38 本当にVIP狙いばかりみたいです
――時は少し戻って、午後の実戦授業。そこでは木刀同士のぶつかる軽い音が響く。
「――きゃあ!!」
どしっと尻込みをつくお嬢様っぽい女の子。あざとくか弱い感じを装う。相手は困った様子でどうしようかと悩む。
「はあ……そこまで」
大きくため息をついて覇気のない言葉で実戦を終わるよう言い放つはカルバス。
それを聞いた女の子の方はすくっと簡単に起き上がるとパタパタと何事も無かったように生徒達の中へ戻っていった。
「……わかっていたとはいえ、これは酷い」
この授業風景は騎士科の方。ほとんどの女の子がこんな感じでハイドラスやアルビオにか弱いアピールを繰り返す。相手になる男子や騎士科に正式な目的で入った女子は自分の実力を大いに発揮することなく、退けてしまう。
ただ、このアピール狙い同士だと切迫するようで、醜い争いが繰り広げられるのは言うまでもないだろう。
ハイドラスは勿論、そんな事承知なので特に気にはしないし、呆れた顔もしない。アルビオの方も特に興味がない様子を見せる。
「学園長……まさかとは思うが賄賂とか受け取ってないだろうな」
カルバスはぼそっと贔屓を疑う発言を呟く。
騎士科は基本、男子がほとんどだ。これだけの女子が入ってくるのは珍しいこと。理由はここにいる先生達は百も承知だ。疑う理由を口走るのも仕方がないだろう。
「カルバス先生。ここは騎士科とはいえ、軍事目的の学校ではありませんから、あくまで勉学が合格基準だったりしますよ」
優しそうな物腰の男性教師がカルバスを説得する。
「わかっていますよ。まあ最近は女性騎士もいますからね。新しい時代の先駆け作りとしてはいいとは思いますが……」
こうも玉の輿狙い丸出しだと、どうもそんな感じには見えないと将来を嘆く。
はあ、と一息つくとさっさと終わらせるかと次の生徒の名前をあげる。
「……次、ハイドラス・ハーメルト」
「私の番か……はい!」
どこか嬉しそうに返事をする。
「対戦者は……」
ごくりと貴族嬢達は息を呑む。どんな形にせよ、殿下の前でアピールできる機会は中々ない。
対戦者になるということは顔を見てもらえるということ。それだけでも十分アピールに繋がる。
「フェルサ! ……お前だ」
名前を呼ばれ、貴族嬢達はキョロキョロと周りを散策する。
するとフェルサが何食わぬ顔をしてさらっと出てきた。周りはぎょっとした反応を見せると、ひそひそと告げ口を叩き始める。
「あれって獣人よね」
「殿下にケダモノの相手をさせるだなんて……」
「汚らわしい」
その言葉は嫌でもフェルサ本人は勿論、ハイドラスやリュッカにも耳に入ってくる。
リュッカは哀しそうな表情を浮かべ、こう考えた。
同じ人なのにどうしてこんな事を言うんだろう。こんな差別なんて。
だがそんな事を考えてもこの空気の中、彼女は指摘できる訳でもなく、胸を痛めながらも沈黙するしかなかった。
こんな何も出来ない自分の無力さを思い知りながら。
だが当の本人は全く気にしていない様子。いつもの冴えない表情をしている。
それを見たハイドラスは微笑んだ。
「……君は気にしないのだね」
「別に。言いたい奴は言えばいい。あんな安い言葉で私の人生は変わらない」
ハイドラスは呆気に取られた表情を一瞬するが、すぐにまた微笑む。
「全くその通りだ」
そう一言返すと数十メートル離れた配置にお互いに着く。すると、威圧をかけるように貴族嬢の一人がフェルサに忠告する。
「そこのケダモノ! 殿下がお相手なさるのです! 有り難く思いなさい!」
「……」
偉そうに言うその言葉を聞いたフェルサはちらっと視線を向けて、小馬鹿にするように鼻を小さく鳴らした。
「――なっ!? 貴女!! ケダモノの分際で――」
その態度が鼻についたのか、怒りの形相で言い寄ろうとする。
「黙りなさい!! ラサフル!!」
カルバスが怒鳴り注意すると、ラサフルという貴族嬢は萎縮し、固まる。
さすがにこのままではいけないとカルバスは少し説教を垂れる。
「お前達はこの学園がどんなところかわかった上で入っているはずだ。殿下の入学式での挨拶の言葉も忘れたか」
貴族嬢達は塞ぎ、黙り込む。
ハイドラスはどんな者でも平等に学ぶ場であると言っていたのだ。それを鑑みないものとは思われたくないのだろうが、時すでに遅しとは正にこのこと。
「カルバス先生、もういいですよ」
「殿下……」
「理解できる者だけで構わない。彼女のような者達だけでもね」
ハイドラスはフェルサに敬意を表した。貴族嬢達の表情はさらに歪むが、さすが殿下、空気作りも忘れない。
「だが君達も優秀なんだ。しっかり理解してくれることを私は信じているよ」
と営業スマイル。殿下が気を使ってくれたことに嬉しそうにするフェルサを貶していた貴族嬢達。
フェルサは呆れた表情をする。彼女達には見えず、ハイドラスには見えてはいるが。
ふふっと笑うと剣を構えるハイドラス。
「では、始めようか」
「ん……」
フェルサも慣れない様子で剣を構える。
フェルサは普段は素手か短剣で戦う為、片手剣は使い慣れない。何処と無くぎこちない構えだ。
「それで――」
「フェルサさん!!」
ハーディスが先生の言葉を遮り、念を押す。
「いいですか。殿下の御身に何かあっては困ります。傷つけない程度に倒してください」
「おい、ハーディス。傷付けずに倒すなど無茶な要求をするな」
「しかし、万が一が――」
「万が一も億が一もない! 私だって王宮騎士にしごかれているのだ。問題ない」
「何をおっしゃっているのですか! 彼女は元冒険者ですよ。実戦能力は殿下を圧倒的に超えます。ですから――」
こっちは心配しすぎての討論が激化していく。フェルサやカルバスはもう面倒くさそうな感じに呆れていく。
「もう何でもいいから始めよう」
「ああ、そうだな。アレは放っておこう」
「殿下! まだ話は――」
「お前は真面目過ぎるんだよ」
ウィルクがハーディルを掴み上げて止める。
「それでは改めて……始め!」
合図と共にフェルサはハイドラスの視界から消える。数十メートル離れていた彼女の姿が本来であれば目視できない訳がない。
何せ、大体は迫ってくる相手と組みあいになるのが普通だからである。
だが、そのハイドラスの想像を見事に裏切り、フェルサは懐に入り込むと――、
「ん!!」
「――えっ? あがっ!?」
フェルサはハイドラスのお腹に向かって手の平を広げて突き出すと、スゴイ勢いでハイドラスを真っ直ぐに突き飛ばす。
突き飛ばされたハイドラスは持っていた木刀を思わず手放してしまった。
フェルサはその木刀をちらっと見るとまたフッと姿を消して木刀を取ると地面に転がったハイドラスに素早く近付き……。
「くうぅ……、なっ!?」
ハイドラスの首元へ木刀の先を突きつける。
「……そこまで」
カルバスが残念そうな声で静止するとフェルサは木刀をハイドラスに渡す。
すると殿下の護衛である二人だけでなく、貴族嬢達も駆け寄る。
「殿下! ご無事ですか?」
「見事にやられましたね、殿下」
他の貴族嬢達も殿下に気に入られようと必死で心配だと訴えかける。この根性恐れ入る。
そんな空気も読まず、ずけっとフェルサはこう言う。
「守りましたよ……殿下を傷付けず倒すこと」




