103 勇者の片鱗
「――はあっ!!」
「キィヤアアアアーーッ!?」
何が起きたのかわからいダンジョンワームは流されるまま、その横から来た風圧で吹き飛ばされる。
ずるりと地面から身体が全て抜き出る程に。
すたりと軽く地面を降りる音が鳴ると、その少年は振り向く。
「無事ですよねっ!? そうですよね!?」
急いで駆けつけてくれたのか、息を荒くしてそう尋ねてきた。
「……は、はい」
リュッカも何が起きているのか、頭が追い付かず、茫然としながらの生返事。
すると遠くから遅れて足音が聞こえる。
「リュッガぁぁーーーーっ!!」
泣きながら自分の名前を叫ぶ声が聞こえた。そちらへ向くと、涙で顔がぐしゃぐしゃのアイシアの姿があった。
「リュッカぁぁーーっ!!」
そのまま抱きつき体勢で空中ダイブ。
それは危ないから止めようと、止める俺の伸びた手を置き去りに、勢いよくリュッカにダイレクトアタック。
ちょっとアイシアさん。いくら心配してたからって、その勢いで抱きつくのはリュッカの体力的にキツいから。
だがリュッカはそんなことなどない様子で、アイシアを受け止めた。
「シア……」
「良かった……良かった、無事でぇ〜っ!!」
無事だったことに安心したアイシアは涙が止まらない。
「キイィ、キャアアッ!!」
吹き飛ばされたダンジョンワームは地面を擦りながらもがいている。
「アイシアちゃん。悪いけど、感動の再会は後。先ずはアレを何とかしないとね」
フェルサ、カルバス、ウィルク、騎士の一人も合流。もう一人の騎士とソフィスはこの部屋の入り口付近で待機。
「リュッカ、無事で何よりだ。向こうまで走れるか?」
カルバスは向こうのソフィス達のところを指して逃げるよう促すが、リュッカは首を横に振る。
「すみません、腰を抜かしたみたいで動けません」
「ならアイシア、リュッカをお願い」
「わかったっ!」
ひしっと抱き枕を抱くが如く、リュッカをホールド。
そこまで密着せんでもいいよ。
「あれがダンジョンマスター?」
フェルサがあの身体中、魔石まみれのダンジョンワームを示して尋ねる。
「ええ。あのダンジョンワームがそのはずです」
「あれはどう見ても変異種ですよね?」
「そうだな」
ダンジョンワームの全長を目視した。頭の部分は大きな口が、尻尾の部分は複数本の長細い触手が動いている。
「一応聞くけど、あのダンジョンワームってあんな尻尾してるの?」
普通、ミミズを連想するこの魔物。どう考えてもおかしいのが尻尾の部分。
「いや、あんな触手を持つワームスネークは初めてだ」
「ワームスネーク?」
「あれの名称」
ダンジョンワームとは別称のことだと教えてくれた。
「それにあのこびりついている魔石、どうなってるんだ!?」
イルミネーションみたいに色鮮やかな魔石が埋め込まれている。
魔物にさえ付いてなきゃ、もう少し風情もあっただろう。
「多分、この迷宮を掘り進めている内に、生えてる魔石を食い続けて蓄積したんじゃない?」
「厄介な。何をしてくるか予想できたものではないな」
「いや、せいぜい肉体強化くらいじゃない?」
魔法を使う魔物ならまだしも、このダンジョンワームは魔法は使わない。
その魔石から魔力を身体に巡らせて強化するぐらいだと判断する。
だがこんな魔物だからこそ、純粋な肉体強化は割と脅威に思える。
「とにかく今が好機、行くよっ!」
「待て、フェルサっ! ――くそっ!」
フェルサが素早く先行、カルバスが補助する形で後を追う。
あの巨大な魔物に向かって体勢を低く、風の抵抗を極力軽減しながら猛進する。
さすがは獣人というべきか、それとも経験か、果敢に立ち向かうその姿は凛々しい。
そのフェルサはまだ体勢が戻らないダンジョンワームに殴りかかる。
「んっ!!」
ゴンッっと激しい衝突音が鳴る。この虫の身体を叩いて出る音ではない鈍い音がした。
そもそも虫を殴るなんて機会が無い。
(硬いっ……)
自分の予想通りだったとはいえ、ダメージを与えられそうにない様子に悔しさを滲ませる。
だが殴った衝撃でダンジョンワームは少々だが、吹き飛んだ。そこをカルバスが剣の刃に魔力を研ぎ澄まし、勢いよく斬り込む。
「――はあっ!!」
「――キャアッ!?」
勢いよく斬り込んだはずだが、ザシュっと小さくダンジョンワームの身体の側面に切り傷をつける程度のダメージ。
フェルサとカルバスは身軽く後ろへと飛んで、距離を取る。
「くっ……浅かったか。だが、これではっきりした。打撃系の攻撃はあまり効果がないようだが、剣撃なら魔力を込めれば、或いは……」
どうやらダンジョンワームの身体の性質も関係してか、打撃系の攻撃は魔石による肉体強化に加えて、元々の身体が分厚いせいか、クッションのように威力を吸収してしまうようだ。
しかし、刃での攻撃なら通用するようだが、それも魔石の肉体強化で緩和はされるよう。
「アルビオっ! お前のその風の精霊ならあの魔物を斬り伏せられるのではないか?」
風属性は切り裂く攻撃と速さを重点した属性。アルビオの精霊の力なら十分ではないかと考えたのだ。
「わかりましたっ! やってみます。――フィン」
「おう! 任せろっ! ――ウィンド・エンチャントっ!!」
剣を構えるアルビオの身体に緑色の風が纏う。
「フィン。さっきみたいな防壁のような守りを重点しないで、攻撃重視で頼むよ」
「わかったぜいっ!」
すると、纏っていた風が勢いを増して身体を包む。
「リリアっお前はアルビオの援護を優先しろ! 俺達は湧いて出てくるこの蛆虫を蹴散らすぞっ!」
「はいっ!」
カルバスの指示が素早く飛ぶと、準備が整ったアルビオは、
「――行きます!」
駆ける。
今までのアルビオとはまるで別人のような走り。ダンジョンワームとの距離をどんどん縮めていく。
だがダンジョンワームもさすがに反撃に出たいところとばかりに、潜り辛そうな体勢で無理やり地面へと潜っていった。
「くそっ……あの虫野郎」
「フィン、あの穴に入って追いかけ――」
「ちょっと待ってアルビオっ!」
潜っていく様子を見て、アルビオを制止する。
「ここは任せて。こういう時の為の魔法使いなんだから……」
逃げて潜ったダンジョンワームを追いかけるのは危険だ。何せ、地面の中は奴のテリトリーだ、安易に飛び込むのは危険だろう。
だから、俺は炙り出すことにする。
「――焔の王よ、我が声に応えよ! 黒きその器に注がれし灼熱の海を罪人の身に浴びせたまえっ! ――ラヴァ・ポットっ!」
するとダンジョンワームが潜った穴の空中に薄黒い半透明の鍋が出現。その中身は半透明な為に見える、グツグツと極限まで沸騰した灼熱のマグマが。
鍋が傾き、その穴の中に滝のような勢いで注ぎ込む。
この魔法は中級魔法。リリアなら無詠唱でも使えるのだが、無詠唱では威力が落ちる為、敢えて詠唱した。
本来の威力なら穴の中へ潜ったダンジョンワームに追い込めると考えたのだ。
――ゴゴゴゴゴゴ……。
「な、何だ……?」
「出てくるよっ! 構えてっ!」
もがくような地鳴りと共に、地面は揺れる。
おそらくダンジョンワームに魔法が的中した。逃げ場のない地面に大量のマグマを注いだのだ、ダンジョンワームからしたら、堪ったものではない。
「キィヤアアアアーー!!?」
苦しむような叫び声と共に、身体を捻るように苦しみながら俺達から少し離れた場所の地上へ出てきた。
「よしっ!」
「……エグいなぁ、リリアちゃん」
火傷を負いながら苦しむダンジョンワームを見て、ウィルクは顔を引きつらせて呟いた。
「――ありがとう! リリアさんっ!」
さらっとお礼を言うとダンジョンワームに向かって再び走り出す。
フィンと共に風を切るように吹き抜ける。
それに気付いたダンジョンワーム。苦しみながらも向かってくるアルビオに唾だろうか、弾丸のように複数、吐き捨てる。
あれだけの質量と速度で撃ち込む唾――まるで弾丸だ。まともにくらえば只ではすまない。
だがアルビオは先程ダンジョンワームを吹き飛ばした際の時の防御よりの風の纏い方をしていない。
それに今はそれに向かって走っている状態、瞬時にフィンに指示、風をコントロールする時間などない。
ならばと、
(よく見ろ……斬り伏せる!)
攻撃に特化した風の刃で弾丸の唾を斬ることを判断。
唾が自分にぶつかりそうになるタイミングを見計らい、剣を振る。
「――はあっ!」
一発。
「――ふっ! ……くっ! だぁっ!!」
飛んできた複数の弾丸の唾をバチィンと水を叩く音が響き、弾いた。
その瞬時な対応と剣技に圧巻される。
「……すごっ」
「はは……マジかよ、勇者の片鱗ここに見たりってか?」
ウィルクの言う通りだ。今までのアルビオならこんな事はできなかったはずだ。
だが今アルビオは責任を感じ、リュッカを助けたいという気持ちが力となり、現れているかのよう。
まるで主人公みたいな奴。勇者の末裔という肩書きはどうやら伊達ではなかったのだろう。
いや、もしかしたら今、目覚めたのかも知れない。
防がれたダンジョンワームは甲高い声を出すと共に地面から触手を出して行方を阻む。
そしてその声に応えてるように蛆虫達も襲ってくる。
「行けっ!! アルビオ!! 道は開けてやる!!」
蛆虫達を薙ぎ払うカルバス達にダンジョンワームは長い舌を鞭のように使い、薙ぎ払うように攻撃。
「――っ!」
「んっ!」
しかし、その舌を渾身の拳で殴って止めるフェルサ。
「身体は硬くても、舌はどうしたって柔らかいだろっ!」
フェルサは腰に刺したナイフを取り出して舌を地面に縫い付けるように突き刺す。
「キャアァッ!?」
「行って。アルビオ」
「うん! ありがとう」
尽く防がれるダンジョンワーム。触手で応戦するも、
「――シャドー・ダンスっ!」
その触手を動けなくするように影が突き刺し、道を開ける。
ダンジョンワームの身体は火傷を負っていたことから、魔法は通ると思った。予想通り、しっかりと触手を貫通している。
「行けっ! アルビオ!」
俺もアルビオの背中を押すように援護と共にエールを送る。
アルビオはその期待に応えるようにダンジョンワームに向かう。
その走り抜ける道中――、
「……ったく、おめぇはここまでしてもらわないと前も向けなかったのかよ。女にケツまで叩かれてよ、情けねぇな、おい」
フィンは今までのアルビオから皮肉混じりに感想を述べる。
それに対し、アルビオはダンジョンワームから視線は外さないものの、少し口元を緩ませて答える。
「そうだね……全く情けない。でも……」
アルビオは加速した。駆ける勢いそのままにダンジョンワームに突っ込む。
「それはもう辞める。この一撃はそのケジメだあぁーーっ!!」
覚悟を決めた叫びと共にダンジョンワームを斬り裂く。
「キィ――」
ダンジョンワームは小さく鳴くと、頭が真っ二つに裂かれた。
ずずっとダンジョンワームは力なく崩れて倒れた。
その様子に気付いた蛆虫達はそそくさと巣穴に帰る。
よしっ、やったなと周りが歓喜する中、
「はあ……はあ……」
全力で戦ったアルビオはどこか達成感に満ちた疲労感を浮かべていた。




