13 変異種について
「そうか、変異種が出たか」
俺達は王都に戻り、ソフィスを病院に送るとカルバスの元を訪れ、先程の出来事を報告した。
「はい。これがその魔物の魔石と身体の一部です。後、変異種の死体はそのままにしてしまいましたので、騎士の方にでも連絡して処理してもらって下さい」
魔石はカルバスの机の上に、変異種の身体の一部はマジックボックスからチラ見せした。
その報告を受けたカルバスは、何故か呆れたようなため息を漏らす。
「……わかった、ありがとう」
そこまでやってくれていたのかと言わんばかりの表情、人の仕事を取るなと言われているよう。
「貴女達はどうしてこう、変な事ばかり起こすんです?」
その報告を聞いていたのか、マーディが割って入る。
「起こしたくて起こしている訳ではありません」
「それで? ここにいる全員が目撃者ですか?」
「いえ、後三人ほど……」
病院には、倒れたソフィス、ユーディル、ロバックが行っている。
「とりあえずわたくしは騎士団の方へ連絡を入れておきます」
「お願いします、マーディ先生。しかし、また変異種か……」
「またって?」
変異種に遭遇したし、対処も出来ているからと注意喚起の意味合いを込めて、カルバスは話してくれた。
「実はここのところ、魔物の活動が活発でな」
「最近そうらしいですね」
リュッカが拐われる前にも、ちらほら聞いていた話だ。
「ああ、特に最近は変異種や希少種を見かける機会が増えていてな、騎士団や冒険者達も対応に追われているほどだ」
「それってもはや異常ですよね?」
「いや、そこが良くわかっていない。増えたと言っても、前よりというだけだ」
この言い方からすれば、遭遇率はコンマ単位で上がった程度のものと言いたそうだ。
「異常と呼ぶほどではないけど、調査はすべきだと?」
「ああ、それを殿下が指揮を取り行っている。マルキスには申し訳ないと思っているがね」
おそらくはパラディオン・デュオのことだろう。アイシアは大丈夫ですと返答。
「聞き遅れたが、彼女の容体はどうなんだ?」
「大丈夫みたいですよ。身体を強く打ちましたが、ロバックが治療してくれた甲斐もあって問題なく……」
「そっか、なら良かった。とりあえず報告はわかった。今日はもう帰っても大丈夫だぞ」
俺達は職員室を後にする――。
「でも変異種か……」
「何か引っかかることでも?」
「いやそもそも変異種ってどうやってできるのかなぁって……」
授業でもその辺の詳しいことは習っていない。変異種は希少種と違い、似て非なる存在だということ。
今回、遭遇した変異種は、あの姿形からグレートボアの変異種と判断できる。
グレートボア自体はDランクほどの魔物だったが、グレートボアとは違う、威風な空気をしていたのも事実。
遠巻きから見てもそれは伝わってきた。
「色んな理由があるから、一概にこうだとは言い切れないけど、最も多い事例は環境による変化が分かり易いかな?」
「極端な例を言うと、ファイアウルフが雪国の環境に放られたら、その環境に適合しようと火属性を持ちながらも水属性を持って変化したのが変異種?」
「凄く極端だけど、そうだね」
「じゃあ今回のあのグレートボアの変異種?」
こくっとリュッカは頷く。
「……が変化を起こした理由は?」
「あの変化の仕方から、植物系の魔物に寄生された可能性が高いかも……」
シドニエが何かを思い出したように指摘する。
「そう言えばあの魔物、目がキョロキョロと色んなところを向いていましたよ」
そう言われてみれば、焦点が合っていなかったように思える。
「じゃあ、あの猪さんはあのつるみたいなのに侵食されて、暴走を起こしたってことかな?」
「多分……」
それならば、あの物々しい雰囲気にも納得がいく。
侵食ということは、もはや洗脳に近い形を受けていたのだろう。抵抗して困惑していたからこその暴走だったのだろうか。
遠くから見ても迫力のある睨みもしていたし。
「でも、それを一撃で倒せちゃうリリィも凄いよ!」
「はは、ありがと」
「あれって上級魔法?」
「まあね、その対象の空間に爆発を起こす魔法かな?」
実際、すげぇ爆発だったし。みんながいたからある程度抑えて発動したつもりだったが、それでもあの巨体を一撃で仕留められるとは思わなかった。
「でもリリアちゃん。急にどうしたの? 変異種のことなんて……」
「いやさ、変異種って少ないんでしょ?」
「まあ……うん」
「頻度が相変わらず低いのはそのままみたいなことを先生は言ってたけど、それでもいつもより多く確認はされてるとも言ってた。何かの予兆とかじゃないよね?」
「こ、怖いこと言わないで下さい、オルヴェールさん」
リュッカは少し俯いて、何かを考えている様子を見せる。
「……確かに変異種は解明されてないことが多いけど、先生の仰るくらいの頻度なら、先程例に上げたものや私達が遭遇したグレートボアの変異種のように、何かしらに洗脳された形で変異したと考えれば、何か起きているのかも……」
俺達の頭には嫌な予感が過った。
あのグレートボアの変異種は明らかに自我意識が欠落しているように見えた。
あれがもし故意的に行われたものならば、それはとても放っておけるものではない。
だが、
「そ、それがわかっても僕達には何もできないんじゃないですか?」
俺達は、ハッとなってシドニエを見た。
注目を浴びたシドニエは恥ずかしそうに、しかし何処か不思議そうに照れて動揺する。
「えっ? えっ? 僕、何か間違ったことを言いましたか?」
「あ……いや」
確かにシドニエの言っていることは間違いではない。
もしこれが故意的に行われたものであるなら、然るべきところで解決してくれるはずだ。
本来、一般人であり学生である自分達には、関わりを持つはずのないことであり、解決する機関がちゃんと存在もしている。
物語の主人公のように、わざわざ首を突っ込んでまで解決に乗り出す必要など本来なら皆無なのだ。
だが俺達がシドニエの発言に少し疑問を持った表情で見た理由としては、その機関の人間を知っていたり、リュッカの事件のような、命のかかった出来事が最近起きたからである。
そこと若干照らし合わせに見ていたところがあったのだろう。
自分が何が出来るのか、考えること自体は悪いことではないし、助けたいと行動を起こすのも悪いことではない。
ただ物事をしっかり見据えて行動を起こさなければ、その解決する機関に迷惑をかけ、解決に時間がかかる可能性も否めない。
そこの見極めという意味では、まだ関わりが浅い俺達は、関わるにしても自分達があった情報を伝える程度のものでいいだろう。
「そうだね、私達だけで考えててもダメだよね」
「そうですね」
「今考えるべきことはソフィスの容体だね。お見舞いに何か買っていこうか?」
――俺達はこの翌日、この考えをハイドラスに伝えてことの次第を知るのだが、そこで聞いたハイドラスの内容はそこまで危機感を感じるものではなかった。
だが、この国の危機が迫っている前兆が既に起きていることを知るのはもう少し後のことである。




