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問おう! 貴方ならこの状況、歓喜しますか? 絶望しますか?  作者: Teko
3章 ザラメキアの森 〜王都と嫉妬と蛆蟲の巣窟〜
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45 勇者の残した物

 

 俺達はこれまた、この世界の地下室への階段という雰囲気はなく、折り畳み式の簡素な梯子で地下へと降りる。


 普通こんな異世界ファンタジーなら石階段を下った先にはなんて展開だろうに。ここに来てから世界感というガラス細工をハンマーで砂になるまで叩き潰されていくような気がする。


 納得のいかないままに地下へと降り立つ。


「……何これ」


 薄暗い地下特有のぼんやりとした世界にこれでもかと本棚が立ち並ぶ。その中には背表紙の色や大きさなどが統一された緑色の本がびっしりと立てられている。


「……おそらくは勇者が残した魔導書と考えられている」


 ハイドラスは真剣な物言いで話す。考えられているということは、はっきりとはわかっていないってことだろう。


 複数人のヤルカンと同じような服装の研究員がこちらに気付き、挨拶をするもハイドラスは続けてくれ、構わないと配慮した。


 学校では見せない王族らしい振る舞いに感心を覚える。ここに来る前までのフェルサの話を面白半分に話していた人物とは思えない。


「お恥ずかしい話、我々はここに記載されている文字が読めず、行き詰まっている次第なのです」


「えっと、精霊言語とか古代言語とかですか?」


「いや、どれにも該当しないのだ。困ったことに……」


「とりあえず皆、手に取って見てくれて構わない。何か気付いたことがあったら、言ってくれ。勿論、傷付けないでおくれよ」


 正直、あまり期待はしていない明るい言い方だ。ヒントになりそうな事を気付いてくれれば御の字と言った振る舞いだ。


 みんなハイドラスの言う通り、早速本に手を伸ばしページをめくるが、俺はちょっと質問してから見る事にする。


「勇者が大精霊との魔法を記載したと予想するのはわかるけど、普通止めない? 精霊は人間が嫌いなんでしょ?」


「確かにその通りだ。だが私も全部ではないが目は通したが全くわからん。アルビオも精霊達に聞いたが、わからんとのことだそうだ」


「アルビオの精霊達もわからないって?」


「うん……」


 アルビオは大精霊ではなく、精霊との契約をしているとのことだが、精霊である以上、大精霊との繋がりはあるはずだろう。それでもわからないというなら、俺には一番の可能性に心当たりがある。


「フェルサ、どうだ。獣人の言語に何か似たようなものはなかったか?」


 胡座をかいて本を見るフェルサは無言で首を振る。他のみんなも不思議そうに悩ましそうに本を見る。


 俺も一冊、手に取る。地下に保管されてたせいなのか魔術的な何かでの保管方法なのかわからないが、傷んでいない。


 表紙には数字だけが書かれていた。奇妙なその本をめくると俺は驚く。


「……何これ」


「やっぱりわからないよね。何だろ、この文字」


「そうだね」


 アイシアとリュッカは俺の元へ寄ってくる。だが、俺が驚いたのは読めない文字だからではない。


 予想通り、日本語だったのだが、第一印象の疑問はこうだ。


 何で全部ひらがななんだ?


 そこに書かれていたのは全てひらがなだったのだ。少し目を細めながら読んでみる。


 何々――はちがつのにじゅうさんにち……にほんとはちがい、あまりあつくないようき。じりじりとてりつくようなたいようがなつかしい――とつらつらとひらがなでどうでもいいような一日が記されていた。


 読みづらっ!! 漢字がどれだけ役目を担っているかわかりやすい例えだこれ!!


 ていうか内容もあまりに幼稚だ。小学生レベル……いや、幼稚園児レベルの内容に驚きを隠せない。


 ケースケ・タナカは本当に勇者だったのか疑わしいほどの内容に失望する。


「くっだらね……」


 思わず自堕落に男言葉でぼそりと呟くと、手に持っていた本を戻した。


 その様子を横目に見ていたアイシアとリュッカははっとする表情でこちらをじっと見る。


「え? な、何?」


「う、ううん。何でもないよ」


「う、うんうん……」


 やべっ……怯えられてる。


 聞こえないように言ったはずだが、表情から察したのか、聞こえてしまったのかわからない。


「あは、あはは……えっと次は……」


 俺は二人の元をパタパタと離れて、別の本を手にする。めくると同じようにひらがなで書かれている。


 内容は相変わらず幼稚だが、この文章を見て思ったことを素直に呟いた。


「これ……日記かなぁ?」


「き、君……今何と?」


「へ?」


 振り向くとそこには研究員さんが小刻みに震えて慄いている。


「えっと、日記かなぁ……なんて……」


「これが日記!? 君はこれが日記と言ったのかね!?」


 興奮した物言いで地下室にいる全員に聞こえるような声で訴えかける。


「どうした?」


「殿下。この方がこれを日記だと……」


「何?」


 えっ? これマズイこと言ったの?


 俺は咄嗟の事で考えが定まらなかったが、すぐにマズイことだと悟る。


「日記? これが日記なのかね?」


「あ、はい。だってこれなんて……」


 俺は持っている本のページを指して答える。


「――きょうはあるみりあさんみゃくのだんじょんへのたんさく。ませきたくさんとれるといいなと書かれてますし……」


 俺は読みづらい文章をなぞりながら、書かれていることを話すとみんな深刻な表情へと変わる。


「オルヴェール……これが読めるのか」


「殿下っ!! これはとんでもない事ですぞ!!」


「ああっ! これが日記なら当時の勇者の出来事が事細かに記されていることになる」


 ハイドラスはこの地下室の本棚を見てそう話す。そして俺はやっと事の重大さを理解する。


 そうか……! これが全部日記なら内容が幼稚とはいえ、大きな出来事が書かれている可能性は高い。つまり、本来なら知るはずのない歴史まで知ることが出来るかもしれないんだ。


 しかも、その中に精霊の事とかも書かれていたら、それこそ国家機密レベルの代物になるぞ、この日記達。


 そして、それが読める俺は……、


「――っ!?」


 思わず真っ青になり、口を押さえる。


 ヤバイ!! ヤバイ!! やってしまった。


 何か元の世界に帰る手掛かりが記されていると期待してのこれだけの幼稚ぶりに、失望した反動がここで出てしまった。


 もし、可能なら過去の俺の口を縫ってやりたい気分だ!!


 俺が真っ青になり、自分を責める中、ハイドラス達は新たな手掛かりに興奮を隠しきれず、激論を飛ばす。


 あの盛り上がりようから考えて、おそらくこれの解読は俺に任される可能性が高い。


 解読していく内にみんなの不信感を煽る可能性も高くなる。そうなれば、ケースケ・タナカは異界人とわかるのも時間の問題。そしてそれを読み解くきっかけとなった俺も異界人だということがバレてしまう。


 しかもあの殿下だ、かなり鋭いところを食い込んだ考えをする人だ、見破ってくる可能性も高い。


 正直、前までの俺ならバレてもいいと考えたかもしれない。けど、今はアイシアやリュッカといった友人達がいる。


 その友人としての彼女達の信用を裏切るのは怖い。傷付くのも傷付けられるのも怖い。


 ここに来て精神的な恐怖に苛まれていく。


 どうして気付かなかった!? そうだよ、勇者は故人だ。それの日記がこれだけ残っているなら、そりゃあお宝だよ。


 休日の昼間くらいにやってる鑑定番組なんかがよく物々しい言い方で語っているのを見たことがあるだろ!


 父さんは趣味も渋かったから、スマホ弄りながら見てたろ俺も!


 歴史的人物の残した物はそれだけ影響力があることも、勇者がどれだけの功績を残したかも知ってたはずだろうに。


 やられた。あの幼稚な文章にやられてしまった。


 最悪、異界人とバレるのは構わないとしても俺は中身が男なんだ。一つバレれば後の祭りだ。ドミノ倒しの如くバレていく。


 今までで一番の絶望感を俺は背負うのだった。

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