23 木刀試作品
「お前達から申請してくれれば、アシスト制度を許可する」
「ありがとうございます」
「しかし、お前達に必要なのか?」
「……先生は私を何だと思ってるんです? こんな初心者みたいな人押し付けられて大丈夫だとでも?」
「はは……」
俺達は昨日マリエール兄妹に持ち込まれたアシスト制度についての話をカルバスに報告。
シドニエの武器がしっかり出来れば、信頼もできそうだし、話を通りやすくする為にも必要だろう。
あの兄妹の話からでも信用できそうだが、論より証拠、実物で証明してほしいものだ。
「まあお前の言うことは一理ある。これも決まりだ、仕方ない。だが個人的には本当にアルビオと組んで欲しかった」
よほど貴族校に勝ってほしいのか、キリッとした態度で話す。
「あの、そんな目の敵みたいにしなくても……」
恐る恐る話すシドニエ。
色々あるんだろうし、当たり障りのないようにすればいいものの。
「いや、生徒達はいい子ばかりなのだ。こちらにいる阿呆共に爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいくらいにな」
おそらくマルファロイやアーミュみたいな奴らのことだろう。
最近はめっきり大人しくなったが、不真面目な感じは抜けないのだろう。
「だが、向こうの先公共がなぁ……」
わなわなと憎々しく言う辺り、高圧的な態度で物申されているのが、手に取るようにわかるようだ。
俺達の場合、実体験もあるし、何とかしたけど。
カルバスはその気持ちを押さえてシドニエの肩を叩きエールを送る。
「だが、俺は期待しているぞ! お前もやればできると!」
「は、はぁ。ありがとうございます」
「ていうか、そう思うならシドニエに合う武器とか見繕ってくれれば良かったものの……」
「いや、特に相談を受けなかったからな」
俺はシドニエをジトっと見た。
「はは……」
シドニエは苦笑い。
まあシドニエ自身、ロングソードで何とかしようとしていた辺り、考えになかった結果だろう。
だから木刀なんて話が出てきた訳だし。
しっかり自分のことを見て欲しいものだ。
「では、これで失礼します」
「あ……先生」
「ん?」
「今日も殿下は来られてないんですか?」
昨日の失踪事件について聞いていたのだが、一応の確認。
「そうだな、まあお忙しいのだろう」
「先生と生徒という立場で、それの許容はどうかと……」
「言うな。殿下ご自身一番気にしておられそうなことだ。殿下だって本来なら通常通りに学校へ通いたいはずだ」
「青春を謳歌するんだとか、息巻いてましたしね」
「ああ」
そんな雑談を終えて、俺達は学校を後にした。
***
場所は変わって、マリエール兄妹と待ち合わせしている演習場に到着。
何でも昨日の今日で試作品が出来たと連絡。
「もうこんなに作ったの?」
俺達は木刀を大量に刺した、ゴルフバックのような鞄を背負ったエルクを見て驚く。何十本もの木刀が束になっている。
「いや、たかが木刀でそんなに驚かないで下さい。ねえ、お姉様」
「そうですね、弟よ」
特に苦でもないと、軽い物言い。
「木刀を作るのは、技術校では初心者向けとも言うべきもの。ましてや地属性持ちの我々には造作もなきこと。ねえ、お姉様」
「そうですね、弟よ」
弟よが、すげぇ相変わらず気になるが、木刀は名の通り、木なのだから加工も容易いのだろう。
「なのでご要望通りの魔力回路の制限を施した木刀をいくつか用意しました」
エルクは鞄を地面に置くと、木刀を鞄から抜き取っては、地面へ綺麗に並べていく。
「こちら左から制限を施した度合いが、弱い物から順に並べておきました」
十本くらい綺麗に寸分違わず並べられた。
実に几帳面な性格だと感心していると、マルクがすっと一本渡してきた。
「そしてこれが失敗作です」
ふと、ん? とも思ったが、
「あ、昨日お婆ちゃんが言ってた……」
「そうです。何の措置も取らずに加工した魔法樹の木刀です」
俺は手に取って確認するが、地面に並べられているのと、そう変わりないように見えた。
木の艶やかな明るい色合いの木刀。地面に並べられた一番左の物を手にする。
「ん?」
よく見ると地面から取った木刀には、キラッと輝く小さな砂のような輝きがあるように見えた。
「どうされました?」
「これ、なんか光ってる?」
「はい。魔石を砂粒くらいにした物です」
「えっ!? 砂粒?」
「ええ、不良品の魔石を砕いて、砂状にした物を魔力回路の制限用の落とし蓋のような役割を与えたのです」
この兄妹曰く、魔力回路には細かい毛穴のようなものがあり、そこから魔力をその魔力回路を持つ物質に流れ、巡回するとのこと。
そのいくつかを流れる魔力に魔石で塞ぐというもの。
巡回率を下げることで変質や変形といったトラブルを解消したのだ。
「ちなみにこちらが不良品を使った結果の物です」
そう言ってエルクが見せてくれたのは、先程から見ている木刀そのものだが、
「あ、枝木」
何やらピョンと枝木が小さく生えていた。
加工ミスとも考えたが、先程出来て当然みたいなことを言っていたのだ、それはないだろう。
「これは昨日、魔力を込めて振ってみた物です」
「えっ!? 木刀を作って、この木刀振ってたの?」
「「はい」」
二人共同時に返事。どうやら二人共振ったらしい。
この無表情な双子がぶんぶんと木刀を振っている図が何か微笑ましい。
とりあえずそんなことはいいと、その木刀を並べてみる。
「あれ? 長さも違う?」
誤差の範囲だろうと思うくらいの数センチの大きさの違いがあった。
「はい。これがクレームの原因です」
「え? こ、これが……?」
シドニエは思わず嘘でしょという感じの表情で耳を疑った。
確かに誤差の範囲くらいならいいだろうと考えるだろうが、元日本人からすれば、その誤差でも言うところは言うと思った。
「こ、この程度のズレくらい……」
「この程度のズレでも、使っている人間には不快だったのです。しかも使い続けるとさらに不良になるのです……文句の一つや二つ出ます」
「シドニエ、使う用途が同じペンでも作っているところが違うだけで、書きやすかったり、書きにくかったりしない?」
「ああ、はい」
「多分、その感覚だよ」
「あ……」
おそらくクレームを出した人達の木刀の使う用途は練習だろうが、使って馴染むどころか使いづらくなれば、そりゃあ練習どころじゃなくなる。
まして木刀は武器だ。信頼、信用はしっかりしてなくちゃならない。
自分の命を守る技術を磨く物がこんなにも信頼におけないのでは話にならない。
「シドニエ氏、これは武器です。歪に姿、形、感覚にズレを生じるようでは信用できない、不良品として扱われます」
「そ、そうですよね。僕の考えが甘かったです」
「ええ、貴方は考えが甘々です」
追い詰めるようにマルクが追い討ちをかける。
「うう……」
「オルヴェール嬢とのペアについても考えるべきかと……」
「は? というと?」
「私達の学校では、銀髪の女神クラブという貴女のファンクラブがあります」
「――っ!!」
銀髪の女神クラブだぁ!? やめて……。
「その銀髪の女神がペアを組んだシドニエ氏のこともファンクラブは調べていますよ。噂を聞くに……」
二人は揃って下唇の下辺りを人差し指を当てて、思い出すようにシドニエに対する制裁候補を挙げる。
「簀巻きにしてミューラントの海に放り込むとか……」
「迷宮の中に閉じ込めて、彷徨わせてやるとか……」
「魔法実験の的にしてやるとか……」
「後は――」
「もういい!! もういいです!!」
二人が変わりばんこにファンクラブの人達の恨み辛みを話すと、顔を真っ青にして、手のひらをぶんぶんと振って止める。
「ぼ、僕……夜道は絶対一人じゃ歩きません」
「はは……そうした方がいいよ」
リュッカの二の舞いは勘弁してね。
「だから我々がいる方がいいのです。二人きりより、余計なものがいた方が彼らの怒りの緩和にもなるでしょう」
「えっと……一応聞いておくけど、弟さんはファンクラブの人じゃないよね?」
恐る恐るシドニエは尋ねるが、エルクはあっさりと首を横に振り、否定する。
「僕はお姉様一筋ですから。お姉様以上に魅力的な女性はいません」
いわゆるシスコンね、と安心していいやら、別の意味でヤバいと思えばいいのか、俺とシドニエは複雑な心境を持った。
「やめて下さい、弟よ。照れるではないですか」
「照れたお顔も可愛らしいですよ、お姉様」
これ、ヤバい方向のヤツだ。
弟の目が姉を見る目ではない、恋する瞳だ。
「わかった! わかったから! とりあえずシドニエの甘さの指摘ありがとう!!」
これ以上は見たくないと強めに発言して、空気を壊す。
するとエルクは、すっとこちらに向き直り、コホンと軽く咳き込む。
「話を戻しますが、この不良が起きないように調整したのが、この十本です。シドニエ氏の馴染む物をこちらの中からご検討下さい。勿論、合わないのであれば調整も行いますよ」
粉末状にした魔石の付与率によって、使い心地が違うのだろう、わざわざシドニエに合う物を見繕うように作ってくれたのだ……有難い話だ。
しかも木刀なら大量に作れるし、何だったら削って調整も効かせられる。
普通の鉄製の武器のように身体に馴染ませるのではなく、自分の身体に馴染む物を見繕えるのが大きな利点だろうか。
シドニエは一本、一本手に取り、悩みながら振ってみる。
「……ちょっと時間かかりそうだね」
「あ、うん、ごめんなさい」
「謝ることないって。ゆっくり考えてもいいからね。わざわざ今日結論を出さなくてもいいしさ」
そう謝ったシドニエの表情はどこか嬉しそうに見えた。
自分にも出来そうだという実感が湧いているのだろうか、どこか生き生きしているようにも見えた。
「エルク、マルク」
「「はい」」
「アシストについてだけど、受けるよ。カルバス先生に申請だしとくね」
「「――っ! ありがとうございます」」
二人は顔を見合わせて驚くと、揃って礼を言う。
双子とはいえ、ここまで気持ちよく揃うのは凄いと感心しつつ、シドニエの為にここまで準備してくれたことにも感謝したのだった。




