54 悪魔契約
「では、契約に入ろう……貴様の名を教えよ。そして我に名を与えよ。それで契約は成る」
「名前を?」
悪魔はその不気味な細い指で魔法陣を指す。
「そうだ。あんな矮小な魔法陣での契約など我に通じるものではない。名を通ずることで契約を結ぶのだ」
口契約の魔法版みたいなやつと認識。考えようによっては書類での契約より、エグいかも。
「娘よ、名は?」
「リリア・オルヴェールだよ」
「リリア・オルヴェールだな。では、我に名を与えよ」
急に名を与えよと言われても困ると腕を組み、唸り悩む。向こうではペットなど飼ったことがない為、実際、名付けは初めてである。
なので、一応この悪魔に希望を尋ねてみる。
「どんな名前でもいいの?」
「よほど妙な名ではない限りは何でも構わん」
「でもさ、一応インフェルノ・デーモンって名前もあるんじゃ――」
「それはあくまで、種類名だ。我自身の名ではない。そもそも魔物には名はないからな」
確かにゴブリンとか沢山湧いて出てくる魔物にいちいち名前なんてないかと素直に納得した。
だが、それなら尚更のこと、下手な名前は付けられないと変に緊張する。
この悪魔の見た目や性格、何だったら向こうの伝承に残る悪魔の名を参考に考える。
炎の悪魔……誇り高き悪魔……ベリアル……勇者に封印された悪魔…………うーん……。
思いの外、名付けに難航。説得の方がある程度、勢いで何とかなった分、こちらは余裕もあるせいか思いつかない。
その様子を見た悪魔は痺れを切らしたようで、急かすように促す。
「貴様が呼び出しやすい名でよい!! さっさとしろ!!」
呼び出しやすい名前か。そうか、召喚魔にするなら呼び出す際に名を呼ぶのか。
他の強制契約を交わした魔物達とは違い、こちらは正式的な感じで契約を交わす以上、名で呼び出すことになるのかと納得する。
でも呼び出しやすい名で自分が言っても恥ずかしくもなく、この悪魔にふさわしい名前なんて普通に思いつかない。
まさか、ポチとかタマとかつける訳にもいかないし。ちらっと悪魔を見る。
すると、ピンと閃いた様子で目を少し見開く。
「……インフェルなんてどう?」
「インフェル?」
まあ、安易な考えだ。インフェルノからノを取り除いただけの名前だ。だが、この悪魔にふさわしく呼びやすい名前となるとこんなもんだろう。
「インフェルノ・デーモンから取った名か?」
「悪くはないんじゃない? 妙な名前でもないし、呼びやすく、響きも悪くないと思うんだけど……」
悪魔は少し渋い顔をしたが、何でも良いと言った手前と妥協するように納得した。
「……わかった。ではそれでいこう。ではリリア・オルヴェールよ、契約を結ぶぞ。詠唱を始めよ」
「えっ!? 私?」
「当然だ、魔物は呪文の詠唱などしない。だから契約の術式を唱えるのはお前だ。できないのなら今までの話は無しだ」
「わ、わかった。するからちょっと待って……先生!!」
俺はマーディ先生を呼びかける。マーディ先生はすぐに駆け寄り、事情も聞いていただけあって、さらりと教えてくれた。
「じゃあ、いくぞ!」
ブンっとリリアと悪魔を囲むように紫色の魔法陣が地面に現れる。
悪魔との契約だ、さすがに緊張するが、なし得なければならないことだと覚悟を決める。
「――我、リリア・オルヴェールは汝にインフェルと名を与え、それを魂の契約とし、我が剣となり、盾となり、我の力となれ!!」
魔法陣が先程から他の生徒の時に見せたように、強く光を放つ。
「わあっ!? な、なんだ?」
右手の甲に一本の筋のような血の色に近い赤の縦筋が手首手前まで入る。
その縦筋がピタリと止まると、魔法陣も光るのをやめた。どうやら契約が完了したようだ。
「これで契約は成された。では、我はお前に仕える以上、呼び方や喋り方を変えるか……」
形から入るタイプなのだろうか。だが俺としては悪魔、魔物とはいえ、契約して仲間になった以上は距離を置かれるような感じは控えたい。
「そこまでしなくてもいいんじゃない?」
そう尋ねるが、悪魔はふっと笑うと俺への評価を口にする。
「これでも我は貴様に敬意を表している。それだけの魔力の量と質は勿論だが、我と面としながらもあの態度、度胸、頭の回転の良さなど、これからの成長も含めても仕えてよいと考えた上で、この取り引きに応じたのだ。感謝するがよい」
まさか、そこまで考えてくれてたなんて。俺もこの悪魔に対する認識を改める必要があると考えた。
実際、気が合いそうな気もしている。何せお互い、勇者に振り回された者として、親近感も実はあったりする。
だが、まあそういう意味で言葉遣いを変えるなら、無理に止める必要もないだろう。
「わかったよ。好きにすればいいよ」
「では我が主人よ。必要とあらばいつでもお呼び下さい。では……」
そう言うと、その場でキィンという甲高い音と共に姿が消えた。
「ふう……」
緊張の糸が切れたのか、足から力が抜けて尻込みをつく。自分が思ってた以上に身体の方は緊張してたらしい。周りの人達も安堵の声を上げる。そんな中、アイシア達が駆け寄る。
「リリィ!!」
「リリアちゃん!!」
「……ああ、みんな――ごふうっ!?」
アイシアが突進するように抱きついてくる。置いてきたであろう幼龍は主人を追うようにトコトコと後ろからついてきた。
「無事で良かったよ〜」
「いくらあんたでも本当に悪魔を呼ぶなんて……」
「それは私のセリフ……」
話し込んでいると、この事を知らせに行ったエリックが騎士団を連れてきた。
「あの悪魔は!?」
「……ご苦労様です、エリック先生、騎士団の皆様。来て頂いたところ申し訳ありませんが、事は解決しました」
「は?」
マーディはズカズカと俺のところまで来た。その表情は笑顔だったが、眉は笑ってない。
「このお馬鹿さんがねぇ!!」
俺の首根っこを掴み、騎士団達の前に突き出す。
「彼女が?」
「ええ。とりあえず事情を話すと同時に少しばかしお説教もしましょう。どうやら彼女は目立ちたがりなようなので……」
「えっ!? いや、あの悪魔はわざとじゃ――」
「問答無用です!!」
そんな……横暴だあぁーー!!
この後、騎士団や学園長を交えた事情聴取、マーディによる説教を受けた。




