15 初デート?
――デートもといシドニエの装備調達の日。
シドニエはパッとせずとも地味な色合いではなく、爽やかな落ち着いた色合いの私服で、待ち合わせ場所である商業区の入り口門前で待ち合わせ。
そんな彼の態度は服装とは裏腹に、緊張していますとばかりに落ち着かない様子を見せる。
下唇をもじもじと噛みながら、目線と首はキョロキョロと動く。手の平を擦り合わせて、足も交互に体重をかけての繰り返し。
周りの人もデートかなと察することができるほど、落ち着かないようだ。
彼には二人の女の子の幼馴染はいるが、二人っきりということは今までなかったし、あの二人に関しては友人という見方が彼の中では定着していた。
しかしリリアの言い方だと、二人っきりだという言い方に彼は聞こえた。
パラディオン・デュオということもあって、戦力バレしない為にも二人っきりのはず。彼の人生において、これはもはや初デートと言えるだろう。
しかし彼は良い言い方をすれば慎重、悪い言い方をすれば臆病な性格。
これは勘違いでリリアの他の友人も連れて、相談に乗りながら出掛けるのではないかとも考えた。
(まあそうだよね、思い込みかも知れないし……)
下手な期待をしないでおこうと、ちょっと落ち着きを取り戻してきた頃に、
「――お待たせ」
少し急いだようで、ちょっと息が早いリリアが到着した。
彼は一目見て、思わず見惚れる。
服装は、襟元フリルの白の長袖ブラウスに、膝丈ほどの淡いピンクのふんわりとしたフレアスカート。
少し髪が乱れたのか、美しい銀髪をかき揚げる仕草もして見せる。ふうと哀愁めいた、ため息も零れた。
まるで天使でも現れたかのよう。
そのひとつひとつの所作が彼の心に刻みつけるように切りつけられる。
彼は見惚れながらも葛藤する。
(む、無理だよ〜〜っ!! こ、こんなに可愛い彼女と一緒にだなんてっ!!)
シドニエはそういえばと辺りを見渡すが、リリアの友人達の姿がない。
「どしたの?」
俺は不思議そうな表情で、何か様子がおかしいシドニエを覗き見るように上目遣いに見る。
身長はシドニエの方が高いので、どうしてもそうなる。
それに驚いたのか、大きな声で驚くと尻もちをついた。
「な、何でもにゃい……」
最近、シドニエの噛み癖にも慣れてきたし、噛んだら緊張してるんだなぁと判断も出来るようになってきた。
まあ緊張する理由もわかる。正直俺は今、反省している。思わせぶりなことを言ってしまったことに。
デートのつもりではなかったのだ。友達として一緒に買い物しようみたいなノリだったのだ。
最近、殿下や側近みたいなちょっと位の高い男子ではなく、向こうの友人くらいの男子と話す機会が増えた影響からか、ちょっと懐かしむ感覚で話していた節がある。
それなのにこんなデートばりの格好で来た理由がある。それは前日――。
「えっ? ポチの鱗とかを?」
「そ。明日の休み暇でしょ? 買い取ってもらえそうなところとか、装備にしてもらえそうなところとか、探そうよ」
溜め込んだポチの鱗や牙等はやはりSランクの魔物の素材とだけあって、利用価値は色々とある。
「オッケー!」
アイシアは迷わずオッケー。他のみんなも誘う。
「リュッカも行くよね?」
「うん。勿論」
「フェルサちゃんにテテュラちゃんは?」
フェルサは特に異論もなく、こくんと頷いた。テテュラも少し悩んだが、
「たまには付き合うわ」
珍しい穏やかな笑みを浮かべて返事をする。いつもキツい表情してるからな。そういう表情筋なんだろうが。
「ついでにシドニエの装備にも付き合ってもらうけど、いいよね?」
誘った皆は大丈夫だと返答するが、後ろから聞いていた先輩方の反応は違った。
「シドニエ君って確か、リリアちゃんのパートナーさんだよね」
ユーカはゆらりと立ち上がる。その気配に反応して振り向きがてら返事をする。
「あ、はい。そうですけど……」
「――バカヤローーウっ!! やっとでさえリリアちゃんからそういう話が出てこなくて、つまらないのにそのチャンスを捨てるなぁっ!!」
どうやら面白くないようで、凄い勢いで物申す。
「いや別に私、気とかないんで……」
「気がないとかそんな問題じゃない!! 今の期間中が一番面白いことが起こりそうなのに……」
人の恋愛話とか見聞きするのとか、女子は好きだろうけども。
「そうね。リリアは唾をつけてもらうといいんじゃないかしら?」
「は?」
テテュラが何か言い始めた。
「貴女、色んな男子達から狙われている割には、そんな浮いた話もない訳だし、ここはそういう男もいるんだと見せつけるのもアリじゃないかしら?」
「――そう! そうよ! ナイスっ! テテュラちゃん!」
テテュラの言う通り、男がいるとなればチャンスとばかりに話しかけてくる者は少なくなるだろうが、その男がアレじゃあなぁ。
「そういう事なら私パス」
話を聞いてさらりとフェルサが先ず断った。
「は? フェルサ、ちょっと……」
「二人もお友達の恋路の邪魔はしたくないでしょ?」
楽しそうにユーカはリュッカとアイシアの肩を後ろから抱き、尋ねる。
「えっ、えっと……」
「うーん……」
「ね!」
先輩からの圧力。これはパワハラでは?
「そうだね、ポチの鱗とかは私達で何とかするよ。ね、リュッカ?」
「う、うん。そうだね」
言いくるめられてしまった。だがそこへ、
「そのような無理強いはさせません!!」
そこに現れたのは我らが委員長ナタルが物申す。
「委員長……」
「それはやめなさいと言ったでしょ。先輩方、そういうことは面白半分で話を進めるものではありません!! それに学生は学業が本分。そのような――」
「君の瞳は月のように綺麗だね……」
何やら浮ついた臭そうなセリフをタールニアナはポツリと呟いた。
それを聞いたナタルはビクっと反応して、喋ろうとしていた言葉を止める。
「そ、そんな馬鹿みたいな言葉――きゃ!」
「こんな馬鹿みたいなセリフ、お前の――」
「わああああーーっ!? な、何故知ってるんですかっ!!」
何か覚えがあるようで赤面して、演技混じりの喋り方をしている先輩達を止める。
「こんな恋愛小説を読んでるだなんて……可愛いところもあるんだねぇ、ナタルちゃん」
「興味ないとか言いながらさぁ――」
「プ、プライベートの侵害ですよ!!」
どうやらナタルは初心者向けの恋愛小説にハマっているらしい。その内容を赤裸々に話されるものだから、いつもの堂々とした頼もしい背中がない。
「まあまあ、そんなナタルちゃんに朗報が……」
「今なら生でナタルちゃんが読んでる恋愛小説より濃厚な逢引きを覗き見るチャンスがここに……」
「――なっ!? あ、逢引きっ!?」
二人の先輩はナタルの耳元で囁くように誘惑する。
あ……これはダメな流れだ、説得される。
テテュラは俺の肩を諦めなさいと軽くポンと叩いた。
そして、
「ま、まあ、仕方ないわね……」
説得されてしまった……。
そして不敵な笑みを浮かべながら、にじり寄ってきた。
「そういう事だからおめかししましょうね♩リリアちゃん」
「楽しみ〜」
「いや、あの……」
――この後、着せ替え人形にされたのは言うまでもなく、せめて買い物に行く理由に合わせてほしいと言ったが、妥協でこの格好になった。
「あの、他の友達は……?」
「えっと、いないよ。用事だって」
まあ陰から隠れて見てるようだけど。
俺は感知魔法で隠れている場所を把握している。
だがテテュラの言うことにも一理ある。いくらシドニエとはいえ、実際呼び出しも食らった訳だし、効果はあるだろう。
シドニエには迷惑かけるが、その辺はフォローもしよう。
「とりあえず、今日の目的はシドニエの装備だね。予算は?」
「えっと……一応、十万くらいは……」
「――十万!?」
「えっ!? 少ないかな?」
十五という歳でそれだけ貯められるのは素直に凄いと思った。
向こうみたいにお年玉貯金とかある訳じゃないだろうし。
「わかんない。そこは要相談ってところじゃないかな?」
魔道具も高かったのだ、剣の相場を知らないとはいえ、それなりにはするだろう。
「それじゃ、いこっか」
「あ、うん」
先輩達の期待には沿わないだろう初デートが始まる。
というか、俺の初デートの相手が男って。
今までのリュッカ達の買い物をデートという名目にして帳消しにしようと、どこか女々しく思うのでした。




