87 迷宮
辺りはすっかり暗闇に包まれている。西門近くは人里から離れている為か、西門を儚く照らすランプ用の魔石が嫌に雰囲気を醸し出す。
その側に八人の影が並んだ。
「よし、全員揃ったな」
カルバスはパーティーメンバーを確認した。各々、実戦授業の際にしていた服装だ。
制服にローブだけど。
だが一人、いつもと違う格好の人がいる。
「あの、寒くないの? フェルサ?」
「別に」
膝までの長さの黒のローブの中はヘソ出しのタンクトップにローライズの短パン姿は、この時間帯の気温ではお腹を冷やすんじゃないかと不安になるのと同時に、見ているこっちが恥ずかしくなる格好。
「獣人だからそんなもんだろう」
カルバスはさらりと答えた。獣人の特性上、必要な格好だと。
そういえば制服姿の時は布地が多いと、もじもじしてたっけ。
「とにかく向かおうぜ。リュッカちゃん達が心配だ」
「よし、オルヴェール、ステルス・ミストを使ってくれ」
俺は首を傾げた。その呪文自体は知っているが、ここから迷宮まではアーミュ達がやったように、匂い袋を使うものかと思っていた。
「あの、匂い袋を使うんじゃないですか?」
「いや、それは帰りだ。行きに使ってしまうと、その違和感に魔物が寄ってくる可能性がある」
俺達がタイオニアを爆走した時みたいにかと思い出す。
「だからお前の闇魔法を使った方がデメリットが少ない」
ステルス・ミストは闇属性の隠蔽魔法。黒い霧を纏わせて姿を認識させづらくする中級魔法。
隠蔽魔法は数あれど、大勢の人間を隠す魔法は少ない。この魔法はそれの一種。
「わかりました。――ステルス・ミスト」
俺は無詠唱で軽く発動する。
すると黒い霧がまとわりつくように俺達を囲む。
「わあ……何かすごいね」
「よし、では行くぞ」
俺達は西門を出て、ザラメキアの森へと向かった――。
その道中は魔法の効果やフェルサや探知魔法のかいあってか、魔物に出くわすことはなかった。
だが、この漆黒の森は何かを語るように物々しく風で揺れて不気味に葉音を鳴らす。
こんな暗闇の森の中なんて、向こうの世界でも本来はめちゃくちゃ危険だ。それなのに魔物が生息しているのが当たり前のこの世界での森の侵入。
否応にでも背筋に寒気が走る。
だが、リュッカ達はこれ以上の恐怖と戦っているに違いないと言い聞かせながら恐怖心を振り払いつつ、森を進む。
「よし、着いたぞ」
「……大っきいね」
迷宮の入り口を見て、思わず畏縮する。
成人男性だろうと突き落とされれば、すっぽりと落ちてしまえるほどの大穴。覗き込むように底を見ようとするが、一寸先は闇の言葉通りの光景が広がる。
リュッカ達はここを突き落とされたのだと思うと、息を呑んだ。
「それにしたって不用心だね。柵が壊されてるよ」
「そうだね、ここって国の管理下の迷宮なんだよね? どうしてこんな状態なの?」
とても管理されているとは思えないこの場のことを事情を知っていそうなウィルクやカルバスに話を振る。
「ああ、ここは確かにハーメルトの管理している迷宮だよ。だからこそだよ――」
迷宮はそもそも魔力の歪みと魔物という歪みが共鳴した際に発生する空間のことを指す。
故に迷宮を育成するには、外から魔物達を中へと入ってもらう必要がある。勿論、中でも魔物が出現する条件が整えば発生もするが、そもそも魔物は負の感情と魔力の歪みによって発生することが殆どの為、迷宮での魔物の発生は厳しい。
だから敢えて、入り口を軽い封鎖のみを行う形が多いのだとか。
「……そうだとしても、今回みたいなことだって実際起きてる以上、何とかしてもらわないと……」
「そうだね、何かしらの対策はされるだろうが、魔石は国の利益になることだ。上手い落とし所があるといいが……」
国の行末を考えつつもと語るウィルク。人の世はどこの世界でも難しいと痛感した。
八人が輪になって確認事項を行う。
「それでは確認だ。これより、救出作戦を開始する。今回の作戦はリュッカ・ナチュタルとソフィス・ロバティエ両名の救出。極力無用な戦闘は避けて、体力を温存しつつ、確実な救出活動を行いたい」
みんなカルバスの作戦内容に無言で頷き、確認を取った。
次に迷宮内での戦闘形態は、後衛である俺とアイシア、回復役のウィルクを真ん中に添えて、最前線を鼻や風読みを使えるフェルサ、精霊を使い多様に対応できるであろうアルビオ、この迷宮に入ったことのある騎士が一人。
後ろの守りにはもう一人の騎士とカルバスが行う。悪くない布陣だと思う。みんなも特に異論はないようだ。
「よし、それでは侵入するぞ」
すると、俺とアイシア以外は魔力を放出させる様子を見せる。周りがふわっと軽く風が吹いたようになる。
「リリア達、早く」
フェルサが何をしてるのと催促する。
「えっと何で魔力を放出してるの?」
この発言にカルバスは少し呆れた様子で語る。
「あのな、迷宮について勉強しただろ? 迷宮は魔力の歪みが生じている場所。その魔力の流れに乗るように侵入しなければ、投げ出されるぞ」
「それってつまり、リュッカ達はこの迷宮に適当に放り出されたと?」
「ああ。だからかなり危険な状態なのだ」
リュッカ達を突き落としたと言っていたことから、魔力を帯びていない状態で落ちたリュッカ達はこの迷宮内の魔力の歪みに流されて、適当な場所へと放り出されたらしい。
やっとでさえ、強力な魔物も多いというのに、さらに場所まで特定できないのは厳しい。
俺は事の重大さを改めて実感する。
「大丈夫かな……リュッカ」
そのことを改めて認識させられたアイシアは不安を募らせるが、俺はそんな彼女を励ます。
「アイシア、そんな顔しちゃダメ。リュッカの為にもアイシアは笑顔で迎えてあげられるように構えてなきゃね」
結構な無茶振りだとはわかっているが、アイシアの明るさはこの先にいるであろうリュッカには必要な存在だ。
俺より長く一緒にいたアイシアだからこそ務まること。
俺の言葉に納得したのか、決心がついたような表情で力強く頷いた。
そして、俺達も魔力を放出すると、カルバスは目視で侵入できることを確認。
「よし、では侵入を開始する。フェルサから一人ずつ、十秒間隔で入ってくれ。――フェルサ」
カルバスは一人ずつ、入るように先導するようだ。呼ばれたフェルサは無言で頷くと、慣れた様子であっさりと真っ暗な穴の中へと落ちていった。
姿は一瞬で見えなくなり、まるで闇の中へと溶けていくよう。少し恐怖心も煽られる。
前を固める前衛が全員入ると中央を歩く後衛部隊の俺達の番が来る。
「――次、オルヴェール」
一度深く深呼吸すると、意を決して飛び降りるように穴へと入った。
(待っててリュッカ。今助けに行くからっ!!)
この迷宮に呑まれた友人の救出が始まる。
 




