04 躾は大変です
近隣トラブルなんて皆さんはどうでしょうか?
騒音だったり、異臭だったり、人間生活していれば、迷惑をかけて生活するものです。
多少であれば、我慢も効くでしょうが、限度を越えれば文句の一つや二つ出るものではないでしょうか?
俺とアイシアみたいな寮生活でも同じですね。同居していれば、問題もちょこちょこ出てきます。
実際、俺自身の変なプライドのせいで仕切りを作った訳だが、今は慣れる為ともう一つ、とある理由から外しているのだが、そのとある理由がちょっとしたトラブルとなっている。
「……リリィ、開けるよ」
深刻そうな表情でドアノブに手をかけようとしているアイシア。
「オーケー」
俺達はお風呂から出て、自室に戻り、休もうとしているところ。
ただ今、ドアの向こうからオーラが溢れ出るような雰囲気が出てきている。
「――っていうか、何でそんなに離れてるの!?」
「いやぁ……わかるでしょ?」
俺は扉の前にいるアイシアから距離をとって、待機している。
どうしてこんなに警戒しているかというと――皆さんは覚えておいでだろうか?
アイシアはとある魔物との契約をして使役しています。
それは赤龍の幼龍である。
エリック先生に言われた通り、とりあえずは召喚したまま、部屋の中を中心に寮内で育てていたのだ。
基本は寮内以外には出さず、部屋から出る際もアイシアと一緒という状態である。幼龍の為、少しずつ慣らしていこうという試みだ。
それが功を成したのか、だいぶ外にも人にも慣れてきた為、使い魔としての活躍も期待できる一方で、ある問題が浮上した。
それは少し過保護的に育ててしまったが故の、甘えん坊問題である。
まあペットが甘えてくること自体は別に悪いことではない。むしろ主人冥利に尽きるというものだろう。
まあ、それがあの召喚された時の大きさのままなら何の問題もないのだが。
アイシアと俺はわかっている、あの幼龍はとってもいい子だ、今現在、扉の前でお座りしていることだろう。
幼龍は主であるアイシアの帰りを心待ちにしているのだ。
扉の向こうから伝わってくる――ご主人帰ってきたっ!!
扉を開けた瞬間、愛想よくご主人様大好きアピールをする気満々のオーラが滲み出ている。
アイシアは躊躇いながらも、ゆっくりとドアノブを捻る。
ガチャっと扉を開けた瞬間――、
「ガアウウッ!!」
「――きゃああっ!!」
ぴょーんと紅い大きな身体でアイシアに飛びつくと、身体を擦りつかせて、尻尾もぶんぶん振ってのご主人大好きアピール。
まるで犬みたいだ。
「ちょっ……リリィ、助け……」
全身を使ってじゃれつかれているアイシアは助けを求める。
もはや幼龍と呼ぶには、大きすぎる胴体がのしかかる。
「はいはい、せーのっ!」
両手でお腹から抱きかかえるように持ち上げて、アイシアを救出。
「た、助かった……」
俺達はこんな感じで部屋に入るのが日常茶飯事となっている。
そして、
「あちゃ〜……」
「あっ」
部屋の中を見ると、これまた悩みの種が床に広がる。
この赤龍は、大人しい方なのだが、成長期ということもあってか、脱皮や鱗が剥がれたり、牙や爪なども早いサイクルで生え変わるのだ。
「……とりあえず回収しようか」
「うん、ごめんね」
同居しての今現在のトラブルはこれである。
魔物であるが故、動物と違い、糞尿はしないという、実に良心的な面もありつつも、成長速度が異常に早い。
アイシアが赤龍と契約したのは、約一か月前。
当時はアイシアが軽く抱きかかえられるほどの小型犬くらいの大きさが、現在ではアイシアを簡単に押し倒せるほどの大型犬以上の大きさである。
急激に成長する影響もあって、初めて鱗が落ちていた時は、足の裏に切り傷が出来るほど。とはいえ、ドラゴンの鱗は貴重であると助言を貰っている為、回収しているのだが、
「溜まったね……」
袋にパンパンに、こんもりと溜まっている鱗や牙、爪などを見る。
「沢山おとちまちたね〜、ポチ」
脇を持って、だらんと身体が伸びるドラゴンに顔を近づけて、赤ちゃん言葉でアイシアは話しかける。
ちなみにこの赤龍の名前はポチである。
召喚した際の昼休憩の時、俺がペットの名前の定番は――、
『タマかポチだよねぇ〜』
――と振ったところ、アイシアがポチという名前を気に入りつけられた。
俺としては犬や猫につけるならというつもりで言ったのだが、こんなにポチと言って後悔するとは思わなかった。
小さい時ならいいが、この子はドラゴンだ。
将来的に必ず凛々しくも逞しいドラゴンになるはず。そのドラゴンの名前がポチでは格好がつかない。
一応俺は全力で否定したのだが――、
『ううん、ポチがいい! ねぇ、君もポチがいいよねぇ〜』
『カウッ!』
『ほらぁ〜』
ほらぁ、じゃないよ! お前はお前で納得する返事をするんじゃないっ!!
――心の中でどれだけツッコんだか。
「でも、ポチも随分大きくなったね」
「うん、そろそろ部屋に出しっぱなしもダメだよね?」
「そだね。エリック先生にまた相談してみる?」
「うんっ!」
まあ相談と言っても、やることは一つだろう――。
「召喚空間に戻すしかないね……」
――という結論に至りますよね。
俺達は翌日、成長したポチを連れてエリックの元へ。
「これだけ大きくなりましたし、この子も大丈夫でしょう」
「あの先生?」
「何ですか?」
「早すぎません? 成長……」
「魔物だからね。けどドラゴン種だから、これでも遅い方だよ。ゴブリンなんか、早かったら一日で成熟するよ」
某育成ゲームの種族値が高いモンスターほど、育成経験値が多く、成長し辛いのと同じことね。
「でも寂しくないですか? 先生」
そう言っているアイシアの方が寂しそうな表情と声をしている。
「大丈夫ですよ。魔物はそのあたりはドライですから……」
エリックはそう言うが、俺にはどうしてもそうは思えなかった。
普段の様子を見るに、ポチはだいぶ寂しがるのではないだろうか。
べったりだし、アイシアは甘やかすし、喜んでお腹を撫でられている姿をどれだけ見たことか。
しまいにはこんな出来事もあった――。
先程と同じ状況だった際に、俺が一足先に部屋へ戻った時のこと、何気なく扉を開けると、
『ガウウっ!!』
嬉しそうな表情で飛びついてくるポチだが、アイシアじゃないとわかると、ピタッとその場で固まり、そっと地面に着地すると、
『……ガウ』
何だ、ご主人じゃないと言わんばかりの態度でそっぽを向く。
その表情も先程のキラキラとして健気な表情とは一転、酷く落胆したような表情で離れていく。
『――その反応止めろっ! こっちが傷付くわっ!』
――その反応に思わずツッコんだのを覚えている。
そんなポチが召喚空間に行って、寂しがらない訳がない。
アイシアも若干躊躇い気味に、
「いくよ、ポチ。たまには呼ぶからね――えいっ!」
紅い魔法陣がポチの下に展開されると、フッと姿を消した。
インフェルとは違い、割とあっさりとした感じ。インフェルは雰囲気ありげに消えてたからな。
「これでとりあえずは鱗を踏まずに済みそうだね?」
リュッカはそう言って解決したねと微笑むが、俺は内心、不安でいっぱいである。
「……どうかな?」
その不安を証明するよう、ある提案をする。
「ねぇ、アイシア。ポチ呼んでみて」
「別にいいけど……何で?」
「まあいいから」
わかったと了承すると、
「――召喚! ポチっ!」
先程帰したにも関わらず、再び召喚。
すると、
「ガアウウッ!?」
「――ぐはあっ!?」
ポチは凄い勢いでアイシアに突進。そのまま倒れ込んだ。
「ガウウッ!? ガア、ガウウッ!!」
アイシアに激しく擦りつかせながら、訴えかけるように鳴き声を上げる。
「ちょっ!? ……助……」
その反応に驚いたか、俺以外の一同はきょとんとする。
俺はいつも通り助けようとするも、いつも以上に力が入っているようで、中々離れない。
よっぽど寂しくなったのだろうか、予想通りの展開である。
「ほらっ! ポチ……」
「――ガアッ! ガウウッ」
激しく抵抗するポチ。他の面々も助けに入り、何とかアイシアから引き剥がせた。
「どうしたの? ポチ……」
「ドラゴン種とはいえ、魔物ですから気にしないと思ったのですが……」
「いや、先生。アイシア、だいぶ可愛がってましたから……」
「えっと、どんな感じかな?」
俺はアイシアとポチの普段の様子を説明した。
「うーん……甘やかし過ぎではないだろうか」
「まあ、赤ちゃんの時から育てた影響もあるかもしれませんね」
召喚された際は、確かに幼龍だったのだ、アイシアを母親代わりと思うのも無理はない。
「先生、ポチをこのまま飼う方法、ありませんか?」
今の話を聞いて、離ればなれになるのは、やめようと考えての提案だが、
「マルキスさん、履き違えてはいけません。このポチはペットではなく、使い魔です。こんな状態では魔法使いである貴女の護衛は務まりませんよ」
召喚で呼び出された魔物達は、あくまで使い魔。信頼関係を築くことは必要でも、メリハリは必要だろう。
「シア、ちゃんと躾しないと……」
「躾?」
「そう。ご主人と使い魔としてね」
「確かに今の状態、ご主人様とペットだね。アイシアそっくりの抱きつき癖」
フェルサの言う通り、確かに先程は見事な抱きつきダイブを披露。
ペットは飼い主に似るとはいうが、ここは似ないでほしかった。
将来的な意味でも。
「うう〜……わかったよ、ポチ」
みんなに説得されて、決心してポチに向き直すが、
「カウ……」
甘えた鳴き声で、クリっとした瞳の上目遣いでポチは語る――ご主人、もう寂しい思いをさせないでね――と訴えかける。
その表情を見て、固まったアイシアはくるっとこちらを向いた。
「ごめん、無理」
情が移ったのか可哀想になって、召喚空間に戻せないと潤んだ目でこちらを見る。
だがそれに対し、あの事件以来たまにではあるが一緒にいる機会の増えたテテュラが物申す。
「アイシア、その子をそのままにしておくと、貴女……死ぬわよ」
「えっ!?」
「よく考えなさい。そんな抱き癖と甘えん坊のままにしておくと、私達がよく知るドラゴンほどの大きさになった時にどうするの?」
人を乗せて飛べるほどの大きさとなると、結構な大きさだ。そんな巨体がご主人であるアイシアに甘えん坊全開で向かっているところを想像するだけでヤバイのは明白だ。
「だ、大丈夫だよ、ポチはそれくらい――」
「躾なければわからないのよ」
「うっ……」
アイシアの甘えた考えを一掃するテテュラ。
仰る通りなんだけど、圧を感じる。
「ま、まあ彼女の言う通りだよ。でも、急は無理そうだから、少しずつ慣らしていこう、ね」
「は、はい。ポチぃ……」
「カウ……」
ジッと見つめて名残惜しそうにしていると、それを見下すように温度のない、容赦のない視線を送るテテュラ。
すっごい冷めた目で見るやつ。アイシアがお風呂に誘った際も同じような目で断られたらしい。
どうしても嫌な時とか、今みたいに言う事を聞かなかったりすると、その視線を送る。
「わ、わかりました……」
テテュラの視線に負けて、怯えるように返事する。
テテュラもアイシアの為に言っていることとわかってはいるが、もうちょっと優しくしてあげてもいい気がする。
「まあ頑張ろ、アイシア」
「貴女もね」
「えっ!? 私も?」
「同室者でしょ? それとも友達が可愛がってたドラゴンに潰されて死亡しましたは寝覚めがいいかしら?」
さらっとそんなこと言わないでほしい。いいわけがない。
「わかりました。アイシアが甘やかし過ぎないよう見てます」
――この後、ポチの躾について色々と議論していった。
ペットを飼ったことがない俺だが、甘やかし過ぎず、厳し過ぎずと大変なんだと感じた。
何せ俺の使い魔は、意思表示がしっかりできる悪魔様だ、そんな苦労はない。
まあ、あの悪魔がポチみたいに甘えられたら、それこそ酷い悪寒に襲われそうだけどね。




