81 強固な証人
「おかしいな、私はナチュタルの話などしていないのだがねぇ」
「いやっ! えっと……そのですね……」
まずったとばかりに口が回らない。その動揺ぷりから、こちらから見れば犯人と断定して当然の反応。
「貴女がリュッカに何かしたのっ!?」
ハイドラスからは黙っていろと言われていたのだが、堪らず声を上げて、事を焦るアイシア。
「――黙りなさいっ!! 平民風情がっ!!」
下民の発言など許していないとばかりに声を荒げると、怒鳴ったことでスッキリしたのか、咳き込み冷静を取り戻す。
「殿下、わたくしが彼女の名前を出したのは、彼女達がいるからですよ。貴女方はよくあのケダ……んんっ……あの獣人とよく四人でいるところを見かけますので、いないのはおかしいと思いまして……」
下手な言い訳だ。だったらフェルサの名前も出てくるはずだ。
そんなあからさまな嘘を見抜けない訳がないと、殿下はアーミュを追い詰める。
「君は何か勘違いしているよ」
「勘違い?」
「ああ。私が聞いた情報というのは、確かに西門の門兵には君が言った通り、君達三人の姿が確認されている。わざわざ外出した理由と証拠の品まで見せて……」
王都に入る為には、軽いチェックが行われる。その際に目的等は不審がない限りは基本的には言わない。
まして、アーミュはこの王都で住んでいる貴族だ。ある程度の融通は効くはずなのに、わざわざそんな説明をするのは、ちょっと不自然だ。
「だが、私は別の証言も聞いている。眼鏡売りの商人からね」
「眼鏡売りの商人……?」
アーミュは顔色が悪くなっていく。それもそうだ、別の証人がいると言われたのだから。
「彼女達に聞いたよ。何でもラバで会った商人らしくて、その商人の商品を買ったらしい、眼鏡をね。その際にとても印象深い客だったそうで、よく覚えていたそうだ」
この情報は俺の情報。あの商人の兄さんはサングラスを提案した俺のことをよく覚えててくれた。
そして、その隣にいた彼女の容姿もよく覚えていたそう。
リュッカ本人からすればコンプレックスでもあるだろうが、眼鏡に赤髪、三つ編みおさげのそばかす娘だ。
商人曰くあの綺麗な三つ編みと横顔は彼女だったと証言。他の四人も後ろ姿は確認しているとのこと。
「今、ハーディスにその商人に君の取り巻きの後ろ姿を確認しに行ってもらっている。時期にこちらへ来るだろう。その際は是非、君の後ろ姿も確認させてくれ。そうすれば、はっきりするだろう」
目をカッと開いたまま、俯き、唇を噛み、黙り込む。
すると、コンコンと軽いノックが鳴る。
「だ、誰だ?」
追い詰められる娘を見て、青ざめていた父親が恐る恐る尋ねると、使用人が――、
「あの、殿下の使いの方がお見えになられましたが……」
落ち着いた声で案内すると、それにハイドラスが通せと家主の意見を無視する。
使用人は空気を読んだ。険悪な雰囲気を出して問い詰めるように睨む殿下一行、青ざめる主人達。今優先すべき命令は殿下であると。
かしこまりましたと言うとすぐに案内へと向かった。
「こちらでございます」
「殿下、今戻りました」
「こっちも確認したよ」
「ご苦労……」
入ってきたのは、ハーディス、フェルサ、カルバス。
そして証人の眼鏡売りの商人だ。
「ええっ!? で、殿下ぁっ!? こ、これはこれは……」
王族を目の前に驚き、思わず声まで裏返っている。それに対し、ハイドラスは微笑む。
「そんなに固くならなくてもいい。急な呼び立てをしてすまないね」
「いえいえっ!! 殿下の呼び出しなんてないことですから……。それで後ろ姿の確認でしたっけ?」
「ああ、頼むよ」
ハイドラスはアーミュを確認してくれと頼む。商人は後ろへ回ろうとするが、アーミュは抵抗する。
「貴方のような平民風情がなんて失礼なっ!!」
「――黙れ、ラサフル」
冷たく彼女のファミリーネームを吐き捨てる。凍りついたように彼女と父親は硬直する。
ついでに商人まで。それを見たハイドラスは彼をニコッと笑顔で見て、確認してくれと優しく促す。
逆に怖いわ。
そしてアーミュの後ろ姿を確認すると、
「そうです。この嬢ちゃんで間違いないです。はい」
そう証言してくれた。
しかしアーミュは立ち上がり、ばっと商人の方へ素早く振り向くと訂正を求める。
「何かの間違いですわよねっ!! そうですわよねっ!?」
言う通りにしないとと威圧するように訴えるが、彼は商人。肝は据わっていた。
「いいや、俺が見た後ろ姿は間違いなく、あんた達だ! 殿下の手前、嘘なんかつかないし、それに俺だって商人の端くれだ。洞察力と観察力、記憶力には自信があるぞ」
商魂だましい舐めんなと逆に威圧返しをされてしまった。
彼にとって商品を買ってくれたばかりか、売れる商品を提案したお客様だ。そう簡単には忘れない、強固な証人であろう。
「ありがとう、私は彼女の前でその証言が聞きたかったのだが、改めて……間違いはないね?」
「ええ、誓って本当です!」
「ありがとう、ハーディス。送って差し上げろ」
「はい」
そう言うとハーディスは商人を送る。
「さて、フェルサ。君のところはどうだった?」
「はい。確かに校門前の匂いと一致しました」
「どういうことですか?」
「それはね、マルキス。私が人探しをしているのは本当だよ。さっき話した通り、アルビオの自宅に向かって彼と共に寮に向かう折に、ロバティエの家の者と会ったのは本当なのだ。娘が行方不明だとな……」
「まさか……!」
「ああ、君達の話でナチュタルと話していたのはロバティエだ」
その話を聞いたアーミュはとっかかりを見つけたように食いつく。
「で、ではその二人が勝手に居なくなってるだけですわ!! わたくしは関係――」
「なら先程の商人の証言はどう説明する?」
「――ぐうっ!!?」
俺達のことをしっかり記憶しているあの証人がいる限り、そこは揺るがない。
「つまりさ、この女が何かしら……脅しかな? ロバティエさんを使ってリュッカを誘き出して、ザラメキアの森に置き去りにしたと?」
「そうだよ、オルヴェール」
はっきり断言するハイドラスに強く否定する。
「――違うっ!! 違いますわっ!!」
「何度も同じことを聞かせるな。なら彼女達と一緒にいた説明をしろと言っている」
「そ、それは……ああっ! 思い出しましたわ! 案内をお願いされたのですよ。その時に――」
「君は平民を邪険に扱っている様子からそんなことを請け負うようには見えないが?」
ああ言えばこう言うとは正にこのこと。アーミュのうろたえながら、取りつく島を探すように手探りの言い訳を簡単に跳ね除ける。
「貴族たるもの平民の手を取るのは当然の――」
「さっきアイシアには黙れって言った人が?」
「――ぐうっ!!」
黙れとばかりに睨みつける。言い訳する気があるのかと思うほどだ。
呆れ果てるように大きく重いため息を吐くハイドラス。
「もういい。私がお前のしたことを説明しよう」
こうして殿下の推理ショーが始まる。




