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問おう! 貴方ならこの状況、歓喜しますか? 絶望しますか?  作者: Teko
4章 ラバ 〜死と業の宝玉と黄金の果実を求めし狂人
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29 暗闇の先には

 

「何があったの?」


「この付近を調べよということで、見て回ったところ、いくつかの迷宮(ダンジョン)枯渇(こかつ)しかけているところがあります。陥没(かんぼつ)したのも確認しました」


迷宮(ダンジョン)?」


 それを聞いたレイゼンがある事を思い出す。


「聞いたことがあります。(さら)い屋が迷宮(ダンジョン)を根城にしていたという話を……」


「それは本当か!?」


「はっ、昔に聞いた話ではありますが、同じ手を使っている者の仕業と考えられるかと……」


 サニラはそれを聞くと、悔しそうに親指の爪を噛みながらぼやく。


「……考えたわね。魔力が枯渇(こかつ)している迷宮(ダンジョン)は、いつ崩れてなくなるかわからないから、誰かが潜んでいるとは考えにくいし、生き埋めにされる可能性を考えて調べようとも思わない」


 迷宮(ダンジョン)は、ダンジョンマスターとその子孫が居なくなると、魔力が枯渇(こかつ)し始め、早ければ数週間のうちに、無くなってしまうのだ。


「それに万が一を考えて証拠の隠滅も図れる……」


「しょ、証拠の隠滅って……?」


 あまり想像したくないことが過るのか、表情を引きつらせながら、アイシアは尋ねた。


 そういうことは割とあっさりと言うサニラは、真剣な物言いで、


「決まってるでしょ? 子供達を生き埋めにして隠滅するのよ」


「まあ、そうだろうけど……」


 だが何かがおかしいように思う。


 奴隷商や(さら)い屋の仕業なら、商品となる子供達を果たして生き埋めにしようと考えるだろうか。


 考えたくないが、小児性愛者ならするかもしれないが、それでも矛盾が生じる気がする。


「どうかされましたか? 主人(マスター)


「えっ、あ、いや……ちょっと変だなって思って……」


「変って何が?」


「その疑問は後でいいわ。今はその怪しい迷宮(ダンジョン)を調べることが先決だわ。デーモン、その場所、地図に書くから教えて」


「断る」


「えっ!?」


 まあサニラの言うことを聞くわけもなく、無感情な言い方で断るので、


「インフェル、重要なことなの。場所ともう少し詳しい話を聞かせて」


 俺が言うと相変わらず素直に応える。


 場所を示しながら、その迷宮(ダンジョン)の特徴をインフェルは感じ取った魔力から説明する。


 どうやら小規模な迷宮(ダンジョン)のようで、インフェルほどの魔物なら遠巻きからでも、魔力の流れから、どれほどの規模なのか把握できるらしい。


 魔力が枯渇していることから、ダンジョンマスターと子孫は既に殺されているとのこと。だが、魔物がいるかどうかまでは不明。


 勿論、子供達や犯人がいるかも不明である。


 だが本来、迷宮(ダンジョン)は滅多に無くなることはない。


 何せ国の資源になる資産だ。ましてや小規模な迷宮(ダンジョン)は出来たばかりということもあり、管理の仕方によっては莫大な利益を生む宝物庫になり得る場所。


 迷宮(ダンジョン)が無くなる理由はいくつかある。


 危険な病原菌が発生したり、厄介な魔物が住み着いたりなどの理由からダンジョンマスターと子孫を討伐、入り口を塞ぎ、故意的に無くす方法。


 この方法は国事情で行われることが殆どで、先ず国が把握していない訳がない。


 魔石の質が落ちる……つまり魔力の流れが悪くなっていくことで起きる自然的消失現象。だが、これは長い年月をかけて起きる現象なので、確認されることは稀である。


 後はインフェルが確認したような小規模な迷宮(ダンジョン)は、ダンジョンマスターが未熟だったりする場合もあり、入ってきた魔物に殺されたり、魔力濃度が薄かったりと、電化製品でいう、初期不良みたいなこともあるが、それも稀である。


 改めて、そんな簡単に迷宮(ダンジョン)は無くならないのだ。


 だがインフェルはその状態を四箇所見つけたという。その内一つは既に陥没している。


 そんな滅多に起きない迷宮(ダンジョン)の異変を近場で四箇所も確認されるのは、明らかにおかしい。


 誰かが作為的に行われている以外には考えられない。


 だがそんなことなら発見されてもおかしくないと思ったが、インフェルの話曰く、微弱な魔力であることと、生茂る草木に紛れていて、確認が難しかったのではないかと説明。


 行ってみないことにはどうとは言えないが、それなら根城にしようと考えるのもあり得る話だ。


「……その話と照らし合わせてみると、どうやらリリアの言っていた方法での誘拐はあり得るわね」


 サニラが持っていた地図とは別の、この付近の地図をレイゼンが手早く持ってきて、インフェルの確認した場所から把握する。


「そうだね、行方不明になった子供達の被害者宅から迷宮(ダンジョン)までは近いね」


 マークを付けた箇所はどこも町から近い、魔物生息域の迷宮(ダンジョン)


「フェルサ! 急いでこのことをジードさんに連絡。おそらく魔物の生息域を調べているところだと思うから、調べてもらって。私達はこっちへ向かうから、そこ以外の場所をお願いして」


 サニラは何も書かれていない紙を出すと、無属性魔法だろうか、先ずマークを記している地図を杖で四角に囲む。


「――マーク」


 その後、書かれていない紙に同じように四角で囲むと、


「――コピー」


 その紙に薄っすらと地図が浮かび上がってきた。


「おおっ!!」


「何驚いてるのよ。これくらいできるでしょ?」


 すると、そのコピーした側の紙を手渡し、


「フェルサはその後、すぐこっちに合流、いいわね」


「ん」


 フェルサは軽く頷くと、窓から素早く駆けて行った。


「それじゃあ、バーク行くわよ」


「おう」


「よし、私達も――」


「貴女達は待機よ」


「えっ!? これからだって時に?」


 サニラはやれやれという仕草を取ると、理由を語る。


「そりゃあ私達だって協力してほしいけど、さすがに犯人が潜んでいる可能性のある場所に素人に行かせる訳にはいかないわ。あの怖〜い先生のこともあるし……」


 あの鬼の形相を思い出すように、気まずい表情を浮かべるサニラに、すっとレイゼンが頭を下げる。


「どうか、わたくしはお連れ下さいませ。昔の話ではありますが、冒険者としての経験も御座います故、お役に立てるかと……」


 いわゆる大先輩にあたるのだろうか、サニラはちらっとジェイルを見る。


「ああ、本当だ。是非連れて行ってくれないか?」


「わかりました。では私達三人と後で合流するフェルサとで――」


「お願いします!! 私も連れて行って下さい!」


 妹が心配なナタルは引き下がる訳がない。


「あのね……」


「わかっています。どれだけ危険な事なのか、無茶な事を言っているのかも。……でも、メトリーはもっと辛い目にあっているかもしれないのです。お願いします」


 誠意を持って、深々とお辞儀をしてお願いする。


 さすがのサニラも困ったようにナタルを見る。


 彼女の気持ちもわかるが、何が起きるかわからない以上、下手に連れて行けないと葛藤しているよう。


「なあ、サニラ。俺達が守ってやればいいだろ? フェルサも合流するし……」


「あんたねぇ……」


「連れて行こうよ。悩んでる時間が勿体ないよ。多分、何がなんでも行くと思うけど……」


 リュッカの時のアイシアと一緒だ。危険があろうとも、きっと向かうだろう。


「無茶しないように私達が見てるからさ」


「なっ!?」


 どさくさに紛れて、俺達もついていくと提案。


「あんたってさぁ……」


「ん?」


 俺はつぶらな瞳でサニラを見る。


 実にあざといと思いながらも重いため息をついたサニラは、


「もうわかったわよ! ついてきなさい! でもついてくるからには言う事は聞きなさい! いいわね?」


「はーい」


「……ったく」


 渋々了承し、ここから一番近い異変のあった迷宮(ダンジョン)へと向かった。


 ***


 インフェルの言う通りだった。俺達が今目の前にしている迷宮(ダンジョン)は、木々の中に紛れるように隠れていた。


 以前、リュッカが落とされたところとは違い、洞穴のような迷宮(ダンジョン)


 蟲の迷宮(ワームのダンジョン)が特殊なだけで、本来はこれがオーソドックスだという。


 辿り着くとすぐに木の上の方からガサっと音がすると、


「お待たせ」


 まるで忍者のように、すたっと足音を立てずに落ちてきた。


「ジードさんは何て?」


「すぐに調べるって。リリア達の推理も私が理解してる範囲で伝えてきた」


 フェルサは確かに蚊帳の外状態で聞いてただけだったからな。だが半催眠状態で誘導されたくらいはわかるだろう。


「ありがと」


「じゃあ入りますか」


「待って」


「えっ? 何?」


 メンバーも揃ったところで調査しようと言うと、サニラが注意する。


「あのね、ここは誘拐犯のアジトの可能性があるのよ。どこにどんな罠があるか、わかったもんじゃないのよ」


「サニラ様の言う通りです。ここは二手に分かれて調査を行いましょう」


「な、なるほど……」


 リュッカの時のように、待ち構えているのが魔物だけとは限らない。


 魔物よりも人間の方が狡猾で悪どい。ましてや百人以上の子供を攫う誘拐犯だ、何をしてくるかわかったものではない。


「いい? 先ずは迷宮(ダンジョン)内を捜索する班と、その周りを調査する班に分かれるわよ。フェルサは迷宮(ダンジョン)内は確定で――」


 伊達に一緒に活動していただけあって、フェルサの扱いの判断は即決。


 危険察知能力は確かに獣人の方が敏感だろう。


「中は危険なことから私も確定ね」


「だったら俺もじゃねえか?」


「はあ……あのね、確かに中の方が危険だけど、外も危険なの。いくらリリアが悪魔も扱う魔法使いだったり、元とはいえ、先輩冒険者がいたとしても、両方に現役が居なくちゃ駄目でしょ」


 実際、グラビイスのパーティ……要するには現役冒険者は五名の内、三名は別の迷宮(ダンジョン)を、他のギルド冒険者と調査中。ここには二名。


 つまり、バークとサニラは潜入側と周りの調査側のリーダーとして起用しなければならない。


「だったら、俺が迷宮(ダンジョン)に入った方がいいだろ?」


「は? 何でよ」


 サニラは慎重に行動できないバークの性格を知っている為、重要になるであろう迷宮(ダンジョン)内の捜索はさせられない構えでいるようだ。


「この中には誘拐犯がいるかもしれねえんだろ? お前にそんなところ行かせられるかよ」


 真剣に心配する言葉を伝えた。


 恥ずかしがらずに言った辺り、特に何の脈絡(みゃくらく)もなく言ったのだろうが、サニラには効いたようで、顔が一気に火を吹くように赤くなった。


「あ、あんたは何言い出すのよ」


「はぁ? 普通に心配してるだけだろ」


 この馬鹿っぷりをわかっていても、酷く動揺を見せるサニラ。


 俺達は何を見せられているのだろう。なので、申し訳ないが大きく咳き込んで、桃色の空気を払拭する。


「話を戻しても宜しいですか? お二人さん?」


「ん? お、おお……」


「そ、そうね、と、とにかくあんたじゃ細かい対応は難しいでしょ。だから私が行くわ」


 自分の気持ちがバレないよう、取り繕うとするよう、態度をできる限り戻すが、バークに好意を秘めているのを知らないのはおそらく本人だけだ。


 ほぼ初対面のレイゼンすら、まるで孫でも見守るかのような暖かな眼差しで見ている。


「だから私とフェルサ、リリアとナタルさん、レイゼンさんで迷宮(ダンジョン)へ行くわ」


「あれ? てっきりナタルは置いてくものと思ってたけど……」


 最悪の結果を考えてと思ったのだが、開き直ったようにこう話した。


「どうせ駄目って言ったって聞きゃしないでしょ? だったら最初から連れていくわ」


「ありがとうございます」


「レイゼンさん、彼女をお願いね」


「はっ! お心遣い感謝致します」


 この人選はサニラなりの配慮だろう。


 子供の頃から付き合いのあるレイゼンが側に居れば、心の支えにもなるだろう。


「残りはこの辺りの探索、及び私達に何かあればすぐにこの場を立ち去り、報告、助けを呼んできて。いい?」


「わ、わかりました」


 時間がかかり過ぎたり、通信用の魔石が点滅し始めたら、そうしろと伝えられた。


「バーク、頼んだわよ」


「おう。お前も気を付けろよ」


「リリィ、気を付けてね」


「私達も何かないか探すから……」


「うん、そっちも気を付けて」


 こうして俺達は迷宮(ダンジョン)へと入っていった――。


 ――リュッカを救出した際とは、全く違う感覚の迷宮(ダンジョン)のようだ。


 ほぼ光はなく、まるで動物の巣穴だ。夜目でも効かないと足元すらおぼつかない。


 こんな中、魔物にでも襲われたら、例え下級の魔物でも苦戦しそうだ。


 しかも道幅も狭く、大人一人分くらいの大きさだろうか、レイゼンは腰を低めながら歩いている。


 リュッカが落とされた迷宮(ダンジョン)とは比較にもならない構造。


「ねえ、こんなにも違うものなの? リュッカが落とされた迷宮(ダンジョン)は、こことは全く違うんだけど……」


 その質問に対し、魔石の光球で照らしながら進むサニラが答えた。


「当たり前でしょ。おそらくこの迷宮(ダンジョン)自体はまだ若いわ。それなのにダンジョンマスターが居なくなり、魔力がろくに巡らなければ、こうもなるわよ。ほら見て」


 その指差すところには、電池が切れそうな淡く弱い光が点滅している。


「魔石の発光が弱いでしょ? この迷宮(ダンジョン)にはもう魔力が流れていないわ。それだけダンジョンマスターの存在は重要ってことよ。迷宮(ダンジョン)が出来る由来は知ってるんでしょ?」


「確か……地脈の魔力の歪みと魔物の歪みが合致した時、だっけ?」


「まあ、そんなところよ。だからどっちかが欠けたらバランスが取れなくなって崩れるのよ」


 そんな話をしていると、フェルサが何か嗅ぎ取ったようだ。


 後ろをついて歩くサニラを手で止める。


「どうしたの?」


「臭うよ」


 入ってから数分ほどしか経っていない。罠か、それとも魔物の気配か、中々先を言わないせいか緊張感が走る。


 フェルサは判別能力が高いのは、リュッカの救出の際に理解している、ちょっと様子がおかしい。


 フェルサは相変わらず表情を変えてないように見えるが、その視線はどこか鋭く尖っているように感じた。


「何が臭うの?」


 振り向くことなく、その先を見据えながら呟く。


「血と死体の臭い……」


「「「「!?」」」」


 その声はこの狭い洞窟のような迷宮(ダンジョン)の中を残酷に冷たく響いた。


 その発言を聞いたナタルの脳裏に何が過ったかは言うまでもなかった。


 ナタルは血相を変えて、俺達の止める声も聞かずに走り出す。


「――委員長っ!! 待って!!」


「――危険よ!! 戻りなさい!!」


 俺達もすぐ様後を追う。


 焦りを隠さず走り出すナタルに俺達の声が聞こえる訳もなく、ナタルは祈るように念じながら走る。


(お願い……無事でいて、メトリー……)


 そして少し開けた場所に出た。


 真っ暗でよく見えないが、異臭が酷く(ただよ)っていた。


「メトリー……」


 弱々しく消えそうな声で呼びかける。


「メトリー……」


 今度は聞こえるように呼びかけるが、返事がない。


 目が暗闇に慣れない中、恐る恐る歩いていると、何かに蹴つまづく。


 何が足に当たったのか、身を近づけてゆっくりと確認する。


「――っ!?」


 そのつまづいたものは子供だった。慌てて無事を呼びかける。


「大丈夫っ!!しっ……かり……」


 だが、その身体は既に冷たかった。


 ナタルはここで起きたこと、そしてこの子供に起きたことが瞬時に想像され、恐怖に変わる。


 この子供の体温は、それを伝えるのには十分だった。


「はあ……はあ……」


 その恐怖心はナタルの鼓動を高鳴らせる。


 自分の妹がもしこの子のように冷たく、力なくいたのならと思うと、緊張感が止まらない。


 ナタルがそんな恐怖心に襲われている中、俺達は追いつく。


「ナタルっ!! 無事……!」


 その異臭に思わず鼻を塞ぐ。


「何この臭い……」


 嫌な顔をして訊いて見ると、サニラとレイゼンは訊かない方がいいと言いたげな表情をする。


「フェルサ、他に気配は?」


「ない、ここまでみたいだよ」


 二人は俺の質問に答えず、冷たく言葉を交わす。


「ねえ、サニラ――」


「リリア、貴女はナタルさんと一緒に外へ出なさい。ここからは私達の仕事よ」


 もう一度尋ねようとすると、サニラが深刻に重々しく話す。


 これだけの異臭が充満しているのだ、只事でないことはわかる。


 元現代男子高校生の俺が居ていい場所ではないのは、そのサニラの目を見てすぐに理解した。


 それと同時に恐ろしい想像もついてきた。


 子供達が死んでいるのではないかと。


「……わかった」


 喉に引っかかりそうなくらいの唾を呑むと、暗闇からでもわかる髪色からナタルを見つけて呼びかける。


「委員長、行くよ。……委員長?」


 聞こえるはずの距離まで近付いて呼びかけたはずだが、反応がない。


 俺はもう一度呼びかけようと近付くと、ナタルとは別の、しかし同じ髪色の人影が彼女の前に座り込んでいる。


 嫌な予感が簡単に浮かんだ。最悪の結末だ。


 その暗闇からでもわかったナタルの表情は、絶望感に満ちた表情だった。


 身体は小刻みに震え、信じたくない気持ちが吹きこぼれていく。


「メトリー……?」


 呼びかける、小さく絞り出すような震える声。


「メトリー……」


 目が慣れてきたのか、涙声に変わっていく。


 ナタルが呼びかけるその姿は俺の知らない子だ。だが、その髪色とナタルの反応から嫌でもわかる。


 いや、わかりたくなかった。


 だが現実は目の前にただただ無造作に置かれていた。残酷なまでに。


「メトリィーっ!!!!」


 抑え切れない感情が爆発したように、バッと駆け寄り強く抱きしめる。


「メトリーっ!? メトリーっ!!」


 呼びかけるが反応がない。そんなことは先程の子供、そして今抱きしめる妹の体温が突き刺すように、ナタルに伝える。


 信じたくない、信じられない、そんなことを念仏のように唱えるが、頭のどこかでは理解しろと冷酷に脳が伝えてくる。


 現実に向き合うように、そっと抱きしめる彼女の素顔を見る。


 その顔は見覚えのある顔だった。その目と口から血が流れていたのか、渇いた赤黒い血が(したた)る。


「いやぁ……メトリー……」


 ナタルからは涙が溢れ出る。


 レイゼンも側に寄るが、時すでに遅しと顔をうつ伏せる。


「――ああああああああーーーーっ!!!!」


 もう止まらなかった。


 悲しみは涙に変わり続け、戻ってこない寂しさは叫びへと変わる。


 その泣き叫ぶ声はその抱きしめる妹、メトリーに届くように叫ぶ声に聞こえる。


 だが、ただ身を委ねるように抱き抱えられるメトリーは応えることはなく、ただ残酷な現実しか教えてくれない。


 そのメトリーの正気を宿さぬ虚な瞳から、暖かな涙が流れることはなかった。


 ***


「あ、雨だ」


 空を(おお)っていた鬱蒼(うっそう)とした雲は、遂に雨が降り出す。


 通り雨のような激しい雨だ、その雨に雨宿りが出来る木の下へ移動したバーク達。


「ひでぇ降りだな」


「そうですね……」


 リュッカは何か嫌な予感をこの雨から感じ取った。


 その不安そうな表情にバークは、


「大丈夫だ、きっとさ」


 勇気付けるように励ますが、この後、帰ってきた彼女らを見て、その予感が的中することを知る。


 この雨は冷たく、ただ無惨に降り注ぐ。今迷宮(ダンジョン)内で叫ぶ、彼女の声をかき消そうとはしなかった。

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