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問おう! 貴方ならこの状況、歓喜しますか? 絶望しますか?  作者: Teko
3章 ザラメキアの森 〜王都と嫉妬と蛆蟲の巣窟〜
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90 責められる決断

 

 ……ぺたぺたっ。


 足音が近付く。魔石の光りで淡く照らされるそのシルエットの主に、リュッカは恐怖心を駆り立てられる。


 彼女は知っていた。ゴブリンはどこの迷宮(ダンジョン)にでも潜んでいる魔物だと。


 そして女である自分が捕まればどうなるのかも。


 そのゴブリンは辺りをキョロキョロとしながら、ゆっくりと歩みを進める。どうやら散策しているようだ。


 リュッカは胸に手を当てて、音を立てず、息を整える。落ち着いたところでゴブリンを分析する。


 まず、タイオニアにいた腰布一枚のゴブリンではなかった。正確には腰布はしているが、上半身には皮の鎧をつけているのと、弓を持っていることだ。


 どうやらゴブリンアーチャーのようだ。


 ゴブリンは賢い部類の魔物だ。他の魔物のような殺戮欲や衝動本能のような攻撃的な感情よりも、狩猟本能が強い魔物。


 色んな武器を人間から学び取ることをしているゴブリンは色んな意味で脅威ではある。


 特にゴブリンは臆病な性格ではあるが、群れをなす為か集団心理に駆り立てられ、攻撃的になる。


 そんな知識を父から教わっていたリュッカはゴブリンの特性をしっかりと理解していた。


 だからこそ疑問が生じた。このゴブリンは一匹で何をしているのかと。


 辺りを見渡しながら、遅い足取りでゆっくりと近付いてくる。だが、こちらにはまだ気付いていない。


 リュッカは考える。一匹でいる理由を。


 群れをなすが故に、はぐれる者もいるだろうが、ここは迷宮(ダンジョン)、外以上に弱肉強食の世界が広がるこの迷宮(ダンジョン)では考えにくい。


 とすれば考えられるのは、ゴブリンの群れを先導する斥候ではないかと考えた。


 しつこいようだがゴブリンは群れをなす。つまり、人間と同じパーティーを編成する。


 あのゴブリンは恐らく、先に危険が無いかを確認する為に周りを散策しているのではないかと思ったのだ。


 斥候の役割は偵察や敵の警戒が主な仕事。敵に気付かれぬよう、隠密に行うものだろう。


 実際、目に見えているのは一匹のみ。


 リュッカに嫌な予感がよぎる。自然と鼓動が焦燥感を駆り立てるように叩く。


 あれが斥候であるなら、後ろにはゴブリンの群れが控えていることになる。万が一気付かれれば、命の危険どころか人生が終わるのだ。


 ゴブリンによって女性の人生が終わりを迎えるなんて事件はリュッカは小さい頃から耳にしていた。何せお店に来るのは冒険者だ、そんな噂など否応にでも耳に入る。


 ゴブリンが迫ってくるにつれて、恐怖心と焦燥感が迫る。


 心臓は思いっきり叩かれるように鼓動が身体全身に伝わるよう。それに応じて汗も滲み出てくる。


 さっきよりも息を殺す。絶対気付かれてはいけない。


 なのにゴブリンはピタリと動きを止めた。


 リュッカはこんな時になんて考えたろう。ちらっと気付かれないように覗き見る。


 すると、ゴブリンは鼻を(くすぐ)られるように、ヒクヒクと匂いを嗅ぐ。


 リュッカはすぐに岩に張り付いた。そして気付いてしまった。今、絶体絶命のピンチであることを。


 ゴブリンは繁殖能力が高い。その理由は基本メスであれば交尾を行う、いわば雑食性だ。だが人間の女を好む。


 理由としては同じ人型であったりだとか、か弱いのだと理解しているなどなど、理由は諸説ある。


 だが、その理由の一つに人間の女の匂いが、フェロモンが感知できることも理由とされている。


 恐らく立ち止まった理由はそこだ。感知したのだ。女の匂いを。


 もう一度そっと覗くと、彼女が想定した最悪の展開が待ち受けていた。


 したり顔でにんまりと歪んだ笑顔を浮かべるゴブリンがこちらの大岩に向けて笑っている姿を目認した。


 気付かれてしまったのだ。理由は女だからという理由と汗だ。匂いを強くしてしまった影響が考えられる。


 だが気付いたゴブリンも慎重だ。斥候としての役割を理解してか、警戒しながら近付く。


 先程のような足音を立てずに腰に刺している一本の短剣を抜き、忍び寄ってくる。


 リュッカは迫り来る恐怖の中、必死に考えを巡らせる。


(どうすればいいっ!? あのゴブリンは私に気付いた。あのゴブリンを倒す? だけど、あのゴブリンの後ろにはゴブリンのパーティーがいるかもしれない。安易に倒して、そのゴブリン達に見つかっては元も子もない。だけど……)


 砂を踏むような擦る音が聞こえることから、忍び寄るように、ゆっくり近付いているのだと判断がついた。


 迫り来る恐怖の中、出した答えは――このゴブリンを倒すことにした。


 見つかってしまったなら仕方ないと割り切ることにした。焦っても答えが迫っている以上は選択肢はそれしかない。


 この迫るゴブリンにやられる訳にも行かず、この後来るであろうゴブリンにやられる訳にもいかないなら、先ずは目の前の危険を取り除くのが最優先。


 下手に逃げ出しても、ここは魔物の巣窟。逃げ場などないならと考えたのだ。


 だが、ゴブリンアーチャー……つまりゴブリンの上位種の一種、真正面から戦うのは危険だ。


 なので焦りながらも作戦を手早く考えて、行動を起こす。もう身の危険は迫っている。


 静かな足音が止まった。


 この空間は静寂だが、リュッカの鼓動はリュッカの耳に直接響くように耳障りな音が鳴り続ける。集中力が欠けそうになるが、ゴブリンがいるであろう岩場に目を向ける。


 するとゴブリンの指だろうか、岩に手を掛けてこちらを覗き見ようとする素振りと判断した。


 片手剣に手を添えて構える。リュッカは不意打ちを狙おうと考えた。


 しゃがんでいる体勢から、そのタイミングを見計らう。


 汗が頬を伝い、視線はそのゴブリンの細い指に。


 ゴブリンが顔を覗かせた瞬間――、


「――やああぁっ!!」


 ゴブリンの顔目掛けて、片手剣を横振りに斬りつける。


 リュッカの狙いは目だ。目が見える者は視界に頼る傾向がある為、そこを狙われては混乱すると判断しての剣撃。


「――がぎゃああっ!!?」


 唸りながら目を押さえ。痛みに堪え、苦しむ様子を見せるゴブリン。


 その隙を逃すまいとリュッカ、すかさず剣を今度はゴブリンの腹に向かって突き刺す。


「――はあぁっ!!」


「ぎゃあがぁ……」


 ずぶっと鋼の剣は貫通する。ゴブリンはリュッカに引っかいて攻撃するような抵抗を見せるが、すぐに力尽きた。


「はあ、はあ……」


 別に魔物を殺したことは初めてではないが、こんなに危険を感じながらの戦闘は初めてなせいか、息が荒れる。


 だが安心もできないとリュッカは手早く行動を起こす。


「先ずは……」


 寝そべって倒れるゴブリンを跨ぎ、解体用のナイフを取り出すと勢いよくゴブリンの頭を切りつける。


「んっ、ふううっ」


 今までの解体のように丁寧にやるではなく、無造作に頭をぐしゃぐしゃにする。大量の血が吹き出て、容赦なくリュッカの身を汚す。


 赤く臭い匂いを放つゴブリンの血を――。


 リュッカはこの後に来るゴブリンのパーティーを撒くための準備を素早く済ませると再び、先程潜んでいた場所へと座り込む。


(大丈夫、何とかやり過ごせるはず……)


 そう祈りを捧げていると、先程よりも多い足音が聞こえてくる。


 どうやら予想通り、この斥候の部隊のゴブリン達のようだ。


 リュッカは確認する。


 ゴブリンソルジャー、ゴブリンウィザード、ゴブリンナイトが二体ずつ、合計六匹の上位ゴブリンが来た。


 思わず息を呑んだ。これに気付かれたら本当に終わりだと。


 そのゴブリン達は無惨に殺されたゴブリンの死体を見る。


 ゴブリンウィザードが杖でつんつんと突っつくが、反応する訳がない。


 当然だ。頭は完全に破壊したのだから。


 その場で留まり、辺りを見るゴブリン達。早く左側へと向かってほしいと思う中で、何やら妙な音が聞こえてくる。


 足音はその妙な音でかき消されている。刃物が擦れたり、ぶつかったりして鳴る金属音だ。


 それと大量にぶら下げているのか、ジャラジャラという音も聞こえる。


 リュッカはその不気味な音の鳴る方へそっと向く。


 音が鳴り止み、ゴブリン達もそのゴブリンの方へ向く。


 その音の正体は、小汚い三角帽子を被り、耳と鼻にはピアス、体格はゴブリンのそのものと変わらないが装備が明らかに違う。


 両手にはナイフ、腰にも大量のナイフをスカートのようにぶら下げていた。


 その明らかにヤバイゴブリンは悪辣な笑みを浮かべ、このゴブリンの死体が汚したであろう現場を見た。

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