21 この国で起きていること
ギルドの中は相変わらずごった返している。
だがリュッカは以前入った時より騒がしいように感じた。
「あら、おかえり」
「あっ、アネリスさん、グラビイスさん。買い物くらい付き合って下さいよ」
荷物を抱えたバークが文句を言うのも無理はない。この二人はマジックボックスを持っているのだから。
「うん? あれ、久しぶりだなぁ」
グラビイス達は手を上げると、リュッカはぺこりと挨拶する。
「お久しぶりです。お元気そうで……」
「お久しぶりです!」
「よっ! グラビイス、アネリス」
「お前は相変わらずだな、フェルサ」
「そうね」
久しぶりの再会の挨拶を済ませると、サニラは早速アイシアの用件を済ませるように言う。
「ほら、素材の買い取りはこっちよ。アネリスさん、ちょっと一緒に来てもらっても?」
「構わないけど、どうして?」
「ほら、フェルサから聞いてるでしょ? アイシアが赤龍を契約してるって……」
「ええ」
「その時に出た素材を買い取りに出したいそうで……」
それを聞いたアネリスは察した様子を見せる。
「わかったわ、行きましょ」
アネリスはアイシアのまだまだ世間知らずそうな表情から付いていくことに決めたよう。
「じゃあ行ってくるね。リュッカ達は?」
「ここで待ってるよ」
サニラにアネリスが付いているのだ、沢山付いて行ってもどうしようもないと、皆待っていることにした。
「グラビイス、まだ魔物の活発化は治らないの?」
フェルサはこの人通りの多さに、魔物討伐が引っ切りなしなのか尋ねる。
「ん? いや、大分落ち込んではきたんだが……」
「あれ? フェルサ?」
そこへジードがやってきた。
「よ、ジード」
「相変わらずで安心したよ、フェルサ。君も久しぶりだね。そこの娘達は初めましてかな?」
ジードはグラビイスの周りに集まる、みんなに思い思いに挨拶した。
「お久しぶりです」
「どうも……」
「ところでどうしたんだい? 今日は……」
「アイシアの用事」
「そっか」
ジードはフェルサが必要以上のことは喋らないとわかっているのか、深くは尋ねなかった。
「あのジードさん。今皆さんお忙しいのですか?」
リュッカは周りの慌しそうな冒険者達を見てそう話すと、ジードは少し深刻そうな表情を見せる。
「何というか、魔物騒ぎは落ち着いてきたんだけど、別の問題が起き始めていてね……」
「別の問題?」
「ああ、まだはっきりとはしていないのだが、タイオニア付近やザラメキア付近の村や町から、子供達が行方不明になる事件が発生していてね」
「行方不明!?」
「ああ……だが、様子がおかしいらしくて……」
どう表現すればいいやらわからず言い淀む。
「私達もまだ現場を見てないからどうとも言えないのだが、その町の人達によれば、次の日にはいなくなっていたらしい。そこのギルドの支部にいた者達も調査したのだが、何の痕跡もなくてね……」
「そんな不可思議な事件が起きているのに、騎士様達は動いておられないのですか?」
「動いてはいるが結果は同じでね。だから今日……」
ちらっと階段の方を見た。
そこには騎士が数名と、このギルドには場違いのドレスに身を包んだ可憐なお嬢様がいた。
「殿下がギルドマスターに調査方針を説明しにきているようだ」
「えっ!? 殿下が来られているので?」
「うん。もう数時間は経っただろうか……」
「でも、その失踪事件はいつ頃から発覚したので?」
「そうだな……はっきりしたのは、ここ二、三日前だよ。だが、ある程度調査した後、発生していたのは約一か月前くらいが始まりだとわかっている」
「どうしてそんなに発見が遅れたの?」
「それはおそらく王都で発生しておらず、離れた場所での発生が原因だろう」
発生した場所での調査に時間がかかり、報告が遅れたことが原因だとされる。
最初こそ、行方不明事件はいつもの魔物に拐われたり、子供の冒険心に駆られたものだと判断、いつも通りの対処で解決できると、地元の人達は思っていたのだが、発見が遅れていく内に、少しずつ少しずつ姿を消していったという。
その考えがあってか、調査が遅れ、焦りから判断も鈍り、報告が遅れたものと思われる。
そんな話をしていると、上の部屋からハイドラス、ウィルクと巨漢な筋肉質の白髭の爺さんが出てきた。
するとドレスの少女は階段を登り、ハイドラスに向かって走った。
「――ハイド兄様!!」
「メルティ、待たせてすまないな」
「いえ、わがままを言ったのはわたくしですから、ハイド兄様に付いていきたいって……」
メルティはギルドマスターと思しき爺さんの前だからか、お澄ましして取り繕う。
その光景を微笑ましく見ていたウィルクだったが、二階からロビーをチラッとみたウィルクは見覚えのある人影に声をかける。
「あれ? リュッカちゃん達じゃないか」
「あっ、どうも」
リュッカ達、学生組はぺこっとハイドラスにお辞儀する。
「君達、どうしてここに?」
「シアの用事でちょっと――」
「あっ!! 殿下!」
戻ってきたアイシアは久しぶりにあったせいか、驚いて思わず指を差す。
「ああ、マルキス」
「――コラっ! アイシアさん、殿下に対して失礼でしょ!?」
「構わんさ。すまないね、マルキス。せっかくのペアなのに全く相手が出来ず……」
パラディオン・デュオでのことを謝るが、アイシアは微笑みながら手を振って諭す。
「大丈夫ですよ。殿下がいなくても、ちゃんと私も魔法の特訓してますから」
アイシアはこの期間に入ってから、リリアに火属性魔法を一緒に練習しているのだ。
リュッカの事件があった影響もあって、頑張らなくちゃとやる気を出して励んでいる。
ハイドラスは、あの目立つ容姿の娘がいないと辺りを見渡す。
「ところでオルヴェールはどうした? 見かけないが……」
「リリィならデー……むぐっ!?」
「――別件で一緒じゃないんです」
リュッカは余計なことを言いそうなアイシアの口を塞ぐ。
失踪事件が起きているのに、余計なことを言う理由はない。
そんな親しげな会話を見ていたメルティは、ずいっとアイシアに寄ると、
「じぃー……」
「えっ、何?」
何やら言いたげな視線を送る。
「これはメルティアナ姫殿下、御機嫌麗しゅう」
ナタルが貴族らしい挨拶を交わす。
メルティは、その挨拶を受けて我に帰るように、澄まして上品に返す。
「ええ、ご機嫌よう」
アイシアとリュッカは慣れない貴族同士の挨拶にポカンとする。
貴族も通っている学校とはいえ、平民も通っているせいか、そのような上品な挨拶や立ち振る舞いを見なかった。
「すまないな、マルキス。何でもパラディオン・デュオのペアは誰だとうるさくてな……」
「ハ、ハイド兄様っ!!」
どうやらお兄ちゃんを取られるのが嫌らしく、気になっていたようだ。
恥ずかしがりながら、ポカポカと可愛らしくハイドラスを叩く。
「ほら、メルティ、ちゃんと挨拶なさい」
メルティはハイドラスにそう言われると、こほんと軽く咳き込み、先程の幼い振る舞いから落ち着いた表情に戻ると、先程のナタルにしたような品位ある挨拶をする。
「皆さん、ご機嫌よう。わたくしの名はメルティアナ・ハーメルトと申します。お兄様がいつもお世話になっております」
王族としての教育は行き届いているようで、幼いながらもしっかりとした振る舞いを披露する。
尚更、この冒険者が集う場には重向かないだろう。
「こちらこそお世話になっております」
挨拶を受けた一同もその振る舞いに、辿々しく応えた。
「今年で十歳になる。自慢の妹だ」
ハイドラスもどこか誇らしげだ、可愛がっているのだろう。
「ですがそのメルティアナ様がどうしてここに?」
「殿下のお仕事を後学の為に見ておきたいとか、まあ建前ですけど……」
「そ、そんなことはありませんよ! ウィルク!」
ウィルクも可愛いがるように茶化しているところを見ると、愛されキャラなようだ。
「そうです、殿下。子供達の失踪事件があったとか……」
「どこから聞いたのだ?」
「すみません、私からです」
「ああ、フェルサのところの。ああ、その通りだ、お前達も気をつけるのだぞ。特にナチュタル、二度目はごめんだぞ」
「は、はい」
そう言うとハイドラスとその一行はギルドから去っていった。
「さてジード。他の連中らを集めてくれ、話をするぞ」
野太く逞しい声でジードに呼びかけるこの老人。
「俺じゃないんですね、ギルマス」
「おめぇさんより、ジードの方が賢いだろ? ガッハッハッハーーッ!!」
グラビイスは感情的になりやすい性格を理解しているようで、豪快に笑い飛ばす。
その体格からくる豪勢な振る舞いにリュッカ達は畏縮した様子を見せる。
「なぁに、嬢ちゃん達、そんな顔すんじゃねぇ。ワシらに任せてくれりゃあいいからよぉ」
近くにいたリュッカとアイシアの頭をポンポンと優しく叩いた。
大人の貫禄を見せる包容力のある振る舞いを見せると、再び二階へと上がっていった。
「じゃあ私は他の者にも声をかけて、ギルマスと話をしてくる、みんなは今日はもう休んでくれ。明日からも忙しくなるだろうからな」
「ああ、わかった」
なんだか慌ただしくなっていく様子に、どこか胸騒ぎがするのであった。




