106 呪印
彼女達が了承したということで罰である呪印の話になる。
呪印というのはそもそも付与魔法の事を指してもいるのだが、恐ろしい効果がある為、敢えてこのような悍しい呼び方をされる。
その呪印は大きく分けて二つ、強制的にその施された命令を実行させること、施されたルールを破ると罰を与えること、どちらかの呪いを付与することを指す。
闇の魔術師にしか使用は不可能である。ちなみに施すのは後者である。
他属性の者にも似たような術はつけられるものの、精神系能力の高い闇属性を超えることはない。
とはいえ、精神系能力の高い闇魔術師は、そうそういないとのこと。
リリアもその能力は低いが、軽い呪いはかけられるし、付与魔法ということもあって、じっくりと術式を構成できることから可能なのだ。
ちなみにこの呪印はこの国では囚人に付与される為、色んな意味では正しい使い方である。
「――なるほど、公開刑と言ったところか」
「はい。反省を促すという意味では。彼女達に呪印を施した後、今まで通り学校へ通って貰います。そうすれば、抑止力になりませんか?」
アーミュ達は虚な目でそれを茫然と聞き入る。
――俺の案はこうだ。
刑期は学校の卒業までとし、この呪印を囚人達のように首に施すのではなく、他の生徒達にも見えるように、手の甲の部分に施そうと提案する。
そうすれば罰という形が取れつつ、監視の目もあり、他の生徒達に対しても抑止力となる。
マルファロイみたいな者達への抑止力ということである。少なからずそう言った輩もまだいるだろうとのことも考慮にいれてある。
「――なので、この呪印に付与するルールは……一つ、この呪印を特別なことがない限り、隠すことを禁止。二つ、特別なことがない限り、学校への登校義務」
これらは上での説明通りである。三つ目以降が矯正させる為の提案。
「三つ、貴族の権力での人身侵害の禁止。四つ、貴族としての最低限の役割義務を果たすこと。これらとします」
「貴族としての最低限の役割とは?」
「まあ、言ってしまえば、平民の保護辺りが該当するかと……」
「なるほどな。有事の際に最低限の範囲内で役割を果たせという感じかな?」
「はい、まあそんな感じです。貴族という権力がどれだけ重いものなのか、知って頂くには良いかと……」
強い権力を持つほど、責任は問われるのだと、自覚してもらうには妥当だと考えた。
アーミュの場合、何かが起きた時、空かさず逃げそうだし、貴族を語るつもりならそれぐらいはということで。
「なるほど、ならそれらを破った場合は?」
正直、普通の部屋より大きい校長室とはいえ、呼ぶのはどうかとも思ったが、必要なので呼び出そう。
「それも考えがあります。――召喚!!」
俺が唱えると隣に爆発音と共にインフェルが出現。
「――なっ!?」
この部屋にいる面々は初面識である為、驚く一同。
「あ、悪魔……」
「ひっ!? ひいぃっ!!」
「……まったく。久しぶりに呼び出されてみれば何ですか、ここは?」
「とりあえずさ、身体をもう少し小さくできる?」
些か狭そうなので、試しに指示してみると、しゅんしゅんと人の標準的身長になった。
悪魔ってすごい。
「これで宜しいですか?主人……」
「あ、うん」
丁寧な喋り方に違和感を持つ。
「どうかされましたか?」
「いや、確かに丁寧に喋るみたいな話があったけど、本当にそうするとは……」
「そんなことでいちいち驚かないで頂きたい。で? 呼び出した用件は? コイツらを消し炭にでもしろと?」
出てきた早々、恐ろしいことを口にする。さすがは悪魔。
その発言に加害者達は身を寄せ合い、震えて怯える。
「お願い……殺さないでぇ……」
「いや、殺さないから。インフェル、この三人に……」
アーミュと取り巻きを指差す。
「死なない程度の幻覚ってかけられる? なんかこう……身体を焼き尽くす……みたいな」
イメージ伝わったかな? 地獄の業火に焼かれるみたいなイメージで言ってみたんだけど。
するとインフェルは、ふんと鼻息を鳴らす。
「こうですか?」
軽く指を鳴らした。
するとアーミュ達三人が急に立ち上がり、苦しみ始める。
「――ぎぁああぁああーーっ!!?」
「――あづいぃーーっ!! ぎぃぃーーっ!!」
「ああああああーーっ!!? があっはああーーっ!?」
「ど、どうした!?」
三人は苦しみながら、床を転がり回ったり、前のめりに倒れ込んだりと、各々激しくのたうち回る。
その様子を見て、親御さん達も心配で駆け寄り、名前を呼んで意識を確認する。
その様子を見た俺も、さすがに良心が痛むのでインフェルに確認を取る。
「あのさ、頼んでおいて何だけど、大丈夫だよね?」
「ええ、御命令通り、死なない程度の幻覚です」
あっさりと他人事のように答えた。
「頼むっ!! もうやめてくれぇ!!」
必死に叫ぶ、加害者の親達の悲痛な声。
さすがに止めよう。
「インフェル、もういいよ。解除して」
「もういいのですか?」
この程度でよいのかという、不思議そうな問いが飛んできた。
悪魔的にはまだまだ甘いということだろうか、残念だが俺は人間なので止めるように言う。
「うん、いいよ」
インフェルは納得のいかない様子で、また指を鳴らした。
三人共、激しく呼吸しているが、落ち着けるように大きく呼吸する。
「はあ……はあ……」
ハイドラスもその様子を見て、良心が痛んだのか、インフェルにどんなものを見せたのか尋ねる。
「悪魔殿、一体どんな――」
「人間の質問に答える義理はない」
ハイドラスの言葉を頭ごなしに否定。最早、聞く耳も持たない様子なので、代わりに尋ねることにする。
「どんな幻覚見せたの?」
「……炎がこの娘共の眼球、喉、全身を焼き尽くすような痛みと熱さを感じる幻覚ですが?」
「怖っ!? というか痛みって……」
「あくまで幻覚です、現実に外傷は与えません。しかし、精神的苦痛を味合わせるにしても、痛みは必要です」
さすが悪魔、容赦ない。
「で? これで宜しいので?」
「ああ……ここからが本当の用件なんだけど……」
俺は呪印の件をインフェルに説明。
「――要するにそのルールを破った際に先程の幻覚が与えられるように、術式を組んで、この娘共に施せと……」
「できる?」
「できますが……まったく、人間というのは本当に面倒くさい……」
インフェルが面倒くさそうに頭をかく様子を見て、恐怖に震えるアーミュは声も震わせさせながら尋ねてくる。
「今の幻覚を……?」
「はい。でも、ルールを守る自体は簡単ですよ? 人としての常識を持って生活すれば、何も起きない道理です」
今までの権力に胡座をかく生き方をしなければいいだけの話だ。何も難しいことは言っていない。
「その通りだ。良識を持って生活すれば問題ない。人を敬い、尊重し、助け合う。そんな当たり前をすればいいだけだ」
俺もそんなに立派なことが言えるほど、真面目に生きちゃいないけど、人としての良識くらいはちゃんとある。
コイツらにはそれが枯渇していただけだ。この心配そうに娘を見る親達が甘やかせ過ぎなければ良かっただけなのに……。
「……さっきから話を聞いていれば、この娘共、何か疚しいことでもしたのですか?」
インフェルがそう聞いてきたので、うんと答えるとはんと小馬鹿にするように笑った。
「なるほど、確かにこの娘共は随分と旨そうですからね」
「ひぃぃっ!? た、食べないで……」
「旨そうって?」
「この娘共、いい感じに濁ってますからね、心が。いい負の感情を食えそうです」
はい、悪魔様のお墨付きを頂きました。やっぱり、そういうの見えるのね、悪魔は。
「心が読める――」
キッと質問しようとしたハイドラスを睨むインフェル。
本当に契約した人間以外は嫌なのね。だから再び代わりに質問。
「心が読めるの?」
「いえ、澱みや濁りが見えると言えばいいですかね? とにかく、コイツらは人間でいうと汚いですよ」
まあ、それは俺達もわかっていることだ。
嫉妬で人を殺そうとしたくらいだからね。
「よし、インフェル。じゃあ始めよっか?」
俺とインフェルは彼女達の利き手の甲に魔法陣式の呪印を施していく。
インフェルは簡単に術式を施したが、俺はインフェルに教わりながら、じっくりと一人に術式を刻んだ。
こんな機会でもないと、学ぶこともないだろうしね。
――呪印を刻み終えた手の甲を見て、アーミュ達はやっと罪の意識が芽生えたのか、酷く落ち込む。
「これにてこの話は終了とする。三人共、これからは真っ当な人生を送るよう、期待している。以上だ」
「はい……」
とぼとぼと重たい足取りで学園長室を後にする加害者一同だが……。
「ラサフル殿」
アーミュはゆっくりと、父親もハイドラスの方へと向く。
ハイドラスは父の方だと言って、アーミュを部屋から出した。
「これについてはまた後日……」
パンパンと机に置いた書類を叩く。
それを見て、青ざめたアーミュ父。
「御自宅へお伺いする。良いかな?」
「は、はい……」
「……安心したまえ、彼女の件がある内は一応貴族としての地位は残しておいてやるが、それ相応の罰は覚悟しておけ」
「は、はい……」
こういう時の殿下は生き生きしてるんだよなぁ。
アーミュ父も落ち込んだ様子で部屋を後にすると、俺達は、ほっと一息ついた。
俺はインフェルを帰すと、殿下にお礼を言う。
「ありがとうございます、殿下。彼女達に反省を促す為に無理を言って……」
まあ、割とノリノリだった気もするが、リュッカ達にしたことへの反省をしてもらうことが一番だからね。
「構わんさ。しかし、ハーディスのゴブリンの迷宮は思いつかなかったなぁ」
「……その割にはあっさりと乗っかったじゃないですか」
そんな会話を聞いていた、先程から石のように固まる先生方はそっと口を開く。
「……最近の子は怖いのぉ、カルバス先生」
「……ええ、おっしゃる通りで、学園長先生」
「そんなことないですよ、先生」
聞こえたので、ニコッと笑って否定してみるが、怖い印象は変わらないと、表情を変えなかった。
ハイドラスは今回の件の反省を述べた。
「……今回は我々の甘さもあっての事件だとも考えている。これくらいの悪者役くらい、買ってみせるさ」
ハイドラスは、あのような貴族にあるまじき人達を放置していたことも要因の一つだと思ったようだ。
だが、人間である以上、完璧に熟せる人などいない。
「それでもさ……ありがと」
だから、軽い罰くらいにって言ってみせたリュッカのような、人を許してあげられるような人で在りたいと、そう感じたのであった。




