53悪魔説得
「――待たぬ!! この怒り、この国を破壊して発散してくれるわ!! 見ていろ勇者ぁ!!」
おそらくこの悪魔は全盛期ほどの強さはないだろう。この悪魔の発言を聞くにあたって、封印されていて救ってくれたことに感謝ということは、封印を無理やり突き破ったと考えていい。
つまりはある程度は弱っているということになる。
だが、それでも先程からの漏れ出るほどの凶々しい魔力を考えれば、どんな鈍感野郎でも逃げ出すほどにヤバイことくらいわかる。
召喚した手前、何とかしなければと考えを巡らせたその結果……、
「――勇者の子孫がいるっ!!」
飛び立とうとする悪魔がびたっと止まった。すると、ゆっくりとこちらを見て尋ねる。
「……なぁに?」
疑いの眼差しでこちらを見る。止める為の言い訳にでも聞こえたのだろうが、それでも復讐する機会が残っていることにも興味があるよう。
「まあ、聞いてよ……」
正直、悪魔というほどだ、話の通じないものと考えもしたが、誇り高いと自称するだけあって中々理性を感じる。
「勇者は子孫を残した。それを復讐相手にするのはどう?」
「――オルヴェール!? 貴女、何を言い出すのですか!?」
とんでもない提案をするものだと叱咤するも、俺はマーディを説得する。
「先生、今すべきことはこの悪魔を暴れさせないことです。先生はこの悪魔を何とかできますか?」
「……っ」
無言で自分の無力差に歯ぎしりをたてるように口元を歪める。
「召喚した責任はちゃんと取りますから、とりあえず任せて下さい」
みんなが心配そうに見守る中、説得に取り掛かる。
「……なるほど、要するには勇者と同等の力を持つであろう子孫と戦うことで復讐を成せということか、娘」
「まあね」
「仕方がない。勇者自身が死んでいるのなら、その子孫に代償を払ってもら――」
「話は最後まで聞いてよ」
「何?」
「ぶっちゃけた話をすると、その子孫……弱いんだよ」
「何だと……」
ハイドラスの話を聞く感じ、そしてアルビオの様子を見ても、とてもじゃないがこの悪魔と互角に戦うことは無理だろう。
それをわかっていながらの交渉。悪魔はまた表情を歪ませる。
その様子の理由もわかる。この悪魔は誇りを重んじる様子をちらほらと見せている。この悪魔からすれば、ただ勇者の子孫を殺すでは収まりが効かないだろう。
「弱い訳がないだろう! あれの子孫だ、ひ弱な訳が――」
「勇者がどんな人物像なのか、私達には正確にはわからないけど今の勇者の子孫は、その勇者の力に近しい能力を持ちながらも、末裔だのと担ぎ上げられるプレッシャーから自分の殻に閉じこもりがちな感じなんだよ」
俺の印象はそんな感じだ。特に何をしたいでも自己主張もしない、正直、殿下にくっつく金魚の糞みたいな感じという感じ。
とてもじゃないが、勇者の子孫とも思えない印象。それを伝え理解したのか、予想通りの返答が返ってくる。
「――そんなひ弱そうな子孫など殺したところで、我が復讐が成されると本気で思っての提案か!! ふざけるなぁ!! いくら恩人とはいえ許さんぞ!!」
「……言ったよね、最後まで聞けって」
この悪魔に気後れしないように、キツめに言い放つ。その様子を見た悪魔は認識を改めるように向き直して、話を聞く様子をみせる。
「その勇者の子孫はこの学園に通っている。つまり、強くなる見込みがあるってことだよ」
ここからは、ほら吹きながらこの悪魔に都合がいいように話す。
「貴方の話を聞く限り、正々堂々と勝負して勝ちたいという話でしょ?」
「まあそうだな。我は他の悪魔とは違い、自分の強さを誇りとする。他の悪魔からすれば、よく魔物らしくも悪魔らしくもないとは言われるが……」
俺も狡猾かつ残忍なものと考えていた。この悪魔はそれにしては人間の話をなんだかんだと聞き入る様子を見たからこその説得。
「私はその子孫とは友人関係でもある。頃合いを見て、貴方と戦わせようというのが私の考えなの」
「なるほどな……」
落ち着いた様子で考え込む悪魔。俺達はそれを佇むように見守る。
「……わかった。ならばその時にまた訪れることとしよう。何度か尋ねるぞ、娘」
納得した感じで話を終えようとする悪魔に待ったをかける。
「ちょっと待って」
「まだ何かあるのか?」
とりあえずこの国を今、攻撃させないという最低限のラインは突破した。話が通じる悪魔であったことを感謝する。
「貴方はこれからどうするの?」
「決まっている。我は自由の身となったが、本来の力を取り戻してはおらぬ。人間を殺しに行くに決まっているだろう」
魔物の本能ならそれも仕方ないだろうが、わかっていながら、はいそうですかとこの悪魔を行かせる訳にもいかない。
「いちいち訪ねに来られても困るからこうしよう。契約しない?」
「何……」
「貴方だっていちいち来るのも面倒くさいでしょ? 元々私は召喚魔を召喚したはずが、貴方が現れたの。だから貴方が召喚魔になってくれれば、私は嬉しい」
「何故我が――」
「貴方は私の魔力を利用して封印を解いたみたいな言い草だったから提案してるんだけど? 召喚魔になれば私の魔力を貴方に供給できる。そうすれば人を殺すよりもメリットになるんじゃない?」
「……メリットだと?」
「そうだよ。貴女ほどの魔物だったら国総出で貴方を倒そうとこっちは躍起になるよ。準備万端の人間とやり合うのはさすがに骨じゃない?」
「むむ……」
捲し立てられるように悪魔に攻める。力の差を感じている以上、こちらは説得するしかないのだ。
それができるのもこの悪魔が図星をつかれたような反応をしているから。どうやら弱っているのは本当のようだ。
「貴方が暴れていた時代とも違う。今なら貴方を倒す手段も色々あるかもよ。貴方はどこに行っても命を狙われる。そうでしょ?」
「ふ、ふん、我が人間を――」
「でも、私と契約すれば話は変わってくる。契約すれば人間は襲ってこない、力の回復の為に質のいい魔力を供給してもらえる、さらには勇者の子孫の成長を直で確認までできる。どう? 私は中々の優良物件でしょ?」
「むう……」
自分に有利な取り引きをするには、情報が必要だ。この悪魔はその情報を色々と漏らしていた。外に出たことに浮かれたのと俺が恩人であること。
そして、取り引きを円滑な方向へ導くにはある程度の妥協と各々の利害の一致が必要と考える。
今回の場合は、悪魔側は勇者に復讐したいと力を取り戻したい。
俺の方は悪魔による人的被害の回避、それも出来れば継続的なもの。
だが、悪魔の望みはある程度叶わない。それは勇者が死んでいることが理由にあげられる。でも、力を取り戻す話は俺と契約することで、こちらの被害回避と合致する。
正直、悪魔としては前者がメインだろうが、叶うことができないなら、妥協案を提案して主導権を握ることが先決と言えよう。
その案を出しつつ、被害回避の案を突きつければと考えたのだ。
「どう? 悪魔さん?」
悪魔は空を見上げて考え込む様子を見せる。俺としては折れてほしい。
「……いいだろう。貴様は我をあの退屈な場所から解放した恩人だ。貴様の寿命、せいぜい八十年から長くても百年だろ? それぐらい尽くすくらいなら構わん。」
人間とは時間感覚が違うな。魔物は確かに寿命がないとは聞いているが、こうもあっさりと人間の使い魔になることを承諾するとは。
誇りを重んじているだけあって、懐も深いのだろうか。是非、マルファロイにでもご教授願いたい。
「だが、こちらも貴様に尽くす以上、見返りを求めるぞ」
取り引きをするのだ、当然の発言だろう。本来、この授業での召喚法であれば強制だったが、その魔法陣を破壊されている。つまり、契約は成されていないことになる。
まあ、だからこうして説得している訳だ。
「魔力の供給でしょ?」
「それは召喚魔となった際に起こることである以上は見返りにはならん。貴様が取り引きを持ちかける理由を我が理解していないとでも?」
伊達に喋れる訳ではないということ、タダでは応じない。
実際、弱っているとはいえ上級悪魔だ、その気になればということをこの悪魔は言いたいのだろう。
この悪魔をそこに踏みとどまらせているのは、やはり勇者への復讐。
なら提示する条件にも察しがつく。
「勇者の子孫が我と戦えるほどの実力を身につけられなければ、この国を破壊する。機嫌は……全盛期というのがあるだろう。子孫はいくつだ?」
「私と同い年のはずだよ。十五だ」
「なら、期限は二十代前半までとしよう。それまでに我の高みまで来れず、無様に死に様を晒した際には、この国を滅ぼす。これが条件だ」
あのアルビオが約五年から長くても九年くらいだろうか、それまでにこの悪魔の域までいけるだろうか?
この悪魔は俺と契約すると、魔力を供給する上で力も取り戻していくだろう。その上でこの条件は正直きつい。
アルビオが本来の能力と精霊を使うことをしっかりと訓練すれば、実際難しくはないだろう。だが、アルビオの普段の様子を見れば、そこは期待できないが……、
「……わかった。その条件を呑もう」
周りが緊張感に包まれる中で行われた、この話し合いはとりあえずまとまった。
 




