41 フェルサvsカルディナ
互いが睨みあい火花を散らしあう中、リュッカの心境はハラハラした面持ちである。
フェルサの実力は先の戦闘で見たのと、サニラに聞いていた実力からある程度の想定は頭の中にある。
しかし、カルディナに関しては彼女には情報が少な過ぎる。だが、先程のアルビオの手際の良い退け方を見る限り、実力はあるものと判断できる。
カルディナの情報を知っていそうなハイドラスに聞こうにもアルビオの側にいるせいか、貴族嬢達の目につく。
フェルサが心配でもやはり怖いのだ。だから心配を拭う為にも話相手がほしいリュッカは隣にいるテテュラへと意見交換を求める。
「テ、テテュラちゃん……」
「何?」
「テテュラちゃんはどっちが勝つと思う?」
心配そうな声で尋ねると冷静に考察する。
「私は貴女のお友達の能力は知らないけど、獣人である以上、近接戦においては優秀なはず。先程の殿下への配慮ある攻撃でもあれだもの……」
先程、触れずに吹き飛ばしたことを指す。
「それに周りはバカみたいな反応をしていたけど、彼女が軽装になったのには理由がある」
「風読みですよね?」
「その通り」
風読みとは風属性持ちあるいは獣人が行える先読み能力のこと。
身体で感じる風の強さや向きなどから様々な情報を五感で確認できる能力。
人間の風属性持ちの場合はかなりの練習と慣れが必要だが、獣人の場合は元々狩猟本能があることから、自然的なこの能力はほとんどの獣人が有する。
いわゆる固有スキルである。
フェルサがタンクトップ姿になったのは肌で風を感じてカルディナの動きを瞬時に見抜く為である。
「それを使いこなすあたり、彼女が負けることは難しい気がする」
リュッカの表情が少しずつ晴れやかになるも……、
「だがカルディナと言ったか。私も貴族には疎いが家紋がついている剣を腰にしているあたり、彼女もまた実戦能力は高いと考えていい……」
リュッカの表情がまた暗くなる。
「そんなに心配そうな顔をしない。これはあくまで模擬試合のようなもの。お互いのエモノだって木刀でしょ? まあ、彼女は木刀を使うかは定かではないけど……」
テテュラの視線の先には腰を低くして獣のように襲いかかろうとする構えのフェルサが見える。もはや剣を使う構えではない。
ハイドラスの時もそうだった。
「準備はいいな……」
お互い相手を目から離さないよう睨み続ける。カルバスは無言の肯定と判断。
「――始め!」
二人はぴくっと反応すると瞬時に姿を消す。だが、すぐに互いが衝突する。
木刀と拳がぶつかったとは思えない衝撃が空気を揺らす。カルディナはフェルサを弾き返すが、軽く後ろに飛ぶとまたすぐに姿を消して……、
(――後ろ!!)
カルディナはバッと振り向き、フェルサの一撃を紙一重で躱す。反撃に転じようと試みるも、フェルサは躱されたと判断すると、再び姿を消して……、
「――くうっ!!」
カルディナの死角を突くが、彼女もタダではやられない。フェルサの攻撃を捌く。
この激しく繰り返される攻防にギャラリーは唖然とさせられる。
リュッカも驚きを隠せなかった。
冒険者としての実績があるとはいえ、彼女の底を知らないのだ。彼女を目で追うことすら難しい動きに圧巻される。
「さすがと言うべきかしら……」
リュッカはその声のする方へ向くと、先程と表情の変わらないテテュラの姿があったが、その目は確かにフェルサの動きを捉えているかのように、瞳が動いている。
「どういうこと?」
リュッカは状況を理解しているであろう発言をしたテテュラに説明を求める。
「まず、フェルサさんだけど、さすが獣人というだけあるわね。見事に翔歩を使いこなしている」
「やっぱりあの動きは殿下の時に使っていた歩行術……」
「ええ。実際は突撃しては彼女のバランスの崩れたところまで移動して、再び突撃しているってところかしら」
テテュラの言う通り、カルディナの周りには素早く何かが動いている後、軽く砂埃が舞う。フェルサが高速でカルディナの周りを移動している証拠だ。
「翔歩を使いこなすとあんな動きができるのよ。ただ達人クラスになると使えて当たり前になるけど……」
「それでもカルディナさんの方が現状不利ですよね?」
「……それはどうかしら」
「え?」
どこからどう見てもカルディナは防戦一方に対し、フェルサが攻め続けているようにしか見えない。
テテュラは何を考えているのだろうかと疑問を抱く。
「私から見るに、フェルサさんは攻め急いでいるように見えるの」
「何で?」
「一つはこの高速移動での連続攻撃、この攻撃方法には長所と短所がはっきりわかる……」
長所は相手を錯乱できること、隙を作りやすくできること、相手に自分を判断させないこと、攻撃を当てづらくすること、つまりは陽動できるということ。
短所はあれほどの高速で移動を行うと体力か体内魔力、あるいは両方の消耗が激しいということ。
翔歩はそもそも前者の使い道や距離がある場合に詰める意味合いでも使われる。
テテュラはいくら戦闘経験が豊富でも、ここまで激しく攻めるにはそういう意図が見えると言う。
「なるほど……」
「攻め急ぐ理由はある程度想定はできるけど……」
「何ですか?」
「一つは体力が持つ内に決着をつけたい。二つ目は相手の目が慣れてしまうから……」
確かにあれだけの速度で動いていてもカルディナは攻撃を紙一重とはいえ捌き切れている、つまり見えてはいるのだ、身体まで慣れてしまうと形成は逆転される。
「とはいえ彼女の動きを見る感じはフェルサさんとの実戦経験の差はあるように見える」
カルディナは相変わらずの防戦一方。フェルサも攻め方を緩めることはない。
カルバス達、先生一同はハラハラした様子だ。
だがフェルサもこの状況は面白くない。カルディナが今一度攻撃を弾き、バランスを崩すと今度は移動を行なわず、そのまま顔面に向かってもう一度拳を突き出す。
今までの動きを想定していたカルディナは虚を突かれ、ハッとなり、フェルサは目の前から姿を消す。
「――なっ!?」
気付く前に既に振り下ろそうとする木刀が虚空を斬る。
「――がぁあ!!?」
カルディナが気付いたのは身体が横に吹き飛んだ後だった。横から攻撃されたのだと。
カルディナは転がりながらも受け身を取り、ダメージを緩和する。
「くっ!」
カルディナは苦虫でも噛み潰したような表情を浮かべ、体勢を整える。
「今、何が……」
「フェイントをかけただけよ。戦闘での駆け引きはフェルサさんの方が軍配が上がるようね」
フェルサはカルディナの前で拳をあえて止めて、横飛びに翔歩、大きく隙ができたところに拳を打ち込んだのだ。
 




