14 男にとっては重要イベント前夜
――王都の居住区。平民街にとある少年が住んでいます。彼の名はシドニエ・ファルニ。
家族構成は父と母と祖母と自分を含めて四人家族、何処にでもいる、ごく平凡な男子学生である。
少し臆病なところもあるが、人当たりが良く、優しい少年とご近所の方々は思っているし、実際そうだ。
ご両親も祖母も良い人で精神型にも関わらず、やりたいことをやれと、息子の意思を尊重してくれる優しい家族にも恵まれている。
憧れはやはり勇者ケースケ・タナカ。
幼い頃に読んだ彼の英雄譚がとてもカッコよく印象的で、夢中になって読んだそうな。
まるでスポーツ選手の素晴らしい活躍をテレビなどで観て、あのようになりたいとずっと夢を追う少年のよう。
子供のような部分もありながら、どこか慎重かつ優しい子に育ったと両親も胸を撫で下ろす思いだろうか。
しかし、そんな彼にもある大事件が発生する。
その模様をご覧頂こう……。
――その彼は珍しく鏡の前で、服装を気にしている。
「これはどうかな? いや、こっちか……?」
シドニエ自身はあまりオシャレにも興味がなく、持っている服も何処かパッとしない地味な物が多い。
タンスを大きく広げたまま、あーでもない、こーでもないと持っている服を照らし合わせる。
まるでデートに行く格好を選別しているよう。何を隠そう、明日はデートなのだ。リリアと。
シドニエの中では、多分彼女はデートという意味合いで言ったのではないとは思っている。
というのも、グレートボアの変異種が現れたあの日、一緒に装備を見にいきましょうと言われている。
それが明日の休日なのだが、彼女のあの言い方では期待は持てないと頭では理解しつつも、何処かどうして期待してしまうのが男の性である。
男として舞い上がってしまうのも無理はない。彼女のような可愛らしい外見の女の子と休日に出掛けるとなると、嫌でも気分は浮つくというもの。
しかし、先日の出来事といい、カッコ悪いところしか見せれていないのも実情で――。
それはとある学校の休み時間、シドニエは呼び出しを食らっていた。
先生ではなく生徒にである。人気の無い、いわゆる校舎裏に来いというやつだ。
もはやお決まりの展開。
リリアとペアを選ばれた際から、妬みの視線や陰口などあったが、呼び出しは初である。彼のような弱気な男子に物申すのは、そう難しいことではないだろう。
「あの、何か……?」
普段話しかけられないような男子達に囲まれるシドニエ。
その彼らは苛つかせるような表情で睨む。
「何かじゃねぇよ」
「君さ、あんまり調子に乗らないでね」
このグループのリーダーぽい貴族様が落ち着いた口ぶりだが、言葉にはトゲがある。
「リリアさんは確かにお前と同じ、平民出身の方だが、君が一緒に居ていい訳がないんだ。彼女は女神だ、あの美しくも愛らしい姿、その姿から想像もつかない勇敢さと逞しい心を持ち、そして女神と呼ぶに相応しき可憐さと慈悲深さを持つ……」
彼らも例の事件について、リリアの対応を調べていた。
「私達ですら遠く見守ることに定めているというのに、パラディオン・デュオのペアとはいえ、一緒に居るのは頂けない」
実は彼らは例のリリア・オルヴェール、ファンクラブの人達。
ペアと決まって以来、午後の時間は友人と一緒だったとはいえ、シドニエもリリアの側にいる。
自分達が応援している彼女の隣にいる男を目にする光景は面白くないだろう。
「聞けば君は騎士科でも、あまり芳しい成績ではないようではないか。彼女の足手まといになることはわかり切っていることだ。弁えたらどうだい?」
彼らの言わんとしていることは――パラディオン・デュオの臨み方は様々だ、君は最下位ということを弁え、彼女の足手まといになるなと言っている。
彼らファンクラブは彼女が無詠唱できることを知っている。この歳で中級魔法を無詠唱できる人間は先ずいない。
彼らはこんな弱小騎士科男子が居なくても、本戦に行けると思っているので、はっきり言うと目障りなのだ。
だがシドニエは怯えながらも勇気を振り絞り、震えた声で反論する。
「た、確かに僕は弱い人間だ……だけど、一緒に頑張ろうって――」
「それは彼女の気遣いだとわからないのかい?」
振り絞った言葉も彼らの前では空虚でしかない。そもそもシドニエの言葉など聞く必要がないのだ。
だが彼らの言葉も尤もだと思ってしまう。
リリアと自分の間には大きな実力という溝がある。それをどうしても感じざるを得ない。
このようなファンクラブができるほどだ、差は歴然である。
でもシドニエ自身もリリアの言葉を信じたい、そう強く願ったシドニエは噛みつかれるのを覚悟して強く反論する。
「それでも彼女はそう言ってくれたんだ! 僕は彼女の気持ちに応えて、頑張りたい!」
シドニエだって男だ、勇者に憧れを抱いて、自分には才能がない騎士科にもなった。
元より頑張りたいという心構えはあると強く主張する。
だがその発言は彼らをさらに苛立たせるだけで、やはり届かない。
「貴様っ……!」
束になってリンチをかけられそうになった時、
「カッコ悪いね」
聞き覚えのある声に皆、ハッとなり、声のする方へ振り返ると、そこには仁王立ちしてジト目で見るリリアの姿があった。
「リ、リリアさん、これは……」
マズイところを見られたと、酷く動揺した表情をするファンクラブ員達。
「ここで何してるのかなぁ? 一人を寄ってたかって……」
まあ、いつかこういう状況に出くわすとは思ったけど。
こういう時は向こうの生意気ギャルを参考にしよう。
攻撃的な声と下げずんだ視線、ジト目で追い詰める。
自分達が慕っている女の子にこんな態度を取られたら、ショックでしかならないだろう。
俺もこんな風にされたらビビるし、チキン野郎だからね。
「いやぁ、な、何でもないですよリリアさん……そ、それではっ!!」
体裁が悪くなった彼らは素早くその場を後にする。
やはり効果は覿面だったなと、フンと小さく鼻を鳴らすとシドニエの元へ。
「大丈夫?」
「あ……はい、すみません」
情けないところを見られたという表情。
「さっきのはカッコ良かったよ」
「えっ?」
さっきの意思表明とも取れる一言はちゃんと俺には届いていた。
何か胸を熱くする展開だなぁと、シドニエが襲われそうになっている中、不謹慎に思っていたのは内緒だ。
「頑張ろ! 自分の為にもさ」
「は、はい!」
――こんなことがあった手前、自分の装備を見繕うという買い物にまで気を遣わせてしまっているし、戦闘においても足を引っ張っている。
自分の情けなさに落胆しながらも、せめて隣を歩くのだから、身嗜みくらいはと臨んでいるのだが……。
「はあ……どれがいいんだ?」
両親に相談するのも何処か気恥ずかしく、しかしピンとくる服装も見当たらず、結局夜中まで悩み続けたという、実に女々しいシドニエでした。




