31 リリアの目論見
「まったく。私がどうしてこんな茶番劇に付き合わねばならないのだ」
「その割には途中から楽しそうでしたが、殿下?」
確かに、最終的には声も弾んで聞こえていたような。
「えっと、とりあえず解決したんだよね?」
事の次第をあまり理解出来ていないアイシアは不思議そうに周りに聞く。
「うん。解決した――」
「リリアちゃん!!」
ウィルクが俺に駆け寄り、頭を優しく撫で始めた。
「痛かったろう……怖かったろう。ごめんね、君を守ってあげるのが遅れて……」
「い、いえ。大丈夫です」
「もう二度とこんな事がないように、あの豚野郎は裸にひん剥いた後に亀甲縛りをかまして、火あぶりにでもしてやる。リリアちゃんの髪の代償を骨の髄まで焼き込んでやる」
絵的にはめちゃくちゃ似合いそうな辺り、マジでやりそう。正直、止めない。
「ははは、似合いそうだな」
「やめてください、殿下。後、ウィルクも……」
「しかし、リリア・オルヴェール、お前も大した役者だな」
やはり殿下にはお見通しなようだ。だが、アイシアはキョトンとした表情で尋ねる。
「役者ってどういうこと?」
リュッカは安心したため息を吐くと説明する。
「えっとね、リリアちゃんはこうなる事態を予想してたってこと。それで今年は殿下が学校に通われるから、殿下に悪い貴族のご子息を説教してもらう魂胆だったってこと」
「へぇー……」
いまいちピンと来ていない生返事。殿下はさらに補足を立てる。
「それだけではない。私が止めに入れば、他の悪い虫達も寄り付きづらくなるからな。オルヴェールほどの容姿だ、手を出したくなる男は山ほどいるだろう」
「なるほど。リリアが闇属性持ちの理由が納得。腹黒い」
フェルサはぽつりと呟くが、リリアが闇属性持ちになったのはおそらく自殺願望辺りが来てるんじゃないかなと思う。
「だが、オルヴェール。お前は失念していることがあるぞ」
「失念ですか?」
ふふんと自慢げな表情のハイドラスに対し、俺は不思議そうにする。
「私がマルファロイのように強引に側室に囲う可能性を失念しているぞ」
ハッとしつつもこの人のここまでの人となりを見るとそれはない。
「殿下はそのようなお人ではないでしょう?」
「そうかな? お前ほど美しくも愛らしく、才能に溢れた女だ。囲いたくもなるものだ……」
あれ? 何だか追い詰められてる?
ハイドラスは先程のように楽しげに俺を追い詰める。
「……」
「……」
殿下、満面の笑み。俺、眉をひくつかせながらの作り笑顔。
何か言いたげな笑顔に圧倒されて俺は参ったとため息を吐き捨てる。
「……殿下を利用した事は謝りますから、どうかお許しください」
「……よろしい」
優しく微笑みながら許しを頂いた。確かに楽しみにしていた学校生活に水を差した訳だから、謝るべきだろう。
「殿下! リリアちゃんは悪くない! あの豚野郎です! あの豚野郎〜……」
わなわなと怒りが込み上げているようだ。こりゃあ明日にはこんがりといい焼けめのついたピクードが出来上がってそうだ。
そんな中、リュッカはある違和感に対して聞いてみる。
「殿下、聞いてもよろしいですか?」
その聞き方に不満があるのか、表情を歪ませる。
「そんな行儀の良い喋り方でなくていい。この学園では基本的に皆が平等な立場なのだ。私のことはハイド――」
「殿下とお呼び下さい」
緑頭の男がハイドラスの発言に割り込むとハイドラスは不機嫌そうな顔をする。
「良いではないか。この学園では――」
「それはわかっておりますが、殿下に限っては例外です。殿下は将来的にはこの国を背負って立つお方。弁えて下さい」
「私はお前のその融通が利かないところ、時々不安になるぞ」
「確かにこの野菜頭は女の子にも煩そう……」
悪態をつくウィルクの発言にも物ともしない。
「貴方のような軽薄男と一緒にしないで下さい」
この発言に頭にきたのか、俺の頭から手を離し、緑頭の男に詰め寄る。
「喧嘩なら買うぞ、野菜頭」
「いいですよ、軽薄男」
互いに睨み合い、意地の張り合いが始まった。何か聞こうとしたリュッカはアワアワと慌て始める。
「あのこれ、止めなくてもいいんですか?」
「ああ、構わんよ。いつものことだ」
殿下は実に楽しそうである。フェルサは落ち着けとリュッカを促す。
「大丈夫だよ。これ、じゃれあってるだけ。ギルドでも似たようなのなんてしょっちゅうだし……」
「は、はぁ……」
「ところで何か言いたげだったな、ナチュタル」
この言い合いを無視しながら、先程の話を聞こうと殿下。ほっといていいんかい!
「私やフェルサちゃんはともかく、どうしてリリアちゃんのことをご存知なんですか?」
言われてみれば。
俺は名乗っていないのに、名前を知っていた。それに、囲うって話の時にも才能という発言もしている。
「何だ、そんなことか? 私はハーディスが言う通り、将来的にはこの国の王位を継ぐ」
この緑頭はハーディスというらしい。
「だから、俺と護衛のこの二人は事前に入学する者の情報は知っているのだ、安全の為にな。まあ一人、例外がいたが……」
ちらっとフェルサを見る。まあ、フェルサは飛び入りだったしね。
ていうかこの二人、殿下の護衛だったんだ。喧嘩してじゃれ合っている辺り、そうは見えないが。
「……てことはこの二人も貴族ですか?」
「ああ、そうだよ」
何でもこの二人は騎士の家系で、同じ歳で護衛ができる人間ということで、選出されたらしい。




