29 僕様ルール
はい来ました、来てくれました。お決まり展開ですよね。まあ狙ってましたけど。正直ウィルクが来た時はダメかと思った。
「これはこれは殿下! ご機嫌麗しゅう」
「そんな堅苦しい言い方はいい。この学園では身分差などなく語り合いたいからな」
「は、いやぁ、しかし……」
ピクードは態度を百八十度回転。そのデブな身体からは想像もつかないほど素早く殿下へ向き直り、ニコニコとゴマをする。
やはり貴族としての地位を振りかざすだけあって、それの最高位に値する王族にはさすがに先程のような傲慢な態度は取れない。
どれだけ貴族プライドを利用してきたかを窺い知れるよう。
「これは何事だウィルク? 昼食時の学食はこうも皆が怯える場所なのか? もっと別の意味で賑わうものと楽しみにしていたのだが?」
ハイドラスは周りの様子を見て尋ねた。王室育ちでもこれは異常だとわかると訴える。
「殿下、これはこの豚……んんっ――」
殿下の手前、豚呼ばわりはマズイと咳き込み誤魔化すと軽く頭を下げて、自分がわかる範囲で答える。
「おそらくはこのマルワァロイ家のご子息の仕業ではないかと。こちらの麗しい彼女の美しい髪を引っ張っていたところを止めましたから……」
ウィルクは男と女では随分と扱いに差があると感じた。
「ほう。それは穏やかではないな」
ウィルクの見解を聞き、そう呟くハイドラスの言葉を聞き逃すこともなく、身体をビクつかせるピクード。
「何事か聞こうではないか、マルファロイ」
「あ、えっとですね。その……」
さらりと聞いて見せるハイドラスの言葉に今までの威張り散らす余裕のある態度は完全に消えて、焦っている様子が手に取るように分かる。
身体中からは汗が噴き出ており、狙い通りである。
こういう七光りは対応力がないとは相場が決まっている。特にこの豚男は身体からも七光りオーラ全開である為、努力や自分で物事を考えることなどしてこなかったのだろう。
「た、他愛の無い世間話をしていただけで御座います殿下。髪を引っ張っているように見えたのは虫がいたから払おうと……」
コイツ言い訳下手だな。俺が何のためにお前をわざと怒らせたかわかってもいない。
「それは本当か? オルヴェール」
俺に尋ねてくる。その様子を見てピクードは俺にウインクで合図を送る。気持ち悪い。
おそらくは話を合わせろという意味だろうが、誰がどう考えたってお前の味方などするわけないだろ。俺はこれが目的だったのに。
という訳でコイツの言い分を利用しつつ、追い詰めることに。
「いいえ、わたくしはこのマルワァロイ様の女になれと命令されました、殿下」
「ほう……」
「バッ!? お、お前……」
俺はピクードの応対と変わらない丁寧な物言いで真実を話す。その様子を見てピクードはさらに焦り始める。
「殿下! これは何かの間違いで……ほら! 訂正しろ!」
コイツ、自分で言った事を忘れてるだろ。思い出させてやろう。そういう言質があったのだと。
「何をおっしゃいますか! マルファロイ様。貴方様より権力のあらせられる殿下に嘘などつけません。マルファロイ様はおっしゃったではありませんか」
俺はわざとらしい驚いた表情でこの豚の言ったことを復唱する。
「平民であるわたくし達にとって貴族様のお言葉は神の言葉だと……」
「――っ!!」
「殿下の言葉はそれはそれは天上のお言葉。抗うことなど恐れ多く御座います故、お許しください。マルファロイ様……」
めちゃくちゃわざとらしい言葉をつらつらと話してみせた。それを聞いたリュッカとフェルサは俺の思惑に気付いたのか、苦笑いしている。
この豚は殿下の前故か、焦りから全く気付く様子はないが、殿下は気付いたようで少し表情が緩んだように見えた。すぐにピクードに問いただす。
「命令とはどういう事だ? いつから平民にとって貴族の言葉は神の言葉となったのだ? 俺には聞き覚えもそのような教えも受けなかったが?」
「そ、それは……その……」
ハイドラスの質問責めに表情が青ざめていく。マズイ事をしている自覚があるなら最初からしなければいいのにと思うが、コイツは欲望に忠実なのだろう。
「リリア・オルヴェールっ!!!! ち、違うよな? 僕様はそんな事言ってないよな?」
コイツはラッセ以上のバカだ。さっきわざとらしい言い方で嘘はつけないって言ったのに。
という訳で自分の首を絞めたいようなので、その望みを叶えることにする。
「……殿下。良ければマルファロイ様との会話を一言一句間違えなくお伝え申し上げます。マルファロイ様ご自身も発言を思い出して頂く為にも……」
「……頼めるかな?」
こちらの思惑に乗ってくれるようほくそ笑む殿下。ピクードは必死に止めようとするが、
「や、やめろ!! リリア・オルヴェール!!」
「何を言ってるんだ? お前は?」
「そうですよ。こちらは貴方の言う、僕様ルールに従ってお話を進めているのですよ。リリア嬢も貴方のお言葉に従っているようで喜ばしいものではないんですか?」
ウィルクともう一人、朝ウィルクと喧嘩していた緑頭君がピクードを止めている。
「僕様ルールとは?」
「はっ! 殿下。彼は何でも地位に跪くのが当然と平民に対し、無茶な要求をすることだとか……」
「――バッ!!」
どうやらコイツの悪評は昔からあった物言いだ。ウィルクもマルファロイ家のお邪魔虫というあたり、結構色々しでかしているのだろう。
それを聞いて殿下はニコッと俺に笑いかけながら命令する。
「そうか。なら私もその僕様ルールだったか? 従って見ようではないか。オルヴェール、命令だ。神の言葉であるマルファロイの発言を一言一句間違えずに申してみよ」
「はっ! かしこまりました」
俺はこの豚男が話した言葉を一言一句間違えずに仕草も含めて話した。その間の殿下の表情はどんどんと険しくなる一方で、豚男はみるみる青ざめてこの世の終わりのような表情になっていった。
 




