02 ピュアハートはどこへ?
――拝啓、お父さん、お母さん、友人諸君、お元気ですか?
鬼塚改め、リリア・オルヴェールです。
異世界へと転移し、女の子になって約二か月近く経つでしょうか?
俺が転移したのは丁度夏休み前だったので、九月くらいでしょうか? 夏の暑さがまだ残る中、友人達は新学期を迎えている頃だろうか。
これまた平和だねぇ。こちらは刺激の絶えない毎日を送っている。
女の子に転移、友人は冒険者や熊に襲われ、ゴーレムに遭遇、貴族から下衆な価値観を押し付けられ、特大魔法を撃ち込んで怒られたり、悪魔を召喚してみたり、迷宮に友人を救出に向かったりと…………結構色々あったなぁ、これで二か月ですよ。
異世界恐るべし――とはいえ向こうの世界とは考えられないほどの刺激を浴びながらも楽しく生活してます。
目の前に広がるこの麗しい光景もまたその一つ、お風呂である。
友人達があられもない、生まれたままの姿を見せている。今現在、友人達と大浴場にて入浴中。
俺はこの桃源郷のど真ん中にいる。
本来なら男がこんなところに居られる訳がない。だから俺は友人達にこう言ってやりたい――どうだっ、羨ましいだろうと!
しかし人間とは欲深く、新しい刺激を求める愚かな生き物。
この桃源郷を毎日のように見てきた俺は、不謹慎ながらも、反感覚悟でこう言おう――飽きた。
いや男として女の裸体を飽きたとか、下衆の極みですよ。わかってます。
嫁さんの裸飽きた〜とか、アダルト男優でもあるまいし、生意気なんだよ、童貞がぁ!? って言いたい気持ちもわかります。
しかしこちらの言い分も聞いてほしい。人間というのは慣れるのである。
何度か思ったが、今一度言おう――俺が異世界で一番怖いと思ったのは、慣れだ。
俺の純粋な心をランナーに例えよう。
先ず、リリアに転移した時点で俺から逃げる為、入念な準備運動を始める。怪我などしないように、自己記録を更新するが如く、入念に入念を重ねて。
俺はクローゼットの扉に手を掛けていると、クラウチングスタートの構えを取る。
開けた瞬間、素晴らしいスタートダッシュを切る。
そして俺が女物の下着を手に取ると、全力で大人の階段を駆け上がる。
女の子としての生活を男である俺がする度に、その純粋な心は俺から距離をどんどん離していく。
友人達と出逢うことで、休憩スポットに立ち寄るも、彼女達の目の前に広がる光景を目にする度、これまた駆け出す。
以前の、いわばまだ転移したての頃は、恥ずかしさや罪悪感などがあり、良心も痛んだ。
その頃はまだ純粋な心と並走できていたのだ。しかし、慣れという現実は俺の足にまとわりつき、離さない。
結果、見飽きたという結論に至る。
俺の純粋な男心はどこ行ったの!?
返してっ!! 俺の青春!! 戻ってきてっ!! 俺のトキメキっ!! 帰ってきてっ!! 俺のピュアハート!! (心の涙)
「――あの、リリィ?」
俺の呆然と風呂場を見る視線が気になり、声をかけてきた。
「何?」
「お風呂に入る度にさ、落ち込む癖、何とかならないの?」
「ああー……超個人的な悩みだから、気にしないで……」
超を強調して答えた。
私、実は男の子なのって言っても、信じてもらえないだろうし、そもそも信じられても困る。
ネカマとは訳が違う。
異世界転移だろうが、転生だろうが、性別が変わるのは何かと悩みが出るということだ。
あっ、記憶がある場合の話ね。
「超個人的な悩み?」
「悩みがあるなら聞くよ、リリアちゃん」
「ああ……うん、ありがとうリュッカ」
気持ちだけ受け取るよ。絶対言えない悩みだし、解決方法は割り切ること以外にないしね。
そんな会話を聞いていたユーカとタールニアナは、
「ふーん……悩みねぇ」
「悩み……」
足だけ湯に浸かっている、髪を上げて、生まれたままの姿を見せるリリアの身体をジッと見る。
「な、何?」
その視線が気になり、思わず手に持つタオルで上半身を隠す。
「いやぁ、そのスタイルとお顔でお悩みがあるとは生意気だなぁって……」
「なまいき〜」
確かにリリアは男性受けのいい容姿をしてらっしゃるけど、後輩虐めカッコ悪いっ!!
「いや、そっちの悩みではなくて……」
先輩二人は両手をワキワキといやらしい手つきでにじり寄ってくる。
「あの、その手つきは何ですか!? よ、寄って来ないで下さいねぇ……先輩方」
逃げることを悟られぬよう、ゆっくりと後ずさるが意味はなく、
「いやぁ、もっと調べてお悩み解決してあげようって先輩の優しさだよぉ〜」
「そうそう」
ユーカは楽しそうに笑みを浮かべながら、タールニアナは気怠そうな表情は変えずににじり寄る。
「私、もう上がりますっ! 失礼――」
「逃すかぁっ!!」
バッと立ち上がり、逃げようと試みたが、ユーカの方が一枚上手だったようで、後ろから抱きつかれた。
「――ひゃあんっ!?」
思わず変な声が出た。
その反応が面白かったようで、湯船に引きずり込むと、ユーカとタールニアナはリリアの身体を揉みしだく。
「ほらほらほら、ここが良いのかぁ〜?」
「いやいやいや、ここが良いんでしょ〜?」
「――ちょっ!? ひゃあ!? 変なとこ触らないでぇ〜!!」
俺は二人の先輩に良いようにおもちゃにされて、悶絶させらていく。
「いやぁ……今回の被害者はリリアだったね」
「そだね〜」
「うん……」
俺がおもちゃにされている間、遠巻きに湯船に浸かりながら見守る三人。
助けを求める声も聞こえているだろうが、見守る。
だがこのことに疑問を持ったアイシア。
「でもさ先輩達って大体リリィかリュッカだよね? 何でだろ?」
その質問にリュッカは苦笑い。フェルサは淡々と答える。
「反応の違いじゃない? 私は無反応だし、アイシアだと乗ってくれるからじゃない? 可愛い反応するのがリリアとリュッカってだけなんじゃない?」
「私、可愛い反応しない?」
「嫌がらないでしょ?」
「まあ実家で、狭いお風呂に入ってたから、触られ慣れてはいるかな?」
「シアは一番お姉さんだもんね」
アイシアは兄妹の一番上。下に妹が一人、弟が二人いるとのこと。
そんなやり取りをしていると、
「ちょっとっ!! 誰か助けてよ!!」
俺は先輩の魔の手から逃れて、リュッカ達の元へと合流するも、先輩方はまるでサメが迫ってくるが如く、寄ってくる。
「リ〜リ〜アちゃ〜ん」
「リュッカちゃ〜ん」
「――えっ!? 私もですか!?」
どさくさに紛れて被害拡大。
先輩二人は名を呼んだ二人に飛びかかる。
「――きゃああっ!! 待ってくださ――ひゃん!?」
「もう勘弁してぇ〜っ!!」
「良いではないか、良いではないか……」
ススーとアイシアとフェルサは距離を置く。
「楽しそうだね……」
「ねぇ〜」
いや楽しそうだね、じゃなくて助けてぇ〜。
先輩方にじゃれつかれ、騒いでいると、
「コラァーーっ!! 何を騒いでいるのですかぁ!!」
脱衣所から出てきたサワーグリーンの長髪の女の子の姿があった。
「あっ! 委員長!!」
俺から見れば救いの女神である。一糸纏わぬその姿からも捉えられるが、助けが来たからでもあるから、そう見えた。
彼女はナタル・ミューラント、ザラメキアの森を抜けた先にある港町の町長兼領主の娘嬢である。




