74 一方で捕まりました
「いやぁ、まさかカルディナにこんなに可愛らしい友達ができていたなんて父さんは嬉しいぞ!!」
筋肉質で大柄なおじ様が嬉しそうに高笑いする。正面から見るとまるでライオンのような感じ。立髪から髭まで随分とでかい……立派な顔立ちである。
彼の名前はアライス・ワヤリー。ワヤリー家の当主であり、この国の六隊長騎士の一角を担う人物である。
俺は現在勇者の日記を返却、借りた後、カルディナのほぼ拉致に近い形でお招き頂き、夕食をご馳走になっている。
「でも、父上がお戻りになられているとは……お仕事は落ち着いたので?」
「……どうだろうな。休暇を取れと言われてな」
何でも最近、魔物達が活発に行動しているらしい。隊長という立場であるアライスは休みなどほとんど取れない状態だったという。
「やっぱり騎士のお仕事は大変でしょう?」
俺はくりっとした目でアライスに尋ねると、嬉しそうに頬が緩んでいく。
ここに来る前に頼まれていたのだ。もし父が帰っていたら、可愛らしい振る舞いで会話を弾ませてほしいと。
貴族の交友関係となると、どうしても堅くなりがちな面が出てくる。なので、平民の愛らしい友人がいると安心するのではないかという考え。
そこに気を使うならお父さんのご要望通り、愛くるしい振る舞いでもすればいいものをと内心思うのであるが、今更そんなことも難しいだろうなぁ。
「なに……この国の為なら大したことではないさ!」
意気揚々と上機嫌に話してみせた。娘との久しぶりの食事が嬉しいのか、可愛らしい友人が嬉しいのか定かではないが、機嫌がいいことは悪いことではない。
どこの娘もお父さんのご機嫌取りは重要ということだ。
「それにしても勇者様の日記か。後世の為に何か残されたのだろう」
実際何冊か重要なところを読んだところ、俺の前の考察は的外れでもないらしい。
最後あたりの日記も読んでみたが、ひらがなだったことから、おそらく迷い込んだ異世界人、俺達の世界の人間専用にはなるが、記録を残した形は確認できた。
ちらほらと重要な情報もあったが、余計なことが書かれ過ぎてて、いまいち頭に入っては来なかったが。
「すみませんけど……」
「ああ、私はちゃんと聞いているよ。話しても問題ないが、カルディナも知ってしまうとは……」
「ふふ、わたくしは気になることがあったら、知りたい性分ですので……」
凛とした背筋が伸びた体勢で、グラスの水をチビッと飲んだ。
澄ました顔で飲むその姿、中々食えないお方だ。殿下といい、カルディナといい、最近の貴族はこうなのだろうか。
向こうの同い年の奴らでも、ここまで悟くない。
「でもリリアさんがそれを読めるだなんて、すごいことだわ。わたくしも見せてもらいましたが、何と書いてあるか、さっぱりですわ」
「――カルディナ! これを見たのか? これは……」
「知っていますわ。国家機密なのでしょう? ちゃんと黙っていますわよ」
押し切られた形で見せちゃったんだよねぇ。
「……貴族ってみんなこんな感じなんですか? おじ様?」
「お、おじ様……」
……何か萌えたようです。
我に帰り、咳き込むと質問に答えてくれた。
「皆がこうでは、化かし合いになってしまうだろう。皆がこうではないが、どうしてうちの娘がこうなったのか……」
頭を押さえ落ち込むアライスに、ふふっと悪戯げにご本人は微笑む。
「社交会などに赴けば、出し抜かれぬようにと自然と……騎士を目指すとはいえ、そこの慧眼も鍛えねば……」
殿下もその辺りで鍛えたのだろうか。あの人も歳相応の感じではないからな、中身は。外見はカッコいい王子様なんだが。
「あ、でもマルファロイやあの貴族嬢を考えれば違うか……」
「……まあそうね。あれらはわたくし達、貴族の恥ですわ。わたくし達のように貴族としての誇りなどないのですわ」
それは言えている。あれはただ威張りたいだけ。自分の先祖達の努力を食い潰しているだけに過ぎない。
「まあ、だから低級貴族として扱われているのだろう……」
「低級貴族?」
「そうだ。功績があっても貴族としての心構えがないものを囲ってそう呼ぶのだ」
「ここは?」
「上級貴族としてですわ。当然でしょ?」
ふんっと誇らしげに即答。まあわかる。
「とはいえ、同じ貴族として情けない限りですわ」
「何とかしようとは?」
「……わかるでしょ? 知られてはマズイ相手の前だと猫をかぶるものですわ」
平社員には理不尽に命令を吐き捨てる上司も上の前では媚びを売るアレね。
異世界に行っても縦社会はちゃんとあるって訳ね。実際マルファロイもそうだったし。
「まあ……そうだね……」
「ですから、何かあれば頼ってくださいな。わたくしが悪行を為す貴族を成敗してくれますわ!」
「あ、ありがとう……」
わあ……何って頼もしいんだろう。お父様は複雑じゃないかな?
「さて……ではそろそろお湯でも頂きましょうか?」
「じゃあ私はそろそろ……」
「あら? 今日は泊まっていってくださいな」
「えっ!? 夕食まで頂いたのに、これ以上お世話になるのは……」
「遠慮することはない! むしろ娘の友人がお泊まりだなんてお父さんは嬉しい!」
完全にお泊まりする雰囲気に。カルディナは執事に寮への連絡をお願いした。
「さあっ! 楽しいお泊まり会を始めましょうか」
俺はこの時思った。童貞チキン野郎は押しに弱いと痛感した瞬間だった。
 




