18 マリエール兄妹
「貴方達、誰?」
この双子は俺のことをどうやら知っているようだ。噂がどうとかは先日、ルイスに注意されたばかりだ、そこは驚かない。
「これは失礼致しました。わたくしはマルク・マリエールと申します」
「僕は弟、エルク・マリエールと申します」
そう名乗ると揃ってお辞儀をした。見るからに双子の印象が強い、だから聞いてみる。
「えっと、双子だよね?」
「「はい」」
揃ってお返事。あからさまな双子キャラ、キタって感じ。
ただ最近の流行りの姉妹ではなく、男女兄妹だ。
「いや、しかしお姉様、噂通りのお姿。我が校でも人気が出るのも、やむ無しと言ったところでしょうか」
「そうですね、弟よ。わたくしのような存在とは比べものにならないほどの可憐さや美しさを兼ね備えてらっしゃる。女としては悔やむべきところでしょうか」
特に悔しそうに話す訳でもなく、淡々とそう話すマルクの外見は、確かに女としての魅力というのはお世辞にもあるとは言い難い。
身体は華奢なよう、リリアよりも身長はあるが、胸が壊滅的である。正直、リュッカよりない。幼児体型のテルサ並みの胸部。
女として出るところも出ていないようで、リリアと違い、凹凸がない。
「いえいえ、ご謙遜をお姉様。とても魅力的ですよ。身体に栄養がいかない分、とても知性に溢れていますよ」
「ありがとう、弟よ」
俺達は一体何を見せられているのだろう。
淡々と丁寧な喋りの漫才でも聞いている気分だ。ていうか弟よ、それはフォローできているのか?
まあ、お姉さんも全く気にしていないが。
「あの、私達に何か用なんですよね?」
「ああっ! そうです。先程の話、盗み聞きするつもりは毛頭なかったのですが、耳に入ってきてしまいまして、どうか我々もお話に交えさせて頂きたく――」
「はっ! どことも知らないガキ共が割って入るんじゃないよ! 儲け分が減ったらどうするんだい?」
この婆さん、さっき諦めろみたいなこと言ってなかったっけ?
ホントお金大好きなのな。
もし魔法樹の木刀が出来たらの話で出る儲け分が減るといちゃもんをつけて怒鳴る婆さんに対し、こちらは冷静かつ落ち着いた様子で対処する。
「ああ、我々は儲けなどは考えておりません。そちらのオルヴェール嬢ペアに我々をプレゼンできれば宜しいので……」
「プレゼン?」
俺は彼女らの事情を知らない為、首を傾げた。
「ええ。何せ貴女方はパラディオン・デュオの優勝候補ですから、その方々のご助力が出来れば、良いアプローチになります」
「優勝候補!?」
何か俺達の知らないところで色々と盛り上がりを見せているようだ。
「あ、あの、確かにオルヴェールさんは優秀ですが、僕は……」
「ですから今回のお話なのでしょう?」
「貴女方が優勝する為の……」
「――いや、優勝とか考えてないから……」
あくまで卑屈的なシドニエに勇気をやる程度くらいしか、頑張らないつもりなのだ。
優勝候補と言われても困る。
そんな困った表情をする俺達を見て、マリエール兄妹は合わせ鏡のように揃って顔を見合わせて、首を傾げた。
「てっきりそうなのかと……ねぇ、お姉様」
「そうですね、弟よ」
「――とりあえずその辺は何でもいいよ。その話は別でしてくんな。それより双子共、話に割り込むからには何かアイデアでもあるんだろうね」
「「はい」」
二人共、婆さんに即答した。
まだこの二人の目論見もわからないが、構わず双子は話を始めた。
「今回のお話はこちらのシドニエ氏が精神型でありながら、近接戦をメインとした将来を目指されている――」
「即ち騎士や剣士になりたいと……。そう望まれる若者は多く存在しておりますが、やはり課題が非常に難解。特に今のような財政難な年齢では特に。しかも成人する頃合いには、その夢も現実に打ちひしがられ、現実を見る者は多い――」
「だが、この課題を乗り越えられれば、精神型の新しい可能性の開花と新たなビジネスの開花が同時に叶うとは、実に喜ばしいことです」
二人は何をどう喋るのかわかっているかのように、代わる代わる前フリをした。
「前フリはいいよ、解決策を話しな」
「まあそう焦らず。課題となっている背景の確認は重要です。ね、お姉様」
「そうですね、弟よ」
この双子の話は長くなりそうなので、武器屋の店長が椅子を用意してくれたので、腰をかける。
「実際問題、精神型が近接戦が難しい訳ではありません。ただその武器となる魔道具に課題がある――」
「金銭面、入手法、作成、扱い方、物によってはデメリットが発生する物もあることでしょう……」
呪われた武器とかその類だろうか。
「日常生活で起用する物なら、簡素な物でも良いかも知れませんが、今一度、武器の魔道具というと課題が生じます――」
「しかし、魔法樹で作られた木刀ならば、低コストかつ練習用から実戦用まで多様な使い道が検討できます。勿論、鋼、鉄、魔石等から作られる魔道具よりは劣りますが、普通の木刀や下手な模造刀より優れている武器として起用できます――」
「しかも、質の良い魔法樹をすれば、期待以上の成果を見る可能性も捨てきれません!実に夢のあるお話です」
婆さんはテーブルを指で、こんこんと突いて不機嫌そうに聞いている。
そろそろ爆発しそうなので、解決策の提案がほしいと望むところ。
「さらに言えば、木刀ということですから、鉄類より術式を彫り込むことも容易ですし、そのような魔道具を作る際の実験刀としても起用できることを考えれば、魔道具の生産者からもオファーが来る可能性もあり得ますねぇ」
要するには、鉄類に施す前に魔法樹の木刀で試験的に試せるって訳か。確かに金になりそうな話だ。
しかも、これなら魔道具を扱う初心者や術式を彫り込む初心者用の道具としての活躍も期待できそうだ。
「さて、では解決策でしたね」
「やっとかい……」
婆さんはボソリと呟く。
「はは……」
「簡単な事です。魔石を使います」
「はあ!? 何言ってんだい!! 話を聞いてたんだろ? 魔石なんて使っちゃあ本末転倒だって言ったろ!?」
「普通に使おうと考えるからダメなのです。魔石を砕いて木刀に施してみるのはどうでしょう」
「は?」
色々と疑問が募ることを提案するマルク。
「えっと、できるの? 危なくない?」
「問題ありません、我々なら可能です。実際、わたくし達は魔石の扱いには長けております――」
「お姉様と共に研究課題として魔石を扱って御座います」
魔石は中に魔力を圧縮した状態の物だ。
マルク達の提案方法のような加工する場合は、地属性の魔術師が扱いに長けている。
勿論、技術的な知識は必要となる。危険物取扱免許を取るみたいなものだろうか。
一応、属性が一致すれば加工は可能とのことだが、危険なことには変わりない。
やり方を間違えたり、加工の際に施す魔力の調整を見誤れば、魔力の暴発による爆発や魔法付与を行っていた場合、誤作動などを引き起こす。
「魔石の加工が出来るって、まさか技術校の方ですか?」
シドニエは制服と今話された知識の豊富さ、というか理屈的な喋り方から、驚きながら確認をすると、
「「ええ」」
二人はあっさり肯定。
「なるほどな。……つまり二人が言いたいのは、木刀に魔石のかけらか何かを組み込んで、魔力の浸透率を制限しようって訳だな」
「はい。魔力の浸透率を制限する為だけなら、安い魔石でも可能です。魔力回路の一部を塞ぐ形をとると言えば分かりやすいでしょうか?」
魔法樹の魔力回路の浸透率を制限してデメリットを解消、その魔石による相乗効果と魔法樹本来の魔力の巡回率を起用しての実用化の向上を狙うようだと解釈できる。
「ただ、やったことのない試みなので、やってみないことにはどうとも言えないのも実情です」
「ですが理論上、可能なはずです」
「なるほどねぇ……」
「地属性の魔術師さんなんですね?」
「「はい」」
「それなら木刀に魔石を練り込む形で加工することも可能ですか……」
「「ええ」」
俺はそんな芸当ができることに驚く。
木に対して石を混ぜるみたいなこと、錬金術かよ!?
「だが、商品化はまだ先そうだねぇ」
「そうですね、段階を踏んで検証せねば難しいでしょう――」
「ですが、それを試験的に実用してくれる方がこちらにおられます」
二人は揃ってシドニエを指す。
「シドニエ氏にはその木刀を使い、商品化できるのか実証して頂き、それにてパラディオン・デュオで好成績を出せれば――」
「金になるねぇ」
婆さん、悪ーい顔。よくお似合いで……。
「そん時ゃあ、あたしのところで扱わせてもらうよ」
「おい、婆さん……」
「何だい」
ギロっと睨みつけて、あたしの儲け話だよとばかりに訴える。
このがめつい婆さん、何でもありだ。
「いや、何でもねぇよ」
「えっと、ちょっと話が逸れたけど、まとめると……その解決策を講じてシドニエが活躍すれば、技術校に通う貴女達は箔がつくし、大会でその武器が流行れば儲け話にもなるってこと?」
実際、向こうでもスポーツ選手が使ったラケットとかグローブとかが売れ筋になったりする話は珍しくないからな。
「そうですが、我々の狙いはもう少し違う角度からです」
俺とシドニエは不思議そうな顔をする。
「実はあなた方にお願いが……。我々は先程、技術校の生徒と言いました。我々、技術校の生徒はパラディオン・デュオには不向きなのです」
聞くからにインテリが集まってそうな学校に聞こえるもんなぁ。
「どうでしょう、アシストとして我々を起用しませんか?」
「は? どういうこと?」
確かパラディオン・デュオ本戦では、四校の代表が戦い合うはず、その敵に塩を送るのはおかしいのではないかと考えたが、シドニエは理解しているようで、思い出したように反応する。
「要するにこれは売り込みですか?」
「ええ」
「ええ、偶然とはいえ、優勝候補筆頭のオルヴェール嬢ペアに売り込めるチャンスはありません」
「えっと、私は話がついていけてないんだけど……」
「技術校の生徒さんのみに与えられる特殊な特権ですよ」
何でもパラディオン・デュオにおけるルールの一つにアシスト制度があるらしい。
技術校はほとんどの生徒が精神型。
パラディオン・デュオでは、騎士科と魔法科とされているが、技術校はそもそもそのような分け方をされていない。
分野別に学んだり、研究したりできる学校らしい。
その為、技術校生徒はこの大会はいわゆる品評会ともされている。
平民校や勇者校の生徒と組んで、実績を披露する場とするのだ。
勿論、技術校からも代表で出るような人もいるが、ほとんどは平民校の生徒と組むことが多い。
貴族校はアマチュアな技術を求めようとはしないし、自分の力に自信がある生徒が多い。
勇者校も同様だが、貴族校ほどではない。
実際、マルファロイやアーミュみたいな腐れ貴族がいることだし。
だからマリエール兄妹からすれば、これは絶好のチャンスなのだという。
「――要するには、シドニエの問題解決を足がかりに売り込んで、自分達の技術を売り込んで仲間になろうってわけ?」
「「はい」」
特に隠すこともなく、はっきり答えた。
確かに今年は建国祭だ。大会では色んな人が観に来るだろう、自分達の技術を披露する場としては最高の舞台だ。
だから平民校の生徒も利用する形を取るんだ。
平民校からすれば、勇者校や貴族校ほどの実戦授業はされないはずだ。
劣るところはサポートを受ければいいし、技術校からすれば、変わりに戦ってくれる挙句、自分の技術の合意的な試験に大会に活躍すれば、将来も照らしてくれる。
お互い五分五分の関係が取れる訳だ。それを俺達にも提案しようと言う訳だ。
「彼の武器のみならず、我々の技術を持ってお二人の装備は勿論――」
「戦力の向上やサポート面の諸々を担いましょう。どうでしょうか?」
座っている俺達に二人は、ずいっと寄って提案する。
「う、うーん……」
「どうしましょう? オルヴェールさん」
正直、悪い話ではないし、ここまでのこの二人の態度を見ていても、怪しい印象もあまりない。
シドニエも言っているのだ、アシスト制度も本当だろう。
だが、
「わかった。とりあえずシドニエの武器、木刀の問題を解決できたなら受けてもいいかもね」
「「ありがとうございます」」
それにここまで魔石に詳しそうな二人が作る装備とかも気になるし、やはり悪い話とは思えない。
「それでは、もう少し詳しい話を――」
こうしてデートっぽくないデートは、この双子の話によって潰され、寮に帰った際、先輩達に怒鳴られるのであった。




