97 召喚してはいけません
「へぇ〜、じゃあそのフィンって名前はアルビオが付けたんだ」
「うん。そうだよ」
俺は迷宮を進む傍ら、精霊についてアルビオに尋ねている。
今のところ、リュッカやソフィスの気配を感知しない。魔物の気配は所々からするが、入り組んでいるせいか、通っている道にはいないようだ。
俺達の目的はあくまで二人の救出。迷宮探索をしに来ている訳ではない。
「リリアさんもあのデーモンに名前をつけたでしょ? あれと一緒だよ」
「ああ……」
インフェルが上位種たる存在は簡単な魔術契約では結べない。強固な契約を結ぶ為に名を刻むことが必要だということ。
「じゃあ他の精霊達も名前があるの?」
「うん。でも名付けなんてしないから、難しかったよ」
「それはわかる。私もインフェルの名前を付けるとき、どうしようか悩んだからね」
あの時はインフェルに威圧されていたこともあって、テキトーに決めたんだよね。インフェルノ・デーモンから切り取っただけだし。
自分のネーミングの無さと発想の俊敏性がなかった。
だが、ペットでも飼ってない限り、名前なんて付ける機会なんてないだろう。あとは子供が出来た時くらいだろうが現実感が湧かない。
そもそも女になってしまったんだ。そんな機会は極力避けたい。
元男としてはそんな展開はゾッとしない。
「そっか、僕も悩んだよ。僕なんかが精霊に名を与えて契約するなんて……」
沈んだように話した。
その表情を見るに、色んな葛藤があったのだろう。
勇者の末裔と言われること、それと対等ほどの力を持つこと、この男は何をするにしても周りがしがらみとなってまとわりつく。
精霊に名前を与える、やること自体は簡単だが、その意味するところは大きいものだろう。
精霊自体は例の戦争以来、交流どころか姿すら見せないのだ。歴史的偉業と捉えられるだろう。
アルビオはその大きな存在に潰されているのだ。
結果としてこんな事件まで起きてしまっている。
だからこそ今、立ち上がろうとしている。こうして精霊の話をしているのも、その一つだろう。
少しずつだが、歩み寄ってきているように思える。
「そっかそっか。なら、その責任をしっかり背負わないとね。少なくとも自分の意思はあったはずなんだから……」
「そうだね……」
この言葉を聞いてか、沈んだ顔を上げて優しく微笑んで答えた。
名前を付けた話をしていると、ふと思った。インフェルを召喚すればある程度の魔物は威圧出来るのではないかと考えた。
「先生!」
「……ダメだぞ」
俺達の話を聞いていたのか、即答する。
「あの、まだ何も言ってませんけど……」
「インフェルノ・デーモンを呼び出せば……なんて考えたんだろ?」
どうやらお見通しのようだ。まあ確かにインフェルを召喚するには狭い気はするが、威圧するだけならとも思ったが……、
「精霊ならともかく、上位種の魔物なんてこの迷宮にどんな影響を与えるのか検討がつかん。絶対やめろよ」
「はい……」
精霊はこの世界を管理する存在だから迷宮への影響は殆どないが、デーモンは魔物故悪影響しか出ないとのこと。
あれ以来、インフェルを召喚していない。拗ねてないといいけど。
「――フェルサちゃん、どう?」
「んっ」
アイシアの問いかけに首を横に振る。どうやらリュッカ達の手掛かりを尋ねたようだ。
「それにしても魔物と全然遭遇しないね」
「確かに。何かおかしいよな?」
「魔物同士の抗争があったか、もしくはこの付近に危険な魔物が徘徊しているか……」
迷宮の探索を始めて大分経つが、天井に張り付く例の魔物以外あまり見かけない。
その少数の魔物達も外の魔物よりも強かったが、それでもこのパーティーだ、何とでもない相手だった。
それでも、ここまで遭遇しないと何か嫌な予感がよぎる。フェルサの意見が当たっているような気がしてならない。
「……っ」
「どうしたの? フェルサちゃん?」
何か鼻についたようだ。ヒクヒクと鼻を動かす。
「……ゴブリンの匂いがする」
「ゴブリンか。オルヴェール」
感知魔法での情報がないか尋ねる。
確かに淀んでいる魔力を複数感じる。だが、その中に違和感がいくつかある。
「確かに集団で何か感じます。でも……」
「何かあるのか?」
「二つほど違和感のある……」
「――きゃああああああーーっ!!!!」
話を遮るには十分な叫び声が響く。一同、その悲鳴がする方を緊迫した表情で素早く見る。
「――先生っ!!」
「ああっ!! 行くぞっ!!」
「リュッカさん……!」
俺達は駆けて現場へと向かう。曲がり角を曲がるとそこには……、
「いやあぁっ!! だ、誰か……誰かあぁあっ!!」
下劣な笑みを浮かべながら、一人の女の子の衣服を引きちぎっているゴブリンの群れを確認した。
「彼女は……?」
面識がない女の子に少し困惑するが……。
「――ソフィスっ!!」
「――ソフィスちゃんっ!! 野郎共ぉ!!」
カルバスとウィルクは知っているようで、その女の子の名を叫ぶ。
素早く武器を取ると、臨戦態勢に入る。
「――行くよっ!!」
「うんっ!!」
フェルサが先行する。
ゴブリン達も気付いたようで、武器を手に取るが、
「ふんっ!」
ゴブリンナイトの剣を弾き、喉を手で貫く。
エッグい。
「ガアァア……」
「フェルサに続くぞ。オルヴェール達は魔法で援護を頼む」
カルバス、ウィルク、騎士の二人もゴブリン達のところへ向かい、戦闘を開始する。
女を襲うのを邪魔されたのが癪に障ったのか、興奮気味に襲ってくる。
だが魔物退治、何よりどこにでもいるゴブリン退治など、見かけない装備をした上位ゴブリンとはいえ、引けは取らない戦いぶりを見せる。
「――ガアァッ!!」
ヒュッと風を切るように短剣が飛ぶ。
「ぐあぁ……!」
騎士の一人の関節部分にあたる鎧のすき間を見事に突き刺す。
「――っ!? 大丈夫ですか?」
「お前は下がれ! ……何かいる?」
今、目の前に見えているのはゴブリンナイト、ゴブリンソルジャー、ゴブリンウィザードの計五匹。
二匹のゴブリンが死体となって倒れている中、ジャラっと刃物がぶつかり合う不気味な音を鳴らしてくる。
「グフ……」
「何だ、アイツは……?」
その姿に見覚えがない様子を見せる一同。
そのゴブリンの姿は大量の短剣をスカートのようにぶら下げたゴブリンだった。
そのゴブリンは悪辣な笑みを浮かべ、俺達を品定めするように、にやにやと見ている。




