24 来訪者
――結局、あの十本の魔法樹の木刀から一本を選び抜くことが出来ず、シドニエは持ち帰ってじっくりと検討することとなった。
太陽が沈みゆく夕暮れの帰り道、学校の門前に見覚えのない馬車が止まっている。
派手ではないが、どこか気品を感じる装飾が施された馬車だった。
殿下が通うのに使っている白い馬車で見慣れているせいか、ちょっと地味めに見えるが、おそらく貴族を乗せているものだろう。
お忍びで殿下がとは考えにくいというか、忍ぶ理由がない。
となれば寮に住んでいる貴族達か王都内に住む貴族達の物だろうかなんて考えながら、その馬車を通り過ぎ、寮へと向かおうとすると、
「そちらのお嬢さん、こちらの生徒の方で宜しいでしょうか?」
俺に尋ねる、落ち着きを見せる渋めの声。
自分のことだろうと振り返ると、執事服に身を包んだ老紳士の姿があった。
しっかりとした物腰の清潔感のある老紳士。貴族に仕える執事とはこういうものだろうか。
「えっと、そうですが……」
「突然のお声がけ申し訳ない。わたくし、ミューラント家にお仕えさせて頂いております、レイゼンと申します」
「ご丁寧にどうも、えっと私はリリア・オルヴェールって言います」
綺麗なお辞儀に丁寧な挨拶をされて、思わず自己紹介してしまった。
「オルヴェール様ですね。失礼ながらお尋ねしたいのですが……」
「何でしょう?」
「こちらの寮におられるであろう、ナタルお嬢様についてお尋ねしたいのですが……」
「ナタル……」
そういえば彼女の苗字がミューラントだったと思い出す。
この人はその執事か。
「委員長だったら……あ、いや、ナタルお嬢様でしたら、寮におられますよ」
仕えている執事に向かって、呼び名はまずいと言い直したが、それに気付いていないのか、何やら安堵した様子を見せる。
「そうですか、ご無事でしたか。良かった……」
「は、はあ……」
俯きがちになり、胸に手を当てて感動でもしたような仕草を取る。
「えっと、会っていかれます? 取り次ぎますが……」
「あっ! 是非お願い致します! 感謝致します!」
そんなオーバーなと思いながら苦笑いして案内したが、この後、この老紳士がこれだけ心配してた理由が発覚することとなる。
俺はテルサに連絡すると、レイゼンを寮内にある客間へと案内してほしいと頼まれたので、客間へと通したが、その後すぐにバタバタと走ってくる足音が聞こえた。
「――爺っ!」
「――お嬢様!」
客間の入り口付近でレイゼンは膝をつき、ナタルを見上げて、無事だったことを喜ぶ。
「ご無事で何よりでした。この爺は元より、旦那様も心配申し上げておりました」
事の次第が分からず、不思議そうな表情を見せるナタル。
立ち会っている俺とテルサも思わず首を傾げる。
「何よ、しばらく帰ってないからってそんなに心配しなくてもいいじゃない。らしくないわよ」
その何も知らないと言わんばかりの発言に、レイゼンはポカンとした表情を見せる。
「……お嬢様、手紙は読まれてないので?」
「手紙? 知らないけど……?」
どうやら重要なことが書かれた手紙があったらしく、レイゼンは読んでいるものとばかりに話を進めていたようだ。
「一週間前ほどに出した筈ですが……」
「知らないものは知らないわ。何かあったの?」
その話の合わない会話の中、手紙という単語が気にかかる様子のテルサは一人悩んでいると、何か思い立ったのか、たたっと姿を消した。
「?」
「あ、いえ、ご存知ないのでしたら良いのです……」
「はっきりしないわね、正直――」
「ああああああーーーーっ!!」
苛立ちを見せ始めたナタルの言葉を一掃する叫び声がした。テルサの声だ。
何事かと駆けつけてみると、わなわなと涙目で申し訳なさそうに手紙を握り締めるテルサの姿があった。
「ごめんなさい! ナタルさん! これお手紙ですぅ!」
手渡されたのはナタル宛ての手紙だった。
「寮長さん、これは……?」
「はい! 本当にごめんなさい。いつもの癖みたいな感じで、リリアさんのお父様のお手紙しかないだろうと奥に入っていた貴女のお手紙を見落としていました! ごめんなさい!!」
リリアのお父さんは毎日のようにお手紙を送りつけてきています。
正直、俺は辟易している。
「えっと……ごめんなさい」
俺も申し訳なく思ったので、つい謝る。
呆れたようにため息を吐くと、
「もういいわよ」
手紙の内容を確認する為、封を開けようとする。
「――お待ち下さい! お嬢様!」
するとレイゼンが血相を変えて、封を開けることを止めに入る。
「な、何……!?」
「内容をご存知ないのであれば、それで良いのです。そのお手紙はお預かり致します」
「は? 何を言い出すの!? 貴方達が出した手紙でしょ? 私が確認して何が悪いの?」
ナタルの意見は尤もである。
手紙を出したくせに、その内容を把握するなはおかしい。
だがレイゼンは確認しないでほしいと懇願する。
「お願い致します。どうか……」
理由も告げずお願いだけされてもと、事態を知る為、ナタルは封を開けて手紙を取り出す。
四つ折りの手紙を開いて内容を確認する。
「……っ」
レイゼンはその様子を深刻そうな表情で目を瞑り俯く。
レイゼンが恐れていたことが浮き彫りになっていく。ナタルは目を疑うかのように目付きが変わっていき、先程とは一転、驚愕の表情を浮かべる。
その唯ならぬ表情にテルサは心配そうに、申し訳なさそうに恐る恐る尋ねる。
「あの……ごめんなさい、大丈夫ですか?」
俺もさすがに深刻そうな空気に尋ねて入る。
「どうしたの? 委員長!」
すると今度は怒りが込み上げてきたのか、目元をきっと睨む表情に変わると、レイゼンを叱咤する。
「――爺っ!! これはどういうことです!!」
「申し訳ありません。お嬢様」
「謝ればいいって話じゃないわよ!!」
その目には涙が浮かんでいた。
テルサは責任を感じてか仲裁に入る。
「この方を怒らないで下さい! 私がちゃんとお手紙を渡していれば良かったのですぅ!!」
テルサはその小さい身体でナタルにしがみついて止める。
「そのような話ではないのです!! 離しなさい!!」
興奮してか落ち着きを見せないナタルに俺は、
「――ダーク・スナッチ!」
「――きゃあ!?」
ナタルの目の前で黒い靄がボンっとかかる。
「手荒な真似してごめんね。でもこれで少しは落ち着いたでしょ?」
まだ少し息は荒いが、さっきの興奮は冷めたようで、落ち着きを取り戻す。
「ねえ、何が書かれてたの? 差し支えなければ教えて」
気を遣いながらも、力になれることならと問うと、落ち込むように表情を落として、呟くように話してくれた。
「……私には姫殿下くらいの妹がいるの。……行方がわからないそうよ」
「!!」
それを聞いて頭に過ったのは、昨夜リュッカ達に聞いた例の失踪事件。
「ちょっと手紙を見せて」
俺は何かの間違いではないかと、ナタルから手紙を受け取り、内容を拝借する。
そこには――、
ナタルへ、突然のこんな手紙を送って困惑するだろうが、ナタルの安否を確認する為、そしてメトリーがそちらにいるのかを確認したい。
単刀直入に言うと、メトリーの行方がわからなくなっている。街の子供達も二十名以上が行方不明とのことだ。
ナタル、お前が無事なのか先ずは連絡が欲しい。そしてメトリーがそちらに向かったのであれば、連絡が欲しい。
そして、お前が無事であるなら、王都の学園は安全だろう。事の解決に向かうまで大人しく待っていて欲しい。
心配をかけて申し訳ないとは思っている。
連絡を待っている。
――と書かれていた。
手紙の封書の裏にはナタルの父親の名前が書かれていることやこうしてレイゼンが訪ねてきたということは、妹の失踪は本当なのだろう。
ナタルは筆跡からでも分かることだ。
おそらくレイゼンは連絡のないナタルのことを心配して、確認をしてくるように命じられたのだろう。
ナタルの父親の不安が手に取るようにわかる。
側にいたはずの娘が行方を晦まし、遠く離れた娘の安否がわからないでは、気が気ではないだろう。
だが、それ以上にことが大きくなっているのをこの手紙から知った。
二十人以上の子供が行方不明だということに、レイゼンがあれだけ心配していた理由も納得がいった。
何を思い立ったのか、決死の表情をしたかと思うと、自分の部屋がある二階に向かうように、階段を早歩きで上る。
「――爺! 支度を手伝いなさい!」
「お嬢様、何を……」
「決まっています!! 帰りますわよ!! アリミアへ!!」
「なりません! 旦那様にはこちらに居られますようにと……」
「――黙って待っていられる訳ないでしょう!!」
「そんなに興奮してどうしたの?」
聞き覚えのある声で騒ぎを起こしているのを気にかけて、リュッカ、アイシア、フェルサが二階から出てきた。
「みんな委員長を止めて!」
「よくわかんないけど……」
俺の指示を受けて、フェルサはナタルの後ろに素早く回り込み、両腕を両脇に通して動けないよう拘束した。
「ちょっと!! 離しなさい!!」
バタバタと暴れるが、精神型とはいえフェルサは獣人。ナタルの力などものともしない。
リュッカとアイシアは俺の側に駆け寄り、事態を尋ねる。
「何があったの?」
「実はナタルの妹が行方不明だそう……」
「「!?」」
二人も予想通りの驚いた反応をする。
「それで大人しくしていられないって、飛び出すところだったの」
「なるほど……例の事件か」
「そうです!! メトリーが今、どんなに恐ろしい目に合っているかと思うと……」
歳が離れた可愛い妹を思う気持ちは、兄弟がいない俺でも想像くらいはつく。
ましてや家族が危機に晒されているとなれば、尋常な精神ではいられない。
「ならギルドへ向かおう」
拘束しているフェルサからの提案。ナタルは首を横に向けてフェルサを見る。
「ギルドなら前々から情報は集めていたようだし、私は元冒険者。伝があるのは知ってるでしょ?」
ナタルは昨日、フェルサが親しげに話していた冒険者の顔が過った。
冒険者の情報のパイプは広い。解決に繋がる情報も得られる利点はある。
「し、しかし……」
「危険な場所に向かわなければいいんでしょ? ギルドなら昨日彼女も行ってる。それに、このまま放っておけば一人でも向かいそうだけど?」
レイゼンはいい顔をしなかったが、フェルサの言うことも一理あると考える。
「……わかりました」
「ありがとう、フェルサさん」
いつもの委員長気質な態度とは一転、弱々しくも艶っぽい言い方でお礼を言う。
するとフェルサはふいっとそっぽを向いたと思うと、調子が狂ったように照れる。
「別にいいよ。いつもの煩い感じじゃないと寝覚めが悪くなるだけ」
フェルサのツンデレ要素が顔を覗かせた瞬間だった。
「よし! そうと決まればギルドへ向かおう!」
やる気満々で仕切るアイシア。
この勢いは止められないだろうとテルサは見守るように。
「わかりました。事情が事情です、目を瞑っておきましょう。早く向かって下さい」
「ありがとう! テルサちゃん!」
小柄なテルサに感謝のハグ。
「きゃああ!! アイシアさん、貴女最近ユーカさん達に似てきましたね!!」
いや、それ以前にテルサほどの小柄で幼稚的な外見からみんな、ちゃん付けが定着しているので、
「ありがとう、テルサちゃん」
「ありがと、テルサちゃん」
俺とフェルサはさらりとちゃん付け。
「貴女達もやめて下さい!!」
「えっと、ありがとうございます……テルサちゃん?」
リュッカは苦笑いして、場の空気を読みちゃん付け。
「無理してまで言わないで下さい!!」
俺達は軽く外出の準備を整えると、ギルドへと向かった。




