合いが始まる。
「それでは、今回の調査結果だが……」
ジードはちらっと目を赤くするジェイルを心配そうに見る。
「……私のことは気にしないでくれ。私はこの町の町長としての責務を果たさねばならない」
強がるようにそう話す。
これ以上はジェイルの気に障ると思ったので、話し合いを始める――。
四箇所の異変があった迷宮には、行方不明となっていた子供達が確認された。
一箇所はまだ掘り進めているようだが、その中から死体が数人、確認されたという。
この後少ししてからわかることだが、結局、全員確認することとなる。
死者は八名、衰弱した状態で見つかったのが十三名という、何とも胸が苦しくなる結末を迎えた。
子供達全員からは縛られたような跡があり、想像もしたくないような残酷な目にあわされたことが、虚な表情をしていた子供達を見て、予想がつく。
そして、亡くなった子供達の死因もまた残酷なものだった。
外傷は縛られた痕跡以外は特に見当たらず、内臓破裂での出血死だという。
そしてこれもまた違和感のある話だが、どこにも犯人の影一つ無く、手掛かりらしいものも見つからなかった。
犯人については無事だった子供達に尋ねたいところだが、あのような衰弱し切った幼子達にそんなトラウマを聞く訳にもいかず、話し合いの場が持たれた。
「――くそっ!! これだけの事をしておきながら、本人達はトンズラかよ!!」
テーブルを強く叩き、憤りをぶつける。
「止めろ、グラビイス。ここにいる皆が同じ気持ちだ。私達は確かにあの光景を目の当たりにした。だからこそ、冷静に判断し、犯人を捕えなければならない。私達は今、一番犯人達に近い位置にいるはずだ」
ジードの熱意を滲ませる悔しそうな物言いに、悪かったと表情を落とす。
「さて、リリアちゃん。君達の推理によれば犯人は半催眠状態で犯行を行ったとのことを軽くフェルサから聞いたが、もう少し詳しく聞かせてくれないか?」
「……わかりました」
俺は先に推理した犯行の予想を説明した――。
「――なるほど。確かにそれなら誰に気付かれるでもなく、子供を攫うことが出来るか」
「あくまで予想ですが……」
「いや、おそらくはそれで合っているとは思う」
「その犯行の線が高いと、まだ被害の無いところに注意喚起をしております」
ジェイルが飛び出して迷宮の調査に向かったレイゼンの代わりにしてくれていたようで、とりあえず一安心ではある。
「一旦まとめよう、犯人は子供達にしか聞こえない音を持ち入り、魔力での調整と同時に誘導するように仕向け、迷宮内へと誘い込み、誘拐した……と言ったところか」
「そして、調査の手が伸びてきたところを証拠隠滅の為に子供達を殺した……」
酷い話だ。向こうの世界でもそんな残酷な事件はあったが、目の当たりにした分、生々しかったせいか、嫌に目にこびりつくようにあの光景が離れてくれない。
その光景を思い出す度に思うのは、恐怖心や悲しみより沸き立つような怒りの感情だ。
まだあんなにも幼い子供達があんな目にあっていいはずがない。
俺がまだあの時は、親にゲームを強請ったり、爺ちゃん婆ちゃんに甘えたり、ただ純粋に友達と楽しげな笑顔を浮かべながら過ごす年頃だった。
それが、あんな姿で帰ってきた両親は何て思うか、正直、想像もしたくないし、想像することすらおこがましい。
無事だった子達だって、タダで済んでいる訳でもない。
恐怖心に支配され、震えが止まらない子や虚な目で焦点も合わずに呆ける子など、明らかに心の傷を負っている。
だが、その犯人は一向に尻尾を出さない。
苛立たつにはいられないだろうが、ジードの言う通りでもあるので、何とか抑えながら冷静に、冷静にと頭を冷やしている。
「ん? ちょっとおかしいんじゃない?」
バークの意見を聞いて、何か違和感を感じたのか、ご意見番が物申す。
「調査の手が伸びたって、子供達の死後からだいぶ経ってますよね?」
「あ、ああ。そうだな」
亡くなった子供達は大体三日程前に殺害されたとのこと。
その時にはまだここまでの調査は出来ていなかったことから、意見したようだ。
何せ進展があったのは、今日が初めてのことだ。それはおかしい。
「つまり、子供達を殺す為に誘拐したってこと……?」
重苦しい空気にの中、さらに万力で締め付けるかのように胸が苦しくなる。
「可能はあるな。魔術による実験だとすれば、死因にも説明がつく」
「人体実験……」
寒気が過るような単語が出てきた。
実際ある話だろうし、俺が最初にこの世界で目の当たりにした魔法も実際はそれだから、覚えがある。
リリアの自殺用魔法陣である。
俺の場合はこうしてリリアの身体に収まる程度……という言い方はおかしいだろうが、無事で済んでいるので良しとするが、実際リリア本人がどうなっているかまでは把握していない。
この事から、魔法による人体実験など、どれほど恐ろしいものなのか体験者故、難しくない。
「つまり何? 子供達を攫った理由は、奴隷として売りに出すのではなく、人体実験用のモルモットとして攫ったと。どちらにしても胸糞悪い話だわ」
冒険者である以上、非人道的な事件も対応してきたろうが、苛立ちを隠しきれないアネリス。
その気持ちも一同、同意だろう。
だが、さすがに慣れないアイシアとリュッカは気分の悪そうな表情をしている。
「アイシア、リュッカ、大丈夫?」
「ご、ごめんね、大丈夫だよ。参加させて欲しいって言ったの私達だし、大丈夫だから……」
そうは言っているが、今にも吐きそうな青白い表情をしている。
俺も気分は良くはないが、アイシア達ほどではない。
中身が男な分、アイシア達より毅然として居なくちゃという想いがあってのこと。
「一旦、休憩にしようか。根を詰め過ぎても良くないしね」
ジードが気を遣って、話し合いを中断してくれた。
俺達は話し合いに使っている町長室を出て、深く息を吸う。
「それにしてもこんなことになるなんて……」
「そうだね……」
落ち込む二人の気持ちは俺も一緒だ。こんな形で見つけたくはなかった。
だが、どんなに後悔しても帰ってくる訳じゃない。
「生きてるからこそ、頑張ろ」
俺は子供達の為にもと二人に強く呼びかけた。生きている責任とはこういうことなのだろうかと、強く心に刻んだ瞬間だった――。
――俺達はとある部屋の扉を軽くノックする。
はい、と部屋の中から声がすると、ガチャっとゆっくり扉が開く。
「あの委員長はどうですか?」
「えっと、お嬢様ですね。只今、その……」
中にいた使用人は、そっと振り向く。
その視線の先には、華やかなベットの上に寝そべっているナタルの姿があった。
どうやら落ち着いてきた様子ではあるが、落ち込んでもいるだろう。
「お話って出来ます?」
「大丈夫だと思います。どうぞ」
友達の方なら元気づけられるだろうと、部屋へと入れてくれた。
「委員長、落ち着いた?」
呼びかけると、気怠そうに、むくりと起き上がる。
「……話し合いはどうなりました?」
その目は迷宮から出てきた赤いままだが、だいぶ落ち着いた様子で話す。
「とりあえず空気が重くなり過ぎたから休憩だよ。攫った方法の目処もついてるし、お父さんが注意喚起してくれてるから、被害も抑えられると思うよ」
「……そうですか」
「隣、いい?」
「ええ、どうぞ」
アイシアとリュッカはナタルの両隣へと座る。ベットの隣にある椅子を拝借することに。
「ねえ、聞いてもいいかな?」
「何をです?」
「妹さんのこと」
アイシアが結構攻めたことを聞くと内心、ハラハラしている自分がいる。
正直、傷心している女の子に何て話しかけるかなんて、俺には想像もつかん。
「……」
さすがにナタルも暗い表情を見せる。
どれだけ願っても戻って来ないメトリー。話すことすら辛そうだ。
だが、アイシアは思い出を語るように話を始めた。
「私にもね、妹がいるの。それどころか弟も。兄妹いっぱい」
「……貴女にも兄妹が居られるの?」
「うん、二つ下の弟と五つくらい下の妹と七つ下の弟かな?」
「四人兄妹だったのですね」
さすがに多いと驚いた表情。
確かにアイシア父母は頑張ったようだ。
「リュッカさんは?」
「私は一人っ子です」
俺も聞かれそうだったので、首を横に振った。
「兄妹が多いと色々大変だよ。食べ物を取り合ったり、お風呂やトイレの使う時間が限られたり、兄妹喧嘩したりさぁ……」
兄弟がいない俺でも想像がつきそうな光景が浮かぶ。
「それでも一緒に遊んだり、お母さんの手伝いをしたりとか、色々思い出もあるんだよね」
アイシアの性格上、勢いで付いて来いみたいな感じで楽しげにしているのも浮かんでくる。
実に微笑ましい光景だ。
「今、こうして離れて暮らしてると、賑やかだった分、ちょっと寂しい気もするけど……」
「あれ? 私との同室は気に入らなかった?」
俺は嫌味混じりに、悪戯っ子ぽい笑みを浮かべる。
「そ、そんなことないよ。けどさ、こうして心の中に思い出として居てくれるんだなぁって思うと、何だか暖かくならない?」
「アイシアさん……」
優しく微笑むとナタルの手を握って、額に当てる。
「メトリーちゃんのこと、いつか話せるようになったら、聞かせてね。今は辛いかもしれないけど、委員長の中でずっと笑顔で見守ってくれるはずだよ。私も貴女の中で笑っているメトリーちゃんのこと、いっぱい知りたいから……」
その優しく抱擁するかのような言葉に感極まったのか、再び涙が溢れ出す。
「……え、ええ、話すわ。きっと貴女達に……その時はもっと……貴女の話も……聞かせて下さいね」
鼻をぐずりながら、溢れ出る涙を拭いながら、ナタルもまた優しく微笑んだ。
メトリーのことを強く、忘れない為にもきっと話そう。そう願う彼女の溢れ出る涙は先程の涙とは違い、暖かいもののように感じた。
俺も何だか貰い泣きしてしまう中、ナタルを使用人に任せ、部屋を後にする。
「アイシア、いい事言うね」
「そう? 私も、もしみんながあんな風になったらって思うと怖かったから、ちょっとでもちゃんと側にいるよって伝えてあげたくて……」
「そんな事、私は出来ないよ、委員長を傷つけそうでさ」
「それが出来ちゃうのが、シアの凄いところだよね?」
俺達はアイシアの暖かい心に触れたような気がした。
俺達はそんな話をしながら、町長室へと戻ろうとする道中、メトリーの部屋を横切る。
「ここがメトリーちゃんのお部屋か……」
もう二度とこの部屋に彼女が戻らないと思うと、やはり悲しい気持ちになる。
「結局、犯人の手掛かりらしいものなんて、出てこなかったよね」
「そうだね。リリアちゃん、迷宮の中も特に何もなかったんだよね?」
「うん」
そう。この部屋と一緒だ。
あの迷宮の中には何もなかった。あったのは子供の死体だけ。
犯人の手掛かりどころか、犯人がいたであろう形跡も魔物がいた痕跡もなかった。
この犯人はよっぽど痕跡を消す事に自信があるのだろうかと思うほど、消したがり屋だ。
そんなことを考えていると、違和感が浮上する。
あれ……?
俺はメトリーの部屋の前で立ち止まったまま。
二人は先に行くも、付いてこない俺を見て呼びかけるが、考えに集中するあまり聞こえていない。
俺はどうして迷宮内にも痕跡がなかったのか、違和感が払拭されない。
何かがおかしいと情報を巡らせる。
痕跡一つ無い犯行現場と監禁場所。殺された子供達と無事だった子供達。魔物達の遭遇しない迷宮。子供達の誘拐の仕方。
俺はパズルのピースを探すように、情報のピースが繋がらないか、試していく。
この違和感は何かある。きっと繋がるものがあるのだと。
ここであるピースが浮上した。
まだはっきりしない子供達の攫われた理由。
俺はある出来事を読んだのを思い出す。
「……そうか、私達はとんだ見当違いをしてたんだ」
心配になった二人が側へ駆け寄った時、俺は慌てて駆け出す。
「ちょっと、どうしたの? リリィ」
「わかったんだよ!! 犯人が!!」
「「ええっ!?」」
二人は揃って驚くと、すぐに俺の後を追った。
俺はすぐ様、町長室へ直行すると、勢いよく扉を開ける。
「ちょっと、びっくりするじゃない!? もう少し静かに――」
「ジェイルさん!! お願いしたいことがあるんです」
町長室へ集まっていたみんなは、血相を変えて現れたリリアに何事か尋ねようとした時、
「リリィ、犯人が分かったって本当?」
「――!! ほ、本当ですか!?」
「はい。正確にはちょっと違いますが、お願いを聞いてもらえれば、すぐにでも割り出せます」
「割り出せる?」
その一言にみんな首を傾げる。
証拠はない……。しかし、状況がここまで語りかけてくるなら読めないこともなかったのだ。
激しく雨打つ中、長い夜が始まろうとしている。




