26 綺麗な部屋
翌日の朝、俺達はジード達の馬車とレイゼンの馬車でアリミアへと向かった。
そのレイゼンの馬車から見える景色は壮大な青の風景を醸し出す。
「わあ、海だ……」
こんな景色に本来ならはしゃぎそうなアイシアだが、ちょっと感動は薄い。
というのも今日は生憎の曇り空。せっかくのオーシャンブルーもどこか薄暗く見える。
今にも降り出しそうな空は、まるでナタルの心情を映しているかのよう。
妹とのことで気掛かりで不安に染まる心がそのまま反映されているようだ。
一緒に馬車に乗っているアイシア、リュッカもこの海と空、そしてこの状況から気分も上がる訳もなく、レイゼンの馬車は粛々としている。
一方でジード達の馬車には、いつものパーティーに加えて、久しぶりに戻ったフェルサとリリアの姿があった。
「大体、六歳くらいから十二歳くらいの子が被害にあってるんですね?」
「ああ、そうだ」
俺達は町で情報収集する前に、昨日サニラから聞いた情報の確認ともう少し詳しい情報を確認する。
「まったく、ひでぇ話だぜ。今頃、子供達は不安で堪らないだろうによぉ」
グラビイスは馬車の床を悔しそうに話しながら叩いた。
「ですね。ジードさん、やっぱり攫い屋の仕業でしょうか?」
「おそらくはそう思うが、アリミアではその痕跡がなかったと聞く。相当のプロかもしくは見当違いか。だがこれだけの事だ、人の仕業には違いない」
「他の原因の可能性もあったんですか?」
バークが不思議そうに尋ねる。
「あんたってホント馬鹿ね。魔物の仕業って可能性を忘れてない?」
「あ……」
ゴブリンのような略奪したりする魔物の可能性も考えられる。
確かに最近見た、勇者の日記にも似たような記述があったので、俺もその可能性は考えた。
何でもかの勇者の時代、魔人が現れたということがあったとのこと。
まあここにいるバークも知っていたが……。
その魔人はワーウルフが段階を踏んで境地に立ち、魔人ワーウルフとなった。
その魔人になる為に、人を攫っては苦しめたり、殺したりして成長の糧としたらしい。
その際に攫う手段は慎重に事を運んでいたようだが、ウルフの狩猟手段と変わらない方法だったという。
確かに魔物にも人を攫う理由、動機はあるが、やり方は魔物っぽいというか獣っぽい。
要するにはやり方が荒っぽいのだ。このことから痕跡は必ず残るはずだ。
そのことから今回の事件には当てはまらないと考えた。
「とはいえ魔物の仕業はないわ。だって大勢の子供達を痕跡残さず攫い出すなんて、本能的な魔物には無理よ」
やはり考えていることは一緒なようだ。
それに王城から姫殿下を攫ってもいる。とてもじゃないが魔物の仕業とは思えない。
「あれ? 誘拐犯からの何かしらの要求はなかったんですか?」
「いや、攫屋の仕業なら、それはないでしょ」
「それでも姫殿下も攫ってるんだよ。奴隷として売りに出すより、人質としての使い道の方があるんじゃない?」
聞いていた一同は確かにと、考えるように沈黙した。
「とりあえず向こうについたら、グラビイス達はギルドへ行き、もう少し詳しく話を聞いてきてくれ」
「おう」
「わかったわ」
「私達はミューラント町長のお屋敷に向かい、話を聞いてくる」
真相を掴むにはとにかく情報の収集が不可欠。ジード達は町に着き次第、分担して情報の収集にあたる。
俺達はナタルもいる為、ミューラント町長の元へ――。
港町アリミアは王都からも近いことから、貿易港としても栄えている町。
王都に物が集まる理由も、周りの環境から頷ける。
ザラメキアやタイオニアという魔物の生息域はあるものの、魔物自体はそんなに強い者はおらず、気をつけさえすれば、運搬の妨げにはならない。
周りの魔物生息域から取れる魔石やアルミリア山脈からの山の恵にアリミアの港町からの海の恵と、王都ハーメルトが栄えたり、移住者が多い理由も納得がいく。
話を戻すが、他の大陸からの出入りもある港町であるアリミア、警備も厳重ではあったのだが、今回の事件が起きてしまった。
故に町長であるナタルの父親は頭を悩ませているよう。
「おお、ナタル」
「お父様……」
親子の感動の対面ではあるが、ナタルの父親は酷くやつれている。
ナタルの髪の色はどうやら母親譲りなのだろうか、父親は茶髪、髭も綺麗に剃ってある若々しい印象を受けるが、日々の業務と心労のせいか、目の下にはくまがあり、頬が少々こけているよう。
そんな父は安堵の表情を浮かべ、ゆっくりと娘に抱擁する。
「久しぶりだな、元気そうで何よりだ」
「お父様はだいぶお疲れのご様子で……」
心配そうにナタルは父親を受け止めた。その後ろでは母親だろうか、ナタルと同じ髪色の女性が瞳を潤めながら見ている。
「ナタル……!」
「お母様!」
母親も側に寄る。
その母親はナタルをちょっと大人にして、柔らかくした感じだろうか。
父親ほどではないが、疲れがあるのか、あまり元気のある感じではなかった。
父親は娘との再会の喜びも束の間と、こちらへ挨拶する。
「この度、ご足労頂き感謝します。わたくし、ジェイル・ミューラントといいます。こちらは妻のナルビアです」
ナルビアは紹介に預かり、ぺこっと一礼。
「早速ではありますが、お話の方をさせて頂きたく。レイゼン、帰ってきてすぐで悪いが、お茶の用意を……」
「かしこまりました」
俺達はジェイルの案内の元、応接室へと通され、事態の説明を聞いた。
とはいえ、聞かされた内容はサニラや道中聞いたものとほぼ同じで、こちらでの正確な被害者数が二十一名だということくらいが新しい情報だろうか。
「……わかりました。大体の事情は事前にあった通りですね」
「……はい」
何の進展もないことに落ち込むジェイル。
「ジェイルさん、今の話だと魔物の可能性からの調査はされてないように思います」
「一応、調べるには調べましたが……」
ジェイルは行方不明と聞いて、調査をしたが、進めていく内に痕跡の無さから途中から魔物による誘拐を選択肢から捨ててはいた。
「何もわかってない以上、ありとあらゆるところから探していくべきです。私からギルドの方へこの近辺の魔物の生息域を詳しく調べさせます」
「そうですね、わかりました」
「あの……一ついいですか?」
俺は真剣に話し込むジードとジェイルに意見があると、そっと手を上げる。
「何だい?」
「えっとお嬢さんのお部屋はどこでしょう? 何か手掛かりがあるかもしれません」
犯人探しの定石は現場と被害者縁の場所を調べるのが鉄則。
だが痕跡が無い以上、攫われた現場はわからない為、一番手掛かりがありそうなのは被害者の自室。
「見せて頂いても?」
「構いませんが……君達も冒険者かな?」
「ああ、いえ、いいん……んんっ、ナタルさんのお友達で、リリア・オルヴェールといいます。それで――」
アイシア、リュッカ、フェルサと学校の友達だと説明。
呼び癖がつくのも良くないなぁと思った。
「そうですか。こんな事態でもなければ歓迎したのに申し訳ない。娘がいつもお世話になっております」
「いえいえ、私達の方がお世話になってます!」
本当にアイシアは世話になっている。勉強もテテュラと一緒に見てもらったりしてるし。
学校でのナタルの様子をアイシアの表情から読み取ったジェイルは安心したような柔らかい表情になると、はっと思い出したように、
「ああっ、娘の部屋ですね。ご案内します」
そう言われると、メトリーの自室へと案内された。
「こちらになります」
鍵のついていない扉をゆっくりと開ける。
鍵は無しか……。
その部屋の内装は華やかな雰囲気であった。
淡いピンクや黄色などの鮮やかな色のクッションやぬいぐるみ、フリルの付いたカーテンや枕など、所々女の子らしさがあるお部屋だ。
正直、リリアもこの外見からこうゆう部屋を想像していた時があったなぁと、遠いあの日を思い出すよう。
女の子の部屋って言ったらこんな感じだよな。
「結構可愛いらしい部屋ね。可愛がられてたんですね」
「ええ、お恥ずかしい……」
「ま、お前の部屋は地味でガサツだし――」
ぐしっ。
「――いっでぇっ!? お前、俺の足を踏む癖、何とかしろ!!」
サニラはふいっとそっぽを向く。
今のはバークのデリカシーの無さが悪いように思えた。
「すみません、連れが騒がしくて……」
「いえいえ、構いません。むしろ感謝しています。最近は屋敷内も暗く、こんなに明るい方々に来て頂けただけでも嬉しいです」
この家の家主の娘が消えてしまったのだ、使用人達も気が気ではなく、否応にでも気が滅入ることだろう。
「それで、この部屋は被害に遭われた時のままですか?」
「いいえ、メトリー様がお帰りになられた際のことを考えて、綺麗にしております」
本当なら現場かもしれないのだ、現場保存していて欲しかった。
「ですが冒険者の方の中に攫われた現場かもしれないのだと、記憶石に保存しておくよう言われておりましたので……」
あるのかよ、現場写真。
「見せて頂いても?」
「構いません。レイゼン」
「かしこまりました」
そう言うとレイゼンはメトリーの部屋から出て行き、記憶石を取りに向かった。
その間、俺達はこの部屋を見て回る。
俺は最初に見ておこうと思ったのは窓。バレないように子供を攫うなら、この部屋なら窓だろう。
どこにも犯人の痕跡が残っていないとの話から、窓からの侵入なら、風属性持ちなら浮遊で可能ではないかと考えた。
窓はさすがに鍵付きだな。手動で鍵をかけるタイプの金物の鍵。
「一番最初に疑うのは、まあ窓よね」
サニラが窓を調べている俺に近寄り、ちょっと見せてと覗き込むように見る。
「いつ頃居なくなったというのは……?」
「一週間くらい前になります。その前夜はいつも通りにベットに入ったと、使用人から聞いています」
「あのジェイルさん。この鍵はかかったままでした?」
「……ええ。かかってましたよ」
「ねえ、サニラ。痕跡を残さず攫うなら、窓を開けて、無属性の浮遊術を使えば可能かな?」
「うーん……そうね。でも、鍵はかかってた」
その意見を聞いたジードは、それは無理だと言う。
「それは無理だよ。無属性の浮遊術で人を浮かせるつもりなら、相当の魔力の消費……つまりは痕跡が残る」
「なるほど、なら同じ意味で風属性の浮遊術も……」
「痕跡が残るだろうね」
本当に魔力や現場の変化がなかったのかを尋ねる。
「本当に現場には何も変わったところがなかったんですか?」
「ええ、残念ながら……」
調べ尽くしたとばかりに落ち込んだ言い方をする。
外から宙に浮いた状態なら、現場に痕跡が残らないのも納得と考えたが、そう上手くはいかないらしい。
俺は鍵を開けたり、かけたり、弄りながら確認を取る。
「つまり魔法で遠隔的にこの鍵を開けることもできない?」
「そうだね……」
向こうのサスペンス物だと、これはトリックだとか言って、この密室トリックの謎を解くみたいな話になるだろうが、現実そう上手くはない。
まあ実際ここは密室ではないが、痕跡がないという条件がある為、ある意味密室だ。
犯人は痕跡一つ残さず、メトリーを攫ったのか。それ事態が密室であり謎だ。
鍵の取手部分によくある釣り糸の仕掛けみたいな痕跡があるかもと見てみたが、特に変わった傷はない。
「お待たせ致しました。こちらになります」
するとレイゼンが魔石を持ってきたようで、クルシアに貰った魔石よりも小さく、品質が悪そうに見えた。
「それが記憶石?」
「ええ、では……」
そういうとレイゼンは記憶石に魔力を宿し、記憶石の映像が写し出される
だが、今の部屋の中と変わらない映像が流れている。荒らされた形跡がない。
「何かわかりましたか?」
「いえ」
みんな何もわからないと答える。今、この部屋と違うところは、掛け布団がめくられていたことくらいだろうか。
「あの……」
今度はリュッカが手を上げた。
「何か?」
「ここで攫われたのではないのではないでしょうか」
リュッカの言うことは尤もだ。荒らされた形跡がないのだ、当然の考えだろう。
しかし話では前夜には自室のベットで休んでいるのを確認している。
前夜ということは翌朝には居なかったということ。なら犯行はその間ということになる。
だが、痕跡一つ無いと言うことは、犯人の気配もなかったと言うことになる。
夜になれば、物音一つしない夜だろう。誰かが侵入すれば気付くはず。
「まあ、そうよね。荒らされた跡もないし……」
「でもよ、人の気配も魔力の形跡もどこにもなかったんだろ? じゃあどうやって攫ったんだよ?」
「それを探すんでしょ!!」
「無茶苦茶だなぁ、おい」
確かに無茶苦茶だ。推理しようにも取っ掛かりがない。
頭をくしゃっとして、
(どうして……どうして手掛かりがない……!?)
がむしゃらに考えていると、一つの違和感が浮上した。
「どうして手掛かりがないんだ……?」
俺のその発言に、考えても答えが出ないと苛立ちを見せるサニラはしつこいと言わんばかりの表情で。
「だーかーらー、それを考えて……」
「いや、子供を大勢攫ったにも関わらず、その場所には痕跡は残さなかったのに、どうして犯行がわかるような人数を攫ったのかだよ」
「「「「「!?」」」」」
みんな確かにという驚いた表情をする。
「確かにおかしい話だ。攫った場所の痕跡が消せるのなら、一人ずつわからないように攫えばいい」
「そうよね。この町の周りは魔物生息域の森に海もある。好奇心旺盛な子供だから遊びに行ったところで事故があったとか、魔物に襲われたとか、行方がわからなくなれば、自然とそういう解釈もされそうなのに……」
「……お前さ、怖いこと言うなよ」
サニラのそのセリフにちょっと引くバーク。
だがサニラの言う通りだ。
仮に二十人攫う予定があったとして、わざわざバレやすいように一斉に攫うことは、デメリットが大きい。
少しずつ犯行を行なった方が、サニラが言った通りの解釈を調査員が判断するだろう。
しかし、その偽の痕跡すらない。
「うーん……自慢したかったとか?」
「は?」
アイシアの発言に、何を言い出すのとサニラは表情を歪ませる。
「こんな凄いこと出来るんだよぉって自慢してるみたい」
「いや……」
「確かにそうかも……」
「ちょっと、真に受けるわけ?」
「犯人の心境は知らないけど、こういう犯行を行う奴らって、変に自信家だったりするから、ないことはないかも……」
「……または、痕跡を残さずに攫える方法が、大勢攫う方法だったとか?」
「ちょっと、ジードさんまで何言い出すんですか? これだけ一斉に攫われたならおそらくグループでの犯行でしょ? その一人一人がミス一つ起こさずに出来るものなの? 単独犯なんてもってのほかです! 人形使いじゃあるまいし!!」
俺は聞き慣れない単語に首を傾げる。
「ああ……あの怖い話だね」
アイシアは知っているようで、ちょっと顔色を悪くする。
だが、こちらもその単語が意味するところを知っているようで、
「それも無い。そもそもそれほどの才能がある者はそういないし、万が一いたとしたら、子供だけでは済まない」
もっと広い範囲の被害者が出ると言う。
「それにそんな術式なら痕跡も残るし、人形の国の二の舞いになったとしても、この国には勇者の末裔がいる。彼には精霊の加護があるはずだ。周りが異変に狂っても自分が正常なら対処もするだろう」
アルビオと接点のないジード達は、彼の性格を知らないが、俺達は知っているせいか、その行動を取る姿も今では納得がいく。
入学当初の性格ならどうかとも思うが、今はとても頼もしく感じるように成長している。
「とにかくそんな手段があるなら、お目にかけたいくらいよ」
「そうだな……」
魔石の効能が切れて、レイゼンは魔石を懐にしまうと、メトリーの自室には手掛かりがないと、皆撤収する。
俺はその締められる扉の隙間から見えるベットを見ながら、この荒らされた形跡のない部屋に違和感を覚えるのだった。




