83 悪あがき
「……陰謀ですわ」
ポツリと俯いてか細い声で呟く。何だと聞き返すと今度は勢いよく立ち上がり、俺とアイシアを交互に指差して怒鳴り声をあげた。
「陰謀ですわっ!! 全て彼女達のっ!!」
俺達は目をパチクリとさせて驚く。
この女、何を言い出すんだ?
「わたくしを陥れ、殿下を辱める為にこのようなことをしているのですわっ!!」
ハイドラスの推理を俺達は馬鹿にする為にしたと豪語するが、この往生際の悪さに呆れてものも言えない様子。
だが、彼女達の身が危機に晒されている可能性が高い以上、時間もかけられないと話を切り出す。
「……私が君を犯人だと目星をつけたのは、強い動機があったからだ。それはアルビオにもわかることだ」
首を軽く動かしてアルビオを指す。
「私達がアプローチを受けていたことが要因だ。君達が私達にアプローチする理由は何だ? ……将来の為、箔をつける為……とにかく我欲に塗れてのことだろう?」
「そ、それは……」
否定は出来ないだろう。実際、媚び売り貴族嬢共はこの二人の事など気にすることなく、アピールしていたのだから。
「そのこと自体を悪いとは言わない。実際、政略結婚なんてものもあるくらいだ、人の世というのはそうそう上手くはいかないのが常だろう……」
殿下の言う通りだ。世の中、自分の思った通りに事が運べば、どれだけ良かったか。
そうでなければ、俺がリリアにいることも、リリアが自殺する道を選ぶこともなかったろう。
「彼女達から話を聞いたよ。何でも合同授業の際、殺意にも似た表情で離れて休憩をとっていたアルビオ達のところを見ていたと……」
「――っ!!」
アーミュは驚きつつも、歯ぎしりを立てて思い返す。確かにあの場には他の奴らもいたと。
「その時に強く嫉妬したのではないか? それとも劣等感に駆られたか? 自分達は上手くいかないのに何故、彼女達はと……」
「――そんなことありませんっ!!」
自分は負けていないと言わんばかりの叫び声で否定する。
こちらからすれば、見ていて哀れだ。
「君はそう言うが、その態度やこれらの証拠、並べてみれば、君の嫉妬心が映し出されているようではないか。なあ、真実を話してくれ」
ハイドラスは哀れむように寂しそうに説得するも、頑として聞かない。
「――知りませんし、彼女達の陰謀です!! 殿下こそわかって下さいな!!」
彼女も証拠を並べられているにも関わらず、食い下がらない。以前、やってないの一点張りだ。
拉致が開かないとハイドラス。
「わかった。やってないのだと言い張るのだな?」
「ええ……やってませんもの……」
「もう一度だけ訊く。やってないのだな?」
「はい!!」
言い逃れができると思ったのだろうか、声が明るくなった。
「よし、では君の言い分通り、オルヴェール達は私達を陥れる為にやったのかもしれない。その真偽を問う必要があるな」
なんだか変な展開になってきたと、俺達は驚く。何も悪いことなどしていないのに自然と冷や汗をかく。
「――オルヴェール」
「は、はい!!」
「ラサフル嬢にアンサーの魔法をかけろ」
「――っ!!」
俺は聞き覚えの……いや、魔導書あたりで見覚えのある魔法を口にされたことに思わずポカンとする。
だが、アーミュは別の意味で茫然とする。明るさを取り戻しつつあった表情は一瞬で絶望へと変わる。
アーミュはここで気付いた、気付いてしまった。本来、一番最初に始末しておくべきは闇属性持ちのリリア・オルヴェールだと。
血の気が引くのが目に見えるようだ。
アンサーと聞き覚えのない魔法にアイシアは尋ねる。
「殿下、アンサーって何ですか?」
するとハーディスが殿下を煩わせるほどではないと語り始める。
「アンサーとは闇魔法の精神魔法の一種で、かけられたものは質問に対して、真実を答えさせられるという魔法です」
「確か、尋問なんかにも使われる魔法だったか……」
「はい、そうです。先生」
王宮魔術師の中にも数人、闇の魔術師が存在し、犯罪者に真実を吐かせる為に使用される魔法だという。
そのことはこの動揺を隠しきれず狼狽るこの女も知っているようで。
「な、何故わたくしがっ……かけるなら、その女共でしょ?」
「おかしなことを言う。オルヴェール自身にこれをかけても意味はないし、アイシアに関しては嘘をついているような反応などない。だったら、一番不審な動きをしている君にかけるのは当然のことだ」
俺は闇属性持ちとのことから、一応初級魔法ということもあって、効果は薄い。それにハイドラス自身、相手を分析する能力に長けていることから、結局、一番不審な反応をしているアーミュに矛先が向いた。
「何をそんなに動揺している? 君の言う通り、彼女達が私達を陥れようとしているのなら、君はアンサーをかけられても同じ発言ができるはずだ。何を恐れる」
「そ、それは……」
恐れる理由など最早明確。自白魔法をかけられて動揺する理由なんて犯人以外あり得ない。
「私は君の言葉を信じたいが、その態度だ……疑わざるも得ないことを理解してくれ」
犯人だとわかっていながらの発言、慈悲もない。
「オルヴェール、頼む」
「わかりました……」
すっと立ち上がり、杖を出してアーミュを指す。その表情は、未だに犯人じゃないと見え見えの嘘を言い続ける反省の色が見えない彼女への怒りに歪む。
呪文は冷酷に、
「――アンサー」
無詠唱で唱えた。
「――ひっ!?」
杖が呪文に応えるよう一瞬の光を見せて消えた。発動はしたのだろうが、アーミュの身体に特に変化はない。初めて使った魔法なせいか、効果が見えないのは不安を覚える。
「……かかったの?」
「ああ。ここからは私が質問をする。皆は喋らぬよう頼むよ。特にラサフル殿……」
他の人は喋るなというあたり、強制的な魔法のようだ。その為、アーミュの父親には黙るように睨みを効かす。
「私が見張りましょう」
ハーディスはすっとアーミュの父親に寄り添う。そして彼は無言で頷いた。
「ウィルク、お前は彼女の手を塞げ。丁重にな」
「お任せを、殿下」
するとウィルクはそっと近付き、ささやくように言葉をかける。
「失礼、殿下の命によりお手を拝借……」
「いやぁっ!! 何故ですか殿下!?」
激しく抵抗の色を見せるが、ハイドラスは容赦しない。
「君こそ、先程の発言は本当だと言っているにも関わらず、何故抵抗するのだ? 何か疚しいことでも?」
「はい。――っ!!」
ハイドラスが質問をすると、先程までの激しい抵抗をあっさりとやめて、即答した。
どうやら魔法の効果が発動したようだ。彼女は口を塞ごうとするが、ウィルクが手を取り止める。
「いやぁ……違う、違いますわぁ」
弱々しく抵抗するも、周りには彼女の味方などいない。
「後ろめたいことがあるようだな。もういいだろう。この度の事件の首謀者は貴様だろう? ラサフル」
温厚なハイドラスもさすがに怒りを隠さず、問い詰める。
アーミュはアンサーの魔法の影響に対し、抵抗するように、口をぱくぱくとさせるが声が漏れ出る。
「……はい」
彼女は蚊の鳴くような小さな声で認めた。




